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第四十四話 行く末

 明人は海林社前の野次馬の数を見て、若干怯んだ。ここから一歩を踏み出せば、大勢の前でフリームと戦い、明確な敵対関係を示すこととなってしまう。しかしここで躊躇えば今戦っている青年はロージョンとして死んでしまう。


「好き勝手にはやらせない」


 明人は自らを鼓舞し、物陰から海林社前に飛び出す。そしてフリームのがら空きの背中に飛び蹴りを食らわせ、そしてその流れで、仲間だと勘違いされないように念のためにロージョンを殴り飛ばす。その結果、明人が中央に立ち、フリームは右に、ロージョンは左に吹っ飛んだ。


「あ、アーデスだ!」

「騒動を聞きつけて来たのか!?」


 静まり始めていた野次馬たちが盛り上がりを見せる。


「わざわざ罠にハマりに来るとはな」


 フリームは野次馬に聞こえないよう、しかし明人には聞こえるようにそう言った。


「人の命を見捨てることは出来ない」


 同じく明人も野次馬には聞こえないような声でそう答えた。


「分かりやすくて助かる」


 フリームはそう言いながらゆっくりと立ち上がる。

 奴はすぐに攻撃を仕掛けてくる。明人はそう感じた。しかしロージョンを、青年を守りながら戦うのは難があると思い、明人は一旦フリームには背を向けてロージョンの方へ走り出す。そして倒れているロージョンを掴み上げ、そして物陰に向かって思い切り投げた。

 受け身を誤ったロージョンはゴロゴロと転がっていき、そしてようやく止まったところで変異が解けた。ゆっくりと顔を上げた先にフリームとアーデスがいることを知った青年は、悲鳴を上げながら逃げ去って行った。


「ふん、無様だな。あいつは見つけ次第処分だ」

「そうはさせない」


 明人はそう言いながら振り返る。


「そうだな、まずはお前から処分してやろう」

「へっ、臨むところだ!」


 明人とフリームは同時に走り出し、そして同時に殴りかかる。二人は互いに攻撃を避け、再び次の攻撃の動作に移る。それを何度か繰り返し、互いに距離を取る。


「やはり、能力だけでは無く、実力も上がっているようだな」

「知ったことか。お前を倒せれば十分だ」


 明人はそう言うと、休息を取らせんとばかりに殴りかかる。


「この単純さを除けば」


 明人の攻撃は躱され、掌底が鳩尾を狙って伸びてくる。明人は咄嗟に腹部を鎧で纏い、それをガードする。しかしそれでも明人は少しのけ反り、呼吸が一瞬奪われる。


「そうだったな。そっちもあったか」


 フリームは鎧の能力を確かめると、右手首を軽くストレッチさせてから再び明人に殴りかかる。


「やれー! 異端者をやっちまえ!」

「やっちまえアーデス! 権力に屈するな!」


 野次馬たちはまるでプロレスを観戦しているような意気で明人とフリームに野次を飛ばす。


「良い御身分だよな?」

「なに?」


 取っ組み合いの最中、フリームは明人に向かってそう言った。


「あいつら何も知らない。我々の苦痛も、お前らの苦痛もな」

「知らなくて良いんだ! 苦痛を背負うのは俺たちだけで良い!」

「下らない正義感を振りかざしていても、それはいつか朽ちる」

「朽ちさせはしない。俺は、負けない!」


 明人はフリームの腕を振り払い、右ボディブローを入れ、体勢を崩したフリームから距離を取り、腰に下げている柄を握る。それを見たフリームも、すぐに体勢を立て直して腰に下げている柄を握る。赤い剣そして紫の刀を具現化させ、互いに構えると再び真正面からぶつかる。


「やれアーデス!」

「負けるなフリーム!」


 ぶつかり合う剣と刀が鋭く高い音を響かせる。野次馬たちは殺陣を見る気分で盛り上がり、再び歓声が上がる。


「これが大衆の心理なのだよ。自分が楽しければ良いのだ。変異した人間の命など何も考えていない」

「違う! 彼らは平和を願って俺たちを応援してるんだ! 戦えない自分を俺たちに投影し、少しでも早く事態が収束するように願っているんだ!」

「何を馬鹿な。奴らは我々を道具だとしか思っていない」

「もういい! どちらにせよ、俺とお前では思想が違うってことはよく分かった!」


 明人は鍔迫り合いからフリームを押しのけ、突きを繰り出す。それに対してフリームは、伸びてくる剣を刀で跳ね除け、横薙ぎを食らわせる。


「ぐわっ!」


 少し興奮していたせいか鎧形態になるのが間に合わず、剣先が明人の腹部を掠める。明人は痛みに耐えながらバックステップを踏み、フリームから距離を取ると腹部を抑えて制止する。するとそれと同時に野次馬たちが若干声を潜める。


「見ろ、奴らの顔を」


 静止している明人に向かい、フリームは刀を下げながらそう言った。明人はそれを受け、野次馬たちに顔を向ける。すると野次馬たちは先ほどよりも数歩後退しており、そして先ほどまでの勢いを失ってアーデスとフリームを眺めているだけであった。


「ここで俺かお前が奴らに一歩でも近付けば、奴らは逃げだすだろう」

「や、やめろ……!」

「なぜだ。野次馬のいない方がやりやすいだろう?」

「一般人を、戦いには、巻き込みたくない」

「……その正義感、いつまで持つかな」


 フリームはそう言うと、刀を構えて野次馬に向かって歩きだす。すると野次馬たちは悲鳴を上げ、散り散りに逃げ始めた。


「これが現実だ……」


 フリームはそう言うと、刀をしまって煙玉を足元に投げつける。


「待て! ……クソ、また逃がしたか」


 煙が薄くなり始めたときには、既にフリームの姿は無かった。明人は周囲を見回してから変異を解き、駐車場に向かって走り出した。


 ……そのころトラックを追っていた平刃と瑠璃は、火澄町を離れて緑島方面に向かって車を走らせていた。


「このトラック。どこまで走るわけ?」

「さぁな」

「それに、明人はどっか行っちゃうし」

「そうだな。神馬も違うルートで来てくれていたらいいが……」


 平刃はそう言いながら、等間隔でトラックの後を追う。

 ……輸送トラックはしばらく道なりに走り続け、もう少しで緑島に着く。と言う手前で道を外れ、黄翼町おうよくちょうに入って行った。当然平刃もそれを追って黄翼町に入っていき、再びトラックを追尾する。


「緑島が目的じゃ無かったってことかな……?」

「瑠璃、戦う準備は出来ているか?」


 考察している瑠璃に向かって、平刃は唐突にそう聞いた。


「え、戦う準備って?」

「気持ちの話だ」

「う、うん。なんか改めて言われると少し構えちゃうけど」

「それなら良いんだ。きっと奴らは私たちの尾行に気付いている。だから観光都市に近いこの町を選んだんだ」

「本当? でも確かに、そう言われて見ると全く人がいないわ」


 瑠璃はそう言いながら、助手席の窓から過ぎゆく風景の中に人を見つけようとするのだが、人っ子一人見当たらない。

 黄翼町はあまり大きな町では無く、比較的新しく綺麗な住居が纏まっている住宅街となっており、大体の人が緑島か火澄町に働きに出ている。お年寄りとしては毎日遠出しなくては買い物もまともに出来ないので、黄翼町には新婚やら経済の安定してた家族が多く住んでいる。そして午前であれば学生たちは学校に行っているので、日中は静かな住宅街と化すのであった。それに加えて町の一部は今、開発工事が始まっており、立ち入り禁止となっている区画もある。

 トラックはそんな住宅街の狭い道を進んで行き、黄翼町の最奥に位置する開発地前で停車する。


「まさか、ここに研究所が出来るなんてことは無いよね?」

「いや、大いにあり得るぞ」


 平刃はそう言いながら、トラックとは少し離れた場所に車を停め、残りは徒歩で進むことになった。

 停車しているトラックから、二人の男性が降りた。そしてコンテナ裏に回り開錠し、台車を先に下ろしてから積んでいた荷物を取り出してそこに乗せた。


「戦闘を避けて、あの荷物の中身だけを確認する」


 平刃は物陰に隠れ、配達員の様子を伺いながらそう言った。


「分かった。それに、二体一じゃ勝てる自信無いし」


 瑠璃はそう言いながら笑顔を平刃に向ける。


「待て、念のために持ってきていたこれを使おう」


 平刃はそう言うと、白衣のポケットに手を突っ込みスタンガンを取り出した。


「スタンガン?」

「そうだ。変異をする前の人間体ならば通用するはずだ」

「一人なら気絶出来そうかな?」

「あぁ、何とかやってみる」

「ふふ、なんか明人みたい」

「そ、そんなことはない」


 平刃はそう言うと、スタンガンを握りしめて物陰から物陰へ移動して、徐々にトラックに近付いて行く。瑠璃もそれに続いて移動し、二人はトラックに一番近い物陰まで忍び寄る。


「研究員はまだ来ないのか?」

「はい、連絡は今来たんですけど……」

「ったく。人遣いが荒いよな。……追っ手も居ないみたいだし、ちょっと一本吸ってくるわ」

「は、はい!」


 配達員二人の会話を盗み聞きし、先輩らしき配達員が煙草を片手にトラックから少し離れて行ったのを確認すると、平刃はスタンガンを握り直した。


「私が行ってくる。瑠璃はもしもの準備をしていてくれ」

「うん、分かった」


 瑠璃の声はどことなく震えていた。平刃はその声を聞き受け、静かに動き出す。

 若い配達員は一人になってからずっとソワソワしており、しかしそれでも荷物の近くを離れることは無かったので、平刃は背後からそっと近づいて行き、そして左手で配達員の口を塞ぎ、右手に持っているスタンガンを起動してそれを太腿の裏に押し当てる。


「んんんんっ!」


 配達員はスタンガンを喰らうと、右足を抑えながら地面に転がった。平刃は配達員が叫ばないように再び口を塞ぎ、瑠璃はそれを見ると、急いで荷物の箱に近づいて行き中身を確認しようとする。

 ――瑠璃が開けようとしたその瞬間、段ボールからドンドン。という内壁を叩く音が聞こえてくる。

 瑠璃はそれを聞いて確信し、ガムテープを乱雑に剥がす。すると段ボールの中には両手足を縛られ、猿ぐつわをはめられている萌がいた。


「双樹さん!」

「瑠璃、静かにしろ」


 思わず大きな声を上げてしまった瑠璃に対し、平刃が言下にそう言う。

 瑠璃の力では萌を支え切れないので、平刃は配達員から離れて萌を抱きかかえる。そして二人は車に向かって走り出す。


「先輩! 追っ手です!」


 叫べるようになった配達員はすぐにもう一人の配達員を呼ぶ。すると一服をしていた配達員はその声を聞いて走り出す。その一連の流れを見聞きしていた瑠璃は足を止め、平刃に声をかける。


「先に行って! あたしが時間を稼ぐから」

「双樹君を車に乗せたら合図する!」


 平刃は瑠璃の背中に向かってそう言うと、再び走り出す。

 瑠璃は既に帽子を右手に持ち、平刃が走り去っていく足音を聞きながら帽子を被る。


「ウェ~ブチェンジ!」


 瑠璃が変異を終えると同時に、一服に行っていた配達員が戻って来て瑠璃を睨みながら注射器を取り出す。


「てめぇら、絶対逃がさねーぞ!」


 配達員はそう言うと、帽子を脱ぎ捨てて注射器を左手首に刺す。そして黒い装甲を身に纏い、ロージョンに変異する。


「気絶程度にしとかないと、明人に何言われるか分かったもんじゃないわね」


 瑠璃はそう言いながらクロスボウを取り出し、ボルトを装填して相手の動きを伺う。

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