地固め3
タージルハンに帰って来たその日の夜、ラオはクワガタを始めとするタージルハンの大臣たちと夕食を共にする。
「殿下がお帰りだと言うのに、宴の用意も出来ませんでした事をお詫びいたします。」
クワガタが夕食の配膳を見ながらラオに謝罪して来た。
「急に帰って来た俺が悪いのだ。快く受け入れてくれる事に感謝こそすれ、咎める訳はないだろう。」
ラオはそう言ってクワガタの頭を上げさせる。
「俺の即位の時は内外に知らしめる為にも、大掛かりな宴をする必要がある。だからそれまではいつも通りの食事で十分だ。」
クワガタは、ラオの即位という言葉に目を輝かせた。
「それでは、タージルハン王になっていただけるのですね。」
ラオは大きく頷いた。そして、それに伴って解決せねばならない問題を相談したくて、今回一緒に夕食を取る事を提案したと明かした。
「確かに、この国にはまだカワウソ王がいらっしゃる。王をこのまま廃位するとなると、何かと問題もありましょう。しかし、カワウソ様が政務に戻られることが無いのは、誰の目にも明らかです。そして、またカマキリのような者が出て国を混乱させる者が出て来るのでは無いかと、国民は皆不安に思っています。
ラオ殿下はカワウソ殿を解放し、カマキリからこの国を救った我が国の英雄でございます。カワウソ様の世継ぎが望めぬ今、タージルハン王家は断絶を免れない。他の王族もとっくの昔に断絶してしまいました。それならば、先代のヤマネコ王の義兄弟の息子である殿下に王位を譲るのが一番良いのです。」
「俺が王になると言う事は、タージルハンがテムチカンの属国になると言う事だぞ?」
ラオの言葉に、皆の表情が固くなる。今まで、あえて口に出さなかった事ではあるが、ラオが王になると言うのは、すなわちそう言う事である。
「それは重々承知しております。それに対して不快感を持つ者がいますし、彼らの気持ちもよく分かる。」
クワガタは、重苦しい表情で目を瞑る。
「だから、話し合いが必要だと思うのだ。タージルハンの王座が空位となるのも困る。俺がその位置に立つ事も抵抗がある。タージルハンの人々はどうすれば良いのか分からなくなっているのではないか?だから、誰もが納得出来る形をみんなで考えたいんだ。」
ラオは皆の顔を見渡しながら、なるべく穏やかに見えるようにそう言った。
近いうちにタージルハンの色々な立場の人たちを集め、話し合いの場を設けることで、夕食時の話し合いはひとまず収まった。
「明日は、ガルヨの砦に行こうと思う。オニヤンマと叔母のシンジュの顔を見に行きたいんだ。」
夕食の後、ラオはクワガタにそう告げた。
「では、護衛の兵を集めましょう。」
クワガタはそう言って頭を下げる。
「そんなに大袈裟にしなくても良いんだよ?」
ラオが慌てて断ると、クワガタは少し睨むように「いけません」と言った。
「殿下はお自身の立場を軽く考え過ぎています。あなたはテムチカンの王太子でありタージルハンの王となるお方、護衛もつけずに行かせる訳にはいきません。」
クワガタの言うことは尤もなのである。自分の立場とは、何とも窮屈なものだとラオはため息が出る。
「すまなかった。でも、そんなに大勢で他の任務に支障が出るのは申し訳ない。出来るだけ少人数で頼むよ。」
ラオは手を合わせてクワガタにお願いする。クワガタは、「仕方ありませんね。」と少し呆れたように笑った。
マーマタンの3人も久しぶりにオニヤンマに会いたいと言うことで、結局タージルハンの兵士5人との9人で行く事になった。
朝早く、ガルヨ目指して出発する。
「今日はガルヨに一泊して、オニヤンマと叔母上の話をじっくり聞きたいな。」
ガルヨまでは、半日の行程である。慌ただしく日帰りでとも思ったが、現場の様子をしっかり見ておきたいと、ラオは一泊することを決めた。
「オニヤンマ殿は、第一線でクロヤノ族と対峙しておられる。懐かしさもありますが、いろんな情報を聞けそうですな。」
ヒツジグモは、決して楽しみだけの訪問では無いと少し緊張しているようだ。
「しかし、最前線であるガルヨに他国の俺たちが同行させて貰えると言うのは、ありがたい事ですね。」
アカホシは訪問出来ることを素直に喜んでいるようだ。
「ミカヅキ殿もまだガルヨ近くに居るって話だし、3人が同行することは変じゃ無いだろう。それにジームスカンの事が、大陸北部の団結に繋がっているかも知れないよな。カワウソ殿と同じ様に蜂蜜酒で、王族がおかしくなってしまった。クロヤノ族の動向を考えると、我々が一丸となるのは正しい。」
ラオはそこまで言って、己の責任の大きさを改めて考えさせられる。
一行は、昼前にガルヨの砦につく事が出来た。
「お待ちしていました。」
砦の門の前でオニヤンマが笑顔で出迎えてくれた。
かなり激しい戦いであったのだろう。オニヤンマの眉間には深い皺が刻み込まれている。隣にいたシンジュも、少し疲れた表情が見える。
「オニヤンマ、苦労をかけた様だな。叔母上も、タージルハンの為にずっと戦って来られたのですね。」
ラオは、タージルハンに帰れなかった事を詫びる気持ちでいっぱいになる。
「別に坊やの為だけじゃないよ。」
シンジュはそう言ってニヤリと笑う。
「私は私の正義のために戦っているんだ。君がテムチカン奪還とその後の事を考えている事は、十分知っているよ。それは君自身が思う正義なのだろう。でもね、私には私の正義がある。それには、君を助ける事が近道なんだと判断している。だから、私に負い目を感じる必要は無い。私たちは、同じ敵を前にした仲間なんだから。」
力説するシンジュに、ヒツジグモが何度も大きく頷いた。
「マーマタンとて同じ気持ちです。大陸の平和が我々の利益に繋がる。アケボノ様はそうお考えです。その中心に殿下が収まるのが都合が良い。だからこそ、マーマタンは殿下を全力で支えようと判断したのです。
その判断を殿下は打算的だと思うかも知れません。しかし、その打算こそがお互いに納得し合う条件なのかも知れませんな。」
お互いが納得するには打算も必要なのだと、ヒツジグモは言う。その言葉に、なぜクワガタがラオの即位を急ぐのか分かった様な気がした。他の国の脅威に晒されるよりか、テムチカンの属国になる方がはるかにマシだと思っているのであろう。
「俺にはまだ、腹落ちする境地には達する事は出来ないが、これが大人の考え方という物なのかも知れないな。」
ラオは、政治の複雑さを垣間見た様な気がした。
夜になって、食堂で兵士たちと共に食事を摂る。
「こうやって皆で食事をしていると、トルガに攻め入った事を思い出すな。」
あの時もこうやって、身分関係なく皆で食事をした。
「ガルヨ砦の伝統ですからね。無礼講で皆が遠慮なく意見を出し合いたいと、前の王ヤマネコ様が始めました。確か、ロジュン王とアケボノ殿との間で義兄弟の契りをした事がきっかけだったとか。」
「それは、なんと言う巡り合わせなんだ。父も、ここで皆と食事をしていたと思うと、感慨深いな。」
オニヤンマの説明に、ラオは深く感動する。
「昔から、ガルヨ砦の兵士たちは勇敢だと有名だった。それは身分関係なくこうやって食事することで、一致団結する強さだったんだね。」
シンジュはそう言って、オニヤンマに微笑みかけた。オニヤンマは、シンジュの視線に気付き、少し照れた様にはにかんだ。
ラオは、二人の間に親密な空気が流れている事に少なからず驚いた。
後で聞いた所によると、ガルヨでの攻防はかなり激しいものだったらしい。経験豊かなシンジュやオニヤンマからして、何度も死を覚悟したらしい。その戦いで二人の間には硬い絆が生まれたのだと、シンジュは教えてくれた。
決して華やかな恋愛感情では無い。しかしこれからの人生を、共に生きたいと二人は強く思ったのだそうだ。そう言う愛の形もあるのだと、ラオは二人の関係を心から応援したいと感動した。
「ローギやその他の村々は、うまく収束出来たみたいですね。さすが叔母上です。」
ラオはシンジュを褒め称える。
「兄貴からの援軍をもらってたし、スイギュウたちの士気は高かったたらね。みんな本当に生活がギリギリだったんだよ。あいつら、まさか反乱を起こされると思っていなかったのだろうね、戦の経験の無い町長たちがすぐに降参してくれたのも良かった。」
シンジュの話では、町長たちは反乱を聞いた時点で戦意喪失していたようだ。自分の儲け話にしか興味は無く、命懸けで自分の立場を守ろうともしなかったらしい。
「全く、なんて無責任なんだ。それでよく町長をしようと思えたもんだな。」
ラオは心底呆れた。
「テムチカンの政治が、どれほど腐敗しているかよく分かるね」
シンジュは深刻な顔になった。
蜂蜜酒に溺れていると言う噂が本当なら、テムドにはもう物事を判断する力は残っていないのだろう。テムドに元々政治の才があったとも思えないが、それでもある程度の常識は備わっていたはずである。
「ウミネコたちが、叔父上を利用して好き勝手しているんだ。。それをワニガメが裏で糸を引いているのだな。俺はワニガメが恐ろしいよ。」
ラオの口からつい弱音が出てきた。その後すぐにハッと我にかえる。大勢の兵士たちがいる前で、弱いところを見せる訳にはいかないと、頭を左右にブルブルと振った。
シンジュは、ラオのそんな姿を見て優しく笑う。
「ワニガメは本当に恐ろしいね。何が恐ろしいって目的がまるで見えないんだ。
大陸北部を手に入れたいと思うなら、武力を使って強引に制圧する方が早い。それだけの実力は持ってるよ。なのに、なぜこんなまどろっこしい方法を使うのか、本当に不気味だよね。」
シンジュの話を聞きながら、前に立ち塞がる敵の大きさに恐怖を感じるラオであった。




