宿命報道#12 ■迫りくる反社会的勢力/得たいの知れない闇に身震いした
「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。
(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)
宇都宮市の工場誘致をめぐる疑惑を告発した書類を全日本テレビ社会部に送ったのは、柳本専務と幸田本部長だったのか――。
「出来レースということは、工場誘致の疑惑は全くのガセ、でたらめだったというのか」
吉嵜の声が震えた。「誤報」「虚報」「捏造」――。悪夢が蘇ってきた。
多くのメディアが、あってはならない「誤報」で信頼を失っていった。
テレビ局や新聞社の専門チームによる「ファクトチェック」が実施されている今、致命的な誤報を打ってしまったのだろうか。
「いえ、それは違います」。大神がすぐに打ち消した。
「あの話は事実で間違いありません。実際に社内の内部通報窓口に寄せられた情報で、調査委員会も結成されています。匿名のため誰からの通報かはわからないようです。その内容を、永野さんから説明を受けた柳本専務と幸田さんが、ほぼそのままの形でうちに送ってきた。吉嵜先輩と私がその資料をもとに取材に入ったわけですが、専務は『騙してしまった』と言う表現を使っていました。随分気にしていて、いつか謝りたいと思っていたようです」
「なんでそんなことをするんだ。他人の不祥事ならともかく、自分たちが窮地に追い込まれることになるんだぞ」
「それが狙いだった、というか好都合だったようです。先ほども言いましたが、丸菱商事は今、工場誘致とは全く別の複数の危機管理案件が同時進行しています。反社勢力からの圧力も陰湿で激しくなる一方だったが、案件が特殊で社内でも相談できる人はおらず、専務と幸田さんは身の危険を感じるほど追い詰められていた。そこに、工場誘致に関する内部告発が永野さんのところに届いた。これが表ざたになれば当然、マスコミからの取材を受けることになり、世間の目が丸菱商事に集中する。そうなれば、2人は一時的にでも反社勢力からの追い込みをかわすことができる、最悪の事態から逃れられると考えたようです」
反社勢力から逃れるための時間稼ぎに利用した、ということか。
道理で、とんとん拍子で取材が進んだわけだ。「何か裏がある」と感じたもやもやの正体は、これだったのか。
最初の取材の時、専務は「大筋認めます」とやけに余裕を見せていた。
一方で、幸田氏は汗だくで、落ち着きがなかった。罪悪感からか、こんな試みがうまくいくとは思えなかったからなのか。
ただ、あの工場誘致案件にしても社に与えたダメージは相当大きい。実際、警視庁捜査二課は内偵捜査を始めたという情報もある。それを明るみに出してまで、2人は何から逃れようとしていたのだろうか。
「いかなる理由があったとしても、危機管理を担当する経営者として賢明な判断だとは思えないし、間違っている。工場誘致案件は典型的な汚職で捜査の手が伸びる可能性が高い。相当なリスクを抱えることになる」と吉嵜は言った。
「工場誘致については、便宜供与の依頼と、現金が渡った先が別だったりして、マスコミ的には騒ぎになっても、刑事事件にまで発展することは避けられると考えた。つまり、一時的に集中砲火を受けても、それで終わるという読みがあったようです」
「話にならんな」。吉嵜の苛立ちが声に滲んだ。
「そもそも公益通報を一体なんだと思っているんだ。時間稼ぎに使うなんて経営者のやることではない。そんな安易な考え方でいたら、必ずしっぺ返しを食らい、最悪の結末を迎えることになるぞ」
「もう迎えたのではないでしょうか、幸田さんが亡くなってしまったわけですから」。大神がしんみりと相槌を打った。
「うっ……そうだな。そして、このままでは企業そのものが破滅する」
幸田本部長の死の真相は明らかになっていないが、「公益通報」を利用した「トリック」とも「ダミー作戦」ともいえる荒唐無稽な試みは、失敗したことになるのではないか。
沈黙が襲った。
やがて冷静さを取り戻した吉嵜が口を開いた。
「永野さんは専務の『自作自演』を知っていたのか」
「永野さんは知らなかったようです。今でも気づいていないのではないでしょうか」
「なぜマスコミ各社にばらまくのではなく、うちにだけ送ったのだろう」
「以前、財界の企画で『テレビ局の調査報道と危機管理について』という勉強会があり、専務も参加したそうです。その時の講師が柏木デスクだった。デスクは『特ダネ』の持つ意味を延々と話し、最後に、『みなさんも不正が見つかれば情報提供をしてほしい。我々は必ずニュースにします』と胸を張ったそうです。柏木デスクはテレビ番組にもコメンテーターとしてちょくちょく出ているし、専務も『おもしろい人だ』と印象に残った。だから、『告発』するなら全日本テレビにすれば、ニュースに必ずしてくれると思い込んだようです」
こんなところで柏木デスクが登場するとは。「特ダネが欲しい」と言い続けることが、どこで功を奏するかわからないものだ。
「ところで、別の案件については全くわからないのか。ヒントもなかったのか。専務と2人だけだったんだろ」。吉嵜は強い口調になっていた。
「すみません。何度も聞いたのですが教えてもらえませんでした。いずれ公になるだろうということでした。いつかと聞いたら、『すぐにか、あるいは数年後か』と言われました」。大神は声が小さくなっていた。
吉嵜は我に返った。大神が謝る必要などない。いや大神だからこそ、専務からこれだけ重要な情報を聞き出せたのだ。
企業であれば当然、さまざまな難題を抱える。本業の停滞、ライバル社との競争、提携先の経営不振、取引先とのトラブル、人材流出、カントリーリスクなどの経営上の諸問題……横領、背任などの事件、パワハラ、セクハラなどの社内の不祥事もある。だが、反社勢力から脅されるというのは尋常ではない。
かつては、株主総会対策のため、企業と総会屋や反社会的勢力との癒着は当たり前だった。だが、暴力団対策法が成立して以後は激減した。もし今、恐喝されているのであれば、いかなる理由があったとしても、すぐに警察に届けなければならない。コンプライアンスが叫ばれている昨今、届けないこと自体が犯罪的な行為となる。
一体なにがあったのか。吉嵜はふと身震いをした。得体のしれない「闇」が徐々に大きくなり、迫ってくるように感じた。別の案件の正体が見えないだけに、薄気味悪さは尋常ではなかった。
「丸菱商事を取り巻く闇は相当根が深いな。あの幸田さんの死と大神の話を聞いていて、正直言うと、恐怖を感じてきた」
「それは私も同じです」。大神はそう言った後、「でもその恐怖に打ち勝って、真相を究明していくことが私たちの仕事ですよね」と続けた。
「そりゃそうだが……」
反社勢力の代表格は暴力団だ。取材することに臆することはないが、その真の怖さは、十分に認識しておかなければならない。
これまで暴力団の取材も重ねてきた。ある組長と車の中で2人だけで話した時、恐怖で汗が滲みだし、ワイシャツの背中部分がびっしょり濡れていたことがあった。このままいつ殺されてもおかしくない。そう思わせる殺気を感じたのだ。
大神はまだ、その怖さを知らないのではないか。正義感や使命感だけで突っ走ることは、「死」につながることを意味する。
「さあ、今から新しいスタートです。幸田さんの死の真相を突き止めなければ」と大神は言う。
「そうだな」と吉嵜は繰り返したが、大神が前のめりになっている姿勢が気になった。
「まだ、実際のところはなにもわかっていない。大変な取材になりそうだが、やりがいもある。一つ一つ解明していかなければ」と言った吉嵜だったが、次の瞬間、はっと気が付いた。
「おっと、俺は今、報道を外れている。記者じゃないんだ。君らの踏ん張りに期待するしかない立場だ。頑張ってくれ、としか言えない。くれぐれも気を付けて。脇を締めてな」
「しっかりやりますから。見ていてください。また適時、報告します」
大神が威勢よく言った。
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