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宿命報道#11  ■ホテルバーに呼び出された大神/驚愕の事実を専務から聞かされる

「宿命報道」は、大神記者の調査報道デビュー戦。彼女の活躍は、その後、犯罪サイコパスと対決する「極限報道」、最凶権力と対峙した「暗黒報道」へと続いていきます。

(「宿命報道」は9月1日公開スタート。長編で、毎日更新。「極限報道」「暗黒報道」は公開済です)

 大神は吉嵜との電話を切ると、丸菱商事企画開発本部長・幸田博の遺体が検視のために運ばれた大学病院へ向かった。病院の玄関前には、10数人のマスコミ関係者が集まっていた。


 幸田の妻は早朝、マンションの管理人に連絡すると同時に三鷹の自宅を出て月島に向かい、遺体を確認した。その後、長女と長男と合流し、警察の車で大学病院に向かった。


 やがて3人は正面玄関から姿を現した。警察官と病院職員が報道陣から守るように取り囲み、車へ誘導した。妻は憔悴しきって足取りもおぼつかなかった。娘は顔を手で覆い、嗚咽していた。長男はテレビカメラに気づき、一瞬驚いた表情を浮かべた後、戸惑いながら母の手を握った。大神は、セーラー服姿でポニーテールの娘に惹きつけられ、胸が締め付けられた。


 3人が車に乗った直後、車の中から女性の悲鳴と号泣が錯綜するように響いた。


          ________________________________________



 大神は、小学5年の時に父親を亡くしている。日曜日の夕方、自転車で買い物に出かけた父が、後ろから来た乗用車にはねられ、頭を強く打って死亡した。


 あまりにも突然で、あっけない死だった。


 家を出る直前、1週間後のゴールデンウイークに、久々に1泊2日の家族旅行をしようと話したばかりだった。車を運転していた男は業務上過失致死容疑で現行犯逮捕されたが、「自転車が急に車道の端から中央ライン側に寄ってきて避けられなかった」と証言。目撃者はおらず、防犯ビデオの死角でもあった。男の言葉が本当なのか嘘なのか、まったくわからない。


 ただ、父の遺体を前に、大神は「悔しい」としか言えなかった。


 30年間、普通に生きて、ただただ真面目に働いてきた父が、どうしようもない力によってその「生」を蹂躙された。運命という言葉で済ませられないし、済ませてはいけない。理不尽すぎる死だった。

 

 母は父の死をきっかけに精神を病み、病院で長期間、療養生活を送った。今でも入退院を繰り返している。大の仲良しだった3歳下の弟は母に可愛がられて育ち、とても優しい子だったのに、母の入院後は明るさを失い、学校にも行かなくなった。何かと面倒をみていた由希に対して、暴力を振るうこともあった。

 

 「不条理な死」は、つつましく幸せだった家庭を一瞬で変えてしまった。

 

 以後、大神は身の回りで、日本で、世界で、今なにが起きているかを理解しようとする時、まずは、「不条理」という概念を下地にして考えるようになっていた。

 

 新聞記者になってからも、「不条理な死」「理不尽な事件」に直面することが増えた。そのたびに父を思い出した。新聞紙面を飾る刺激的な記事の大半が「不条理」と「理不尽」に溢れているように思えた。

 

 大神が書いた原稿は思いが強すぎて、デスクに「感情移入し過ぎだ」と削られることが繰り返された。そのたびに、文章力を磨き、自分の思いを自然な形で記事に盛り込めるようになりたいと思った。

 

 テレビ局に出向して以来、丸菱開発の工場建設をめぐる便宜供与案件を担当してきたが、幸田の死は、ショックを通り越して、心の中にある根源的なものを大きく揺るがすものだった。

                

        ________________________________________

 


 大神は嗚咽していた幸田の娘を見ると、父を亡くした時の記憶が蘇る。「悔しい」という感情と同時に、「許せない」という怒りが沸き立ってきた。


 なぜ幸田は死ななければならなかったのか。

 殺害されたのか。ならば犯人を突き止める。

 自殺なのか。追い詰めた者たちを暴き出し、背景を浮き彫りにする。


 そして、思いを込めた記事を書く。そのためにはどんなことでもやる。強くそう思った。


 午後3時過ぎ、全日本テレビの小会議室で、吉嵜と大神は向き合った。

 その直前に、吉嵜の携帯に警察から「事情を聴かせてほしい」との連絡が入った。午後6時に築地署に出向くことになっていた。


 「実は2日前、13日に専務と会ったんです」。大神が切り出した。

 「2人でか」

 「ええ、銀座のホテルのバーで。夜9時過ぎに電話で呼び出されました」

 「そんな時間に……」。吉嵜は心がざわめいた。


 「柳本専務は工場誘致の報道の後、自宅の前に報道陣が詰めかけて、帰れなくなったそうです。それで、会社近くのホテルに部屋を借りて泊まっているようです。会ってしばらく話をしていると、『重要な話があるから2人だけになろう』って……」


 「ホテルの部屋に誘われたのか。まさか、部屋に行ったのか」

 「いえ、断りました。クラブの席も半個室で、人に聞かれたくない話であってもできる状態でしたから、ここで話しましょうと言いました」


 「それはよかった。それにしても柳本は一体、何を考えているんだ」。吉嵜は怒りがこみ上げてきた。


 取材先から女性記者が呼び出されることは珍しくない。

 かつて警視庁の捜査二課を担当していたとき、警察幹部から「女性記者だったらしゃべっちゃうことがあるんだよな」と何度も言われた。取材先とのメールのやりとりも、女性記者の方が多い。一方でセクハラを受けるという事件もたびたび起きている。


 ダンディーでいかにも女性にもてそうな柳本がなぜ、大神を呼び出し部屋に招き入れようとしたのか。今度会って問い詰めてやろうと考えた。


 「それで、柳本とは何の話をしたんだ」。吉嵜は詰問調になっていた。

 「それが、最初のうちは『疲れた』『もうだめだ』を繰り返すだけでした。実際に相当、疲れた様子でした。工場誘致の件が大騒ぎになったことが原因だと思うじゃないですか。最初にニュースにしたのは私たちだったので、『すみませんでした』と言ったのですが、専務は『違う、まったく違う』と言い出したんです」


 「違う? どういう意味だ」

 「工場誘致をめぐる報道やその後の取材攻勢は嵐のようだった、と言ってました。ただ今は、全く別の案件で追い詰められている、と言うのです」


 「別の案件?」


 「具体的な内容は言ってくれなかったのですが、投資をめぐる案件でもめているようです。反社会的勢力に脅され、身の危険も感じている、とも言っていました」

 「反社? 身の危険? ただごとではないな」

 「専務は心底怯えていました」


 「それはどんな案件なのか。反社勢力とは具体的に何を意味しているんだ。それが幸田さんの死とつながっていくのか?」。吉嵜は矢継ぎ早に問いかけた。


 「そこまでは話してくれませんでした。『反社勢力に脅されているのであれば警察に事情を説明すべきではないか』と言ったのですが、『それができれば苦労はない』と返されました」

 「なぜできないのか」とさらに突っ込むと、専務は苦悶の表情を浮かべ、しばらくの沈黙の後に言ったという。


 「君のような一線の記者は正義を振りかざして、ただ突き進めばいいかもしれないが、大企業の経営者はそうはいかない。闇が深すぎると、警察にも頼れない。自分1人だけで闘うしかない。たとえ理不尽だとわかっていても……」


 一体、どういうことなのか。自分たちがスクープした工場誘致疑惑は相当な反響を呼んだ。それをはるかに超える案件、反社会的勢力を巻き込んだ別の問題が水面下で進行しているというのか。


 「それで専務はなぜ、君を呼び出したんだ。口説こうとしたのか。酒を酌み交わして愚痴を言いたかっただけなのか」


 「それが……」。大神は言いにくそうにした。

 「どうした」と促すと、「謝られたんです」と言った。

 「謝られた?」

 

 「ええ。実は、宇都宮市の工場誘致の疑惑を記した一式書類を、内部告発を装ってうちに郵送したのは、柳本専務と幸田さんだったのです。つまり、自分に都合悪い疑惑をあえてマスコミに流した出来レースだったのです」

 

 「なんだって、そんなばかな?」。吉嵜は吐き捨てるように叫んだ。

 

 頭の中が混乱して、訳がわからなくなっていた。


お読みいただきありがとうございました。

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