ジームスカン王15
「ここはもうこれ以上燃え広がる事はなさそうだな。」
ミミズクは満足そうに火の周りを確認している。
「それでは、本丸へと乗り込むとしよう。」
ラオは気を引き締めるように、まだ黒々と煙が立ち昇る方向を睨みつける。
「ここにいた傭兵たちは、全て倒すことは出来たのですか?」
ハチドリはずっと路地に潜む傭兵を警戒している。
「全員かどうかの確認は今の状態では無理ですが、避難している人たちの話では傭兵どもはあちらの現場に集中している様ですな。」
右手で煙の方を指し示しながら、ミミズクは答える。
「なるほど、建物が密集している上に傭兵たちと戦いながらだと、消火が思う様に行かないのも頷ける。」
ラオは納得したように言った。
「消火が終わった所から向こうに駆けつけているのだが、まだかなりの傭兵がいるみたいだな。こちらも結構な数の兵士がやられている。」
そう言うミミズクは本当に悔しそうだ。
「では、我々も一刻も早く向かいましょう。」
ハチドリはそう言うと、皆の返事も待たずに煙の方へと歩き出した。ラオたちも急いでハチドリの後を追うように煙の立ち上がる方へと進んだ。
一度、大通りに出てから改めて火災現場へと向かう。
「入り組んだ道を行くより、この方が早いと思うのです。」
先頭を歩くハチドリが説明する。
「路地に阻まれて、現場に行くことが難しいですからな。アカエイ殿が路地に詳しい道案内を付けてくれなければ、消火にはもっと時間が掛かったでしょう。」
現場にたどり着くまでよほど苦労したのであろう、ミミズクは何度も何度も頷いた。
「目の前にある筈なのに、建物が邪魔してなかなか目的地に辿り着けないなんてことはザラにありますよ。」
ハチドリはそう言って苦笑いする。
王宮を出た時は責任感だけで動いているような悲壮感があったが、民たちを守ると言う使命感が彼をしっかりと立ち直させたようだ。自分は臆病者だといつも謙遜しているが、責任感は誰よりも強い。
率先して現場で働くハチドリに、民たちも勇気をもらっているようだ。避難のために道を急ぐ人たちが、ハチドリに激励の言葉を掛けてくる。ハチドリも嬉しそうに民たちに手を振る。
ハチドリは、誰からも愛される偉大な王になるだろう。誇らしさと自分もそうなれるかと言う不安と焦燥、複雑な気持ちでラオは、ハチドリを見守っている。
火災現場が近づいて来ると、逃げて来た住民とその避難民を誘導する兵士の数が増えて来た。住民たちは皆、疲れ切った不安そうな顔で足を引き摺るように歩いている。
「皆不安でしょうがないのだろうな。」
ラオは同情するように呟いた。
「都の立て直しには、相当時間がかかりそうですね。彼らの生活できる場所を作らなければならない。」
ハチドリは少し途方に暮れているようにも見える。
「私は以前アーギタスの街を再建した経験がある。ハチドリ王が望むのであれば、その経験を活かし出来るだけ協力させて頂きますよ。」
ハチドリを安心させようとしているのか、ミミズクは快活に笑った。
「アーギタスには何から何までお世話になっている。本当にどれだけ感謝しても足りません。」
ハチドリは深く頭を下げ、ミミズクに感謝の言葉を述べる。ミミズクは首を振りながら、「ジームスカンだけの問題ではありませんからね。」と静かに言った。
「此度のジームスカンの騒動、これは大陸北部全ての問題でもあるのです。我々共通の敵、クロヤノ族を倒す為には、どこの国もしっかり力を蓄えなくてはなりません。我が甥のラオがテムチカンを奪還した暁には、ジームスカンとの硬い絆が必要となるのです。ですから、ジームスカンに力を貸すと言うことは我々のためでもあるのです。」
ミミズクは真剣な目をハチドリに向けて、はっきりとそう言った。
「そう言って頂けるとありがたいです。私ももちろん、ラオ殿下との友情を信じております。ジームスカン復興と共に、ラオ殿下への協力を惜しまないつもりです。」
ハチドリも同じく真剣な眼差しでミミズクに応え、ラオに向き直り手を差し伸べてきた。
「殿下、この友情は永遠でございます。」
「うむ、共に南の大陸の平和のために戦おうじゃ無いか。」
ラオはハチドリの手を握り、改めて義兄弟の絆を確かめ合った。
「ニシカゼさん!こちらに来てたんですね。」
場違いに明るい声に驚き、ラオは声のする方へと顔を向けた。そこには煤で顔を真っ黒にしたイナホの姿があった。
「お前もここに回されてたのか。」
イナホに釣られた訳でも無いのだろうが、ニシカゼも珍しいほどの明るい声で返事をした。
「戦闘はまだまだ未熟ですが、体力は誰にも負けませんからね。人を助ける仕事の方が向いているのかも知れません。」
イナホはニッコリと笑う。
「ここいらには、傭兵の残党が多く潜んでいると聞いた。決して油断するんじゃないぞ!」
ニコニコするイナホにニシカゼが釘をさす。
「分かってますって。自分の身は自分で守れってニシカゼさんの言葉を忘れていません。」
イナホはそう笑って敬礼をし、自分の作業へと戻って行った。
「相変わらずお調子者だよな。あいつ。」
ラオが苦笑いでイナホを見送ると、本気で心配しているのであろうニシカゼが、深いため息で答えた。
「ミミズク様、お疲れ様です。あっ殿下もご一緒でしたか。と言うことは王宮の方は片付いたんですね。」
この辺りを監督していたクロヒョウが声をかけてきた。ラオたちの無事な姿を見て、安心したようである。
「街の消火は殆んど片付いた。後はここだけだよ。傭兵たちが潜んでいてなかなか進んでいないようだな。」
ミミズクは厳しい表情で、現場の状況を聞く。
「全く油断ができませんよ。どこから傭兵に襲われるか分からない。しかも路地が細かく入り組んで、どの建物を打ち壊すと効果的なのか判断も難しい。今やっと、住民たちの避難が完了した所です。」
悔しそうに首を振りながらクロヒョウは報告した。
「この辺りは特に路地が細くなってますからね。火の周りも早そうだ。」
ハチドリが辺りを見渡し、苦しそうにつぶやく。
「俺たちはどうすれば良い?傭兵たちが動けないように、作業しているものを護衛しようか。」
ラオがそう提案すると、クロヒョウは「滅相もない!殿下にそんなことさせられません。危険すぎます。」と手を振って断ってきた。
「こう言う時に、安全な所でただ見てるだけなんて性分じゃ無いんだよ。・・・、て言うか、そんなにこっちは被害が出ているのか?」
ラオは被害状況が気になった。聞かれたクロヒョウは少し深刻そうな顔をした。
「ジームスカン側の兵士が300人、アーギタス側でも50人の死者が出ています。住民側の被害はまだわかりませんが、相当数の人間が亡くなっていると思われます。」
「ここの火災だけでの死者数か?」
思った以上の被害に、ラオは絶句する。
「門を解放する時に出た数を入れると、ジームスカン軍の被害は1000人は下らないでしょう。」
「何と言う事だ。」
ハチドリの鎮痛な表情に、ミミズクはわざと大きな声で意見する。
「王よ!戦を始めたなら、被害が出る事は仕方がないこと。今はそれを気にする時ではありません!今生きている者の方がよほど大事なのです。これ以上被害を出さない様に、動き続けなければいけません!」
ミミズクの言葉は、ハチドリだけでは無くラオの心にも響いた。
「そうだよな!叔父上、俺たちは消火部隊の護衛に回る。ハチドリ王、行こう!」
「分かりました。今はこの事態を収めることだけを考えましょう!」
ハチドリの目にも、光が戻った気がする。
現場の指揮をミミズクに任せ、クロヒョウも護衛に回り二手に分かれて動き出す。ハチドリとクロヒョウ、イタチの3人は打ち壊しをしている者たちの護衛に専念し、ラオはニシカゼとアカホシは、一番奥に傭兵どもが多く潜んでいる事を聞き、そこに向かう。
「まだ何人傭兵が残っているのかは分かっていません。殿下くれぐれもお気をつけて!」
クロヒョウは緊張の面持ちで注意を促して来た。
「分かった。気を引き締めて向かうとしよう。」
ラオたちが大きく頷き、一斉に奥へと走り出した。
路地を進んで行くと、兵士たちに混じり住民たちも協力して、周りの家を取り壊していた。中には自分の家を取り壊す事になる者もいるだろうに、一丸となって柱にくくりつけた縄を引っ張っている。その顔には絶望の中でも町を守るとい言う使命感が表れている様に見えた。
「自分の家を取り壊すのは耐え難いだろうに、なぜこんなに協力的になれるのか。」
ラオは、人々の働きに感動するのと同時に疑問に思う。
「それは、街を守る事で希望が持てると感じているのでは無いですか?」
アカホシはそう言う。
「どう言うことだ?」
「それだけ、ハチドリ王に対しての期待があるのだと思えます。彼は王を名乗ってから、皆に見える形で国民を守ることを表明した。そしてとうとう王都を解放するのだと、ここまでやって来た。だからこそハチドリ王に続けと、自分のことを差し置いてでも街を守るのだと思います。」
「俺も、そんな風に民衆を纏める事が出来るだろうか。」
成長をずっと側で見つめて来たラオにとって、ハチドリは眩しく輝き少し遠い存在にも思えてくる。それはこれから訪れるであろう、自分自身の戦いへの不安でもある。
「先の事は私たちには分かりません。しかし、殿下はご自身の理想を高く掲げ、その決意をずっと持っている。今はそれが一番大事では無いですか?その姿勢に人々は付いて行こうと思うのです。」
「そうかも知れないな。」
アカホシの言葉が胸に刺さる。分かっているが、ハチドリの堂々とした姿にどうしても焦りを感じてしまうラオであった。




