閑話 本の先
それはごく僅かな異変だった。
気づいたのは誰かはわからない、しかし誰かが気づいた、ダンジョンに行った冒険者が返って来ないことが増えていると。
冒険者という職業柄、死ぬことももちろんある、不幸な事故にあい命を落とす者もいる、罠にかかり、死ぬ人もいる、しかしトリーアは駆け出しが集まる場所、その周辺のダンジョンはすでに何度も踏破され、罠もなく、ただ弱い魔物がうろつくだけの場所になっていた。
そんな場所に行ったパーティーが返ってこない。その数も増えているとなればそれは異常が発生していると言っていいだろう。
しかしその異常に気付いた時にはもうすでに遅い。
もう動き出してしまっているのだから………。
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真っ白な部屋で椅子に座り本を読む女性。
薄い水色の髪を揺らしながら楽し気に本を読む彼女は誰に語るでもない、ただ独り言をつぶやく。
「フフ、楽しそうだなぁ~、いろんな人と出会って、知り合って、仲良くなって、凄く楽しそう!」
彼女のその感想は手に持つ本の内容に対する感想だろう、ページには文字すら浮かんではいないが彼女がそこを撫でる様に触れるとその内容がつたわってくる、その内容を楽しむように見守るように、微笑みを絶やさずに彼女はただ触れる。
次の話を、その次の話を楽しみにしながらページをめくり、彼女は、彼女の手は止まった、その訳は―――。
「真っ黒……」
真っ白だったページが真っ黒に染まり、その先も続いているのだ。
白から黒へと変化した本のページを見続けながら彼女の手が震えだす。
額からは汗を流し、先ほどまでの楽し気な様子など嘘だったかの様に、今の彼女は困惑とも絶望とも取れる表情でただ茫然と見つめ、声にならないほどの小さな声を漏らし、次第にその声は大きく、叫び声となる。
「……しょ……??」
「うそ……でしょ……?」
「ダメよ……!」
「まだダメよ!!」
「まだ早すぎる!! まだ彼は何も持ってない! 心構えすら出来てない!! 生きて帰れるわけがない!!」
叫び声を誰かに、何かに訴える様に真っ黒なページを見ながら彼女は言う。
しかし彼女には何もできはしない、手を出すことも、声をかけることも、彼女にはできない、出来ることはただただ祈るだけ……
白から黒へと変わったページ、それは先が見えない事を意味する、彼女の読む本の主の未来が見えない、即ち命をも脅かす試練が来る。
目を閉じて開いていた本を胸に抱き、届くことのないその声で彼女は祈り続ける。
「お願い、急いで……、もう時間がないの! もう……すぐそこにまで来ているの、お願い……どうか……無事でいて………」
届くことのない彼女の声は細く、かすれて消えていき、部屋と彼女と本と共に消えていった、一言、彼女の残した声を残して………
「蠢く物が生まれ出でる」




