第六十五話 失明と声とナイフ
オレンジ色の剣を構え、明人はコールに向かって行く。コールも大剣を取り出し、明人の攻撃に応戦する。
「小僧、自分一人で私に勝てると思っているのか?」
「勝てるじゃない。勝つんだ!」
明人は大剣を振り払い、その重量によってバランスを崩しているコールに追撃をする。しかしコールは大剣を地面に突き刺し、明人の右腕を蹴り、明人に思うように攻撃をさせない。
「クソッ……!」
明人はすぐに剣を構え直すが、その時には既にコールも大剣を構え直している。明人とコールは激しく剣をぶつけ合う。しかしコールが振る大剣の威力は予想よりもはるかに重く、強かった。それでも明人はコールの攻撃を踏ん張って耐え続け、ようやく鍔迫り合いに持ち込む。
「なかなかやるではないか、小僧」
「はぁはぁ、さっき言っただろ。俺が勝つんだ」
「それにしては息が上がっているようだがなっ!」
コールは剣ごと明人を吹き飛ばす。明人は勢いよく背後に吹っ飛び、入り口のドアに全身を強く打つ。
「ぐはっ……。ちくしょう……」
明人は剣を杖代わりにして立ち上がり、すぐに剣を構える。
「状況が理解できていないようだな、小僧」
「なんだと?」
「私はいつでも殺せるんだ。お前も、その横にいる女もな」
「……」
明人は隣の物陰で気を失っている朝美の顔を見る。
「まぁ、その女は殺さないがな。それよりも今は、ロージョンを人間から切り離す力を持っている貴様が邪魔だ」
コールはそう言うと、大剣を構え直して明人に斬りかかる。明人は斬撃を回避し、オフィスに並んでいる家具を投げつける。しかしコールはそれをものともせず、飛んできた家具を一刀両断する。
「なんだ、真っ向勝負じゃ勝てないと分かったか? ガハハハハッ! 賢明な判断だ!」
コールは遊び感覚でどんどん明人を追い込んでいく。その後初めから少なかったオフィスの家具の大半が真っ二つに斬られ、朝美が隠れるテーブルが最後の一つとなった。しかし明人がそれを使うことなど出来ず、とうとう明人は真っ向勝負を挑まなくてはならなくなった。
「怖いか? 死が怖いか?」
「はぁはぁ……」
「我々に二度と手を出さないと言うのなら、生かしてやっても良いぞ?」
明人はその問いに鋭い視線を返す。
「なんだその眼は。ここで死にたいようだな」
コールは大剣を構え、そしてそれを引きずりながら明人に近付いて行く。
「朝美は……。原石を埋め込まれた朝美はどうなる……?」
「さっき言った通りだ。いつでも殺せる。それに、いつか必ず死ぬ。力に飲まれてな。一年後かもしれない。数日後かもしれない。数時間後かもしれない。数分後かもしれない」
「……なら尚更さっさとあんたを倒さないとな!」
「ガハハハハッ! 良いぞ! その意気だ!」
明人は剣を構えてコールに立ち向かう。コールは引きずっていた大剣を軽く持ち上げると明人の攻撃を防御し始める。
それに負けじと明人も剣を振るう。しかしその戦力差は歴然としており、明人の攻撃は全て防御されていた。
「ちっ、やっぱり威勢だけだったみたいだな。もう終わりだ」
「なに?」
一定の距離を保っていたコールはそう言うと、大剣を床に突き立ててそれを左手で支え、右手を明人に向ける。
「まずっ――」
明人は危険を察知して目を瞑ろうとするが、一足遅かった。コールの右手は発光し、そのフラッシュによって明人の視界は奪われる。
「くっ……。どこから来るっ……!?」
明人は目を瞑ったまま剣を構え、何も見えない瞳を左右に移ろわせる。
コールは声も出さず、大剣を構えて明人の目の前に立ち、そして大剣を振るう。
「明人左!」
背後からした声に従い、明人は剣を左側に構えて踏ん張った。すると重い衝撃が剣を伝って全身を揺るがす。それを受け止め切ると、明人はすぐに鍔迫り合いを抜けて左から剣を薙いだ。
「ぐっ! 小僧……!」
明人の剣はコールの腹部を掠めた。コールは数歩後退して、視界が戻り始めている明人に向けて再び右手を構える。
「また光よ! 目を瞑って!」
明人はコールがいる方向から目を逸らして、さらに目を瞑った。
――瞼を透かして白い光が瞳を射る。しかし目を瞑って視線を逸らしていた甲斐もあり、明人の目は眩んでいなかった。
明人は少し白んでいる視界で声がした方向を見た。するとそこには物陰に隠れながらも少しだけ顔を覗かせている朝美がいた。
「朝美……」
「私のことは大丈夫だから、目の前の敵に集中して!」
「お、おう!」
明人はコールに向き直り、体勢が整っていないうちに攻撃を仕掛ける。
「はぁぁあっ!」
「小僧……。調子に乗るなよ……!」
コールは大剣を床に突き刺し、素手で明人の攻撃を受け止める。
「何だと……!」
コールはバッチリ明人の剣を両手で掴み、そして剣を強く振り払うと同時に右手で明人の顔面を掴む。
「ぐあっ」
「これなら避けられまい」
「明人!」
――次の瞬間、明人の顔面を掴んでいるコールの右手が発光した。勿論避けられるはずも無く、明人はゼロ距離で光を喰らう。
「ぐああああっ!」
明人はコールの手から逃れ、ゴロゴロとオフィスの床を転がっていき朝美のもとへたどり着いた。
「明人、大丈夫!?」
「ダメだ……。全く見えない……」
今の明人には視界全面が真っ白に映っており、目の前で話しているのが本当に朝美なのか分からないほどであった。
「ガハハハハッ! まともに喰らったようだな」
微かに足音がする。そして大剣を引き抜くような音がしたのち、古臭いレコードの音が室内に響き始める。
「なんだ、この音楽は……」
「場所を眩ませるために音楽をかけたのね」
「くそ、これじゃ居場所が分からない……!」
コールは声を潜ませてゆっくりと明人に近付いて行く。
「大丈夫、明人、私が指示するから」
「……分かった。頼むぞ朝美」
明人は手探りで剣を拾い上げ、立ち上がるとすぐに剣を構える。
「真正面にいるわ」
明人は声に耳を澄ませ、声の通り真正面に敵がいるイメージを持って柄を強く握る。
「小賢しい真似を……」
コールは声を潜ませながらも本音を漏らし、大剣を構えて走り出す。
「来たわよ明人! 正面!」
明人は攻撃を喰らう前に剣を振った。すると不意を突かれたコールは防御が間に合わず、サイドステップを踏んで明人の攻撃を躱した。
「左に回ったわ!」
明人はすぐに剣を構え直して左側を向く。今度は明人が攻撃を仕掛ける前にコールが攻撃を仕掛ける。
「攻撃よ! 左腕を狙ってる!」
明人は指示を聞き、防御では危険だと瞬時に判断してバックステップを踏んで攻撃を回避する。
「ちっ、何故だ。目が見えないはずなのに……」
コールはそう呟くと、すぐに大剣を構え直して明人を追う。
「来たわ明人! 正面!」
明人は剣を縦に構えて突進する。コールもそれに合わせて大剣を構え、刃と刃を交える。
「大した連携だな」
「へっ、俺の目が見えてない方が苦戦してるみたいだなっ!」
明人はコールの大剣を押し切り、体勢が崩れているだろうと予測して斬りかかる。
――しかし攻撃は空振りに終わり、明人は急に真っ暗闇に囚われた感覚に陥った。
「どこだ!? 出て来い!?」
恐怖と不安が明人に襲い掛かり、明人は救いを求めるように剣を振り回した。しかし剣が何かを捕らえることは無く、明人は無作為に剣を振るう手を止めて室内の音に神経を集中した。
「……朝美?」
明人は不穏な気配を感じ、朝美の名前を呼んだ。……しかし朝美からの返事は無く、その代わりにコールの声が聞こえた。
「残念だったな」
「おい、朝美に何をした?」
「何もしてはいないさ。こいつは大事な希望だからな。ほら」
「明人! 真後ろよ!」
コールは朝美の口を押えていたようで、生存を確認させるために一度口から手を放した。しかし朝美が居場所を教えてしまったため、すぐにその口は塞がれた。
「朝美を離せ」
明人はそう言いながら、ゆっくりと振り向いて数歩前に出る。
「動くな。希望とは言ったが、殺さないとは言っていないぞ?」
「くっ……」
「まずは剣を置いてもらおうか」
明人は言われた通り、静かにしゃがみ込むと右手に持っている剣を地面に置いた。するとその瞬間、全く見えなかった瞳にうっすらとオレンジ色の刃が見え始めた。明人はコールに悟られないようにそっと立ち上がり、コールに指示を仰ぐ。
「おい、次は何だ?」
……返事がすぐに返ってくることは無く、明人はゆっくりと辺りを見回し始める。そしてオフィスのドアの向こう側にぼんやりと映るコールを発見し、明人は動きを止める。
「小僧、見えているようだな」
オフィスのドアは開け放たれており、長い廊下の途中にコールは立っていた。そこに朝美の姿は無かった。
「朝美をどこにやった」
明人は徐々に明確になり始めている視界でコールを睨んだ。
「最終フェーズに移行しただけだ」
廊下の一番奥にあるエレベーターを見ると、先ほどまでは動いていなかったはずのエレベーターが動いており、階層表示のランプがどんどん下の階層に移って行く。
コールは床に突き刺していた大剣を引き抜き、そして構えた。構えるとすぐにコールは走り出し、明人に向かってくる。明人はぼやける視界で剣を拾い上げ、コールの攻撃に合わせて剣を振るう。
二人は再び一進一退の攻防を繰り広げ、その間に明人の視界はどんどん戻っていった。そして二度と右腕の発光を喰らわないように明人は攻撃の手を休めない。
「ガハハッ! これが誰かを守りたい力か! こんなものでは何も守れないぞ!」
コールは大剣を振り回し、重い連撃を明人に浴びせる。明人はそれを剣で受け止めようとするが、遠心力の乗った大剣は明人を吹っ飛ばした。
「ぐわぁっ!」
明人はたちまち大源のオフィスまで戻されてしまい、なかなかエレベーターにたどり着くことが出来ない。
距離が開いてしまったことにより、コールは大剣を床に突き刺して右手を明人に向けた。
「もう見せかけには怯まないぞ!」
明人は右手を向けているコールに突進していく。
――コールの右腕が発光しようとした瞬間、その右腕に一本のナイフが突き刺さった。
「な、なにっ!」
ナイフはコールの右肩に刺さり、一瞬にしてコールの右肩が凍り付いた。
「影司……!」
エレベーターの前には青藤色の装甲を纏ったビュースが立っていた。しかし明人を助けるとすぐ、近くの壁に寄り掛かって変異を解いた。
「どいつもこいつも小賢しい真似を……!」
コールは左手一本で大剣を持ち上げ、明人の攻撃を受け止めようとする。しかし左手一本で対処しきれるはずも無く、明人の攻撃は全てコールの装甲に届き、削って行く。
「そこをどけぇえ!」
明人は渾身の一撃をコールに喰らわせる。コールはオフィスに向かって思い切り吹っ飛び、そしてそのまま窓ガラスを突き破って外界に飛び出した。
「はぁはぁ、エレベーターは!?」
明人はエレベーターの階層表示ランプを見た。すると階層表示はすでに一階で点灯しており、そしてすぐにランプは消えた。
「消えた? ……まぁいい、とにかく影司を」
明人は壁に寄り掛かって座っている影司に駆け寄り、顔を覗き込んだ。
「大丈夫か?」
「……あぁ、なんとかな」
「今、応急処置だけ済ませるからな」
明人はそう言うと、影司の身体のいたるところにある外傷に両手をかざし、傷口を癒していく。
「とりあえず治せそうな小さい傷だけは……」
「助かった。これで十分だ」
影司はそう言うと、壁に体を預けながら立ち上がり、そしてエレベーターに向かった。
「俺の方こそ助かったよ」
明人はそう言いながら変異を解き、影司に続いてエレベーターの前に立つ。影司がエレベーターの呼び出しボタンを押すのだが、階層表示のランプは全く反応しない。
「どういうことだ? 一回切りとか?」
「……もしも、これが相手の狙い通りだとしたら?」
影司はそう言いながら明人の顔を見た。明人はまさかと思ってオフィスの方を見た。すると先ほどまで卓上に置かれていたはずの黒い岩が無くなっており、コールも窓を突き破って落下した……。
「ね、狙い通りだと……?」
明人は思わず、そんなことは無い。と言う意味を込めてそう呟いた。
「ここで立ち止まっている暇はない。行くぞ」
戸惑っている明人に向かって影司はそう言った。そして一足先に階段へ向かい、下り始める。
「お、おう!」
明人もそれに続き、二人は階段を駆け下りる。
一方最上階から落下したコールは、分厚い装甲のお陰もあり、全身に重度の打撲を負った程度で済んでいたが、未だに動けないで仰向けになって寝転がっていた。そしてその左手には、黒い岩が握られていた。
「これで……。これで世界を掌握してみせる」
コールはボロボロの身体に鞭を打ち、無理矢理に立ち上がる。するとそこにロージョンに囚われた朝美が連れてこられ、コールは黒い岩と朝美を見つめ、不敵な笑みを浮かべた。




