ジームスカン王10
クスノキたちが合流して3日後、いよいよジームスカン王都への攻撃が開始された。
まだ夜が明けきらぬ早朝、ラオはハチドリと共にジームスカン王都の正門の前に陣取った。
「いよいよだな。俺は興奮して昨日は眠れなかったよ。」
寝不足のせいか、目が乾く。それでもラオは今までに無く興奮していた。
「ふふふっ、僕もですよ。とうとうここまで来ました。早くこの戦いを制して、国民を安心させたいものですね。」
ハチドリは、落ち着いた声で答えた。
二人は隊列を組んだ軍団の最前列にいる。後ろを振り返り兵士たちを見やると、誰もが緊張と期待の入り混じったようななんとも言えない顔をしている。
「流石に王都への攻撃となると緊張するよな。」
「自分たちに大義があると言っても、祖国の都に攻撃しようとしているのです。彼らも複雑な気持ちでしょうね。」
少し悲しげなハチドリに、ラオも感傷的になる。
ジームスカンのことが片づけば、自分自身も故郷の軍と戦う事になるのだ。小さな頃から憧れていた将軍たちと、命をかけて戦う事になるかも知れない。そう思うと胸が締め付けられる。ハチドリは今、そう言う葛藤を乗り越えて、国民の為に立ち上っているのだ。
ハチドリと少し会話をしているうちに、すっかり日が上り汗ばむぐらいの暑さになった。
「そろそろ、地下通路から忍び込んだ先行隊が侵入した頃だな。」
ラオが囁くように呟くと、ハチドリが力強く頷き後ろへ向き直り大声で号令を出した。
「合図の狼煙が上がったらすぐに正門へと飛び出すぞ!みんないつでも動ける様に用意しておけ!」
「うおおおっ」
地鳴りのような声が上がり、兵士たちの士気は最高潮を迎えているようだ。
「作戦がうまく行くと良いな。」
ラオは、昨日の作戦会議の事を思い出す。
「大丈夫。きっとうまく行きますよ。」
ハチドリは力強くそう言った。
裏門からの部隊には北と南の門の開放に全力を尽くして貰い、本体は敢えて自力での正門突破を目指す。この作戦はハチドリが提案したものだ。
「朕と殿下が揃って正門を突破すれば、王都の民がより勇気付けられると思うのだ。」
昨日の作戦会議の中で、ハチドリは真剣な目で皆を見渡しそう言った。
「しかし、正門の守りは硬い。それは王もご存知のはず。それを分かっていて正面突破なさるとお考えですか?」
応えるアカエイの目も真剣だ。
「もちろん普通に攻撃しても正門が破れないのは承知だ。まずは朕が正門前に陣取り敵を惹きつける。その隙に狩猟用の門から入った部隊が南と北の門を開け、南北から王都内に攻め込む。その混乱に乗じて我々が正々堂々と正門を突破する作戦はどうだろう。」
「なるほど、正門突破は市民へ向けたハチドリ王の意思表明だと言う訳ですな。戦の後を考えていらっしゃると。」
ハチドリの意図を理解して、ミミズクが腕を組み頷いた。
「茶番かも知れないが、そう言う派手な演出は、民たちの心を惹きつけるのには効果的だと思うのだ。」
ハチドリはそこまで言うと、意見を聞きたいと皆を見渡した。
「俺は賛成だよ。戦の後、ハチドリ王はここで政をしなければならない。なら、市民たちに歓迎される様な舞台装置は絶対必要だ。」
ラオはそう言って、誰よりも早くハチドリを支持した。
「俺も、良い考えだと思います。堂々と正門を突破した姿は、市民からも支持されると思いますよ。各門に配置される兵たちはアカエイ殿直属の精鋭部隊、上手く敵兵を混乱させる事が出来るでしょう。」
ニシカゼが続けて賛成すると思案していた他の者たちも、やってみる価値はありそうかと賛成に回った。
「王の作戦は、茶番にも見える。しかし政の世界では大事な事かも知れないと言う事ですか。」
最後まで納得し兼ねていたアカエイも、皆の賛成票を見て渋々賛成する。
「我が主人であるアケボノも、大事なのは民たちにどう納得してもらうかだとよく言っておりましたなぁ。
『彼ら全員に思いが通じる訳では無い。だから分かりやすく目に見える形で伝えることが必要なのだ。』
族長たちは皆その言葉をいつも胸に、皆を率いていると言ってましたな。
茶番だろうが真剣だろうが、自分の行動をしっかりと民たちに伝えなければいけない。ハチドリ様もそうお考えのことなのですね。」
ヒツジグモが、ハチドリの作戦の重要性を訴えるように力説する。
「いやはや、噂でしか聞いたことがありませんでしたが、アケボノ殿と言う方は大した方ですなぁ。」
アカエイは、ヒツジグモの話で心から納得が出来た様だ。それはラオも同じで、人を納得させる事の重要性とハチドリの成長に、自分が王になった時同じことが出来るのかと、改めて考えさせられた。
昼前になり、南門からの狼煙が上がる。
「思ったより時間がかかりましたな。」
ミミズクが、目を凝らしながら狼煙を見つめる。
「荒れているとは言え、ジームスカンの都ですからね。そんなに早く破られてしまうと、返って不安になりますよ。」
アカエイはそう言って一瞬笑い、すぐに厳しい顔つきに変わった。そして「ハチドリ王、いざ参りましょう。」とハチドリに進軍を促した。
その言葉を受け、精悍な顔つきで大きく頷いたハチドリは、大きな声で号令をかける。
「我々は正門への正面突破を目指す!いざ!出陣!」
「オーっ!!!」
大きな声が上がり、軍団は走り出した。
正門の真下までくると、城壁の上にから王宮兵が、こちらを狙い弓を引き絞って待ていた。兜の形から正規軍だと分かる。中にはハチドリに矢を向けることに躊躇しているのか、弦を引き絞ったり弛めたりを繰り返す兵士たちがいるのが確認できる。
ハチドリは一瞬悲しそうな表情を浮かべたが、キッと前を向き城壁の兵たちに訴える。
「我はジームスカン王ハチドリである。其方たちの命を取るのは忍びない。其方たちは朕の大切な国民なのだ。
傭兵たちに命令され、いや、もしかしたら家族を人質に脅されているのかも知れない。どちらにせよ、こちらへの攻撃を余儀なくされているのは理解している。しかし、その弓矢をどうか降ろして欲しい。この国を建て直す為、朕に力を貸してくれないか。」
真剣な目でそう訴えるハチドリの姿に、城壁の兵士たちに動揺が広がって行くのが分かる。王宮への不信感と守るべき家族との板挟みに悩んでいるのかも知れないと思うと、ラオは胸が苦しくなった。
「反逆者のハチドリの讒言に惑わされるな!お前らの主君はバンブーだぞ!」
近くにいた傭兵からの怒号が響く。
「その兄の姿はどこにある!国民が戦に巻き込まれているのに、バンブーは王宮から一歩も出て来ないではないか!
確かに朕は自国の王都へと攻め込もうとしている。しかし、それは南から来て我が物顔に振る舞う傭兵どもから、朕の大事な国民を解放したいが為なのだ。例え今、我らに矢を向けていたとしても、其方たちが朕の大切な民であることに変わりは無い!どうか、その矛先を奴らに変えて朕を助けてくれないだろうか。頼む!」
ハチドリはそう言って、こちらを狙おうとしている兵士たちに頭を下げた。敵兵に頭を下げると言う前代未聞の出来事に、城壁の弓兵たちの動揺は深まる。中には弓を投げ捨て号泣するものまで現れた。
「お前ら!そんな事をして良いと思っているのかぁ!!」
弓兵を指揮する傭兵が怒鳴り散らすが、城壁の兵たちはもう誰も動こうとはしなかった。
「王宮兵たちよ、ありがとう!今すぐそなたらを解放するから待っていてくれ!皆の者!仲間を助けるんだ!!」
ハチドリは後方の兵士たちに、号令を掛ける。
何組もの軍団が、城壁に長い梯子を賭ける。王宮兵が役に立たないと悟った傭兵たちが、城壁の兵から弓矢を奪って梯子を目掛け矢を撃とうとする。
「やめろ!やめてくれ!!」
今まで敵側にいたはずの王宮兵たちが口々に叫び、傭兵に向かって突進する。城壁の上は大混乱となった。混乱に乗じて、ハチドリ軍は次々に城壁の上に達する事が出来た。彼らは上に登ると息をする暇もなく、王宮兵たちへ加勢した。
次々と登ってくるハチドリ軍の兵士たちと、傭兵、そして城壁を守っていた弓兵たちが入り乱れ、城壁の上はますます混乱に拍車がかかっている様に見えた。しかしこれは、わざと相手を混乱させ傭兵たちを満足に戦わせないようにすると言う、アカエイの考えた作戦である。そこには、アカエイのジームスカン軍への信頼があった。
「今は敵味方に分かれていても、彼らはれっきとしたジームスカン兵です。儂はいろんな場面を想定した訓練を欠かさなかった。その伝統が生き続いていれば、きっと彼らはこの作戦の意味を理解してくれる筈です。彼らにとってこの戦いは本意ではない。敵の士気の低さにそれが現れている。儂は彼らのジームスカンへの忠誠心を信じておるのです。」
アカエイは胸を張りそう言った。その信頼関係こそが真のジームスカン軍の本領なのだと。
混乱の中、冷静に立ち振る舞うハチドリ軍の兵士たちが、確実に傭兵たちを討ち取って行く。そのうち、弓兵たちがハチドリ軍の思惑を理解したのか、場内にいると思われる傭兵たち目掛けて矢を放ち出した。
「アカエイ殿の、言ってた通りになったな。」
ラオは、目の前の光景に驚きと共に、感動する。
「私は誇らしい。私は荒事が苦手で、自国の軍のことを何も知ろうとしなかった。しかし、これほど頼りになる軍が我が国に存在していたとは、本当に嬉しい限りです。」
晴れ晴れとした顔で、ハチドリは微笑んだ。
しばらくして、傭兵が討ち取られたようで城壁の上が静かになった。そして重厚な音を立てて、ゆっくり正門が開け放たれる。
ラオとハチドリは無言で頷き合い、正門へと進み出す。




