ジームスカン王9
暫定政府軍は、そのままアンムの町に拠点を置く事にした。このままの勢いで王都まで攻め込もうと言う算段である。
「ジームスカンの正規軍はかなり削られてはいますが、傭兵の数がまだまだ多く残っています。アンムが落ちてから城壁の守りが一層固くなっており、街の住民を人質に取られている状態です。傭兵たちはますます横暴になり、住民たちは日常的に暴力に怯えています。」
偵察に行っていた兵士たちが報告する。
「下手に突撃すると、住民たちが惨殺されかねないと言うわけか。」
流石のアカエイも、打つ手無しと言った表情で考え込んでいる。
「傭兵たちの数は分からないのか?」
ラオが偵察の兵士に聞く。
「彼らの数は1000人ほどですね。数だけで言うと圧倒的にこちらの方が多い。しかし、先ほどったように王都の住民が人質になっている状態で・・・、この状態でも王宮が全く動きを見せない。これも住民が不安に思う原因と考えられます。」
「兄は何をしているのだ!それとも、こちらの予想通りに廃人にまで追い込まれているとでも言うのか?」
ハチドリは静かに激昂する。
「そのバンブー様の事ですが、もうお亡くなりになっているのではと言う噂も流れています。審議の程は全く分からないのですが、気になるところではあります。」
王都の混乱ぶりは相当なもののようだ。
「あの兄が簡単に死ぬとは思えない。きっと王宮の奥に隠れているのだろう。」
そう言うハチドリの顔には、バンブーに対しての複雑な感情が浮かぶ。
「オコジョはどうしているか伝わっているか?」
ラオは、もっと詳しい情報が欲しいと偵察兵に質問をぶつける。
「オコジョが後宮を逃げ出したと言う話も聞きませんし、まだバンブー様の近くに居ると思います。傭兵に囚われているなんて噂もありますが、あまり信頼できる情報では無さそうです。
バンブー様が亡くなっているとすれば、自分の保身のために動きそうですが、それも無いと言う事は王の仰られる通り、二人ともまだ王宮にいると思われます。」
それを聞いたハチドリは、どこかホッとした様なそれでいて怒っている様な、何とも言えない顔をした。
「僕が逃げ出した、あの地下通路から脱出している可能性はないのか?あそこから逃げ出せば、誰にも見つからない。」
ハチドリは思い出したように、地下通路の存在を示した。
「それはないかと思います。と言うのも王が即位する随分前から、兵士を派遣して通路の出口を見張っておりますので、そこから出ればすぐに分かります。」
アカエイが落ち着いた声でそう言った。
「流石だな。」
ラオはアカエイの迅速な行動に感心した。
「引き続き王都の周りを監視するしか無いと言う事か。アンムを落とした勢いで攻め込みたいのは山々だが、焦って動くのは危険だな。」
腕を組みながら、ハチドリは皆の意見を聞いている。
皆がこれからどうしたものかと思案している中、一人の兵士がセイムからの伝言を伝えてきた。
「イタチ殿がここに合流したいと言っています。」
「今ややこしい事になっているのに、イタチの相手などしてられるものか!」
ハチドリは、眉を吊り上げ怒鳴りつけた。
「おいおい。この人のせいじゃ無いだろうに、冷静になれよ。」
気持ちは分かるが、兵士に怒鳴っても仕方ない。
「そうですが・・・。」
ハチドリは怒りのやり場に困っているようだ。
「俺はイタチをここに連れて来るのは良いと思うよ。例の地下通路から王宮へ潜り込んで、バンブーの説得をしてもらうのも手かも知れない。」
ハチドリは、信じられないという顔でラオを見た。確かに思い切った作戦だとは思うが、ラオは我ながらこの考えは良いと思った。
「確かにイタチがその作戦を了承すれば、もしかして城門を突破出来る鍵となるかも知れない。しかし、イタチ一人行かせる訳にもいかないでしょう。」
アカエイはラオの提案に興味を示したが、そう上手く運ぶものかと危惧する。
「クスノキ殿に一緒に行ってもらいましょうよ。クスノキ殿はその地下通路から脱出した経験がある。場所も覚えているだろう。そうだな、ニシカゼ、お前なら彼らの護衛は出来るだろう?」
ラオはニシカゼに聞いてみた。
「私なら、行けますよ。」
ニシカゼは平然とそう答えた。こういう時のニシカゼほど、頼りに思える者をラオは他に知らない。
「クスノキ殿は足が悪い。3人で大丈夫ですか?」
ハチドリが心配そうに聞いて来た。
「そうですね・・・、それならヒツジグモとアカホシにもついて来てもらいましょう。こいつらとなら気心が知れて、俺もやり易い。」
ニシカゼがそう言うと、ハチドリは慌てる。
「マーマタンのお三方に、そこまでして貰うのは気が引けます。」
「ラオ殿下に従えと、我らは主君より命を受けております。ですから、ご心配は無用。それに、これだけ一緒にいるのです。個人的にもハチドリ殿のお役に立ちたいのですよ。」
ヒツジグモは、ハッキリとそう言った。
「ありがたい事です。でも、決して無理はなさらぬ様に。」
マーマタンの3人から仲間だと認められた事に感動した様だが、それでも心配の方が先に来る。ハチドリは何とも言えない表情で、3人の作戦参加を許可した。
「マーマタンのお三方だけでは無く、ある程度の規模の軍団を一緒に向かわせるのが良いかと思います。」
話を聞いていたアカエイがそう提案して来た。
「王宮の南東すぐ近くに、王都に入る小さな門があります。王族や貴族が狩りを楽しむ為に作られたのですが、最近は滅多に使われてはおりません。少し分かりにくい所にあるので、傭兵たちに気づかれてない可能性がある。
敵はこれから籠城して各門は固く閉ざされる可能性が高い。それならば地下通路と狩猟用の門を使って王都に潜り込ませ、他の門を内側から破る作戦はどうでしょう?」
「面白い作戦だ!これはいけると思いますよ!」
アカエイの大胆な作戦を、ニシカゼは珍しく興奮気味に賛成した。
「ニシカゼ殿が太鼓判を押しているのなら間違いなさそうだ。よしそれで行きましょう。」
ハチドリは満面の笑顔で、その作戦を受け入れた。
「じゃあ、細かい所を詰めていく事にしよう。」
ラオは、アカエイの考えた作戦の可能性に高揚感を覚えた。そこに居た全員が同じ気持ちだったようで、心なしか楽しそうに作戦の細かい所を話し合った。
3日後、ミミズクが3000人の兵を引き連れ、陸路を使いアンムの町に到着した。
「ハチドリ王、此度はジームスカン王への即位、誠におめでとうございます。」
深く頭を下げ、ミミズクはハチドリに挨拶をした。
「アーギタスの支援もあり、即位が叶いました。ミミズク殿をはじめアーギタスの方々に感謝いたします。今回も、我々のためにたくさんの援軍を下さった。この御恩は、一生忘れる事はないでしょう。」
ハチドリはニコニコと微笑んで、ミミズクたち一行を歓迎した。
「戦火の中でございます故ゆっくり寛いで頂くわけにもいきませんが、王都を奪還した暁にはしっかり御礼をさせて頂きますよ。」
「しばらく見ない間に、本当に立派になられた。我々も安心して一緒に戦う事ができますな。」
落ち着いたハチドリの振る舞いに、ミミズクは目を細めて喜んでいる様に見えた。
「叔父上、俺はてっきり船でセイムの町に行ってからここに来ると思ってた。」
ラオは陸路を選んだ事を不思議に思う。
「セイムからここまで5日以上かかる。船で10日ほどかかる事を考えると、本来陸路の方が早いのだよ。それに、暫定政府軍が頑張っているおかげで、安全に来れる様になった事が大きいな。」
ミミズクの答えに、自分たちの活動の成果がしっかり目に見える形になっていると、ラオとハチドリは感激する。
「国中を歩く事が無かったから実感出来てなかったですけど、我々の戦いが平和に繋がっている事が分かって嬉しいですね。」
ハチドリは本当に嬉しそうだった。
ミミズクに遅れて5日後の昼過ぎ、クスノキがイタチを伴いアンムに着く。
「俺の参加を許して頂き、感謝いたします。」
イタチは、ハチドリに会うなりそう言って感謝の意を示した。礼儀正しく挨拶するイタチの姿にラオは驚く。しかし彼は、ハチドリに対して臣下の礼は拒み続けていると言う。彼はバンブーの為にとハチドリに協力している。彼にとっての主君はあくまでバンブーなのだ。
今まで乱暴な行いで皆に迷惑をかけていた彼だが、ちゃんと自分の正義を持っているのだなと、ラオはイタチを少し見直した。
「クスノキ、イタチと一緒にあの地下通路へ行ってもらうが、大丈夫か?」
ハチドリがクスノキに確認する。
「もちろんでございます。足が不自由なため、マーマタンのお三方には迷惑をかけますが、イタチ殿と共にバンブー様を説得して参ります。」
クスノキが頭を深く下げそう言うと、ハチドリは満足したように、「頼んだぞ。」と二人を激励した。
「バンブーは多分後宮の奥にいると思う。オコジョは脱出したがっているかも知れないが、あいつはそれを許さない筈だ。」
イタチはそう推測する。
「例の蜂蜜酒で、動けないだけではないのか?」
ラオがそう聞くと、イタチは腹立たしげに反論する。
「皆がどう思っているのか知らないが、あいつは自分が王になってこの国を守るって本気で考えているんだ!」
「バンブーの今までの話を聞く限り、とてもそうは思えない。」
ラオも負けじと反論すると、イタチは「そうじゃないんだ。」と悲しげに首を振った。
「兄上の思う正義が、他の者たちとズレていたと言うことか?」
ハチドリが、静かに問いかける。
「そうかも知れない。俺もバンブーも力を見せつけることが、国民の安心に繋がると本気で思っていたんだ。だが、タチバナ王を始めとする周囲には理解されなかった。確かに、それじゃあ国民は恐怖しか感じられないと、今なら分かるがな。
バンブーは今でも自分の正義が正しいと信じているのだと思う。蜂蜜酒で惑わされ、外で何が行われているのかも知らずに、自分が国を守っていると本気で思っている筈なんだ。だから、逃げる事は考えられない。」
イタチの話に何も言えなくなる。バンブーに対して哀れみの気持ちさえ感じてしまうラオであった。




