第四十五話 救出と邂逅
変異を終えたロージョンは、真っすぐ瑠璃に向かって走り出す。もう片方の配達員はスタンガンの影響で未だに立ち上がれず、瑠璃としてはさっさと決着をつけて数的優位を作らせたくないところであった。
「ちゃちゃっと片付けなきゃ」
瑠璃はクロスボウを構え、ロージョンが近づいてくるのを視界の端に捉え、瑠璃は電柱に狙いを定めてクロスボウを発射する。
溶解液が塗られたボルトは真っすぐ電柱に向かって飛んでいき、そして電柱に突き刺さるとその部分から溶解が始まり、道路に向かって電柱が倒れこむ。
「ぐわぁ!」
倒れてきた電柱は、上手くロージョンの行く手を阻む。瑠璃はそれを確認し、距離を取るために走り出し、その間に新しいボルトを装填する。
「待てゴラァ!」
ロージョンは倒れこんできた電柱を飛び越え、再び瑠璃の後を追ってくる。
「瑠璃! 右側頭部にあるボタンを押せ!」
萌を後部座席に乗せ終えた平刃が、車の脇からそう言った。
「そ、側頭部?」
瑠璃はクロスボウを左手に持ち替え、右手を頭に持っていく。そして手探りでボタンを探す。ボタンは案外すぐに見つかり、丁度右耳の上あたりに位置していた。瑠璃は言われた通りそのボタンを押す。
――すると右目の前だけに透明なレンズが現れる。
「ちょ、なにこれ!?」
「それでロージョンをターゲットすれば百発百中だ。勿論狙いたい場所も決められる」
「わ、分かった!」
瑠璃はとりあえず立ち止まり、追っ手の追撃を避けようとロージョンに目を向ける。するとレンズに敵の情報が映し出され、瑠璃が見ている場所に合わせてマーカーがウロウロとレンズの範囲内を動き回る。
「考えるだけで良い! 狙いたい場所を考えるんだ!」
背後から平刃の声がする。瑠璃は指示通り、狙いたい場所を決めると左目を瞑って狙いを定める。
「そこっ!」
ボルトは真っすぐ飛んでいき、ロージョンの右足の甲に突き刺さる。
「ぐあぁっ!」
ロージョンはうずくまり、ボルトを引き抜こうとするのだが、ボルトはコンクリートにまで突き刺さっており、中々引き抜くことは出来ない。
「今だ。逃げるぞ」
平刃はそう言うと、運転席に乗り込む。
ヒットを確認した瑠璃も、車に向かって走り出す。そして変異を解くと助手席に乗り込み、平刃は車を発進させる。
「ふぅ~、何とか助かったぁ~」
「よくやった」
「自分でも良い仕事したって思ってたところ」
瑠璃は笑顔でそう言うと、シートに身を沈ませる。
「にしても、絶対追ってくるよね。あいつら」
先ほどまでの笑顔は消え、顔をしかめながら瑠璃はそう言った。
「仕方がない。そもそも悪事を働いたのは向こうが先だ」
「確かにそうだけど……。追われるのって嫌だな~」
……その後平刃が運転する車は大通りに戻り、車はそのまま火澄町に向かって道なりに進み続けていた。
「そう言えば、明人はどうしたんだろうね」
「どうだろうな。後で連絡を取ってみよう」
「あの……」
「聞こえなかったか? 後で連絡を――」
「え? あたしじゃないよ?」
瑠璃はすぐにそう言った。
「あの……すみません。私です」
「双樹さん! 気が付いたのね!」
声は後部座席にいる萌のものであった。
「はい、その、迷惑をかけてすみませんでした」
「良いんだ。その代わりと言っては何だが、これから一仕事してもらいたい」
「は、はい! 私に出来ることなら!」
萌は身を乗り出す勢いでそう答えた。
「ふっ、助かる」
「ちょっと、詳しく説明しないの?」
萌に聞こえないように、瑠璃は小声でそう聞いた。
「あの、一つだけ良いですか?」
平刃が答えるよりも前に、後部座席に座っている萌がそう言った。
「はい? 何でしょうか?」
答えない平刃に代わって、瑠璃が萌に答える。
「その……あなたたちは何者なんですか? 特に、えっと、瑠璃さん? で良いですかね?」
「あぁ、うん。あたしは瑠璃で大丈夫ですけど……」
瑠璃はそう言いながら平刃の横顔を伺う。
「何者。と言うのはどういうことだ?」
「その、私見てしまって……。瑠璃さんが、変異体から人間に戻るところを」
……しばらくの沈黙が三人に重くのしかかる。
「あ、えっと、すみません。私の錯覚だったのかも……」
「錯覚などでは無い。現実だ」
平刃の言葉で再び沈黙が訪れる。しかし少しの間を開けて再び平刃が口を開く。
「私たちはロージョンと戦っている。勿論、力を悪用しようとはしていない」
「そ、それを証明することは出来るんですか?」
「……神馬明人だ」
「明人くん? なんで彼が?」
「彼もだからだ。彼も変異するからだ」
「あ、明人くんも!?」
「そうだ」
萌は真実を知り、少し黙り込んでから話し始める。
「でも、私に何が出来るって言うんですか?」
「簡単だ。怪我人を見てほしい。それだけだ」
「まぁ間違ってはいないけど……。詳しいことはあたしが話すよ。それでいい?」
「あぁ、しかし彼女も雨を浴びているかもしれない。と言うのは伏せておけ」
「分かってるよん」
二人は萌に聞こえないように会話を交わし、結局は助手席に座る瑠璃が運転している平刃に代わってこれまでの経緯を話した。今現在、五十二号室にいる影司も変異すること。そして瑠璃自身のこと、協力者の平刃、それに朝美のこと。そして敵対している郷間博士、大源市長、紫色の変異体フリームのこと。それらを瑠璃が丁寧に説明していると、いつの間にか車は火澄町に戻ってきていた。
「とまぁ、こんな感じかな?」
と、瑠璃は信号待ちで運転を休止している平刃の顔をちらりと見ながらそう言った。
「そうだな。それで今は、フリームを倒すためにも神馬だけでなく、怪我をしている影司の傷を診てほしい。という事だ」
「そ、そうだったんですか……。私はまんまと敵の罠にハマって、皆様に迷惑をかけてしまっていたのですね……」
「そんな気にしなくて大丈夫ですから! ね?」
「すみません、ありがとうございます。私で良ければお力添えしますので」
「あぁ、頼む」
信号が青になり、車は原笠病院に向かって真っすぐ道を進んでいく。
その後平刃と瑠璃が何点か補足をし、萌が力を持っている。という事以外は的確に事態を伝えた。それが終わるころ、ちょうど車は原笠病院にたどり着き、ロータリーで先に瑠璃と萌を降し、平刃は駐車場に止めてから別棟に向かって歩き出した。その間に、明人に連絡を入れて原笠病院に集まってくれ。とだけ伝えて通話を終了した。
平刃が別棟のロビーに着くと、そこには病院長が待っていた。院長は平刃と目が合うと、深々と頭を下げて平刃を迎えた。平刃は白衣のポケットに両手を突っ込みながら、院長の前まで歩み寄る。
「この度は、萌を助け出していただきありがとうとざいます」
院長はそう言い切ると、ようやく頭を上げた。
「いえ、そんなにかしこまらないでください。私に適切な処置とアドバイスをしてくれた恩返しをしたまでですよ」
平刃はそう言うと、院長の横を通り抜けようとする。しかし院長は平刃の前に入り、行く手を阻む。
「萌から大まかな話を聞きました。平刃教授が変異体に対抗するための研究をしていると」
「……はい」
早速話を漏らしたか。と思いつつも、無駄に話を隠そうとはせず、平刃は正直に研究していることを認める。
「実はこの別棟の地下に、変異体について研究する施設があるんです。良ければそこを使っていただこうと思いまして……」
院長は平刃にだけ聞こえるような小さな声でそう耳打ちした。
「本当ですか?」
「はい、当初は薬品開発に利用していたのですが、全く研究が進まず、今はただあるだけの地下施設となっています」
「少しだけ見せてもらうことは可能ですか?」
「えぇ、勿論です」
院長はそう言うと、エレベーターに向かって歩き出す。平刃はそれに続いて行き、二人はエレベーターに乗り込む。
エレベーターに乗り込むと、院長は、五、一、二。の順番で階層のボタンを押し、最後に閉じるボタンを押した。するとエレベーターはゆっくりと動き出し、降下を始める。
「萌のことですが」
と、院長が徐に話を始めた。
「娘は、あの日色付きの雨を浴びました。しかし娘だけは他よりも倒れるのが早かった。それに、目覚めるのも誰よりも早かった。そして娘はすぐに起き上がると、すぐに仕事を始めた。……正直、私には分からなかったよ。その場で診てやるべきだったのかもしれない。だが、娘が得体の知れない何かに恐怖するのが怖かった。いや、私が怖かったのかもしれないな……」
院長は、少し早口に言い終えた。そして最後に付け加える。
「平刃教授、もう一つお願いがあります。萌から、娘から、地球外生命体を取り除いてはくれませんか?」
院長は平刃の方に振り向き、真剣な眼差しでそう言った。
「彼女ではなくとも、地球外生命体の摘出。と言う行為は黒い雨を浴びた人たちにも適応される。つまり、あなたの娘さんが被検体になる必要はない。しかしそれでも、娘さんを一番危険な被検体第一号にする。と言うのですか?」
「私がイエスと言える問題ではない。しかし、私は医者だ。そして娘は看護師だ。きっと恐怖に打ち勝ち、染色雨を浴びた皆を助けるための道を選んでくれるだろう」
エレベーターは静かに静止し、ドアがゆっくりと開いた。平刃は院長の答えに感想を述べず、研究室よりも十数倍広い地下研究施設に足を踏み込んだ。
「自由に見ていてください。私は患者の搬送を手伝いに行きます」
院長はそう言うと、エレベーターの閉じるボタンを押して上階に戻って行った。平刃はエレベーターのドアがぴったり閉まったのを確認し、振り返って研究施設を眺めた。
「ここでなら研究も捗りそうだ。摘出も夢ではないかもしれないな。しかしそのあとが問題だな……」
珍しく独り言を呟き、平刃は数段ある小さな階段を下って研究機材に目を通し始める。
丁度平刃が地下施設に案内されているころ、明人は全速力でメインストリートを駆けていた。このまま真っすぐ行けば病院にたどり着くだろうと思っていた時、ふとコンビニに立ち寄ろうと思い立ち、明人はコンビニに寄った。
「ちょっと遅れちまったし、お茶でも差し入れするか」
明人はヘルメットを被ったまま入店し、冷蔵ケースから同じお茶を人数分取り出し、そしてレジに向かった。会計を済ませて外に出ると、歩道に不審な動きをしている人物が見えた。明人は買ってきたお茶を原付のハンドルに引っかけ、その人物に近付いて行く。
「あの~、どうかしましたか?」
歩道で蹲り、何かを探している人物に向かって明人はそっと声をかけた。
「あ! すみません。邪魔でしたよね」
声は男性のものであった。そしてスクリと立ち上がり、明人の方を見た。
「あ、あなたは……」
男性の顔を見て、明人は思わず声を漏らす。そして全身を見回し、再び顔を見る。
「えっと、どちら様でしたっけ?」
男性は首を傾げながら明人の顔を見る。
「えっと、探し物って免許証ですか?」
明人は恐る恐るそう聞いた。
「え、なんで分かったんですか?」
「やっぱり! 俺が拾ったんですよ。あなたの免許証!」
「そうだったんですか! ありがとうございます!」
日場友介はそう言うと、一礼して再び明人を見て口を開く。
「それで、免許証は?」
「……それが、その、俺は持って無くて」
明人は申し訳なさそうにそう言うと、頭を下げた。
「いえいえ、大丈夫ですよ。それじゃあ、また明日ここで待ってるので、その時に渡してもらっても良いですかね?」
「はい、すみません」
「ハハ、謝るのはこっちですよ。明日ここにバイクに乗って来るので、免許証、頼みますよ」
「はは、それは絶対に持ってこないとですね」
その後二人は連絡先を交換し、明人は病院に向かって走り出し、友介は自宅に向かって歩き出した。




