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宿命報道#14 ■M&Aの相手は反社? 鏑木警部補 他殺に傾く

「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。

(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)

 鏑木警部補は午前中を現場で過ごし、正午には築地署に戻って打ち合わせを重ねていた。

 柳本は現場から社に戻り、社長を交えた「危機管理対策委員会」に出席。マンションの状況を報告した後、コンプライアンス・広報担当役員の井原和彦と、コンプライアンス室長の永野洋子とともにマスコミ対応について協議し、午後3時に築地署へ向かった。


 鏑木は築地署で事情聴取を始めた。柳本専務は、朝会った時よりもさらに疲れた様子で、通常なら話を聴ける状態ではなかったが、そんなことは言っていられなかった。


 「体調の方は大丈夫ですか? 部下を亡くされ、気を落とされていると思いますが、いくつか確認させてください」

 「わかりました。大丈夫です。なんでも聴いてください。その前に、刑事さん、幸田は自ら命を絶ったのですか。社長からも尋ねられています」

 「現場の状況を見る限り、そう思うのも無理はありませんが、まだ断定はできません。検視の結果も出ておらず、自殺・他殺の両面で捜査することになるかもしれません」


 そう答えた後、鏑木はまずは昨夜の幸田からの電話について改めて確認した。

 「昨夜、幸田さんが柳本さんに電話した時間帯と内容は極めて重要です。詳しくお聞かせください」

 「昨日は午後1時から断続的に幸田と話し合いを続けていました。投資関連の件で珍しく意見が合わず、言い合いのようになってしまいました。午後6時に話し合いはいったん終えて、彼は帰宅しました。去り際に、『一晩考えて頭を冷やせ』と言ったんです。午後9時40分過ぎに電話がかかってきて、『いろいろ考えたが、やはり専務の言うことには納得できない。明日、自分の意見を社長に直接話す』と言っていました」

 

 「代表会議室で会議中だったと言われていましたが、そんな時間に、会議が開かれていたのですか?」

 「社長はシンガポールに3泊4日の出張をしていて、昨日帰国しました。夕方に社に立ち寄るというので、たまった案件をまとめて報告しました。協議や、決済が必要な事項も多く、時間がかかりました。社長は朝早く来て会議をしたり、深夜に役員を呼び出して打ち合わせをしたりすることが日常茶飯事です。前社長の桧山時代から続く悪しき伝統で、まさに昭和です。役員になると夜の呼び出しもしょっちゅうあります」


 「電話がかかってきたとき、周りに誰がいましたか?」

 「社長と私以外に、経理担当常務の高藤、執行役員の堀川、経理本部長、経営企画室長の4人はいました。ほかにも事務方が数人後ろで控えていました」

 「幸田さんと話したのは柳本さんだけですか?」

 「はい」

 

 「相手が幸田さんであることに間違いありませんか。証明できる方はいますか?」

 「幸田であることは間違いありませんよ。話したのは私だけなので証明と言われても難しいですね。ただ、幸田の声がとても大きいので、近くにいた連中は、声を漏れ聞いていたかもしれません。みなに確認していただければはっきりするでしょう」

 

 「後で会議の出席者全員に確認します。肝心なところなので念入りに調べさせていただきます。次に、幸田さんからの電話を受けた後の柳本さんの行動を教えてください」

 「10時半ごろまで会社での打ち合わせが続き、その後、社長の行きつけの銀座のクラブへ、社長と高藤、経営企画室長と同行しました。午前零時を回ったところで店を出て、私はタクシーで近くのホテルに戻りました」

 「ホテルですか?」

 「ええ、東中野の自宅には夜回りの記者がいるようなので、一時的にホテルを借りて泊っていました。今日は自宅に戻ります」


 「わかりました。幸田さんの電話の要件について詳しく教えてください」

 「現在進行中の話なので詳しくは申し上げられませんが、M&Aで買収を予定している会社の子会社に反社勢力と関係する人物がいるという問題が浮上したのです。その上で、この買収をどうするかという点で、私と幸田との間で意見の相違がでてきました。幸田はまじめな硬骨漢で、マンションに帰ってもずっと考えていたのでしょう。突然電話してきました。私もさすがに頭にきて、『今、目の前に社長がいるから電話を代わるか』と言ったんです。社長とは目が合いました。幸田は『電話で話すことではない。明日、直接会って話す』と言いました。私が廊下に出てからもしばらく押し問答が続きました」


 「その反社と関係のある企業はどこですか。殺人事件になる可能性もあるので教えていただかなければなりません」

 「まさに、契約を結ぶかどうかのきわどい時期です。インサイダーに抵触しかねない問題です」

 「捜査上、必要な情報です。しかも反社というのは放っておけません。インサイダーに抵触する恐れがあるならば、ならないように手続きは適切にとります」


 「M&Aで買収しようと交渉しているのは、デューダ社です。中堅の広告会社ですが、その子会社にイベント会社『カーニバル社』があり、そこの役員の1人が反社と関係しているのではないかという疑いが持ち上がりました。問題が発覚して、買収の条件として、カーニバル社を切り離すかどうかを検討したのですが、反発がきつくて、交渉が難航してもめています」


 「専務と幸田さんとの意見の対立というのは?」

 「買収をめぐるテクニック、技術的なことです。交渉は3月初めから始まりました。紆余曲折ありましたが、その契約内容をどうするかを最終的に決める期限は6月18日で、社長への説明を控えていました。カーニバル社を合わせた形で買収してその後に手段を講じるか、それとも最初から切り離すか。方針を決めるぎりぎりのタイミングです」


 「なるほど。カーニバル社からは相当な圧力があったわけですね。暴行を受けたことはありませんか。被害届を出していただければ捜査が進めやすいのですが」

 「それは相当きつい抗議で、私も幸田も参っていたことは確かです。ただ、暴力はなく、被害届を出すまでにはいきません」


 「その点については改めて、詳しい事情を聴かせてもらいます。ところで、丸菱商事は最近、大きなニュースになっていますね。あなたと幸田さんは記者会見をされていましたね。栃木県での工場誘致にからむ話だったと記憶しています。昨日の代表会議室での打ち合わせでは、その件の対応についても話し合われたのですか」

 「工場の件もそうです。お恥ずかしい話ですが、通常業務以外に危機管理案件が今年に入って増えており、社長の耳に入れておかなければならない案件が多くありました」


 「幸田さんは、工場誘致の件で責任を感じ、悩まれていたようですが、その件と今回の死とは、関係があると思われますか?」

 「工場誘致の件はマスコミに叩かれて大変でしたが、表面化したことでかえって割り切ることができたというか、対応が明確になりました。調査委員会を設置し、現在まとめに入っていると聞いています。警察の方に言うのははばかられますが、表にでないトラブル案件のほうが陰湿でやっかいです」


 そこまで言った柳本は、「しつこくて申し訳ありませんが、殺人の可能性もあるのですか。だからいろいろと聴かれるのですか」と尋ねた。


 「現時点では、なんとも言えません」

 鏑木の刑事としての勘では、他殺に傾いていた。自殺であれば、動機はなにか。幸田は反社との交渉などで心労は絶えなかったようだが、柳本への電話で、「明日、社長に直接話す」と言っていることとの整合性がとれない。

 他殺であれば、犯人は、幸田が自殺をしたように装ったことになる。そうなると、プロの仕業としか考えられない。


 「警察はカーニバル社から事情を聴きますか? 契約直前の微妙な時期に捜査が入ると、買収自体が飛んでしまう可能性が出てきます」

 柳本はそう言うと突然咳込み、胸を押さえて椅子から崩れ落ちた。そのまま床に顔をつけ、激しい痙攣を起こした。過呼吸の症状だった。


 横にいた山本巡査部長が支えて椅子に座らせ、少し落ち着いたが、咳の発作は止まらなかった。任意の事情聴取を始めて3時間近くが経過していた。鏑木は、専務の体調を見て今日はここまで、と決めた。


 「今日はお帰りください。明日また伺いますので。午前9時には署まで来ていただけますか。車を手配します」

 「わかりました」と言ったとたん、また、咳込んだ。

 「大丈夫ですか。病院に行きましょうか?」

 「いや、大丈夫です。会社までお願いします。社の診療所に行きます。社で役員会もありますので」


 柳本は、丸菱商事本社までパトカーで送られた。







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