宿命報道#15 ■事情聴取or取材/警部補と対峙した吉嵜/「あなたは重要な参考人です」と警部補
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
午後6時半、吉嵜を乗せたタクシーが築地署に到着した。
ちょうどその時、柳本専務が署から出てくるところだった。顔色は青白く、足取りもおぼつかない。パトカーに乗り込む際は、署員の手を借りていた。吉嵜は、取材した時とはまるで別人のような覇気のなさに驚いた。
通されたのは取調室ではなく、会議室だった。待っていたのは鏑木警部補だった。 「どうして来ていただいたか、おわかりですね」 鏑木は丁寧に話した。
「幸田さんからの電話の件ですね」
「そうです」
すでに築地署の山本巡査部長からの電話で、幸田と話していないことは伝えてあった。
「改めて伺います。幸田さんからの電話はあったが、出られなかった。それで間違いありませんね」
「その通りです」
「電話があった時間帯、あなたはどこで何をしていましたか?」
「自宅マンションに帰宅したのが午後7時少し前でした。軽く食事をとってすぐに風呂に入りました。その間に電話がかかっていたようです。全く気づきませんでした。深夜にベッドに入ってから不在着信に気づき、折り返しましたが幸田さんは出ませんでした」
「誰か証明してくれる人はいませんか?」
「一人暮らしなので証明してくれる人はいません。ただ、会社を出たのは午後6時すぎで、その時間帯は同僚がいたので証言してくれるはずです。自宅マンションに入ったのは玄関ドアの防犯カメラで確認できると思います」
「風呂から上がった時、すぐに携帯をチェックしなかったのですか?」
「する時もあるし、しない時もあります。翌日、つまり今日ですが私にとって初めての大学の講義で、その準備が遅れていたので焦っていました。風呂からあがった後も、すぐに資料チェックにとりかかりました」
「大学の講義ですか。幸田さんの携帯には『記者』と書かれていましたが……」 「4月6日に幸田さんと名刺を交換した時は社会部の記者でした。6月1日付で人事局に異動したのですが、そのことは幸田さんに伝えていません」
「幸田さんは、なぜあなたに電話をしたのでしょうか?」
「それが全くわからないのです。幸田さんから電話をいただいたことはこれまでありません」
「工場誘致の案件は全日本テレビのスクープでしたね。担当されていたのですか?」
「中心になって取材しました」
「この案件と、幸田さんの死との関係で思い当たることはありますか」
「ありません」と吉嵜は言い、工場誘致の件で丸菱商事本社に取材に行った時のことなど取材の経緯については詳しく話した。鏑木は頷きながら聞いていた。
吉嵜は鏑木からのいくつかの質問に答えた後、逆に質問した。
「こちらからも質問していいですか。幸田さんは自殺ですか、それとも殺害されたのですか?」。取材の姿勢になっていた。
「現時点では、自殺・他殺の両面で調べているとしか言えません。はっきりすれば発表します」
柳本からも同じ質問を受けた。吉嵜は報道機関に勤める人物であることから、安易に捜査の手の内を明かすわけにはいかない。通常の取り調べ、事情聴取より慎重になった。
「工場誘致以外でも、丸菱商事は複数のトラブルを抱えているようですね。しかも切羽詰まったところまできていた。専務、そして幸田さんとも対応に追われ、精神的に相当、参っていたのではないですか」
吉嵜は、最も聞きたかったことをぶつけた。大神が専務から聞いた話でひっかかっていることだった。
「ほう……」。鏑木は、感心したように言った。
「よく取材されているようですね、さすがは全日本テレビさん。知っていることがあれば教えてくださいよ。私はまだなにも知らないのです。切羽詰まっていたという情報は、柳本専務から聞かれたのですか?」
吉嵜は、ずばり当てられて、一瞬、うろたえるようなしぐさをしてしまい、「しまった」と思った。専務からの情報しかないのは確かだが、言質をとられてはまずい。
「取材源は言えません。先ほど専務が署から出ていくところを見ました。専務は何で呼ばれたのですか。何と言っていたのですか」
「事情聴取は関係者全員が対象です。専務の聴取内容をお話するわけにはいきません。丸菱商事については、吉嵜さんの方が詳しく知っているようだ。今後も取材した内容を教えていただけるとありがたい」
鏑木は、吉嵜の様子を注意深く見ながら、幸田氏の死に直接関与したとは考えにくいと感じていた。さらに、さきほど専務が言っていた「カーニバル社」という会社名までは知らないようだとの感触を得た。
だが、敏腕ぶりをうかがわせる吉嵜の取材力をもってすれば、カーニバル社に行きつくのは時間の問題だとも思った。油断も隙もないのがマスコミだ。そしてツボをついて質問してくる吉嵜に対して警戒心をもった。
(マスコミに荒らされる前に、調べておかなければ)。鏑木はそう思いながら釘を刺すことにした。
「ただ、あまり警察に先んじて取材をかけないようにしてください。吉嵜さん、あなたは現時点で、重要な参考人です。その点をくれぐれもお忘れなく。定期的に連絡をしますので、警察からの事情聴取を優先するようにしてください。それから、全日本テレビに大神という記者がおられますね。専務や幸田さんと、携帯電話で何度も連絡を取り合っているようですね。お話を伺いたいのですが」
「最初に私と大神が専務と幸田さんを取材した際に、携帯の番号については交換しました。その後、こちらからの連絡は大神が中心になっていました。それで履歴が残っているのでしょう。幸田さんは、取材に対して誠実に対応していただいた。それだけに大神も大変なショックを受けています。要請は、伝えておきます」と答えた。
事情聴取は3時間を超えたところで終わった。
お読みいただきありがとうございました。
『面白い!』『続きが読みたい!』と思っていただけたら、星評価をよろしくおねがいします。




