第四十六話 霧と正体
その後明人は病院にたどり着き、ロビーで待っている平刃と合流した。
「すみません、遅くなっちゃって」
「良いんだ。そっちは何かあったのか?」
「はい。海林社前の騒動。あれは大源たちがわざとロージョンに変異させ、そして暴走したフリをさせてフリームがロージョンを殺していました。あれは見せしめ行為としか思えなくて、つい……」
「そうだったのか……。そんな非人道的な行為を……」
「何とか一人だけ救うことは出来ましたけど、最初の二人を救うことは出来ませんでした……」
「君が気負う事では無い。それが奴らのやり方だ。しかしそれを黙認することも出来ない。だな?」
「はい。そのためにも、大源の計画を早く阻止しないと」
「答えは私と同じのようだな」
平刃はそう言って立ち上がると、エレベーターに向かって歩き出す。明人もそれに続いてエレベーターに乗り、平刃は地下に向かうために五、一、二。の順番でボタンを押し、扉を閉める。
「どこに行くんですか?」
妙なボタンの押し方を見て、明人はそう聞いた。
「地下施設だ。別棟では一時期変異体のことを調べていたみたいでな。そして我々の事情を知り、双木院長が私たちに協力をしたいと申し出てくれた」
平刃は淡々と説明口調でそう伝えた。
「でも、院長さんはいきなりどうしたんですか?」
「その理由も地下に行けば分かる」
「はぁ……」
明人は首を傾げてため息交じりにそう言うと、地下に到着するのを待った。
その後二人が黙って数秒、エレベーターは地下に到着した。二人はエレベーターを降り、地下研究施設に踏み入った。
「す、すっげぇ……。めっちゃ広いですね」
「あぁ、私も正直驚いたよ」
「ここなら武器も作り放題ですね!」
「ふっ、そうだな。しかしここでやることは決まっているんだ」
「あ、そうなんですか」
明人がそう言ってへこんでいると、研究施設の奥からナース服を身に纏った萌が現れた。
「おかえりなさい! って明人くん!」
「萌さん! このことですか!?」
明人はそう言いながら平刃の顔を見た。すると平刃はコクリと頷き、萌の方を見た。
「行ってこい」
平刃はそう言って明人を送り出した。明人は素直にそれを聞き入れ、萌のもとへ向かった。
「萌さん、無事だったんですね!」
「えぇ、平刃さんと瑠璃さんが助けてくれたんです」
萌は涙目になりながらそう言った。今でも誘拐されたときの記憶が蘇るのだろう。と明人は思った。
「怪我はありませんでしたか?」
「はい、大丈夫です」
「助けに行けなくてすみません」
「良いんですよ。明人くんも忙しいでしょ?」
「あぁ、いや、その、まぁ……」
明人は言葉を濁しながら、萌から目を逸らす。
「私、もう知ってますよ」
「あ、そうだったんですか! ははは……え?」
明人は萌に焦点を戻し、その綺麗な瞳を見つめる。
「明人くんが変異するってこと」
「あ、えぇっと……」
明人は口をあんぐりと開けたまま、平刃の方を見た。
「全面的に協力をしてもらうため、双樹院長と双樹萌君には全てを話した」
「そ、そうだったんですか……」
明人はゆっくりと振り返り、萌の暗い顔を見た。
「気にしないでください。その、私、出来る限り協力しますので!」
萌はそう言うと、先ほどの暗い顔からは一転し、満面の笑みを浮かべて明人を安心させようとする。
「すみません。俺も、事態をすぐに収束できるように頑張ります」
「はい、精一杯応援します」
萌は再びニコリと笑い、施設の奥へ歩いて行く。明人と平刃もそれに続いて行き、三人は自動ドアを抜けて実験室へ向かう。
「ここが実験室です。と言っても、今は阿久戸さんの処置室となっていますが」
そう言って萌が視線を部屋の奥へやるので、明人と平刃も部屋の奥を見る。するとそこに一台のベッドとその上に横たわる影司を発見する。三人は速足に歩み寄り、眠っている影司の顔を覗き込む。
「今、どういう状況なんですか?」
「それがだな……」
平刃はそこまで言って口を止め、ベッドと萌から少し離れ、明人に手招きをして呼び寄せると、小さな声で話し始める。
「実はな、私が予測していた双樹君の力だが、それが阿久戸君に効かなかったのだ……」
「本当ですか……!?」
「しっ、双木君には力のことを教えていない。ショックを与えたくないからな」
平刃が鋭い口調でそう言ったので、明人はコクコクと頷いた。
「それでだな、双樹君が阿久戸君に触れた瞬間、阿久戸君は数分間ベッドの上で暴れまわり、そして今に至る」
「暴れて、眠った?」
「そうだ。……ここからは私の予想だが、恐らく阿久戸君の体内に住む地球外生命体が双樹君の力に反応し、そして一時的な激しい痙攣が起こった。そして傷は癒えたのだが、阿久戸君が喰らっていたダメージは相当なもので、それを完全に治すためには多少の睡眠も必要だったのだろう。と踏んでいる」
「なるほど……。確かにこいつ全然言う事聞かなかったですもんね。その反動か……プッ」
明人は思わず吹き出しそうになったが、頑張ってその笑いを抑え込む。
「一日近くは眠り続けるだろう」
平刃は影司の方を見てそう言った。
「一日か……。分かりました。ちょっと明日用事があるので、俺はこの辺で失礼します。用事が済んだらここに来ますので」
「そうか、分かった。私たちはここに寝泊まりをすることにする。君も自宅が危ういと思ったらここに来い」
「はい、ありがとうございます」
明人はそう言うと、平刃に一礼をしてから萌の方を見て再び頭を下げた。
「気を付けてね、明人くん」
萌が心配そうな目付きでそう言うので、明人は笑顔でそれに応えた。それを見た萌も笑顔になり、明人はそれを見ると実験室を出て、エレベーターに乗った。
その後明人は自宅に戻り、風呂や歯磨きを済ませて就寝した。研究施設では予想通り影司が目覚めることも無く、病院の設備を利用させてもらい床に就いた。
翌日、昼前に目覚めた明人はスマートフォンを確認した。通知が一件来ており、明人はロックを解除してメッセージアプリを開いた。すると昨日連絡先を交換したばかりの友介からであった。
〈正午に昨日のコンビニで良いかな?〉
メッセージの内容は淡々としていた。メッセージだと何だか怖いな。そんなことを思いながら、明人はメッセージの返信を書き始める。
〈はい! 大丈夫です! それではまた後で!〉
うざったいとは思うものの、明人は感嘆符を毎度語尾に付けてメッセージを送信した。
「よし、じゃあ出かける準備して、早く免許証返してあげないとな」
明人は出かける準備を済ませ、軽食を摂ると家の鍵を閉め、免許証を持っていることを確認してから原付に跨った。そしてメインストリートにあるコンビニを目指して走り出す。
時刻は十一時五十分。十分も早く来てしまった。明人はヘルメットを外してハンドルにかけ、道行く人々を眺めていた。右手には友介の免許証。影司は目覚めただろうか。そんなことを考えていたら、一台のバイクがコンビニの駐輪場に停まった。それは以前見たことのあるバイクであった。
「やぁ、ちょっと早かったかと思ったけど、丁度良かったみたいだね」
「はは、すみません。俺もちょっと早く着いちゃって」
友介はヘルメットを脱ぎ、ハンドルにかけた。そして明人の右手を見てから再び笑顔になった。
「これ、免許証です」
明人はそう言って免許証を差し出した。
「ありがとう」
友介はそう言うと、明人の手から免許証を受け取り、自分のものだと確認してから財布にしまった。
「本当にありがとう。こいつに乗れないのは酷でね」
そう言いながら友介はバイクのポンポンと軽く叩いた。
「好きなんですね」
「あぁ、走っていると嫌なことを置いていける」
「いかにもって感じですもんね」
友介はライダースーツを身に纏っており、その風貌からバイク好きなのは一目瞭然であった。
「今度何かお礼をするよ。今は持ち合わせが無くてね」
「いえいえ! 気にしないでください!」
「良いんだよ。僕がお礼をしたいんだ」
友介はそう言うと、クールな笑みを浮かべてからヘルメットを手に持った。
「ちょっとこれから用があってね。いや~、本当、今日に間に合ってよかったよ」
「それは良かった。それじゃあまた」
「あぁ、それじゃあ」
友介は再びニコリと笑い、ヘルメットを被ってエンジンをかけようとするのだが、その瞬間、メインストリートがざわめきだす。
「なんだ?」
「何かあったんでしょうかね?」
二人は顔を見合わせ、友介はヘルメットを脱いでハンドルにかけ、二人はバイクを降りてメインストリートに出て行く。
「何があったのかしら?」
「交差点で事故があったらしいわよ」
「怖いわね~」
「それに、事故を起こした車はそのまま逃げたらしいわよ」
「轢き逃げってこと!?」
コンビニ近くで立ち話をしていた主婦二人の話を盗み聞き、明人と友介は顔を見合わせて交差点に走って行った。
交差点に近付くにつれ、人だかりと車が多くなっていた。そのことからして車道も歩道も行き詰っていることが分かった。
ようやく着いた交差点の人だかりの間を縫うように抜けていき、二人は車道に出て交差点のど真ん中に倒れている青年を見た。
「か、彼は……!」
明人は倒れている青年を見て息を呑んだ。それは昨日明人が救ったはずの、ロージョンに変異した青年であったのだ。
「知り合いなのか?」
「あ、えっと、顔見知り程度ですけど……」
「そうだったのか……」
友介は明人から顔を背け、そして少し間を開けてから倒れている青年の方へ向かって歩き始めた。そして歩み寄ると腰を下ろし、青年の脈を確認する。明人も意を決して倒れる青年のもとへ歩み寄り、そして友介と同じようにしゃがんで友介の横顔を覗き見た。友介は顔を横に振った。
二人は唇を噛み締め、しばらく黙った。その内に救急車のサイレンが聞こえ始め、二人はゆっくりと立ち上がってその場を離れる。
救急車は交差点のど真ん中で停車し、一斉に数人が降り立ち、すぐにストレッチャーが用意される。そしてストレッチャーに青年を乗せようとするのだが、大人数人が一斉に吹っ飛ばされる。明人は青年がロージョンだと知っていたから、その一部始終をすべて見ていた。
死んでいたはずの青年は立ち上がり、毛穴と言う毛穴から黒い液体を吹き出す。
「きゃああああ!」
「うわぁぁぁぁ!」
周りで様子を伺っていた野次馬たちは一斉に逃げ出した。明人は辺りを見回し、一般人がいなくなったことを確認してから変異しようとするのだが、一番近くにいる友介が全く逃げようとしない。
「変異体……」
「に、逃げましょう!」
ここは一旦友介と逃げ、すぐに交差点に戻ってこよう。明人はそう考え、友介の腕を握ってコンビニの方に向かって走り出そうとする。
――しかし友介は微動だにしない。
「早く逃げましょう!」
「ロージョン……」
「友介さん? ここは危険ですよ?」
「危険? ハハハハ!」
友介は人が変わったように笑いだし、明人の腕を振り払ったのちに顔面をぶん殴る。
「いてっ!」
「……」
友介は黙り込み、ぐるりと一周見回すと、再び明人を見下す。
「真実を知るのは一瞬だ。そして、真実を失うのも一瞬だ。そう、命が途絶えればな」
友介はそう言うと、首元まで上げていたライダースのチャックを下げる。すると金属質の首輪が現れ、友介は左手をそっと上げて首輪のつまみを回す。
「自由のために、僕は戦う」
つまみを回し切ると、プシュー。という空気が漏れる音とともに紫色の霧が友介を包み込む。そしてその霧はどんどん凝縮していき、友介はフリームに変異する。
「あ、あなたが……!」
明人は地面に座ったまま、目を見開き、大口を開け、目の前で変異したフリームを見上げていた。




