ジームスカン王14
ハチドリは、ただバンブーの亡骸を見つめていた。ラオもかける言葉が見つからず、隣で黙っている事しか出来ない。
どれぐらいそうしていただろう。大声で呼び掛ける声が近づいて来た。ハチドリがハッと顔を上げ、「何事だ!」と声のする方に向かい叫ぶ。
兵士が二人、息を切らしながら王妃の間に駆け込んできた。
「大変です!傭兵どもが火を放ちました。町のあちらこちらから火の手が上がって、市民が大混乱を起こしています!」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。ハチドリも顔を真っ青にして固まる。
「ハチドリ王!早く街の様子を見に行きましょう!」
ヒツジグモが大声で叫ぶ。ハチドリは自身の責任を思い出したかのように大きく頷いた。
「イタチ!お前も手伝え!兄や父王の愛したジームスカンの街を救うのに力を貸せ!」
ハチドリは、厳しくも精悍な顔つきでイタチに対し命令を下す。それまでバンブーの横で力無く座っていたイタチは、ゆっくりと顔を上げ不思議そうにハチドリを見る。
「俺はお前の敵だったんだぞ。ジームスカンの混乱は俺らが招いたことだ。なのに手を貸せと言ってくれるのか?」
「お前も兄も、ジームスカンを守ろうとしていたんだろう?その気持ちが本物なら、手を貸してくれ!」
ハチドリの気持ちに迷いは無かった。そこまで言われて、バンブーも覚悟を決めたらしい。
「こんな俺を信頼して頂き、ありがたき幸せ。力の限り街を守ります。」
簡略的な臣下の礼を取り、ハチドリに従う事を了承した。
王宮内の安全確保の為、連れてきた兵士とクスノキ、そしてヒツジグモを残し、ラオたちは王宮の外へと飛び出す。
街は想像以上に被害が広がっている様に見えた。少なくとも10ヶ所以上から煙が上がっている。今まで家の中に隠れていた人たちが、慌てふためき外に出て逃げ惑う。中には家族と逸れてしまったのか、必死で名前を呼ぶ声が聞こえる。まさしく阿鼻叫喚の地獄絵図である。
「なんと言うことだ!」
あまりの光景にハチドリは声を失う。
「ハチドリ様!王宮の中は大丈夫でしたか!」
ラオたちの姿を確認したのか、アカエイがこちらにかけて来る。
「アカエイ!これは一体どうしたのだ!」
「申し訳ございません。まさか火を放つとは思わず、油断してしまいました。」
「奴ら、後宮の者たちも無差別に殺しまくって、火を付けようとしてたよな。もしマーマタンの3人がいなければ、王宮も燃えていた。」
自暴自棄になって、ジームスカンの王都諸共道連れにするつもりなのかも知れないと、ラオが指摘した。
「それは考えられますな。兎も角、今は火を消し止める事に兵たちは全力で動いていおります。」
アカエイは顔を青くして唸る様にそう言った。
「叔父上はどうしている?」
ミミズクの姿が見えない。
「ミミズク殿は消火活動の陣頭指揮をとってくれています。なんでも十年ほど前にアーギタスが大火に見舞われた事があって、その時の経験を活かし兵士たちを指揮してくれています。」
アーギタスの大火の話はラオも聞いた事がある。街の半分近くを焼く大火事だった。その時のミミズクは、自ら市民の避難と消化活動の陣頭指揮を取り、それだけの大火にもかかわらず被害者の数を10人ほどに抑えたと言う。その後の復興も、テムチカンから援助があったとは言え僅か2年で元の華やかなアーギタスに戻した。ミミズクがアーギタスで絶対的な人気を誇るのも、その時の活躍で人々に信頼されたからであろう。
「確かに、こう言う時の叔父上には底知れない力を感じる。よし、俺らも叔父上を手伝いに行こう!」
「私も行きます!アカエイ!僕にはこう言う時の判断はまだ難しい。だからお前に全権を任せる。僕はミミズク殿に指示を仰ぎ、民と一緒に消火活動に専念する。それぐらいしか僕には出来そうにないからな。後、王宮の傭兵はもう殲滅して安全だから、市民の避難場所に使うが良い。多分あそこが一番安心できるだろう。」
ハチドリは迷う事なく、王宮を避難場所に指定する。その言葉にアカエイは何かを察した様だった。
「では、もうバンブー様は・・・。」
「うむ、兄は僕を庇って死んだ。だが、詳しい話は後だ。とにかく今の王宮の主人はこの僕だ。その僕が避難場所に指定するのだから、遠慮なく王宮を使ってくれ!」
そう言うハチドリの顔には、並々ならぬ決意が表れていた。
「王宮を使えば、市民の避難はやり易くなりますね。それでは私はここで全体の指示をさせて頂きます。王よお気をつけて。」
アカエイはハチドリの命令を恭しく受け取った。
「俺も消火活動に参加します。俺だってこの街が好きなんだ!」
イタチが叫ぶように懇願した。
「分かった。イタチお前も一緒に行こう。」
ハチドリが大きく頷く。この二人の間に確かな信頼関係が生まれている事に、ラオは驚きと共に感動さえ覚える。
(どんなにいがみ合ったとしても、何かのきっかけで信頼できることもあるのだな。)
人間の感情と言うものは面白いものだと、ラオはつくづく思う。
ラオたちはとりあえずミミズクの元へと向かう事にした。
途中、叫び声を上げながら逃げ惑う人々を誘導する兵士たちを見かける。話を聞くと、ミミズクの指示で町に点在する広場へと避難民を誘導しているらしい。
「その人たちも王宮に避難させよう。」
ハチドリは兵士に命令し、市民が各広場に避難していることをアカエイに伝えさせた。
「この広場からは、街に立ち昇る煙の様子が分かりますね。今、煙の柱は7本見えます。そのうち3本ほどは勢いが少なくなっている様ですね。王宮を出た時は10箇所ぐらい燃えていたように見えましたが、他のところは消化できたのでしょうか?」
アカホシは今まで冷静に街の様子を観察していたようだった。
「これだけの火災を消化する水は、何処から持って来るのでしょうかね。この街は木造が多いから一度火が付くと消火は難しそうなのに、思っているほど広がってい無いですね。」
ニシカゼは不思議そうに周りを見渡す。
「火が燃え広がらない様に、周りの家を打ち壊すんだよ。ジームスカンもそうだが、テムチカンも木造建築が多い。テムチカンでも何度か火災に見舞われているが、いつもそうやって延焼を防いでいる。」
ラオの子供時代にも、中規模ながら何度か火災を体験している。その度に父王ロジュンが打ち壊しをする様にと指示していた。
「まだ燃えていない家を壊すんですか?」
ニシカゼは心底驚いたと言う顔をした。
「マーマタンは煉瓦造りの建物ばかりだから知らないか。木造の建物は火の勢いが酷くなると手がつけられなくなるんだ。だからその前に延焼を防ぐ事が大事なんだよ。俺が聞いた話では、叔父上の打ち壊しには躊躇が無いらしい。確実に延焼を食い止める事が肝心なんだって、聞いた事がある。」
「そう言うものなんですね。煉瓦造りの建物と羊毛で作られたテントで暮らす我々には想像も付かなかった。」
ラオの説明にアカホシも目を丸くする。確かに煉瓦造りのマーマタンでは、火災すら珍しいことなのだろう。それはラオも同じで、どんなに砂嵐の恐怖を聞かされた所でよく理解出来ない。 国によっていろいろ事情が変わってくるものだろうな。ラオは何となくそんなことを考えた。
やっとの事でミミズクを見つける。
「もう王宮の方は大丈夫なのですか?」
ミミズクは開口一番ハチドリのことを気に掛ける。
「おかげさまで、決着はつきました。」
一緒にいるイタチを見て、何か察する事があるのだろう。ミミズクはそれ以上聞く事はなく、火災の状況を報告した。
「ここはもう少し時間がかかりそうですが、大方のところは消火の目処が立ちました。しかし・・・。」
ミミズクはそこまで言って北東を指差す。
「どうも建物が密集しているらしく、あそこだけは火の手が大きくなる一方です。」
ラオは、ミミズクの指差す方を見る。なるほど、明らかに他の場所より炎の勢いがあるのか、黒い煙が空高く昇っている。
「あの辺りは商人たちの倉庫が多い場所ですね。そこで働く人たちの住処と一緒になって、この街でも一番複雑に込み入った場所です。しかも道が狭い。」
ハチドリは蒼白になりながら、立ち昇る煙を見ている。どうも傭兵どもは一番被害が出そうな場所を選んで火をつけたらしい。
「潜んでいる傭兵の数も多く、戦いながらの消火となっています。かなりの人数を消火にあたらせているのですが、なかなか思う様に進まない。」
ミミズクは深刻そうにそう言った。
「俺たちは、あっちに行った方が良いか?」
そう言いながら煙の方に駆け出そうとするラオを、ミミズクは必死に止めてきた。
「少人数であちらに向かっても埒が開かない。先にこっちを終わらせてみんなで行こう。」
「ミミズク殿のおっしゃる通りです。では僕も消火に参加しますので、指示をください。」
ハチドリが真剣な目で指示を仰ぐので、ミミズクは少し驚いたようだ。
「王自ら消火にあたるのですか?」
「こう言う事態なのに、王も民も関係ありません。恥ずかしながら、僕はこう言う事態に何も出来ない。素直にミミズク殿の指示に従った方が役に立つ。」
「俺も同じ気持ちだよ。今は消火する事が大事なんだから、みんなと一緒に働くさ。」
ハチドリの横で、ラオが笑って見せた。
「・・・、分かりました。では後ろに道具がありますので、打ち壊しの作業に参加してもらって良いですか?」
ラオとハチドリの熱意に困惑しながらも、ミミズクはラオたちに適切な指示を与えた。
「我々も作業に参加しますよ。」
マーマタンの二人もそう申し出た。ハチドリが深く頭を下げて感謝の意を示すと、「黙って見ていられるほど、薄情では無いのですよ。」とニシカゼは笑った。




