ジームスカン王16
ラオたちは10数名の兵士たちと手分けをして、この辺りに潜んでいるであろう傭兵どもを探す事にした。
「細かい路地が多いのは確かですが、この辺りまで来ると行き止まりも多く、他の地域に逃げられる心配は少ないかと思います。」
元々ここに住んでいたと言うジームスカン兵が、案内しながらそう言った。
「それは良いな。奴らが潜むような場所も分かるか?」
ラオは、詳しく話すように促した。
「この三叉路を右に行った辺りが怪しいですね。人がすれ違うのも難しいような、狭い路地が入り組んでいて逃げ込むにはもってこいです。しかも、どの道も袋小路になっていてどこにも通じておらず、他の侵入者の立ち入りを防ぐ事も簡単です。」
兵士はそう教えてくれた。
「入り口だけ守れば籠城はできると踏んでいるのか。でも、自分たちの退路も断っている訳で、時間を掛けて追い詰めればいけそうですね。」
ニシカゼが顎をさすりながら考えている。
「ただ、一番奥に俺の親父が働いていた絹糸問屋の倉庫があります。そこは裏口になっていて、大通りに面して大きな玄関口があります。表から傭兵たちが逃げ出す可能性は考えられます。」
案内の兵士はそう言って、少し不安そうな顔をする。
「それは、大丈夫じゃないでしょうか?大通りは兵士が大勢いる。住民の避難誘導もあるが、それ以上に傭兵たちには目を光らせているはずです。そんな目立つ場所にノコノコ出て行く事は考えられない。」
アカホシが傭兵たちの行動をそう推理した。それはラオも納得出来る意見だ。
「今更大通りに逃げるぐらいなら、こんな細い路地に来る必要も無いだろうしな。彼らの目的が、ジームスカンを道連れにする事なら、大通りに出る必要は無い。ただ、その倉庫に潜んで火をつける可能性はあるかも知れない。」
ラオは新たな危険が迫っているのではと危惧した。
「それは大いに考えられますな。よし、その倉庫とやらに急ぎましょう。」
ニシカゼもそれを心配したのか、厳しい表情で頷いた。
「ところで、この路地にいた人たちは避難できているのだろうか?」
一般人の犠牲は最小限に抑えたい。
「それなら心配は要りませんよ。」
近くで話が聞こえていたのだろう。作業していた中年の男が声を掛けてきた。ラオは思わず顔を向ける。
「おじさん!無事でしたか。」
案内役の兵士とは顔見知りのようだ。
「誰だと思ったらヨモギじゃないか。最近見なかったが、元気そうだな。」
男は懐かしそうに顔を綻ばせた。
「今はハチドリ様の軍に参加しています。」
男は。「そうかそうか。」と嬉しそうに頷いている。
「ところで、ここの路地の人たちは無事に避難出来たのですか?ここには俺の親も住んでいた。」
ヨモギと呼ばれた兵士が心配そうに聞いた。
「アンムの街が落ちてしばらくすると、王宮にいた傭兵どもがあの一角に押し込んで来てな。そこに居た者たちは追い出されたんだよ。お前の親も少し離れた場所に無事逃げて行ったよ。」
クロヤノ族に不信感を持った傭兵たちが、この場所を利用しようと早くから目を付けていたのかも知れない。ラオは男の話を注意深く聞いた。
男の説明では、残っていた少人数の人たちも、火が着いた後すぐに避難出来たらしい。
「後は、ジームスカンの兵たちが皆を誘導してくれたよ。俺はそのまま残って消火の手伝いをしている。自分たちの住んでいた家を取り壊すのは辛いが、火が回って都が燃え落ちる方がもっと辛い。」
辛いと言いつつも、男の顔には誇らしささえ伺える。皆が一丸となって王都を守ろうとしているのだ。ラオはその心意気に感動する。
「傭兵どもは一人残らず探し出してみせる。消火活動の方は頼みましたよ。」
いきなり若い男に声を掛けられ、男は少し驚いたようだった。彼はラオの事を知らない筈だ。それでもなんとなく圧倒されるものがあったのだろうか、「任してください。」と力強く頷いた。
路地裏は想像以上に、細く薄暗かった。
「金の無い奴らが、ひしめき合って暮らしてたんです。俺はそんな貧乏な暮らしが嫌で、ちょっとでもお金を稼ぎたいと兵士に志願しました。」
ヨモギはそう説明しながら、一見見逃しそうな細い路地を丹念に覗き込む。
「路地に傭兵は見当たらないですね。建物の中だとすると、なかなか見つけるのは厄介だ。」
ヨモギはため息まじりに、首を横に振った。
「仕方ない。手分けして片っ端から家を開けていこう。万が一逃げ遅れた人がいるとも限らない。おい!人数が必要だからもう少し兵士を集めてきてくれ!路地の入り口を塞ぐんだ!」
ラオは近くにいた兵士に命じている間にも、一番近くにあった建物の扉を力一杯開く。
「殿下、単独行動は危険です。」
ニシカゼが慌てて側に来る。
「分かっている。しかし、ジッとしていられないんだよ。」
「気持ちは分かりますが・・・。」
早口で叫ぶラオに、ニシカゼはやれやれと苦笑いする。
「みんな、気をつけて虱潰しに調べるんだ!」
背後でアカホシが、ラオの代わりにみんなに指示を出していた。ラオは、頭を掻きながら、「すまん、勇み足すぎた。」と謝った。
何度が建物の中に潜む傭兵を発見し、小さな戦いが起こる。それでもラオたちは、慎重に路地を進みながら無事に路地の奥までたどり着いた。そこには、大きな倉庫らしき建物の入り口があった。、
「ここが、さっき言っていた絹糸問屋の倉庫の裏口になります。」
突き当たりの小さな扉を前に、ヨモギが説明してくれた。
「立て籠もるには良い場所ですよね。正面玄関さえ閉じて仕舞えば絶好の隠れ場所です。外から見るより中はかなり広い。」
「なるほど。よし全員で踏み込むぞ!」
ラオの合図で大きな鉄槌を持った兵士が現れ、扉を強引に叩き壊した。
中に入ると、敵が息を潜めているのが感じられる。もちろん気のせいかも知れないが、それでも、敵の気配が確実に分かる。
「この中には入った事はあるか?」
ラオは小声でヨモギに聞く。
「幼い頃は遊び場でした。棚で仕切られていますが、全体的には大きな空間が一つだけです。物陰になっているのでちょっと怖いですね。」
ヨモギはかなり緊張しているようだ。
「いくつかの組に分かれましょう。」
ニシカゼが提案してきた。
「よし!何組かで分かれて進もう。しかし敵と遭遇したらすぐに集まれるように、周りの様子もしっかり伺って行くんだ。」
ラオがそう指示を出すと、全員が無言で頷いた。
荷物で仕切られた通路は人がやっとすれ違うほどの狭さで、所々横に空間ができている。
(まるで、アリの巣かなんかに迷い込んだ気分だな。)
いつ飛び出してくるかわからない敵に、ラオの緊張は頂点に達する。それでも歩みは順調に進み、やがて倉庫の端にたどり着く。
「この通路に敵は居なかったようだな。」
ラオはホッと息をついたその直後、大きな叫び声が響き渡った。その声が味方のものか敵のものかは分からない。
「どこからだ!」
ラオは叫びながらももと来た道を引き返す。すると、10人ほどの傭兵が狭い通路を我先にと走ってくるのが見えた。後ろからジームスカン兵に追い込まれているようだ。
ラオはすかさず入り口を塞ぎ、傭兵たちの退路を断つ。行き場をなくした傭兵たちは、目を血走らせ剣を抜いて向かって来る。
「奴らから話を聞きたい。なるべく生け取りにしろ!」
ラオが周りに指示を出す。兵士たちは傭兵を分散させる様に動き、一人に対して数人で取り囲もうとした。
そんな中、「ギャーっ!!」と大きな叫び声が聞こえる。見ると、一際体格の大きな傭兵が、長剣を振り回し暴れていた。目をカッと見開き、敵味方関係なく斬りつけようとするその姿はまるで悪鬼のさながらで、さすがのラオも少し怯んでしまった。
大男は、ラオの隙をつく様に突進して来る。突然の出来事に、ラオは思わず目をギュッと閉じて固まってしまった。
「ウッ。」
低い呻き声で目を開けると、男はふくらはぎあたりから血を流しのたうち回っている。その横で顔色ひとつ変えず、ニシカゼが剣を鞘に収めていた。まるで夢の様な光景に、ラオは呆然としてしまった。
「殿下、危ないところでしたね。」
慌てたように駆け寄って来たアカホシに、ラオは我に帰る。そして、5人がかりで押さえつけられている男を見た。男はもがきながら悪態をつき喚き散らしている。
「こいつは?」
まだ心臓がバクバクしている。ラオは、落ち着きを取り戻すように、アカホシに傭兵たちを追い込んだ状況を質問した。
「傭兵を見つけたのは私たちの組です。相手にもすぐに気付かれ戦いになろうしたところ、隣の通路にいたニシカゼがいち早く気がついて、荷物を蹴散らし傭兵の奥に回り込むように駆けつけてくれたんです。いきなり現れたニシカゼに斬りつけられた傭兵たちは恐慌をきたして、ここに逃げ出して来たという事ですね。」
ここでも、ニシカゼの判断が功を奏する。全くもって恐ろしい男である。
ふくらはぎを斬られた男の呻き声に反応して、ラオは男に目を向ける。
「こいつは、傭兵隊長ですよ。ジームスカンにいる傭兵はみんなこいつの指示で動いていた。」
男を睨み付けながら、ヨモギが叫ぶ。ラオはその言葉に無言で頷き、男の方へと向き直る。
「お前、ワニガメから直接命令されていたのか?」
「うるさい!俺はワニガメ様にこの国をやると言われてここまで来たんだ!まさか、臆病者の次男坊が出て来るとはな。俺を殺したところで無駄だぜ。ワニガメ様が黙っていない。」
男は噛み付く様に叫び、わざとらしく笑った。
「そうならないように、俺が戦う。まあいい、こんなところで話を聞いても仕方ない。早くこいつをアカエイ殿に引き渡そう。話を聞くのはそれからだ!」
ラオは、睨みつけるようにそう言った。その迫力に怖気付いた訳でも無いのだろうが、男はそっぽを向いて、「好きにしやがれ。」と強がった。




