地固め1
アーギタスの街に入ると、大勢の市民がラオの到着を待っていた。
「殿下、万歳!」
沿道のあちらこちらから大きな歓声が聞こえる。ミミズクに促され、ラオは訳も分からず集まる人々に手を振る。思わぬ出迎えに、ラオは驚き戸惑った。どうもこの騒ぎは、ミミズクが用意した物らしい。
「叔父上、これはどう言うことなのですか?」
ラオはミミズクに問いただす。
「お前はテムチカンの王太子だぞ?国民に歓迎されるのは良い事じゃないか。」
どこか戯けたようにミミズクは笑う。続けて、真顔になりこの歓迎の重要性を説いた。
「テムチカンの王が誰なのか、それを国民に知らしめる事が重要なんだ。ただ、俺は帰還する日を先に伝えただけで、このように出迎えてくれたのは市民の自発的な行動なんだよ。お前はそれが嬉しくは無いのかい?」
「そりゃ、歓迎されて嬉しいに決まっています。なんだかタージルハンの騒動の時を思い出す。あの時もこんな風に町中の人が集まってくれた。しかし、俺はアーギタスに何かをもたらした訳では無い。なのにこんな風に歓声を貰えると、なんだ悪いような気がします。」
ラオは柄にも無く遠慮がちにそう言った。その姿を見てミミズクはまた笑った。
「この歓声は、お前への期待の表れなんだよ。確かに、ハチドリ王への援軍はアーギタスに直接関係ない事だと思う市民もいるかも知れない。しかし、テムチカン奪還のための地固めには必要な事だとみんな、理解してくれているんだ。
お前も知っての通り、この街は大陸南部との交易が盛んである。それだけにクロヤノ族の脅威は身近だ。それに対抗する為にも、お前には頑張ってもらいたいと皆が期待している。」
「責任重大ですね。」
ラオはごくりと唾を飲み込んだ。
総督府に入ると、タージルハンから報告書が届いている事を教えられた。
早速、手紙を読みラオは驚いた。
「マーマタンにいたテムチカンの者たちが、随分前からタージルハンに入っていたらしい。その代表にアゲハの名前がある。」
「アゲハ様が?と言うことはクロヤノ族を撃退できたのか?かなり大掛かりに攻め込まれていたと聞いていたが、さすが防衛の要であるタージルハンだな。」
ミミズクは目を大きく見開いて、驚いている。ただ、アゲハが代表になったことより、タージルハンの防衛力に興味があるようだ。
「カワセミ、セキバとマーマタンのミカヅキ殿を中心に援軍に来てくれたそうだ。他には、シンジュおばさんもガルヨ砦で活躍しているみたいです。その甲斐もあってか、クロヤノ族の撃退には成功したみたいですね。ただ、まだ油断は出来ないと報告にはあります。アゲハも衛生兵を組織してついて来たらしい。全く無茶をするんだから。」
アゲハが危険を顧みず一緒に戦に参加したと言う事実に、ラオは怒りを覚える。
「落ち着くまではと、アケボノ殿にはあれほどアゲハのことをお願いしていたのに。」
思わず怒りの声をあげてしまう。その様子を、少し呆れたような顔でミミズクが窘めた。
「アゲハ様が入ったのは、アケボノ殿の提案らしい。これは素晴らしい采配ではないか。」
ラオから報告書を受け取ったミミズクが、じっくり目を通した後にそう分析する。
「どう言うことですか?アゲハが危ない目に遭うかも知れないのに!」
アゲハの事になるとどうにも冷静でいられない。
「落ち着けよ。アケボノ殿ともあろうお方が、アゲハ様を無闇に危険に晒すはずはないだろう。これはお前がタージルハンへ堂々と帰還する為だぞ。」
ミミズクは、まるで説教をするように言う。。
「お前はタージルハンの王代理なんだぞ。それなのにお前はずっとタージルハンにはいない。クワガタ殿に権限を与えたとしても、タージルハンでは納得しかねるものも出て来るだろう。しかも、お前が離れてからクロヤノ族の大群がせめて来たんだ。お前に対しての不信感は相当なものだったろうな。
アケボノ殿はそんな状況をしっかり把握していた。だから未来の王妃であるアゲハ様をタージルハンへと送ることにしたのさ。お前の側近であるカワセミとセキバたちと共にな。
この報告書では、アゲハ様はクワガタ殿やオニヤンマ殿達と協力し、負傷した兵士の救護や、戦によって困っている国民達への救済に尽力しているとの事だ。その甲斐もあって、アゲハ様はタージルハンの民から信頼を勝ち得ている。それは全て、お前が堂々とタージルハンへと戻れるようにと言う事なんだぞ。」
そんな事ぐらい、ラオだって分かっている。しかし、アゲハが心配でならぬのだ。ラオがそう訴えると、ミミズクはフッと息を漏らし笑い始めた。
「お前が、どれほどアゲハ様を愛しているのかよく分かるな。しかし、それはアゲハ様も同じ事。報告を見る限り、アゲハ様はお前の為に率先して働こうとしていらっしゃる。お前たちは本当に、良い夫婦になれるだろうよ。
古来より、大きく栄える国は王と王妃の絆が強いと言われている。本当に良き妻を娶ったな。」
優しく笑いながらそう言われた。
ミミズクにそこまで言われると、ラオも冷静にならざるを得ない。
ラオは真剣な顔で、アゲハを妻に選んだことがどれほど誇らしいか、どこを探してもアゲハほどラオの妻に相応しい女はいないであろう事。そして、自分もアゲハに相応しい男でありたいと、ミミズクに力説した。
ミミズクはラオの惚気を少し呆れた様に笑っていた。
報告はカントからも来ていた。
カントは今、表向きはテムチカンに服属しているように振る舞っているが、実質的にはカサゴが街を掌握しているらしい。
「カサゴの影響力と言うのは相当なものだな。それにしても、カジキががよく頑張ってくれている。」
報告書に目を通しながらラオは満足の笑みを浮かべる。
「カント駐在の軍もカサゴ殿の影響下にあるようだな。見ろ、コヨーテ殿の名前もある。彼ほどの重鎮が、我らに付いてくれているのはありがたいな。」
ミミズクは、嬉しそうに笑う。
「そのコヨーテ殿と言うのは、いつもロジュン王の傍で戦っていた、あの人ですか?」
ずっと黙って話を聞いていたヒツジグモが反応した。ラオは少し驚いたが、ヒツジグモの主君であるアケボノとロジュンは、何度も戦場で共に戦っている。ヒツジグモが知っていてもおかしくは無い。
「ヒツジグモも会った事があるのか。コヨーテは祖父殿にも負けず劣らず豪快でな、子供の頃よくチャンバラごっこで遊んでくれた。子供相手に本気で倒しに来る、恐ろしい爺さんだよ。」
子供扱いせずに本気で遊んでくれたコヨーテに、ラオとセキバは誰よりも懐いていた。
「コヨーテは、歳をとっても変わらず元気そうなんだな。」
ラオは子供の頃を思い出し、微笑んだ。
「俺も、コヨーテ殿の武勇伝を聴きながら育った口だからな。早く会いたいものだ。」
ミミズクも懐かしそうに目を細める。
「あの爺さん、昔から子供に好かれるんだよな。」
ラオは心から愉快な気持ちになる。
ミミズクの話で分かった事だが、祖父のガジュマルと、カサゴ、コヨーテの3人は旧知の仲であるらしかった。3人はラオが留学するずいぶん前から、テムドたちの動向を危惧していたらしく、何度もロジュンへ進言していた。ロジュンもその進言に耳を傾けてはいたものの、やはりテムドへの罪悪感の為なのか、なかなか行動へ移すことは無かった。
遂に業を煮やしたガジュマルが、「このままではラオ殿下にも危害が及びますよ。」とロジュンに訴えた。ラオの急な留学の決定にはこう言う経緯があったのだ。
ガジュマルはそのまま表舞台から退き、ミミズクとシンジュとの連絡を続けた。カサゴはカントで隠密たちを束ねる様に、そして、コヨーテはテムチカン軍に残り内部を探る事を、ロジュンから密かに命じられたのだ。
ロジュンの下した命令は、ラオが正式にテムドへの対立を表明するまでは、ラオ本人にも伝える事は禁じられていたと言う。ミミズクも最初の頃は、ガジュマルからの連絡が来るだけで、3人が繋がっている事を知らされなかったと言った。
「父上は、何もかも知っていた。。そして、俺にも内緒にするほど慎重に先のことを考えていた。」
テムドに殺されるその先を見ていた父王と、父の思いを守ろうとする3人の忠義。ラオは感嘆のため息しか出て来なかった。
「父上の忠誠心に感動さえ覚えるな。3人はずっと裏から我々を導かんとしていたんだ。」
ミミズクもしばし目を瞑り、偉大な父親に思いを馳せる。
「アゲハが、俺のために動いてくれている。俺は一刻も早くタージルハンへと帰りたい。」
ラオは、アーギタスについた次の日には出発の準備を始める。
「我々も、そろそろ故郷が懐かしいですな。」
ヒツジグモはそう言って豪快に笑う。少しぐらい休みたいであろうに、急ぐラオにそう言ってくれるのが嬉しい。
旅の準備が始まると、「そんなに少人数で本当に大丈夫なのか?」とミミズクが聞いてきた。
あまりに簡素な旅支度には、流石のミミズクも面食らったらしい。
自由に旅を出来るのはこれが最後かも知れないと言うラオの気持ちを慮って、マーマタンの3人が4人で旅する事を提案してくれたのだ。もちろんラオは大喜びである。隠密行動で移動する事によって、道中の人々の様子もしっかり見ることが出来る。ミミズクは心配するが、なんと言ってもこの3人である。どんな用心棒より心強いとラオは説き伏せた。
「身軽な方が、早く進めるってものです。」
ミミズクを説得する際、ヒツジグモはそう言って笑っていた。
3人の説得の甲斐もあって、最終的にはミミズクも納得して少人数の旅を、苦笑いで許してくれた。
旅立ちの朝、ラオは見送りに集まってくれた街の人たちに手を振った。
「さらばだ。テムチカンを奪還した暁には絶対に戻って来る。その時にまた会おう!」
大勢の歓声に見送られ、ラオたちはタージルハンへと馬を走らせた。




