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宿命報道#13  ■現場はもんじゃストリート近く/泣き崩れる専務を敏腕警部補が事情聴取

「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。

(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)

 警視庁築地署の警部補・鏑木亘(かぶらぎ・わたる)は、目の前で取り乱している丸菱商事専務・柳本浩二の姿をじっと見つめていた。


 午後3時半を過ぎた築地署2階の会議室。午前中に幸田博のマンションで遺体を確認したときも泣き崩れていたが、時間が経つにつれて憔悴の度合いはさらに深まっているようだった。

 直属の部下を失った悲しみなのか、助けられなかったことへの後悔なのか、あるいは、自分も同じ目に遭うかもしれないという恐怖なのか――。

 

 大企業の専務ともなれば、いかなる事態を前にしても冷静に対応できるというイメージがあった。だが、今の柳本にはその姿はなかった。精神的にかなり参ってしまっているな、と鏑木は感じた。この異常な状態に至った背景を聞き出す必要がある。話ができる状態になるまで、もう少し待つことにした。


         ________________________________________

             

                 

 この日、鏑木は朝8時に築地署に出勤した。刑事課の部屋に入ると、部下の山本卓巡査部長が駆け寄ってきた。


 「今、連絡が入りました。月島2丁目のマンションの一室で、遺体が発見されたとのことです。男が部屋のドアノブにロープを巻いて首を吊っています」。山本が興奮しながら早口で言った。


 「身元は?」


 「丸菱商事の投資戦略本部長・幸田博、54歳と思われます。今、ご家族と会社関係者が現場に向かっています」


 丸菱商事、幸田、投資戦略本部長……。


 宙をさまよっていた記憶が徐々に鮮明になった。最近、テレビニュースで見た人物だ。そのことを言うと、山本は「その通りです。宇都宮市の工場誘致をめぐる疑惑で、記者会見に出ていました」と答えた。


 「それを先に言え」と喉まで出かかったがやめた。言っても仕方がない。鏑木はそのまま山本の運転する車で現場へ向かった。


 半年かけて捜査してきた国立大学准教授殺人事件で学生を逮捕し、先週、ようやく起訴されたばかりだった。「少しはゆっくりできるかな」と思った矢先の通報だった。


 現場は署からほど近い中央区月島。隅田川の河口沿いに林立する高層ビル群の狭間にある5階建てのマンションだった。幸田が借りていたのは3階302号室。6畳と4畳半の2DKで、築40年の賃貸。オートロックもない。


 丸菱商事の投資戦略本部長の住まいと聞いていたので、もっと立派な所かと思ったが、山本によれば、仕事や会食が長引いた際に泊まるセカンドハウスとして利用しているらしい。鏑木はまず、防犯カメラの位置をチェックして回った。正面玄関に固定式が一基あるだけだった。


 302号室に入ると、すでに鑑識による検証作業が始まっていた。玄関から入ると6畳のリビング。奥の4畳半の和室に、幸田の遺体が寝かされ、ビニールシートがかけられている。この和室のドアノブにロープを巻き付けて首を吊った状態で発見された。ロープはすでに首から外され、遺体の横に置かれていた。幸田の趣味である登山用のもので、押入れにはリュックや靴など登山用品も収納されていた。


 遺体は解剖のため、まもなく大学病院に運び出される。状況だけから判断すると、自殺とみられるが、検視結果を待たなければ断定はできない。遺書は見つかっていない。部屋はどちらも整頓され、清潔感すら漂っていた。


 玄関脇の棚に置かれていたスマホの通話履歴を確認すると、最後の発信は昨日午後9時43分。相手は、丸菱商事代表取締役専務執行役員・柳本浩二だった。通話時間は「4分56秒」。

 その前は、午後7時13分に発信している。相手は、「全日本テレビ記者 吉嵜潤」と表示されているが、通話時間は「0」。吉嵜なる人物がなんらかの理由で出なかったのだろう。逆に、深夜と今日の早朝、吉嵜から2度の着信があったが、今度は幸田が応じていない。


 「柳本専務と全日本テレビの吉嵜に、すぐ連絡をとるように」

 鏑木が山本に指示した直後、背広姿の恰幅のいい男が警官に先導されて玄関に入ってきた。柳本だった。秘書部長も一緒だった。柳本は丸菱商事に出社直後に、秘書から幸田の死を知らされ、すぐにマンションに駆けつけてきたという。


 顔は蒼白で硬直し、遺体を確認した柳本は、激しく動揺した。

 「どうしてだ。信じられない」と叫び、その場で崩れるようにして膝をついた。秘書部長がその体を支えた。


 少し落ち着いた頃を見計らい、鏑木が声をかけた。

 「幸田さんで間違いありませんか?」

 柳本はうなずくのがやっとだった。秘書部長は「間違いありません」とはっきりと答えた。


 「後ほど築地署に来てください。お話を伺いたいので」。鏑木が柳本に向かって言った。

 「わかりました。いったん、社に戻り、社長に報告した後で伺います」


 「一つだけ今、確認しますが、昨夜、幸田さんから電話がありましたね?」

 「あっ、はい」

 「その時、柳本さんはどこにいたのですか?」

 「丸菱商事本社の代表会議室です。社長や役員、局長らと打ち合わせ中でした。午後9時半を回っていたかと思います。私はしばらく会議室内で話を聞きましたが、長くなりそうだったので会議を中座し、廊下に出ました」


 「相手は間違いなく幸田さんでしたか?」

 「ええ、本人でした」

 「電話の内容は?」

 「昨日の午後から、幸田とはずっと話し合いを続けていた案件がありまして、電話はその続きでした」 

 「どのような案件なのでしょうか」

 「危機管理に関することです」。具体的な内容について話すことに躊躇している様子だった。


 「幸田さんに変わった様子はありませんでしたか?」

 「特には。ただ……」

 「ただ? 何ですか」

 「昨日の夕方までの私との話し合いは、互いの考え方の相違を埋めるためのものでして、言い合いになったりもしました。電話はその雰囲気のままで、幸田の話し方も多分にとげがありました」


 「その時、自殺を匂わせる発言はありましたか?」

 「それはありません」

 「周囲に人の気配はありませんでしたか?」

 「感じませんでした。ほぼ一方的に幸田が話していましたから」

 「わかりました。あとは署でお願いします」


 鑑識による検証が行われている現場で話を聞くのは、これが限界だった。


お読みいただきありがとうございました。

『面白い!』『続きが読みたい!』と思っていただけたら、星評価をよろしくおねがいします。

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