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二人だけの時間

 分配を済ませてラビから脱出した俺達は出口から出た先の場所で周りを見渡すが、その場所は入る時と同じで祭壇の前に出た様で、出て来た俺達に祭壇の前でメンバーを募集している人達の視線が集まっているようだ。


 「やっと出られたね~!」


 「ほんとだよ、疲れたわ~」


 周りの目を気にする事なく祭壇の前に出て来た二人は背伸びをしながらゆっくりと中での事を振り返る様に重いため息をついている、そんな二人を後から脱出した俺達は同じ様に大きく息を吸い込みながら重いため息をついてしまった。


 「どれぐらい時間がたったんだろう?」


 「入る前に見た空の色からしてそれなりに時間がかかっちゃったみたいだね」


 体の疲れを感じながら何となく言った言葉にハミィの答えが返ってきて、自然と空を見上げると、内部に入る前はたしかまだ明るかったはずなのだが、今の空の色からして夕方ぐらいになっている様で、中で過ごした時間がそれなりにすごい物だったと改めて空を見上げながら思ってしまう。


 「それでどうするよ? このまま鑑定屋に行くのか?」


 内部で分配した魔結晶とは別に今手元にある文字の書かれた石は自分達には判別することなどできない物で、鑑定をしてもらい、その使い道や効果などを教えてもらわないと売るにしても損をしてしまう可能性が出てきてしまう、その為鑑定屋に行くという選択肢は必須なのだが問題はこのまま行くのか日を改めて明日にするのかという事だろう、なにせ俺達全員は疲れ切っているのだ。


 「皆はどうしたい? 俺は明日でもいいと思うけど? 分ける物は分けたし、後は石の鑑定後に再度皆で分けるか、欲しい人に上げるとかの話になるだろうしな」


 「私もそれでいいよ、皆疲れているだろうし無理しないで明日また集まって行けばいいと思うかな」


 「そうだね~、カッチェも疲れちゃったし、今日は休みたい~」


 「俺もそれでいいぜ? どうせ明日も会うんだし今日無理することもないだろうしな」



 「そっか、なら明日の朝にギルドにでも集合してから移動しよう」


 町の中心部であるギルドに待ち合わせをすればその後どこに移動しようと楽だと思うしな。



 「わかった、それじゃぁここで解散っぽいな、カッチェ、俺は宿に戻るけどどうする?」


 「ん~? 一緒に戻る! 疲れたからやすみたいしね~」


 「そうだよな、それじゃぁまた明日な!」


 軽く手を上げて挨拶をしながら町へと戻っていく二人を祭壇前にまだいた俺とハミィはその後ろ姿を見送りながら自分達のこれからも考えるが、先の二人と同じ様に自分達にも疲れは溜まっていて、自然と町に戻る事は変わりはないだろう。


 「俺達も戻ろうか、ハミィもこのまま宿でいいの?」


 俺の横に立ち、二人に向けて手を振っている彼女にその横顔を見ながら問うが、質問を聞いた彼女はゆっくりと右手を自身の口元に当てて目を少し薄めながら何かを考える様にうつむいて黙り込む。



 そんな彼女の態度から自然体で接していたとはいえまた自分はなにか失言をしてしまったのではないかと不安になるが、自分自身にもわからない事を考えていてもしかたがない、こういう時は聞くのは速いだろう。



 「ハミィ? どうしたんだ?」


 「……コウ、この後少しだけでもいいからちょっと付き合って欲しい所があるんだけどいいかな?」


 口元に当てていた手を降ろしながら顔を上げて目を見つめて来る彼女の姿から、何か大事な事があると伝わってくるようで、その頼みを無下にできるわけもない。


 「いいよ、それでどこにいくの?」


 「……今日はね、皆とお別れした日だから………挨拶だけでも……しておきたいの」




 祭壇前からゆっくりと歩き出して町へと戻り、そのまま東へと歩いて行く彼女の横でなんと言葉を掛ければいいのかも解らずにただその姿を見守りながら歩き続けて行く。


 彼女の言うみんなとは三年前のメンバーの事だろう、その亡骸はギルドが確認した時には無残な状態になっていたという事ぐらいしか伝え聞いていないし、彼女自身に当時何があったのかを聞く事は彼女の心の傷を掘り返すことにもなりそうで、聞く事が怖いと思ってしまう。


 なにも言葉を掛けられずにいる俺の隣では手を後ろで組んで漆黒の髪を風になびかせ、空を見上げながらゆっくりと歩いて行くが彼女がいて、その表情は色々な姿を映し出していて、読み取れるだけでも喜びや困惑、悲しみなどのそういった感情が表れている様に見えていて、当時の事を思い出しているのだろうかと考えるが、このまま黙っている事に気を使わせてしまうのもどうなのかと思ってしまう。


 「どうしたハミィ? ずっと空を見上げているけど何かあった?」


 「何でもないよコウ! ちょっと……昔の事を思い出していただけ……」


 「……昔の事?」


 「うん、ちょっとだけ……昔の事」


 夕焼けに染まった空を見上げたままでそう言葉を発した彼女に更に言葉をかけることはなんとなく憚られ、ただただ見守る様に隣を歩いて進んでいき、二人で目的の場所に着いたのはそれからすぐの事だった。


  墓地に着いたハミィはそのまま奥へと進んで行くと、片隅に建てられている一つの墓の前で立ち止まってゆっくりと座り込んでそっと手で埃を払う様に撫でていく。


 「ここがそうなの……?」


 「うん、ここがみんなの眠っている場所……」


 俺の質問に答えながらも周辺の掃除をしていくハミィを手伝う為に隣にしゃがみ込み、雑草に手を伸ばしながら墓に視線を向けるが、特に名前などが刻まれている事もなく、ただただ墓石が置かれている様にしか見えない、本当にここに昔の仲間が眠っているのかと思ってしまうが、墓自体やその周辺は手入れをされているのがなんとなくではあるが解るぐらいに綺麗な状態で、彼女が何度も足を運んで管理をしてきていたのが窺える。


 「付き合ってくれてありがとうね……」


 草をむしり始めた俺の様子を見ながら手を止める事無くそう呟いた彼女は、優しく微笑んで本当に喜んでくれているのが伝わって来るが、今の俺の心境としては自分がここにいていいのか? とも思ってしまう、彼女の言葉通りなら今日は昔の仲間が亡くなった日で、会いに来るにしても俺は邪魔になってしまうのではないかと思うのだ。


 「ここまで来ておいてなんだけど、本当に俺が一緒で良かったのか? 仲間との時間に部外者が立ち入る事になるし、やっぱり遠慮した方がよかったかな……?」


 「そんなことないよ、一緒に来てほしいって言ったのは私だし、勝ってな事だけどコウの事を皆に紹介しておきたかったの、と言ってもここには一人しかいないんだけどね……」


 ハミィの昔の事はギルドのラミアスさんから少しだけ聞いた程度で、仲間が何人いたのかは聞いていない、確かその亡骸はかなりひどいものだったと言っていたし、回収する事が出来ないほどの状態だとその場に置いておくしかなかったのだろうか。


 「ここに眠っている人の名前はなんていうの……?」


 「名前はレイ、アレス、トウっていうの、そこに私も入って四人で組んでたんだけど、三年前の事があって、私以外は皆死んじゃって……ここに埋葬出来たのはレイの遺体だけ、後の二人はダンジョンの奥でそのまま処理されたとしか聞かされてないの、だからここに眠っているのは一人だけなの」


 「そう……なんだ……」


 話終わった後でそっと墓石に手を触れさせて悲しい顔をする彼女の頬を涙がゆっくりと流れ落ちているのが見え、自分自身でさえも何故こんな事をしたのか解らないが、自然とその涙を手で優しく拭ってから頭を優しく撫でている俺がいた。



 「コウ……?」


 頬に手を触れさせた時に驚き、そのまま頭を撫でられる時には呆然としていた彼女からは自分の名前が出ていて、おそらくこの行為の意図を聞かれているのだろう、しかし俺自身なぜこんな事をしてしまったのかが解らないのだ、胸の奥を締め付けられる様な感覚以外には……。


 「ごめん、なんかこうしたかったみたい、勝手に手が動いてたって言えば信じる……?」


 「フフ、何それ、でも今はその勝手に動いてくれた手に感謝しようかな、すごく……胸の奥が温かくなる気がするの、それはそうとあまり女の子にこんな事しちゃ駄目だよ? 勘違いする子もいると思うからね!」


 頭を撫でられながら少し頬を赤く染めて目を瞑り、気持ちよさそうにしていたのだが、急に真面目な顔になってそんな事を言い出したハミィだが、昔の仲間とはこういった接触がなかったのだろうか? いい期会ではあるし聞いてみるのもいいかもしれない。


 「あのさ、昔の事を聞く様で悪いけど、他の三人とはこういった接触はなかったの? 聞いた感じだと男三人の中に女の子一人だし、色々あったんじゃないかと思ったんだけど……」


 「そんな事はないよ? 接触っていっても肩組んだりはした事あるけど、今みたいに頭撫でるのは誰もしてこなかったし、まぁ何かしらの協定みたいな物があったのかもしれないけどね」


 「協定?」


 「あぁ……えっとね、その~なんというか……」


 急に歯切れが悪くなったハミィは先ほど涙を拭った頬を指先で掻く様になんどか動かして俺を見ているが、見られている俺としてはどういう事なのかも解らないわけで、そんなに見られても困ってしまうのだ。


 「えっとね、昔の事、昔の事だから! 気分悪くしないでね! えっとね、私以外は男の子なわけで、私も今とは違ってちゃんと女の子だったから……三人から告白はされたの」


 まぁこの世の中には基本的には男と女しかいないわけで、なにかしらの特殊な人物以外は当然、そういった感情が出て来るのは当たり前だろう、しかしそう何度も前置きをしなくても大丈夫なのにな。


 「いや、まぁ大丈夫だよ、それで結局は誰を選んだんだ?」


 「……誰も選べなかった、もし誰か一人を選んでしまうとその時の私達の関係が壊れてしまいそうで怖くて、結局選べないままお別れしちゃったの」


 「そっか……」


 「だから次はちゃんと答えたい、その時になってみないと解らないし、この呪いをどうにかしないと女の子に戻る事もできないけど、次はちゃんと相手に答えたい」


 真っすぐに俺の目を見ながらそう伝えてくれた彼女の言葉はどう考えても俺に言っているみたいで、それを思うと自分の顔がまるで燃える様に熱くなっていくのを感じて、彼女の顔を直視出来なくなってしまった、中身が女の子ではあるがその外見は男なわけで、そんな彼女にひかれてしまう自分自身の事ももはやなんだか解らない。


 「あ、え、えっと……そ、そのね、そういう事だから! だから、ちゃんと……私の事も見てて欲しいの!」


 「う、うん……解った」


 傍から見れば墓地で顔を真っ赤にしている二人が体は向き合っているものの、お互いに顔を見せない様に背けていて、どうしたら墓地でそんな状態になるのかなんて理解出来ない事かもしれない。


 「えっと、とりあえずは呪いの事も調べて、戻る事を考えて行こう、今のままだとお互いにどうする事も出来ないしな」


 仮にもし今の姿のままどうにかなってしまう事を想像すると、それはそれでなんとも言えない気持ちになってしまうし、その後でハミィが元の姿に戻りでもした場合、もはや俺自身わけがわからなくなってしまう気がする。


 「そ、そうだね! とりあえず、今日はありがとう付き合ってくれてありがとう! コウも疲れてるだろうし、今日は帰ろう!」


 なんとなくお互いに気まずくはあるが心地よい雰囲気を感じて二人で並びながら墓地を後にして、その日はそのまま宿へと戻り、ハミィとのひと時を思い出して身悶えながら眠りについた。





 翌日、待ち合わせ場所であるギルドの前まで来るとやけに中が騒がしく、何かあったのかと覗き見ると、一人の男がハミィに大声を出しながら罵声を浴びせている所だった。

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