怒り
ざわつくギルドの中では二人の状態をただ見ている人や面白半分でその様子を楽しんでいる人、そういった視線が集まっていて、その視線を向けられている片方はうつむいたままでただ相手から出て来る言葉を聞いているだけで、言い返そうともせずにただ耐えていて、もう片方は自分の存在を周りにアピールしながら相手を面白半分に罵倒し、ただ相手を辱める事に酔っていた。
「おいおい、なんか言えよこの変態が! そんな恰好で町歩けるとかすげーよお前、俺だったら生きていけねぇよ? 男のくせに女物の服に装備を着けて、あげくのはてに髪まで伸ばしてなにがしたいんだ~? こんな変態が冒険者だとか一緒にされるこっちの身にもなってくれよ」
周囲から集まる視線に応えているかの様に大げさに両腕を広げながら相手を見下ろして笑い声を上げ、集まっていた視線を更に相手へと集めて侮辱を繰り返す。
「なんだよ、だんまりか? 女装趣味の変態には返す言葉も出てこないのかなぁ~? お前らも見てみろよ! こんな変態が冒険者なんて言ってやがんだぜ? 恥さらしもいいとこだぜ! あっはははは!」
「………」
その男が高らかに声を上げて笑いを振りまくとその周りでただ見ていた者達もその笑いに吊られるように声を出して笑い始める、しかしそんな状況でも何も言い返すこともなく、相手を見ない様にしてただその時間が早く終わってくれる事を願っているかのように目を瞑っている彼女。
騒がしいギルドの外から中の様子を覗き見た俺の目に映ったその光景は、彼女と共に行動をすることになる前からもそうであり、共にする様になった後でさえも見た事もない光景で、その余りの酷さに思わず呆然としてしまう程だ。
事情を知らない人からすれば彼女の今の状態は確かに異常に見えるだろうが、大勢の人間の前で笑いものにし、晒し吊るすなんて事をする人がいるとは到底思えなかった自分の考えの甘さを痛感させられるような、そんな気持ちになって来る。
「なんだよ、やっぱりだんまりかよ、つまんねぇな~! まぁお前みたいな奴に関わろうとする奴なんざいねぇだろうし、仲間なんて到底出来っこないだろうがな! いや、もしかして……お前もう捨てられた後なんじゃねぇか~? プッハハハハ」
「………!」
男が更に浴びせて来る罵声に耐えていた彼女は仲間という言葉が出た途端、その手を握りこんで硬く拳を作って微かにその手を震えさせていて、余りの出来事に呆然としていた俺の目に彼女のその姿が写り込み、歯を食いしばりながら眉間にしわを寄せて自然に中へと入って行く。
扉を潜って一歩ずつ歩いて行く俺の顔や頭は急激に熱を持ち、額からは脈打つ筋が浮き出ているのを感じながら今もなお、彼女を晒しものにしている男へと視線を向けて近寄って行き、そんな俺の様子に気が付いて先ほどまで笑い声を上げていた人達はその声を押し殺して生唾を飲み込む様に喉を鳴らして黙り込む。
「ん~? なんだよ、急に静かになったな、どうしたんだよおい!」
周りの人の異常に気付いた男はハミィに背中を見せる様に後ろを向いて周りの人達へ声を投げかけて行き、言われるがままの彼女もその状態に気付いた様で顔を上げて周囲を見渡すが、後ろから来ていた俺の事にはまだ気がついていないようだった。
「……ハミィ、ちょっとどいてろ」
「え? その声はコ……ウ……!!!」
後ろから掛けられた声にその声色から俺だと気づいた彼女は、振り返って顔を見た途端に顔を引き攣らせて思わず数歩距離を取るが今はそれはどうでもいい、と気にすることなく今も背中を見せている男の肩へと左手を軽く乗せる。
「あん? なんだ、誰だよ――グッハ!!」
呑気に周りからの笑いを取ろうとしていた男が手を乗せられた事により振り返り、その男の顎へと振り向いた途端に右の拳を叩き込んで振り抜き、殴られた事で男は地面へと尻もちを着く。
「くっそ! いってぇなぁ! 誰だてめぇ!!」
「俺か? 俺の名前はコウだ、今お前が笑いものにして晒しものにしたこの子の相方だよ」
「はぁ!? 相方だぁ!? ってかよくもやってくれたなぁ!」
尻もちをついていた地面へ手を付いて立ち上がり、殴られた口元を袖で軽く拭いながら睨みつけて来るその男の視線を正面から受け止めて、お互いににらみ合う俺の後ろから声が聞こえて来る。
「コ、コウ! 大丈夫だから、私は大丈夫だからやめて……」
あれだけの罵声を浴びて辱められたにも関わらず、止めようとしてくる彼女はおそらく俺の事を心配してくれているのだろう、しかしここでやめるわけにはいかない、優しくて思いやりがあり、一生懸命俺達の為に動いてくれる、そんな彼女だからこそ自分は一緒に居たいと思え、これからも共にあり続けたいと思えたんだ、そんな彼女の事を何も知りもしないただの部外者が、彼女の心の傷を踏みつけて貶した挙句、笑いものにしたのだ、たとえ大丈夫だとそう言った所で、俺の目に焼き付く様に残っているあの様子が、拳を作って震えさせながらも耐えている、あの姿が、あんな姿をする事になった原因を俺は、俺は――。
「俺は絶対にお前をゆるさねぇ!!」
許す事などできはしない。
「ハッ! 上等だぜ、コウっていったな、このベネットに喧嘩売った事を後悔させてやるよ!」
「来いよ、ベネット!!」
黒髪で少し筋肉質のベネットと名乗った男と俺の殴り合いはこの後すぐに始まり、その決着がつくまでにはそれほど時間はかからなかった。
突然ではあるが、昔の話ではあるがどこかの国の王女が言った言葉にパンがなければお菓子を食べればいいじゃないと言うものがあり、その言葉はその国に住む国民たちにとって予想外の言葉であったそうだ、普通に考えれば主食である物が食べれないとなれば違う物を代用して食すだけの話なんだが用はそこに至るにはその考えに至るかどうかの問題で、皆が皆、その考えが出て来るということはないだろう。
サイモンさんと知り合ってからすぐの頃の話だが、タンクとしての役割に手が塞がっている時にでも相手の敵意を稼ぐために攻撃を仕掛けろと言われて、両手が塞がって時にそんなもどうしろって言うんですかとやけくそ気味に食って掛かった事があり、そのころの自分はろくに考えもせずに吠えるばかりで昔の話で例えるなら国民のそれと同じであり、考えを放棄した側の人間であるのだろう、そんな俺に今では師匠と思えるサイモンさんは呆れた顔でこう言った。
「手が出せないなら足を出せばいいではないか」と・・・。
ふと目の前の光景を眺めながらも何となく思い出したその教えに、あの人は昔でいう王女だったんだなと思い至らされ、想像をして気持ち悪くなる。
そんな不気味な考えが出て来たのはやはり目の間に広がっている光景が原因なんだろう。
「お~い、だ、大丈夫か……?」
本来であれば先ほどまでハミィを侮辱していた相手に使う言葉ではないだろうと思う所なのだが始まった喧嘩の内容があまりにも酷すぎた為に思わず口から出てしまったのかもしれない、何せ喧嘩が始まってすぐに殴りかかる拳を手で払いのけ、右足による頭部への一撃でベネットと名乗ったこの人はギルドの床を舐めることになってしまっていたのだから。
騒然としていたギルドの内部は肩透かしを食らった人達のやり切れないガッカリ感であふれていて、当事者である自分はもちろん、仲間達でさえも戸惑ってしまう。
「あ~やっぱりこうなっちゃいましたか」
声を上げながらギルドのカウンターから歩み寄って来たラミアスさんが広がっている光景と周りの雰囲気を割って入り、そんな彼女を姿を目にすると怒りから始まった喧嘩ではあるが、今の状態と光景から落ち着きを取り戻した自分の中には彼女に対する罪悪感の様な物が生まれて来る。
この町に来てから冒険者となり、そこからの知り合いなので長い付き合いというわけではないのだが、今の自分の立ち位置に至るまでに彼女の助力はかなり大きい物で、自分にとっての恩人と言ってもいい人だろう、そんな彼女に怒りで始めてしまったこの喧嘩の後処理をさせる事になるかもしれないと考えると、謝罪の言葉しか出てこなくなる。
「ラミアスさん…すいません、俺どうしても我慢できなくて…」
「あ~いいですよ、冒険者さん同士での喧嘩なんてしょっちゅうある事ですし、素手での喧嘩ならギルドでも注意するぐらいで罰則なんかもありませんしね、但し武器や殺傷能力を伴う物の使用は厳禁ですので気を付けてくださいね、所で……こちらのベネットさんの事なのですが、喧嘩の相手という事でどういった方かを説明させてもらいますけどお聞きになりますか?」
「……そうですね、聞かせて頂けると助かります」
ラミアスさんから投げ掛けられた問いに対し、ここまでの経緯やこれからおこる可能性のあるゴタゴタなどを考えると、相手の素性など、そういった情報という物は重要になってくるものだろうと思い、少し考えた後ではあるが聞かせて欲しいと返事をする、それになによりハミィを守って行く上でこういう輩は今後も現れる可能性もあることだし、その対策を練る為にもここは話を聞いておくべきなんだろう。
「そうですね~、ではまず、こちらのベネットさんは格闘家という職業でギルドに登録されている方でして」
「ちょ、ちょっと待ってください! 格闘家? そんな職業冒険者になかったと思うのですが…」
確かギルドに登録をした時に聞かせてもらった説明だと冒険者としての職業は、パーティーの盾役でもあるナイトとナイトよりも少し防御面では劣るが火力をだせる戦士、純粋な火力で相手を倒していくハンターやウィザード、そして生命線ともいえるヒーラーという職業だけだったはずで、格闘家などという職業は初耳だ。
「あ~それはですね、ベネットさんはその~…自称格闘家さんでして……」
「「…自称格闘家?…」」
ただでさえ知らなかった格闘家という職業に加えて自称という単語までもが登場し、完全に意味が解らなくなった俺ではあるのだが、その状態はどうやら自分だけではなかった様で、すぐそばまで歩み寄って来ていたマジェの口からも同じ疑問の言葉が発せられ、完全にかぶってしまっていた。
「ギルドに登録をする際にベネットさんはどうしても自分は格闘家だと言って正規の職業では登録をしてくれなかったので、もう自称格闘家という事で登録を済ませてしまったのです……」
「あ~、なるほど、それで自称なんですね」
本来ギルドに登録したカードはこの町では勿論だが他の町でも身分証の様な役割も持つものであり、そんな登録の仕方で大丈夫なのかと思ってはしまうが、職員である彼女がそうしたのであれば問題はないのだろう。
「え~そしてですね、その自称格闘家さんであるベネットさんなんですが、普通の方とは少し違いがありまして…」
「違い? ですか?」
人とは少し違うとかは言ってしまえば人はそれぞれ別の人物であるのだから違いがある事なんてのは当たり前のことだとは思うが、どうやらラミアスさんが言いたい事は俺の考えている事とは全く違うもののようだ。
「えっとですね、こちらの床に転がっている自称格闘家のベネットさんは、実は打たれ弱い格闘家さんでして…」
「「…は??」」
「殴る事に関しては人一倍の力はあるようなのですが、殴られる事にはめっぽう弱い、一撃を食らうだけでこうなっちゃう、撃たれ弱い自称格闘家さんなんです」
「「「「はぁぁぁああ!?」」」」
格闘家という職業からは考えられも出来ない、まさかの致命的な欠陥を抱えてギルドの床に転がり続けているベネットに全員の視線が集まり、しばらくの間、誰も何も考えられなくなってしまったのだ。




