ジームスカン王13
王妃の間に入ると、10人程の傭兵を相手に戦うヒツジグモたちの姿が見えた。
「加勢するぞ!」
ラオはそう叫び、そのまま剣を振り上げ戦闘に入る。
「兄上!」
後ろでハチドリがそう叫ぶのが聞こえたが、今はこの戦いを終わらせるのが先だ。
まもなく、傭兵たちは全員倒された。何人かはまだ息があるようだ。一緒に来ていた兵士たちが、彼らを拘束しながらも応急の手当てをする。
「殿下、ご無事でしたか。」
ヒツジグモが声をかけて来た。
「俺が来た頃にはほとんど終わっていた様だな。それにしても派手にやったもんだ。」
ラオは辺りの様子を見て笑った。
「数が多くて、とても手加減をする余裕はありませんでしたな。」
手当てをする兵士たちを見て、ニシカゼも苦笑いする。
「これだけいれば、尋問は出来るだろう。敵以外の生き残りはどこにいる?まさか全員殺されたとか?」
生きている使用人の姿が見えない。ラオは恐る恐る質問した。
「この部屋にいた使用人と思われる人たちは、そちらの扉から奥に避難させましたよ。なんでも衣装部屋なんかがあって、行き止まりになっている。傭兵たちも立ち入らない場所だそうです。人数はしっかり数えていませんが、50人以上は無事です。」
アカホシが扉を指さしてそう答えた。
「生き残った人がいたのは良かった。しかし、亡くなった人たちは気の毒だったな。」
ラオは安堵しつつも、ここまで倒れていた使用人たちの姿を思い出していた。
「来た時には、かなりの人たちが斬られてました。私たちより先に、イタチが鬼の形相で傭兵どもに斬りかかって行きましたよ。あいつも自分の国を踏み躙られる事が許せなかったんでしょうね。」
横暴に見えていたイタチも、国を愛する気持ちに変わりがないのだと、アカホシは同情しているように見えた。
「兄上!しっかりして下さい!。」
「バンブー俺だよ。目を覚ませ!」
ハチドリとイタチの必死に呼びかける声に、ラオはバンブーの方へと顔を向けた。そこには、ふかふかの椅子にだらしなく座る男がいた。初めて見るバンブーの姿である。
まるで骸骨のように痩せ衰え、口から涎を垂らしている。ただ、眼だけがギラギラと辺りを見回していた。
「カワウソ王もこの様になって、今は生死を彷徨っているのですね。」
クスノキは絶望した様に、手で顔を覆ってしまった。
「カワウソ殿の時と同じだが、目にはまだ生気が残っている様にも見える。」
ラオの言葉にハチドリが反応した。
「では、兄は助かるかもしれないのですか?」
「俺には分からない。ただカワウソ殿の目には力が無く、ただただ虚空を見つめる事しか出来なかったよ。こんな風に辺りを見渡すってことは無かったんだ。」
バンブーは正気では無いものの、まだ生きることへの執念を持っている様に感じた。
「私は、兄上には生きて罪を償って頂きたいです。」
ハチドリが何かに縋るように、天井を見上げながら呟いた。
「そうなれば良いな。」
ラオは慰めるようにハチドリの肩を叩く。
大広間でもそうだったが、不思議なほど冷静な自分がいる。ラオはどこか現実味の無い感覚を覚えながらも辺りを観察する。バンブーのいる所から少し離れた所に、豪華な衣装を身に纏った女性が一人、悶絶しながら倒れているのが確認出来た。
「あれが例のオコジョか?」
ラオがクスノキに聞いた。
「左様でございます。彼女も無事な様ですね。」
クスノキは嫌悪感を隠すこともなく答える。よほど彼女の事が嫌いらしい。
「暴れても困るので、ちょっとだけ腹を殴らせて貰いました。しばらく動けないと思いますよ。」
ニシカゼが平然と言う。敵と認定すれば女にも容赦は無いらしい。
「一応、王の兄上の妃に当たりますので、縛るわけにもいかないでしょ。動き回られても困りますし。」
ニシカゼは続けてそう言い、ニヤリと笑う。
「バンブー様、クスノキでございます。イタチ殿がずっと心配しておられたんですよ。ハチドリ様もお側にいらっしゃいます。」
驚いた事に、クスノキの呼びかけにバンブーが反応した。そして、ゆっくり口を開きハチドリに呼びかける。
「ハチドリ・・・。ここに・・・、い・・・るの・・・か?」
途切れ途切れの弱々しい声であった。ハチドリはすぐにバンブーの手を取り、力強く握りしめる。
「兄上!僕です。ハチドリです。」
ハチドリの姿を認めると、バンブーは嬉しそうに笑った様に見えた。その意外なほどの優しい微笑みに、ラオは少なからず驚いた。
「・・・、なかなか、勇ましい姿だな。・・・、あんなに、・・・弱虫だったお前が・・・、やっと、・・・俺の言っている事を・・・、分かって・・・、くれ・・・たんだ・・・な。イタチ・・・、俺・・・嬉しいよ。」
「バンブー、良かったな。ハチドリは分かってくれてたんだ。」
イタチが泣きながらバンブーの手を握りしめる。ラオは、バンブーの目からも涙が溢れているのを見た。
ハチドリは、黙ってずっと頷いている。
国を二分して戦争をしているとはとても思えない、仲の良い兄弟の姿がそこにはあった。
「バンブーの心が、幼い頃に戻っている様ですよね。」
アカホシがバンブーの心の状況を推察する。
「幼少期、彼はどうも親切心でハチドリ王を鍛えようと頑張っていたみたいです。しかし、内向的なハチドリ王にとって、それは虐められている様にしか思えなかった。幼いバンブー殿は、王族としての責任感からハチドリ王を強くしなければと、心から信じていたのでしょうね。」
なんと言う心の行き違いだろう。お互いがもう少し相手の気持ちに寄り添う事が出来れば、こんな悲しいことにはならなかったのだ。ラオは居た堪れない気持ちになる。
ハチドリはそっとバンブーの側から離れ、ラオに問うて来た。
「殿下は、兄が正気に戻る希望はあると思いますか?」
その顔には、ずっとバンブーを避けて来たと言う後悔の念が伺える。
「俺には分からない。でも、正気に戻れたとして、己の犯した罪に向き合う事が出来ると思うかい?」
このまま幼い心のままの方が、バンブーにとって幸せでは無いかとラオは思う。しかし、ハチドリの意見は違う様だった。
「いくら、蜂蜜酒で判断の出来ない状態であったとしても、兄は罰せられなくてはならないと思うのです。そうでなければ、国民が納得出来ない。兄が心から国民に詫びる事が出来て、やっと国民が此度の悲劇を終結させる事が出来るのではと、僕は考えます。」
ハチドリはさっきも、バンブーに罪を償わせたいと言っていた。それはその通りで、彼の中でバンブーに対する憎しみが消えたとしても、国民が納得しなければ意味が無いのだ。
「為政者というものは、己の感情だけで動く事は出来ぬのだな。」
ハチドリの立場は、すなわちラオ自身の立場である。この短期間に、ハチドリはどれだけの覚悟を積み上げて来たのだろう。
「バンブー様!大丈夫ですか?」
「だ・・・い・・じょうぶ・・・だ。」
クスノキの声にバンブーの方を見ると、ノロノロと立ち上がる所だった。
「まだ自分の足で立ち上がる事が出来るのか?」
バンブーの気力は驚異的である。ほとんど寝たきりのカワウソと比べ、もしかしたらと回復の可能性をラオでさえ期待した。
「カワウソ殿は、もう自分で立つ事は出来なかった。正直いうと、生きているのが不思議な状態だとタージルハンの医師たちも言っていた。なのにバンブーは話もするし、立つ事も出来る。個人差はあるだろうが、薬の回りがまだ遅いのかも知れない。」
「本当ですか!」
クスノキの目が輝く。
「俺は医師じゃ無いので、断言は出来ぬがな。安易に期待を持たせてすまぬ。」
実際、立ち上がってはみたものの、バンブーはその姿勢を維持する事が出来ないようだ。フラフラとよろけ、また椅子に座り込んでしまった。
「オニキス夫人なら、何か分かるかも知れませんね。」
クスノキは期待と失望の間と言った心境なのか、大きくため息を吐いた。クスノキの言う通り、オニキスは薬草に詳しい。蜂蜜酒に使われる薬草の事も知っていた。彼女ならもしかして、バンブーを回復させる術を知っているのかも知れない。
「戦いが終わった後、叔母上に診てもらうのは良いかも知れないな。」
ラオは、心配そうなクスノキを元気付けたくて、あえて笑顔でそう言った。
傭兵たちの応急手当ても終わり皆が落ち着いて来た頃、背後で兵士の叫ぶ声が聞こえた。振り向くと、さっきまで苦しそうに倒れていたオコジョが短剣を振り回し、周りにいた兵士に斬りかかっている。そしてハチドリの姿を認めると、鬼のように顔を歪めながら突っ込んできた。
「この偽王め!私が王妃になるのを邪魔するな!」
オコジョはそう叫び、持っていた短剣を振り上げる。
その瞬間、いつの間に立ち上がったのだろう、バンブーがハチドリとオコジョの間に割って入った。
「ウッ!」
短く低い呻き声と共にバンブーは崩れ落ちる。いち早く冷静さを取り戻したニシカゼがオコジョの背後から斬りつけた。
「ギャーッ!!」
断末魔の叫び声と共にオコジョが倒れ、そのまま動かなくなってしまった。
ラオは金縛りになったように動けなくなり、呆然とその光景を見ている事しか出来なかった。
「バンブー!しっかりしろ!」
イタチの叫び声で、呪縛から覚めた様にラオの思考が復活した。
バンブーは腹に短剣が突き刺さった状態で、イタチに抱き抱えられていた。
「ハ・・・チ・・・ドリ・・・ケガハ・・・ナ・・・イカ・・・」
「兄上、私は無事です。」
「ソ・・・ウカ・・・。」
ハチドリの答えに安心したのか、バンブーは少し微笑みそしてもう何も喋らなくなってしまった。
「バンブー様!!」
クスノキの嘆き悲しむ声がする。その横でハチドリは、呆然として声も出ない様だった。それはラオも同じで、この光景が現実のものと感じる事は出来なかった。




