第六十四話 人類革新の岩
短い黙祷を終えた平刃は、すぐに影司の下へ駆け寄った。
「阿久戸君、立てそうか?」
「は、はい」
平刃は影司に肩を貸し、一番近くにある椅子に影司を座らせた。
「私は人質を解放してくる。少し待っていてくれ」
影司が小さく頷いたのを確認すると、平刃は鍵束を持って廊下を走り出す。今すぐにでも奥の部屋にいる友里を開放したいところであったが、そんなことをしてはきっと彼女は怒る。そう思いながら平刃は手前の部屋のドアノブに鍵を差し込む。
「ん! んんっ!」
最初の部屋には猿ぐつわをされて手足を縛られている双樹院長がいた。平刃は駆け寄ってロープを解き、猿ぐつわを外した。
「はあっ! た、助かりました」
「無事でよかった。……その、助けたばかりで難ですが、今すぐ応急処置をしてもらいたいのですが」
「えぇ、任せてください。萌を解放したらすぐに合流させてください」
「分かりました」
平刃と院長は短くやり取りを交わすと、院長は影司の処置をするために部屋を出てロビーに向かった。平刃は次の部屋に向かい、鍵を合わせて中を覗く。しかしそこに萌はいない。平刃はドアを閉めて廊下の奥へ進み、次の部屋に鍵を合わせる。
「んんんっ!」
平刃がドアを開けると同時に、部屋の奥の椅子に縛られている萌が声を上げた。しかしこちらも声が出ないように口を塞がれており、平刃はすぐに猿ぐつわを外してロープを解いた。
「あ、ありがとうございます!」
萌は何度も頭を下げながらそう言った。
「あぁ、良いんだ。それより、阿久戸君が怪我を負っている。今院長が応急処置を行っているはずだ。手伝ってほしい」
「はい、もちろんです!」
萌はそう言うと、再び平刃に一礼してから部屋を飛び出し、影司のもとへ駆けた。
「最後はこの部屋だな」
平刃は鍵束の中から一番大きいナンバーの鍵を見つけ出し、それを握って部屋を飛び出した。そして廊下を走り抜け、一番奥の部屋の前に立ち、鍵穴に持っている鍵を挿し込む。
挿し込まれた鍵はスムーズに一周し、開錠された。平刃はドアを勢いよく押し開け、部屋の奥で気を失っている友里を発見する。しかしそれと同時に、友里の横に立ち、窓から外を眺めている大源の存在も目に入る。
「大源……」
「どいつもこいつも役に立たん」
大源はそう言うと、振り返って平刃の方を見る。
「どうだ、平刃君、私の仲間になる気は無いか?」
そうは言いつつも、絶対に断られることが分かっている大源は、懐に隠し持っていたナイフを友里の首元に向けながらそう聞く。
「なる気は、無い……」
「そうか」
大源はそう言うと、ナイフの切っ先を友里の白くすらっとした首に押し当てる。すると赤い鮮血が静かにあふれ出て、白い首に赤い筋を作った。
「やめろ。望みは何だ」
平刃はすぐに大源の手を止めさせる。大源はナイフを首元から離し、平刃の方を見る。
「まずはポケットの中に入っている注射器を返してもらおうか? 使わない人間が持っていて良いものではない」
「これは……」
平刃は何とか言い訳をして丸め込もうとするが、大源はすぐさまナイフを友里に近付ける。
「待て、待ってくれ。分かった」
そう言いながら右ポケットに入っている二本の注射器を取り出す。
「そのテーブルに置いて今の場所に戻れ」
大源は注射器の無事を確認すると、丁度部屋の中心辺りにあるテーブルに置くように指示した。平刃は大人しく従い、数歩進んで注射器をテーブルの上に置いた。そして数歩後退する。
「次はなんだ?」
平刃はいつでも友里を助けられるように、少し構えながら大源に問いかける。
「これ以上私の邪魔をされては困るんでな」
「なに?」
「戦力を削がしてもらう」
大源はそう言うと、持っていたナイフを突然投げた。それは真っすぐ平刃の右肩を目掛けて飛び、一瞬にして平刃の右肩に突き刺さった。
「ぐっ……!」
「さぁ、その状態で助けて見せろ!」
大源はそう言うと、気絶している友里を持ち上げて窓に近付いて行く。
「やめろ……。やめろ!」
平刃は痛みを無視して叫んだ。しかし大源は持ち上げた友里を窓に向かって投げた。
「友里!」
平刃は突き刺さっているナイフをそのままにして、窓に向かって走った。そしてそのまま勢いよく飛び、窓の外に飛び出す。
「ガハハハハッ! 哀れだな」
大源は落ちていく平刃と友里を眺めながらそう言った。
平刃は必死に手を伸ばし、友里の服を掴む。そしてそのまま引き寄せ、友里を抱えて地面に向かっていく。
二階から落とされただけなら、死ぬことは無い。全身は相当痛むだろうがな。平刃はそんなことを思いながら目を瞑り、なるべく自分が下になるようにして宙を漂う。
「バイタルチェンジ!」
――もうすぐで平刃の全身が砕かれようとしたとき、微かに明人の声が聞こえた。
明人は変異をしながら平刃の着地点に滑り込み、完全に変異を終えた瞬間に平刃が明人の上に落ちてきた。
「大丈夫ですか、教授?」
「あぁ、すまない。……ぐっ」
「ナイフ突き刺さってるじゃないですか! 今抜きますね」
「ふぅ、よし、頼む」
平刃は深呼吸をしてからそう言った。明人はその合図でナイフを抜き、すぐに両掌を傷口に添える。
「これで大丈夫だと思います」
明人が両手を離すと、平刃の右肩の傷は不完全ながら治癒していた。
「助かった」
「いえ、まだ力を扱いきれていないので、ここまでしか治せませんけど」
「いや、良いんだ。そんなことより大源を頼む」
平刃はそう言いながら、ビルを見上げる。その視線の先には明人たちを見下す大源の姿があった。
「ちっ、つまらん」
大源はそう呟くと、窓から離れて部屋を出て行った。
「あの野郎……!」
「あいつに躊躇はない。神馬、君も全力で戦うんだ」
「はいっ!」
明人はそう言うと、力強く頷いて海林社のビルに入っていく。平刃は右肩に若干の痛みを感じながらも、友里を抱き上げて影司たちのもとへ向かって歩き出す。
「ん、うぅ……。壱夜……?」
「あぁ、怪我はないか?」
「うん、迷惑かけてごめんなさい」
「いや、私こそすまない。結局私には誰かを守る力など備わっていなかった。だが、誰かを救える可能性はあるかもしれない」
「何か考えてる顔ね」
「あぁ、手伝ってくれるか?」
「もちろん」
平刃と友里は微笑みを交わし合い、影司たちと合流するために海林社に入っていく。
海林社のエントランスに着くと、丁度影司の応急処置を終えたところであった。
「神馬は通ったか?」
「はい、階段を駆け上がって行きましたよ」
処置を終えて小休止していた萌がそう言った。
「そうか。申し訳ないが、今すぐ私と病院に戻ってもらっても良いですか?」
平刃は友里を一度下ろし、院長に向かってそう言った。
「えぇ、勿論ですよ。処置を待っている患者さんがいるはずですから」
院長は立ち上がりながらそう言った。
「ありがとうございます。実は今すぐに診てもらいたい人が居まして」
「えぇ、分かりました。善処します」
平刃と院長は会話を終えると、平刃は再び友里を抱き上げて車に向かって歩き始める。それに続いて院長と萌も海林社を出て、平刃の車に向かう。
「阿久戸君、残るのか?」
平刃はついて来ない影司の方を見てそう聞いた。
「はい、あいつを残して行けません」
影司はそう言うと、傷が痛まないようにゆっくりと立ち上がり、階段に向かって行く。
「……頼んだぞ、阿久戸君。さぁ、行こう」
平刃はそう言うと、明人と影司を海林社に残し、院長と萌を引き連れて自分の車に戻った。
そのころ明人は階段を駆け上がり、最上階にいるであろう大源のもとへ向かっていた。
【グシャァァァァ!】
もう少しで最上階に到達しようという時、明人の前に数体のロージョンが現れた。
「クソ、もう少しだってのに」
明人は両手を構え、変異をしようとする。しかしその時、階下から声がする。
「待て! 雑魚に構ってる暇無いだろ」
「影司……。お前怪我してるんだろ?」
「黙ってろ。俺がロージョンにやられると思うか?」
影司はそう言いながら階段を駆け上がり、明人の横に着いた。そして胸の器械に右手を添え、器械を回す。
「ビートチェンジ」
影司は明人の返事を待たず、変異してロージョンに斬りかかる。
「早く行け」
「お、おう!」
明人は両手を下ろし、戦っている影司の背中を何度か見てから階段を駆け上がった。
そしてついに海林社ビルの最上階にたどり着き、長い廊下を走って大源のオフィスのドアを蹴り開ける。
「おい大源!」
「ガハハハハッ! 威勢は良いようだな」
オフィスの一番奥に鎮座している大源は、大笑いをしながら明人を迎えた。
「何がおかしい!」
「世界が我が物になると思えば、それは誰だって笑うだろ?」
「なんだと?」
大源は明人の問いの答え代わりに、黒い岩をテーブルに置いた。
「そ、それは! 研究室にあったはず!」
「何日も放置しておいて、我が物顔とはな」
「それで何をするつもりだ」
「これはな、全てのロージョンの生みの親だ。つまり、これがある限りは半永久的にロージョンを生み出すことが出来る。お前たちが持っていて良いものでは無いんだよ」
「それを使って人類を次のステップとやらに押し上げるのか?」
「ガハハ! そうだ。そしてロージョンを統べるのはこの私。ロージョンよりも強い存在であるこの私だ!」
大源はそう言うと、勢いよく立ち上がってオフィスの机をひっくり返した。そして大源は机の下に手を伸ばし、何かを掴んだ。明人は少しずれて机の陰を覗き込むと、するとそこには拘束され、気絶している朝美がいた。
「朝美……!」
「ガハハハハッ! 守るものがあればあるほど、人間は弱くなるんだ!」
大源は高らかに笑いながらそう言うと、右腕を振り上げて自分の顔の横へ持ってくる。そして手の甲に付いているボタンを押す。
「ガハハハハッ! 革新のための犠牲となれ!」
大源の全身は白い装甲に包まれ、右腕のみは銀色の義手を残して変異を終える。
変異を終えるとすぐ、朝美を乱暴に持ち上げて明人に向かって投げつけた。
「そいつにはサンプルになってもらった」
「なんだと!?」
「そいつの体には、この原石から生まれたロージョンを埋め込んだ」
コールはそう言いながら、テーブルの上に置いてある黒い岩を転がした。そして話を続ける。
「こいつから生まれるロージョンはちょいと特殊でな。大気圏突入の際に散らばった弱いロージョンとは違う。こいつはいわば核だ。それをその女に埋め込んでやった」
「どういうことだ。岩はお前が持ってるだろ?」
「ガハハッ! 岩は一つしか存在しない。なんて誰が言ったんだ?」
明人はその言葉を聞いて総毛立つのを感じた。
「こいつはあくまでも回収しただけだ。残念だったな、小僧。ガハハハハッ!」
明人は朝美を抱き上げ、入り口近くの物陰に朝美を下ろした。
「大源……。お前の野望は絶対に俺が止める……!」
鋭くコールを睨みつけ、明人は声を震わせながらそう言うと、両手を構えた。
「邪魔者に未来は無い!」
「バイタルチェンジ!」
明人はオレンジ色の装甲を身に纏い、すぐに剣を構える。
「よっしゃ! 臨むところだぁ!」




