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第四十二話 幕開け

 明人たちが戦闘をしている一方、火澄町、原笠大学生命科学研究室内では時計の秒針が時を刻む音と、平刃がカタカタとノートパソコンのキーボードを叩く音だけがこだましていた。

 改良を待つ瑠璃は何もすることが無く、ソファに寝転がってスマートフォンを見たり、目を瞑って何も考えず瞑想をしたりして時間を潰していた。

 ……そうして時間を潰していると、平刃がキーボードを打つ音が止まった。瑠璃は閉じていた瞼を開け、上体を起こしてソファ越しに実験台の前に座る平刃の背中を見た。


「出来た」


 平刃は小さくそう呟くと、ゆっくりと立ち上がった。そして大きく伸びをして、瑠璃の方に振り返った。


「出来たの?」

「あぁ、完成だ」

「じゃあこれであたしも十分に戦えるわけね」

「……そうだな」

「どうしたの?」

「いや、本当に戦わせるべきなのかと思ってな」

「あたしがやるって言ったの。それでいいでしょ?」

「……分かった。これを渡そう」


 平刃はそう言うと、実験台の上に置いてあった帽子とクロスボウを手に持って、瑠璃の前に差し出した。瑠璃はそれを受け取ると、じっくりと眺める。


「これ、何が変わったの?」

「パッと見は分からないだろうな」

「それで、具体的には何が変わったの?」

「帽子には自動追尾用のレンズをつけた。そしてクロスボウにはそれを受け取る機能をプログラミングした。少々ごつくなったが気にしないでくれ」

「ふーん、なるほど。じゃあこれで百発百中ってことね?」

「そうだ。だがな、レンズの出し入れは君の自由だ。何を隠そうこのレンズはロージョンにしか反応しないように設定してある。つまり、逃げ道を作りたいときや物体を壊したいときなどはレンズを外してクロスボウを撃つんだ」

「なるほどなるほど」


 瑠璃は平刃の話を聞きながらうんうんと頷いた。


「説明はこんなところだ。使うか使わないかは君が決めるんだ」


 平刃はそう言うと、自分用のソファに腰かけてテレビの電源を点けた。


「結局誰も襲って来なくて良かったね」

「あぁ、そうだな」

「完成しちゃえばこっちのもんよね」

「あぁ、そうだな」

「このまま何もなければいいけど……」


 瑠璃は帽子とクロスボウを両手に持ったまま、不安そうにそう言った。


「心配することは無い。逃げたければ逃げても良いんだ」


 平刃はテレビの画面を見ながらそう言った。瑠璃はその言葉に頷き、そしてテレビの画面を見た。


「今日の正午過ぎ、新しい動画が公開されました」


 男性のアナウンサーがそう言うと、テレビの画面には朝美が撮った動画が流れる。それは緑島で明人と瑠璃が商店街で戦闘をした映像で、これによって瑠璃の存在も、緑色の変異体もメディアに晒されたこととなった。


「撮影者はアーデス、ビュースの命名者でもあり、月刊海林で連載をしていたTさんです。今回映像に映っていた緑色の変異体。こちらにも名前を付けているようで、動画サイトの概要欄にはこのように書いてありました」


 アナウンサーがそう言うと、画面は切り替わって動画投稿サイトのイメージ画像が表示される。そしてアナウンサーは続ける。


「緑色の変異体は、『Brain Waves』から取り、『ブレース』と呼称しているようです。意味は、脳波。だそうですが、その真意までは書かれていないようです。次のニュースです」


 変異体のニュースは淡々とアナウンサーの口から語られ、そして次のニュースに映ってしまった。


「なんかあっ気無いね」

「仕方ないだろう。この時間では一つのニュースを長々と語ってもいられない」

「そうだけど……。せっかくあたしの初出だったのに」

「きっと昼間のニュースでも大々的に取り上げられていたはずだ。それか明日の昼間だな」

「う~ん、まぁ壱夜さんのことを信じて、明日のワイドショーでも見ようかな」


 瑠璃は少し拗ねたようにそう言うと、帰りの支度を始める。

 平刃はそれを見ると、テレビを消してようやく瑠璃の方を見た。


「帰るのか?」

「うん、だってもう九時でしょ? おなかすいちゃった」

「そうか。もうそんな時間か……。送る途中にどこかで食べるか?」

「いいの?」

「あぁ、なんとなく今はそういう気分なんだ」


 平刃は柔らかい微笑を浮かべると、立ち上がって自分の荷物をまとめ、車のキーを持って瑠璃と一緒に研究室を出た。

 その後二人は遅くまで営業しているファミリーレストランに立ち寄り、十時前にしては多くの食事を摂った。前菜のサラダにハンバーグとフライドポテト。それにライスと別腹と言ってデザートを食べた。はじめ食べる気は無かったが、瑠璃が呆れるほどに食べたがるので、それならばと平刃もいっしょに頼んだのであった。


「ふぅ~、おなか一杯!」

「ふっ、それは良かった」


 二人はそんな会話をしながら車に戻った。


「それで、どこに向かえばいいんだ?」


 運転席に着いた平刃は、助手席にちょこんと座る瑠璃にそう聞いた。


「うーん、病院に戻ろうかなって思ってるんだけど」

「病院か……そう言えば君たちはまだ入院扱いだったな」

「うん。それにあさみんと影司くんが気になるからさ」

「確かにそうだな。あの二人は勝手に動く傾向がある」

「だから監視も含めてさ」

「その方がいいかもな」


 平刃はそう言うとシートベルトを装着し、原笠病院を目指して車を発進させた。

 ……病院前まで来ると、黒く長いリムジンとすれ違った。物珍しいリムジンに、平刃と瑠璃はそのリムジンを凝視した。


「この時間にリムジンとはな」

「リムジンって存在するんだね」


 二人はそう言って顔を見合わせると、平刃は病院前に路駐をし、瑠璃を下ろした。


「それじゃあな」

「壱夜さんは?」

「私は研究室に戻る。忘れ物をしてしまってな」

「そっか、気を付けてね」

「あぁ」


 平刃はそう言うと、ウィンドを閉めて走り出した。


「さて、病室に戻ろっかな」


 平刃を見送ると、瑠璃はロータリーを抜け、新棟のエントランスを抜け、渡り廊下を抜け、そして別棟にたどり着き、病室に戻った。

 スライドドアを開けると、そこには朝美と影司がいた。


「あら、戻ってたんだ」

「あ、瑠璃さん。私たちも今戻ってきたところなんですよ」


 病室に戻ってきた瑠璃に向かって、朝美がそう言った。


「もーう、どこ行ってたのよ」

「行ってたと言うか連れて行かれていたというか……」

「でも無事でよかった」

「はい、明人と影司が助けてくれて」

「そっか、影司くんはそんな体で戦ったの?」

「そうですよ。ちゃんとこれに撮ってきましたから」


 朝美はそう言って自分のスマートフォンを掲げた。


「そう言えば、あさみんの動画が取り上げられてたよ」

「あ、そう言えば今日の昼間に動画を上げたんでした」

「明日の昼間、また取り上げられるかもね」

「だといいですね」


 女子二人がそんな会話をしている間に、影司は淡々と就寝の準備を進めており、静かにベッドに寝転がった。


「私たちも寝ましょうか」


 朝美が苦笑いしながらそう言うと、瑠璃は静かに頷いて自分のベッドに向かった。

 ベッドに入った三人は、その後会話を交わすことなく深い睡眠に飲まれていった。


 翌朝、明人を目覚めさせたのは一本の電話であった。スマートフォンの呼び出し音では無く、古臭い着メロが鳴ったので、すぐに携帯電話の着信だという事に気が付いた。

 明人はのろのろと起き上がり、リビングへ向かった。そしてテーブルに置きっぱなしにしてた携帯電話に手を伸ばし、電話に出た。時刻は朝の九時半であった。


「はい、もしもし。明人です」

「神馬か。私だ、平刃だ」

「あぁ、おはようございます。教授」

「今は家か?」

「はい、そうですけど」

「分かった。今からそっちに向かう」

「なんでですか?」

「市長、大源による緊急会見だそうだ」

「わ、分かりました」


 その名前を聞き、明人は一瞬にして目を覚ました。


「今度はなんの会見だ……」


 明人はボソッと呟き、洗面所に向かって洗顔と歯磨きを済ませる。そしていつでも出かけられるように着替えを済ませ、バイタルリミッターの麻酔を補充しておく。そしてあとは平刃の到着を待つだけとなった。

 平刃は十分もしないうちに明人宅のインターホンを鳴らした。明人はそれに反応し、すぐに玄関のドアを開けて平刃を迎え入れた。


「早かったですね」

「あぁ、もうすぐ始まるからな」


 平刃はそう言いながら、左腕に巻いている腕時計を見た。


「会見が始まる前に電話を入れてくる」

「朝美たちにですか?」

「そうだ。すまないが先にリビングに戻っていてくれ」


 平刃はそう言うと、玄関に立ち止まったまま携帯電話を取り出した。明人は言われた通り先にリビングに戻り、テレビを点けてすぐに消音ボタンを押した。


「もしもし、私だ、平刃だ。……これから市長の会見が行われる。そっちでも見れるようだったら見てくれ」


 平刃はそう言うと、通話を切って携帯電話をしまった。そして靴を脱いで明人宅に上がり、リビングにある椅子に腰かけた。平刃が椅子に座ると、明人はテレビの音量ボタンを押し、テレビは息を吹き返す。


「もうそろそろだな」


 平刃は腕時計を見ながらそう言った。明人もそれを傍らで聞きながら、テレビの画面を注視する。

 時刻は十時前、平刃の言動からして会見は十時から行われるようである。数分間ワイドショーの前振りを眺め、そしてようやく中継が繋がる。


「えぇ~本日は、お集まりいただきありがとうございます」


 今回は最初から大源豪士が画面に映った。そして着席するまえにそう言うと、軽く会釈をして席に着いた。


「今回は我々の方針を伝えようと思い、このような場を設けていただきました。まずはこの方から」


 大源がそう言うと、画面左端から白衣を身に纏った郷間が現れた。そして深々と一礼し、フラッシュが画面を真っ白にするほど焚かれる。三秒ほど頭を下げた後、郷間は頭を上げて席に着いた。


「彼は郷間隆太博士。そして――」


 すると今度は画面右端から紫色の変異体が現れる。会見会場は一瞬ざわついたが、大源と郷間が動じないところを見て、数秒の間が開いた後にフラッシュが焚かれた。

 紫色の変異体が立ち尽くしたまま、大源は話を続ける。


「彼は我々の研究の結果、自我を持つことに成功した貴重な被検体です。ロージョンとは違い自分の意志で戦い、自分の意志で変異を解くことが可能です」


 大源がそう言うと、再び複数のフラッシュが焚かれる。


「そして!」


 フラッシュを遮るように、郷間が声を荒げて話の主導権を奪い去る。


「彼ならばロージョンを従えることが出来る」


 再び会見会場はざわめきに包まれる。


「今後は彼がこの町を救ってくれるでしょう」


 郷間はそう断言し、満足げな顔で大源を見た。それを受けた大源が再び話し始める。


「研究は未だ途上です。しかし我らには優秀な博士、郷間博士が付いています。それに、我々を守ってくれる存在も居ます。暴れるロージョンはこの、『フリーム』が撃退し、そしてロージョンを統制してくれるでしょう」


 複数のフラッシュが焚かれ、思わず明人と平刃は目を細める。


「質問があります」


 一人の記者が右手を挙げてそう言った。大源は軽く頷き、はい。とだけ言った。


「数日前からアップされている動画についてなのですが、そこでは赤い変異体、アーデス。青い変異体、ビュース。それに緑色の変異体、ブレースがいますよね? まず、彼らは仲間なんですか?」

「がはは、奴らのことか。聞かれると思っていたよ」


 大源は乾いた、そして嗄れた声で笑いながらそう言った。そして返答を続ける。


「奴らは異端児だ。詳しいことはまだ話せませんが、簡潔に言えば、今の奴らは敵だ。しかし我々が捕獲に成功した暁には……。大きく言ってしまえば、軍事兵器として利用できるでしょう」


 本日一番のフラッシュが焚かれ、再び明人と平刃の目を焼く。


「奴らを統制することは出来るんですか!?」

「奴らには意志があるんですか!?」

「奴らも人間体と変異体があるんですか!?」


 記者たちはこの機を逃さんとばかりに質問攻めを始める。大源と郷間はその質問攻めに屈することは無く、大源は落ち着け落ち着けと言ったように軽く上げた両手を上下させて記者たちを宥める。


「今の奴らは敵だ。そうとしか言えない。そしてアップされている動画に関しては、アレは我々の捕獲作戦を撮影したものだ。記者Tの力を借りてね」


 大源はそう言うと、明らかにカメラに向かってニヤリと笑った。そして話を続ける。


「捕獲が成功すれば、奴らの統制も可能でしょう。これに関しては捕獲作戦を急ぐ他ありません。意志に関しては……」


 大源は言葉を濁すと、郷間の方を見た。郷間はそれを受け、返答を始める。


「奴らに意志はあります。だからこそ統制すれば莫大な力を得られる」


 郷間はテレビの向こう側にいる明人、影司、瑠璃に訴えかけるようにそう言った。

 その後は普遍的な質問が続き、緊急記者会見は終わった。それが終ると同時に平刃はテレビの電源を切った。そして明人の方に向き直る。


「さて、君たちの意見が聞きたいものだが」

「はい、俺も影司と瑠璃さんの話を聞きたいです」


 意見が一致した二人は、出かける準備を済ませ、平刃は車で、明人は原付に乗って原笠病院に向かって走り出した。

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