地固め2
森を抜けると、タージルハン王都の城壁が見えて来た。
「やっと帰って来れた。本当に懐かしい。」
思えば、タージルハンを出てから2年以上の歳月が過ぎている。
「いろんな事がありましたなぁ。」
そう言うヒツジグモも、感慨深げである。
4人は自然と早足となり、2年前に旅立った城門までたどり着く。
「これはこれは、ラオ殿下お帰りなさいませ。」
城門を警護する兵士は、ラオの姿を見てかなり驚いた様子で出迎えてくれた。
「まことに申し訳ありませんが、まさか、4人だけで帰って来られるとは思わず、迎えのの準備ができておりませんでした。すぐ王宮へ知らせに参りますので、しばしお待ちを。」
兵士はそう言って謝ってきたが、ラオはその頭を上げさせた。
「勝手に帰って来た俺たちが悪かった。それより、早く王宮へ行きたい。このまま向かっても良いかな?」
ラオが頼み込む。
「殿下の到着を知らせに一人走らせますので、なるべくゆっくりと歩いてください。」
兵士は少し苦笑いで了承した。当たり前の話である。仮にもタージルハン王代理、ラオの2年ぶりの帰還である。本来なら祝典を開き大掛かりに出迎えるべきなのだ。それが異国の3人を引き連れただけで、こっそりと帰って来るなど前代未聞の珍事である。
「すまん、かえって気を使わせてしまったな。」
ラオは頭を掻きながら門兵に謝った。
大通りを歩いていても、誰一人ラオの正体に気づく者はいなさそうだった。それは無理もない事で、ラオは王代理を宣言して、半月も経たずにアーギタスへと旅立った。いろいろな経験をして、ラオの顔つきも随分変わった事だろう。
3人は話をしながらゆっくりと歩く。
「タージルハンは戦があったと言うのに、そんなに荒れている感じは無いな。」
旅立った時と同じ風景に、ラオは安心した。
「内情までは分かりませんが、少なくても道行く人々から不安そうな感じは伺えまえんね。」
ヒツジグモは少し意外そうに辺りを見渡す。
「クワガタの尽力のおかげなんだろうね。彼はカワウソ殿が籠絡されていた時でも、国民に影響が無いようにと働いていた。」
「彼は相当な政治力を持っておられますね。」
ラオの言葉を受けて、アカホシも感心している。
王宮の門まで来ると警護の門兵たちが敬礼をして、門を開けた。
門が開かれると、そこにアゲハが立っていた。急いで走ってきたのか、少し息が切れている。
「アゲハ!」
ラオは思わず叫び、アゲハの元へと駆け寄り力強く抱きしめた。
「ラオ、会いたかった。」
アゲハの目に涙が浮かぶ。それはラオも同じで、しばし抱き合った後二人は顔を見合わせて笑った。
改めてアゲハの姿を見た。会わないうちにより一層美しくなっていた。真っ直ぐだった漆黒の髪を高く結い上げ、真珠で出来た髪飾りで留めている。薄く化粧をしているのか頬が桜色に輝いて、目尻と口元に引かれた紅が、アゲハの凛とした表情によく似合っている。その姿にはもう幼さは無く、自分の意思をしっかり持った大人の女性になっていた。
白い着物に朱色の帯を巻き、上から山吹色の薄手の着物を羽織っている。後で知ったことだが、山吹色はタージルハンで王妃が身につける色だそうだ。ラオが留守の間、アゲハがタージルハンの王宮に馴染もうと努力していてくれたのが嬉しい。
「長い間、苦労をかけたな。」
ラオはアゲハを労った。
「殿下こそ、立派に役目を果たされました。」
アゲハの笑顔が嬉しい。
「おいおい、何二人だけの世界に入ってんだよ。お前を待っていたのはアゲハだけじゃ無いんだぞ。」
懐かしい声に、ラオが振り向く。
「セキバ!」
そこには、筋肉隆々に成長した竹馬の友の姿があった。もうどこから見ても立派な武将である。
「ラオ、久しぶりだな。お前の活躍はミミズク殿からの手紙で知らされていたよ。全く、お前と来たら手紙もほとんど送って来ないんだから、アゲハが泣いてたぞ。」
ニヤリと笑い、セキバが冗談混じりに悪態を吐く。
「セキバ、ラオは忙しかったのよ。このタージルハンでの話もクワガタ殿に聞いてたじゃない。」
「分かってるって、ラオ、本当によく頑張ったな。」
二人の掛け合いを見て、ラオは本当に帰って来たのだと実感した。
「手紙送れなくてごめん。目の前が目まぐるしく変わって行って余裕が無かった。」
ラオは、頭を掻きながら弁明した。
「門の前で立ち話してないで、早く殿下を中にお連れなさい。」
しばらく話をしていると、奥の方から声をかけられた。リンドウである。
「リンドウ、会いたかったぞ!元気そうだな。」
ラオはリンドウへと駆け寄り、思わず抱きしめた。
「殿下、おかえりなさいませ。私も会いたかったですわ。本当に立派になられて。」
リンドウの目に涙が溢れている。その涙に、ラオもついもらい泣きしてしまう。
しばらく再開の喜びに浸っていたリンドウだが、マーマタンの3人の方を見て慌てたように頭を下げた。
「つい懐かしくて申し訳ございません。御三方もお疲れでございましょう?中へお入りくだい。」
ニッコリ笑うリンドウに、3人も慌てて頭を下げる。
「殿下が皆様にどれだけ慕われているか、よく分かりましたよ。俺たちも殿下と一緒に行動出来て、本当に幸せでした。」
ヒツジグモが、代表して挨拶をした。
「3人には本当に世話になったんだ。感謝しているよ。」
「この旅で何があったのか、ゆっくり聞きたいですわ。」
アゲハが微笑む。
「俺もアゲハたちの話が聞きたいし、祖父殿にも早く会いたい。さあ、王宮へ入ろう。」
幸せな笑い声と共に、皆は王宮へと入っていった。
王宮の入り口の広間に入ると、クワガタを始めタージルハンの大臣たちが一列に並んで待っていた。
「殿下、お帰りなさいませ。」
クワガタが深く頭を下げて挨拶をして来た。
「留守の間、クロヤノ族からの猛攻によくぞ耐え抜いた。本当に苦労をかけたな。すまなかった。」
ラオは神妙な顔つきで、長い留守を詫びた。
「タージルハンの兵だけは危なかったのですが、セキバ殿を始めとするテムチカンの方々とマーマタンからの援軍で、何とか敵を撃退する事が出来ました。お妃様が、戦時中でも民が少しでも健やかに過ごせるようにと、本当に尽力して下さいました。おかげで国民の生活は守られて、我々も安心してクロヤノ族に立ち向かうことが出来たのです。
殿下も、ハチドリ王と義兄弟の契りを結び、見事ジームスカンを取り戻すことが出来たと聞いております。大層なご活躍で、ジームスカンの民からも慕われていたそうで、本当にご苦労様でした。」
クワガタの言葉にラオは安心する。
「俺が一番前に立たなければ行けない筈なのに、そう言ってもらえると助かるよ。本当に苦労かけたな。タージルハンの全員に感謝の気持ちでいっぱいだよ。」
ラオの顔に笑みが浮かぶ。それを見たタージルハンの大臣たちも、緊張が解けたかのように微笑んだ。
荷解きを終えたその足で、祖父であるガジュマルのいる部屋へと向かう。
「祖父殿!ラオです。ただいま戻りました。」
部屋の扉を開けるなり、ラオは大声で叫ぶ。ガジュマルの横で座っていたカワセミが、驚いたように振り向いた。
「殿下、お帰りなさいませ。」
カワセミは懐かしそうに笑う。
「祖父殿は、眠っておられるのか?」
寝台に眠るガジュマルの姿に、ラオは心配になる。
「最近は、1日の大半を寝て過ごされています。そろそろ目が覚める時間だと思いますよ。」
カワセミが静かにそう言った。
「随分、小さくなられた。」
豪快だった祖父の弱った姿に、ラオは悲しみを覚えた。
「まだまだ口は達者ですよ。この間もセキバとくだらない冗談で大笑いしていた。殿下が帰ってくることを楽しみにしていましたから、起きてびっくりするんじゃ無いですかね。」
カワセミはそう言ってクスクス笑った。
しばらくすると、ガジュマルの部屋にアゲハとセキバが入ってきた。
「ここだと思ったよ。ガジュマル殿の感動の再会を俺らも見たいと思ってさ。」
セキバの声で起きたのだろうか、ガジュマルが「フガァ・・・。」と声を出した。
「祖父殿!お目覚めですか?」
ラオが駆け寄り声をかける。
ガジュマルは目を開けてしばらくボーッとしていたが、やがてラオの姿に気がついたのだろう。「おおっ。」と大きな声を出し、ラオの頭を撫でた。
「ラオ!帰って来たんじゃな。いろんな経験をしたのか、随分立派になったな。」
ガジュマルの目から涙が溢れる。ラオも思わず涙ぐみ、「祖父殿、会いたかったです。」とガジュマルを抱きしめた。
「こんなに逞しくなって、わしも会えて嬉しいぞ。」
ガジュマルの涙に、そこにいた者たち全てがもらい泣きした。
「お祖父様、私も殿下の帰還が心から嬉しいです。これからは、しっかり殿下をお支えしていきたい。」
アゲハがガジュマルの手を握り、優しく微笑んだ。
カワセミが教えてくれたのだが、アゲハはリンドウと共にガジュマルの世話を甲斐甲斐しくしてくれていたと言う。アゲハは、「私には家族がいませんでした。お祖父様は、そんな私を本当の孫のように受け入れてくれました。ですから、当然の恩返しでございます。」と言ってたらしい。
アゲハは赤子の時に旅芸人に拾われて、家族と言うものを知らずに生きて来た。だから、ガジュマルの存在が嬉しかったのだろう。ガジュマルもそんなアゲハを本当の孫の様に思っているようだ。
ガジュマルは、しばらくみんなとの会話を楽しんだ後、少し疲れたと言ってまた眠ってしまった。
苦労も多かっだだろうし、年齢を考えると仕方のない事だが、弱ってしまったガジュマルの姿に、ラオは少し寂しい気持ちになった。




