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宿命報道#17 第3章 極秘プロジェクト「R」 ■「専務失踪!」をネット会社が抜く  誤報か 結果オーライか  

「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。

(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)

 「丸菱商事の柳本専務が失踪!」

 このタイトルが、6月16日午後5時4分、ネットニュースにアップされた。


 全日本テレビの報道局で、ネットニュースをぼんやりと眺めていた若手記者が最初に気づき、大声でタイトルを読み上げた。局内に瞬間、どよめきが起きた。報道局のだれもが「寝耳に水」だったからだ。


 近くにいた大神由希もその1人だった。朝から専務の携帯に電話やメールを送り続けていたが、なんの反応もなかった。警察での事情聴取もあるだろうし、丸菱商事の危機管理の責任者としての仕事も山積みなのだろうと思い込んでいた。


 まさか、失踪とは――。ノートパソコンで、そのタイトルの記事を目で追った。


 「丸菱商事の代表取締役専務執行役員の柳本浩二さんが行方不明になっていることがわかった。捜査当局は今日は『取り調べをしていない』と話しており、丸菱商事にも出勤していない。家族は間もなく捜索願を出す予定。丸菱商事をめぐっては、先ごろ、宇都宮市に新設工場を誘致する際に、県知事側に現金を渡した疑惑が浮上。その説明のために、柳本専務と共に記者会見に説明者として臨んだ幸田投資戦略本部長が遺体で見つかるなど不穏な空気が流れている。柳本専務は一体どこに消えたのか。丸菱商事は『捜索隊』を結成して必死で行方を捜している」

 

 行方不明の根拠が明確に書かれていない。家族による捜索願についても「予定」となっている。警視庁で「失踪」の裏付けがとれているのだろうか。

 このニュースはあっという間にアクセスランキングのトップに躍り出た。 


 発信したのは、ネットニュース専門会社「スピード・アップ社」だった。


 「河野先輩の会社だ」

 大神の慶西大学文学部時代のゼミの一年先輩、河野進が設立に関わった会社だ。

  

________________________________________

             

 大神と河野は学生時代から、共に報道の世界で生きていくことを目指していた。

 河野は当時からインターネットのシステムに詳しく、情報入手の速さは抜群だった。ネットの世界で起きている最先端の動き、現象に常に目を光らせていた。


 ゼミの資料が必要な時も、河野に頼めばすぐに揃えてくれた。「時給500円」と冗談めかして言いながらも、頼まれた作業は大抵1時間以内に終わり、学生食堂のランチを奢れば済んだ。「おたくだね」と大神が笑って言うと、「なんとでも言え。これからは報道の世界もネットが席巻する」と言い切っていた。

 河野は大学卒業後、先輩が設立したばかりの調査報道を専門とするNGOに参加。その後、仲間と共にニュース専門会社「スピード・アップ社」を立ち上げ、取締役編集本部長に就任した。


 設立資金は、父親が経営する山形のサクランボ販売会社からの出資だった。父は当初、ジャーナリズムの世界で生きていくなら、新聞社かテレビ局にまず入社して、そこで記者修業を積むべきだと主張し、出資に難色を示した。だが、息子に甘い母親の説得で、出資金として「2000万円」を譲り受けた。


 だが、経営は設立当初から「火の車」だった。寄付を募ったが、年間で50万円がやっとで、メンバーの交通費だけで消えていく。広告費や会員登録費を集めるために営業担当を専従で置いてみたが、寄付額を上回ることはなかった。


 報道志望の学生数人が入れ代わり立ち代わりアルバイトとして働いた。ニュースが掲載され、ヒット数が一定数を超えた時に報酬を支払う成果主義を採用。新聞社やテレビ局を中途退社してフリーになった記者も参加した。


 河野は学生時代、大神に恋心を抱き、何度か食事やお酒に誘った。しかし、2人の距離はそれ以上進展しなかった。

 大神も河野に好意を持っていたが、報道について学ぶことに充実感を覚え、深く付き合うという存在にはまだ、ならなかった。

                  

 2人は社会人になってからも時々会っていた。話題はいつも仕事だった。アルコールが入ると、河野は熱弁をふるった。

 「調査報道もネットジャーナリズムが席巻する時代が間もなくくる。ネットでは、従来の『視聴者』とか『読者』とかいう概念自体がない。世界中の人が言ってみれば、『ネット記者』になれるんだ。ネット利用者全員が情報をとり、プラットホームに挙げていく。その中から調査報道も生まれてくる」


 「それでも、信用性がないでしょう、まだ。正確性が担保されなければニュースとはいえない」と大神が言うと、「信用? 大手新聞社だって、重大事件の前打ち原稿で被疑者の名前を間違えて報じていたじゃないか。そんな新聞社が『ファクトチェック』を責任もってできるのだろうか。政党の幹事長が言うことが正しいのか? 偉そうな人が言うことがみな正しく、市民が発信する情報はなぜ信用できないのか。何が正しくて何が間違っているのか。それは市民が判断すればいい。情報の出どころとか、クレジットを後生大事にしているオールドメディアは時代遅れだ」と主張した。


 「『世界中の人が記者』って言いすぎだね。新聞、テレビの組織ジャーナリズムにも問題は山積しているけど、調査報道のノウハウや裏付け取材の積み重ねがある。結局は地道な裏付けこそが最も困難で大事なことだと思う。ネット報道の世界で生きている人も、テレビや新聞を目の敵にするのではなく、協業の道を探るべきだと思う」

 議論はいつも平行線のまま終わった。


________________________________________

              


 全日本テレビでは、「柳本専務失踪」の裏取りが難航していた。柏木デスクは「ネットニュースで流れたからにはなんらかの根拠があるのだろう。しばらく休むという連絡が会社にあったとか。警視庁、築地署、自宅、会社に取材をかけろ」と指示した。


 大神は河野の携帯に電話した。すぐにつながった。


 「ヤッホー、由希。なにかあった?」

 「『専務が失踪』のニュースをスピード社が流したでしょ。裏は取れてるの?」

 「ああ、あの記事ね。俺が書いた。家族も会社も所在がつかめないと言うから出稿した。反響すごいよ。アクセスランキングで上位を維持している」

 「そりゃ、昨日、幸田さんが亡くなったばかりよ。警察が参考人として事情を聴いている専務が失踪したら注目を集めるわよ」


 「実は警察も知らんと言っている。うちのスタッフが警察の捜査一課の関係者に知人がいるので聞いてみたが、今日事情は聴いていないらしい。築地署の副署長に電話で聞いてみたら、『ノーコメント』だった。警視庁の広報にも念のため確認したが、『わからない』と言っていた」


 警察内部でも、誰から事情聴取しているという情報は「極秘事項」だ。警視庁広報が詳細を把握しているとは限らないし、もし知っていたとしても認めるわけがない。


 「それだけの情報で『失踪』というニュースを流すなんて信じられない。あきれる」と大神が言うと、河野は少しあせった様子で言った。

 「まあ、もし、専務が夜になって家に帰ってきたら、『専務、現る』と続報を書くよ。専務の自宅に学生アルバイト張らせているから」とあっけらかんと言った。


 しかし、この半ば、当てずっぽうともいえる記事の発信が、結果的に「的中」することになった。


 神崎・警視庁捜査一課長が夕方、担当記者からの殺到する問い合わせに対して、「本日は柳本専務の事情聴取をしていない。専務の所在について警察として把握していない」と明言したのだ。柳本は誰がみても重要な参考人の一人だ。その専務の所在について、警察の最高幹部が「把握していない」と名言するのは極めて異例だ。


 「聴取する予定だったのか?」との質問については、「捜査一課としてはない。築地署がどうしようとしていたのかはわからない」と答えた。30分後、築地署副署長は「昨日、事情を聴いた。今日は聴いていない」と述べた。「事情を聴く予定だったのか」との質問に対しては「ノーコメント」と答えた。


 柳本専務の自宅には記者が集まり始め、メディアスクラム状態になりかけていた。

 通信社の記者が代表する形で、専務の自宅のインターホンを押したのは5度目だった。

 午後7時、いきなり玄関が開いた。

 「いい加減にしてください。ご近所からクレームが来ています」。妻の妙子はどなった。

 「とにかく、早朝に家を出てから連絡が取れていないので心配しているんです。警察からも再三、どこへ出かけたか聴かれているが知らないものは知らない。スマホも電源が切れていて……」と一気に話した。


 「捜索願は出さないのですか」とテレビ局の記者が質問すると、「これまでも泊まり込みの仕事とかで帰ってこないことはしょっちゅうありました。連絡を待ちますが、明日になっても連絡がとれなければ考えます」と答えた。まだ、「失踪」という実感はないようだった。


 夜には一部のテレビ番組で「専務 行方不明か?」というニュースが流れた。


 スピード社の河野は大神に電話してきて、「ピンポーン、大当たり」と自慢した上で、「我々は専務の行方を追うよ、真剣に。ネットジャーナリズムのすべてをかけて。すでに有力情報がはいってきている。すべてを逐一チェックしていけば必ず道は開ける」と言った。

 「スピード・アップ社」の掲示板では「誘拐されたのではないか」「黒服の男に拉致されていくのを見た」といった投稿が並んだ。裏の取れていない情報が大半だった。


 (あてにならない)


 大神はため息をついた。


お読みいただきありがとうございました。

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