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第四十三話 恐怖政治

 病院の駐車場に車を、原付を停め、明人と平刃は別棟に向かって速足で歩き始めた。

 昼間という事もあり、新棟のエントランスには多くの通院客や面会人が訪れていた。二人はそんな人の群れを抜け、渡り廊下に向かって行き、そして足早にそこを抜けると別棟にたどり着いた。その勢いのままエレベーターに乗って五階へ向かい、五十二号室のスライドドアを開ける。


「あ、おはようございます」


 明人と平刃の存在に気づき、一番最初に挨拶をしたのは朝美であった。


「おはよう」

「おざまーす」


 朝美に返答をするように明人と平刃が挨拶をした。

 それに続いての挨拶は無く、病室を見た限り影司が入口に向かって背中を向けているだけであり、瑠璃の姿が見当たらない。


「あれ、瑠璃さんは――」


 明人が口を開いた瞬間、二人の背後にあるスライドドアが勢いよく開いた。


「うおっ!」

「ういっす~」


 明人と平刃に気が付いた瑠璃は、軽い挨拶をして二人の間を抜けていき、そして自分のベッドに腰を掛けた。

 明人と平刃は顔を見合わせ、とりあえず全員が揃ったことを確認すると影司のベッド付近に集まった。


「会見は見たか?」


 平刃は単刀直入にそう言った。朝美と瑠璃は頷いて答え、影司は尚もベッドに寝転がったまま反応しない。


「ではまず一つ聞きたい。戸木田君」

「は、はい?」


 まさか自分だと思っていなかった朝美は、声を少し上ずらせながらそう言った。


「大源は君のことを協力者だと言っていたが、あれは嘘だな?」

「はい、もちろんです。動画は明人たちが人を助けているんだということを証明するために撮ってるんです」


 朝美は静かに、しかし力強くそう言った。


「分かった。君のことを信じよう」


 平刃はそう言うと、少し間を開けてから再び話し始める。


「次に、神馬、阿久戸、瑠璃、君たちに聞きたい。寝返るつもりは――」

「無いです」

「無いわ」


 平刃が言い終えるよりも前に、明人と瑠璃は答えた。どうやらこの二人の意志は固いらしい。と平刃は微笑を浮かべる。


「阿久戸君、君は?」


 平刃が静かにそう聞くのだが、影司は答えない。


「……神馬、瑠璃、戸木田君、少し席を外してもらってもいいか?」


 黙り込んでいる影司を見て、平刃は柴神山の地下研究施設でのことを思い出していた。


「良いですけど……」


 明人は瑠璃と朝美の顔を見て、二人もそれに同意して病室を出て行く。


「どうだ、何か話せそうか?」


 スライドドアが完璧に閉まり、ドアの向こう側に誰もいないことを確認してから平刃はそう聞いた。


「……あいつだ。紫色の変異体」

「柴神山の研究室で見たカプセルの中に入っていた人物。という事か?」

「きっとそうだ。あいつに違いない」


 影司はそう言うと、無理矢理立ち上がろうとする。しかし全身が痛み立ち上がることが出来ない。


「無理をするな。……確か神馬が言うには、紫色の変異体は君を探しているらしい。焦らずともいつか巡り合える」

「……巡り合える。か。どうやらそれは敵としての再会になるのかもしれませんね」


 影司は皮肉めいてそう言うと、寝返りを打って平刃に背を向けた。


「君を今すぐに助ける方法がある」

「……看護師のことですか?」

「そうだ。確信は無いが、彼女に託すしかない」


 平刃はそう言うと病室を出た。そしてエレベーターに乗ってロビーへ下り、ベンチに腰かけている明人たちのもとへ歩み寄った。


「話は終わったよ」

「影司はなんて?」

「彼は裏切らないさ。ただ、戦えないことにストレスを感じているようだ」

「あいつらしいな」


 明人は苦笑しながらそう言った。


「彼を助けるためにも、いち早く双木君を探す必要がある」

「はい、分かってますよ。今も丁度その話をしていたところです」

「それで、目星はついたのか?」


 平刃は白衣のポケットに両手を突っ込みながらそう聞いた。


「いやぁ、それが……」

「手掛かりが無いのに探すのは難しいか……」

「あたしが思うには、双樹さんを追うより紫色の変異体を追った方が早いと思うんだけど」


 明人と平刃の会話を聞いていた瑠璃が口を出した。


「うーんそうですけど、その紫色の変異体はどうやって探すんですか?」

「あ……」


 そこまでは考えていなかったようで、瑠璃は唖然として固まる。


「確か私が誘拐されたとき、海林社に連れていかれたよね?」


 ノートパソコンを弄りながら三人の会話を聞いていた朝美が小さく呟いた。


「そうか。ってことは、海林社が今の研究所?」


 明人はそう言うと、自分の意見の正当性を確かめるように三人の顔を見回す。


「大源と言う大きなバックがある以上、その可能性も十分にあり得る」


 多少の間が空いてから、平刃が淡々とそう言った。


「じゃあ萌さんもそこに……?」

「可能性は高い。しかし確実でもない」

「でも行くしか無いですよね」

「そうと決まったらさっさと行きましょ」


 瑠璃はそう言うと、そそくさと立ち上がった。


「そうですね、行きましょうか」


 瑠璃に続いて明人も立ち上がり、二人は渡り廊下に向かって歩き出す。


「戸木田君、少し良いか?」

「はい、何でしょうか?」


 動画編集をしていた朝美はその手を止め、見上げて平刃の顔を見た。


「阿久戸君を見張っていてほしいんだ。今回限りは彼に協力しないでくれ。これ以上無理をしたら彼は……」

「は、はい。分かりました」


 隠れて影司に協力していたのがバレていたのか。と朝美は少し驚きつつも、それ以上に影司の体のことが気になって言葉を詰まらせた。


「彼はなんでも自分で背負おうとし過ぎる。それは君も知っているだろうがね。なにせ君が名付け親なんだからな」


 平刃はそう言うと、明人と瑠璃の後を追って渡り廊下に向かった。


「酷使……。確かに、影司には抑止力が必要なのかも……」


 朝美はそう呟くと、ノートパソコンを閉じてエレベーターに向かって歩き出した。


 怪我も完治している瑠璃は、退院手続きを済ませてから病院を後にした。明人と平刃はその手続きを待ち、明人は原付で、平刃と瑠璃は車で日輪にある海林社を目指して走り出した。

 正午過ぎの日輪には、昼食を求め歩くサラリーマンが歩道を埋め尽くしていた。明人たちは海林社になるべく近い駐車場を探し、そこに駐車すると合流してから海林社に向かって歩き出した。


「で、来たのは良いですけど、どうしましょうか?」


 明人は海林社ビルを見上げながらそう言った。


「確かに、あたしたちじゃ入れないわよね」

「向こうから出てきてくれると良いんだけどなぁ~」


 明人が能天気にそんなことを言っていると、海林社ビル前がざわつき始めた。


「なんだ?」


 先ほどまでにこやかだった明人の顔が引き締まり、三人は海林社に向かって走り出す。海林社前にある円形の広場を抜け、そしてビル入り口となっている大きな両開きの自動ドアが三枚目に入ると同時に、その手前で戦っている紫の変異体、フリームとそれを囲む二体のロージョンを発見する。


「う、うあぁぁ!」

「きゃぁぁ!」


 海林社に務める会社員たちが悲鳴を上げて散り散りに走り去って行く。


「なんだ、早速実験に失敗したのか?」

「全く何が軍事兵器だよ。あの何だっけ、フリームとか言ってたか? あいつだけで抑えられるのか?」

「市長はそう言ってただろ?」

「言ってはいたけど、俺はアーデスを信じるね」

「アーデス? あいつは異端者なんだろ?」

「いいや違うね。俺は目の前で助けられたことがあるんだ」

「マジかよ、いいなぁ~」


 三人の背後から、遠巻きに騒動を見ている野次馬の男性二人の会話が聞こえてくる。


「教授……!」


 明人はその会話を聞き、今ここで颯爽と登場すれば評判をかっさらえると思い平刃の方を見た。


「ダメだ。奴の、フリームとやらの力も見ておくべきだ」


 平刃はそう言うと、腕を組んで野次馬の中に溶け込む。


「で、でも、俺は一度奴を追い詰めています!」

「時には観察も重要だ。それに、ここで君が出て行ったらますます怪しまれるぞ?」

「なんでですか?」

「君がロージョンを操って奴を襲っているように見えてしまうかもしれない」

「くっ……」


 明人は唇を噛み、少し後退すると野次馬に混ざってフリームの戦闘を見守る。

 フリームは暴れている二体のロージョンの攻撃を軽々と躱し、そして的確に攻撃を入れていく。そして一体のロージョンを撃破し、流れるようにもう一体を撃破する。


「ロージョンってあんなに遅かったっけ?」


 一連の出来事を見ていた瑠璃がボソッと呟いた。


「確かに、何か鈍くさかったな」


 瑠璃に同意するように、明人もそう言って辺りを見回した。


「あ、ちょっとあれ見て」


 瑠璃はそう言うと、野次馬の群れから少し離れたところを台車を押して歩く二人組を発見する。


「何か裏がありそうだな」


 平刃がそう言うと、三人は野次馬の群から抜けて広場まで戻った。すると広場前には路駐するトラックが一台あり、先ほど台車を押していた二人組は人目を忍んで荷積み作業中であった。


「あの制服、それにあの台車……」

「どうかしたの?」

「それが、朝美を誘拐した人たちが着ていた服にそっくりで」

「明らかに怪しいじゃない! 追うわよ」


 瑠璃はそう言うと、既に荷積みを終えて走り出そうとしているトラックに向かって走り出す。すると真っすぐトラックに向かってくる瑠璃に気付き、運転手はすぐにトラックを発進させる。


「あ、こら! 待て!」

「車で追うぞ」


 平刃はそう言いながら車を停めた駐車場に向かって走り出した。


「うん!」


 瑠璃は快活に返事をすると、平刃の後を追って走り始める。


「あ、俺も――」


 明人も二人の後を追って駐車場に向かおうとするのだが、平刃の隅で立ち震えている一人の青年に気が付く。何だか目が離せず、よくよく見てみるとその右手には黒液体がたっぷりと満たされた注射器が握られていた。


「あれは……!」


 明人は彼が変異しようとしているのだと思い、それを止めようと走り出す。


「やめろ! それは危険だ!」

「こ、こっちに来るな!」


 青年はそう言うと、注射器を自分の左手に刺し、そして液体を注入する。


「おい、やめろ!」


 明人は青年の両肩を掴んで変異を止めようとするのだが、青年の身体はみるみるうちに黒い装甲に包まれていく。そして青年は変異を終えると、明人のことを殴り飛ばす。


「うおっ!」


 明人は背後に吹っ飛び、そして尻餅を搗く。しかしすぐに立ち上がり、両手を構える。


「止まれ! どこに行くんだ!」

「ぼ、僕は……。僕は偉大な実験の立役者になるんだ!」


 青年はそう言うと、明人を突っぱねて海林社に向かって行く。


「いってー。何も突き飛ばさなくても……。ん、待てよ、もしかしてさっきのロージョンも意志を持って暴れていた……?」


 明人は変異して走り去って行ったロージョンの背中を見て、ふとそんなことを考えた。そしてすぐにロージョンを追って海林社前に戻り、そして再び野次馬の群れに交じって海林社前に目を向ける。するとそこには先ほど明人を突き飛ばしたロージョンがいた。


「立役者だと? 違う。これはただの見せしめだ」


 明人は歯噛みしながらそう呟くと、人混みを離れて物陰に隠れる。


「間に合ってくれよ。バイタルチェンジ!」


 明人は両手を構え、そしてすぐにリミッターを解除して変異する。


「なんだ、また暴走したロージョンか?」

「今度の奴は中々やられないな」


 遠くで野次馬の声がする。まだ彼はやられていないみたいだ。明人はなるべく人目につかないルートを選出して、海林社前を目指して走り抜ける。

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