第四十一話 人道と外道
明人が戦闘を終えたころ、瑠璃は原笠大学に到着していた。見渡した大学の光はまばらであり、居残っている人数の少なさを語っていた。
「結構遅くなっちゃったわね」
瑠璃はスマートフォンの電源を点け、時間を確認しながらそう言った。確認し終えるとスマートフォンをポケットにしまい、許可用を持っていない瑠璃は警備員に見つからないようにして研究室を目指した。
幸い警備は手薄で、獣道に酷似している旧校舎につながる一本道に入ってしまえば、誰にも見つかることは無かった。
研究室のドアを三回ノックすると、瑠璃は返事を待たずして研究室に入った。
「こんばんは~。明人の代わりに来たよ~」
研究室に入ると、平刃は部屋の隅にある小さいデスクでノートパソコンとにらめっこをしていた。部屋の中央にある実験台には瑠璃が変異するための緑色の帽子と、クロスボウが置かれていた。
挨拶をしても反応が無かったので、瑠璃は口を尖らせてソファに腰かけた。
……それからしばらくして、平刃が急に立ち上がったことで研究室内の時間が動き始めた。
「なんだ、来ていたのか」
「えぇ、十数分前にね」
「そうか、悪かったな。冷蔵庫にお茶が入っているはずだ。空いていないペットボトルのを飲んでくれ」
「うん、ありがとう」
瑠璃は軽い挨拶をすると、冷蔵庫に向かってお茶を取り出し、そして再びソファに戻った。
平刃はパソコンの前から離れ、実験台の下にしまっている木椅子を引き出すと、そこに腰かけて帽子とクロスボウを眺め始めた。そして間もなく立ち上がり、別のデスクに置いてあるノートパソコンを実験台に移動させ、そして棚の中から様々な部品を取り出して実験台の上に並べた。
それからは再び沈黙が研究室内に滞った。恐らくこの沈黙が破れるのは平刃の改修が終った時だろう。
……一方明人と影司は、駐車場にたどり着いて行き先を模索していた。
「俺は研究室に向かおうと思ってるんだけど」
「いや、そっちにはちゃんと護衛がいるんだろ?」
「瑠璃さんがいる」
「……それなら向かう必要は無いだろ。看護師とあいつを探しに行く」
「あいつ?」
「そうだ、戸木田朝美のことだ」
「やっぱり朝美も攫われたのか」
「あぁ、だが大丈夫だ。実は教授に一つだけ発信機をもらっていたんだ。それをあいつに持たせておいた」
「なるほど。それじゃあ教授に聞けば」
「そう言うことだ」
影司はそう言うと、原付に跨っている明人の方を見て、腕組をして静止した。
「なんだよ」
「電話を掛けろ」
「俺が?」
「そうだ」
「分かったよ」
明人は渋々了承すると、鞄から携帯電話を取り出して一番をプッシュする。
「もしも~し」
「あ、もしもし。明人です」
「おぉ、明人~。無事着いたよ」
電話に出たのは瑠璃であった。
「瑠璃さんですか?」
「そうよ」
「教授は?」
「今熱心に研究中」
「そうですか……。至急調べてほしいことがあるんですけど」
「う~ん、分かった。聞いてみる。それで調べてほしいことって?」
「発信機の位置です」
「発信機?」
「そうです、発信機です。朝美も持ってるらしいんです」
「そうなの! 分かった、聞いてみる!」
瑠璃がそう言うと、受話口からはガタガタと物音がし、そしてはっきりとは聞き取れないが声が遠くに聞こえる。
「もしもし?」
「はい、どうでしたか?」
「発信機ナンバー三は……。日輪に向かってるみたいよ?」
「日輪ですね? 分かりました」
「うん、あさみんのことよろしくね!」
「はい!」
明人は通話を終えると、携帯電話を鞄にしまって影司の方を見た。
「日輪に向かってるらしい」
「分かった。日輪に向かうぞ」
影司の言葉に頷くと、明人は原付のエンジンをかけた。影司も車に乗り込み、運転席に座っている黒スーツの人に声をかけ、二人は日輪に向かって走り出した。
時刻は九時。道路を走る車もそれほど多くなく、二人は電車では無くこのまま公道を走って日輪に向かうことにした。もしかしたら朝美も電車では無く公道を走るトラックの荷台なんかに隠されている可能性も含めてのことであった。
そんな可能性が叶う訳も無く、二人は日輪に着いてしまった。
「着いちまったな」
車を降りてきた影司に向かって明人がそう言う。
「そうだな……。一つだけ行っておきたいところがある」
「どこだ?」
「海林社だ」
「海林社か、確かにあそこは怪しいよな」
明人も同意したところで、影司は再び車に戻って二人は再出発した。
日輪はそれほど広い町では無いので、海林社前にはすぐに着いた。ビルの電気は既に消えており、ほとんどの社員が退社しているように見える。明人と影司は原付と車を路駐して、海林社前にある広場に立ち寄った。
「……思い違いか」
影司はポツリと呟いた。
「ヒントが少なすぎるよな。瑠璃さんに電話をかけてみるよ」
明人がそう言って鞄に手を突っ込むと同時に、海林社前に一台の大型トラックが停まった。
「まさかな……?」
明人はそう言いながら影司の顔を見た。
「そのまさかだと嬉しいな」
二人は広場のど真ん中に立ち、トラックから下りてくる男性二人を眺めた。男性二人は明人と影司をちらりと見ると、帽子を深々と被り直してこそこそと話し始めた。すると話はすぐに終わったようで、片方はトラックの裏に回りコンテナの鍵を合わせ始める。そしてもう片方は再び帽子をかぶり直しながら明人と影司に近付いてくる。
「あの~、少し大きな荷物が通りますので、道を開けてもらっても良いですかね?」
男は丁寧だが、どこか強張った口調でそう言ってきた。
「そんなに帽子を目深に被っている人の言うことを聞けと?」
影司は喧嘩腰にそう言った。
「あ、えっと、すみません。でも僕の顔を見せても意味無いですよね?」
「はい、意味は無いですよ。ただ気になるんですよね。こんな時間に配達なんて」
影司はそう言うと、そっと手を伸ばして配達員の顔を見ようとする。
「や、やめてください! だ、大事な荷物なんですよ。今日中じゃないとダメなんです」
配達員はそう言うと、再び帽子を深くかぶり直してトラックに戻って行く。
「怪しさ満点だな」
「あぁ、止めるぞ」
明人と影司は広場に横並び、頑としてそこからどこうとはしない。
配達員の二人は戸惑いながらも、荷物を台車に乗せて広場に突入する。そして広場のど真ん中にいる明人と影司の前で立ち止まる。
「すみません、本当に急いでいるんです」
配達員は口を揃えてそう言うが、明人と影司はどこうとしない。
「ちょっと、警察呼びますよ?」
「それでいいなら呼べ」
配達員がそう脅してきたので、影司もそれを利用して返す。
「もう無理矢理通してもらいますからね――」
「ちょっと出して!」
配達員が無理矢理押し通ろうとした時、台車に乗る大きな段ボールの中から声がした。それも女性の声が。
「今のは?」
明人が配達員の顔を覗き込むようにしてそう言った。
「ちっ、邪魔者は排除だ」
配達員の二人は帽子を投げ捨て、ポケットから注射器を取り出す。
「こいつらも変異するのか!」
「ならこっちもやるまでだ」
明人と影司は両手を構え、そして変異する。
「バイタルチェンジ!」
「ビートチェンジ」
明人と影司が変異を終えるころには、配達員の二人もロージョンへの変異を終えていた。
明人は攻撃を始める前に段ボールの乗った台車を端に寄せ、そして段ボールを引き裂いて閉じ込められていた人を救助する。
「ぷはぁー! 助かった~」
「朝美!」
段ボールに閉じ込められていたのは朝美であった。しかし何となく予想がついていた明人は、安全を確認するとすぐに戦闘に戻ってしまう。
「え、ちょっと! 感動の再会は!」
「それは後で!」
明人はそう言うと、走った勢いを利用して片方のロージョンに飛び掛かる。
「もう~、まぁ良いわ。私は私の仕事をするわよ」
朝美はポケットにしまっていたスマートフォンで動画を撮り始める。
ロージョンに変異した二人は戦闘に慣れておらず、明人は当然のこと、手負いの影司ですら敵を圧倒してしまう。
そしてフィニッシュへ移ろうとした二人だったが、明人は剣を構えたまま動けなくなってしまう。
「何してる。さっさと片付けるぞ」
影司は地面を凍らせると、ロージョン二体の動きを封じる。そして氷上を滑ってフィニッシュブローを決めようとするのだが、どこからともなく伸びてきた鞭が影司の身体を払う。
「くっ、またか」
影司はすぐに体勢を立て直し、一旦氷上から離れる。
「全く、私の部下に手を出してほしくないわね」
そう言って海林社のビル方面から現れたのは牧田であった。
「この子たちはまだ可愛い可愛い子供同然なのよ? それをいたぶって」
「関係ない。こいつらは人の道を外れた」
影司はそう言い切ると、再びフィニッシュを決めようとするのだが、先ほど喰らった鞭の攻撃が緑島で受けた傷を悪化させ、怯んでしまう。
「あら、まだ完治していないのね。その体で良くやるわ」
「大丈夫か影司!」
剣を構えていた明人は一度剣をしまい、片膝を着く影司のもとへ駆け寄る。
「俺は大丈夫だ……」
影司は強がりを言って立ち上がろうとする。
「やめとけ、治りが遅くなるだけだ」
「だがお前じゃ、あの二人を倒せないだろ」
「……」
影司の力が弱って来たことに伴い、先ほどまで凍っていた路面が溶け始め、二体のロージョンは解放される。
「もう一度言う。お前じゃ倒せない。あいつらにはまだ人間の意志が残っているからな」
影司はそう言うと、無理矢理立ち上がる。
「少し力を与えてあげる」
牧田はそう言うと、棒立ちしている二体のロージョンに鞭を入れる。すると二体はもがき苦しみ始め、それが収まったかと思うと分厚い装甲に覆われ、そして――
【グルァァァァ】
【ガァァァァ】
人としての意志を失ってしまった。
「お前……。彼らにはまだ意志が残っていたのに!」
「関係無いわ。だって既に人の道を外れているんでしょ? だったら人として扱う義理は無いわ」
「……影司、ここは俺がやる」
明人は影司の肩を強く掴みながらそう言った。
「このままじゃ彼らが不憫だ。彼らには誰も殺させはしない」
影司の肩から手を放し、明人は再び剣を握った。
「それじゃ、私はこれで」
牧田はそう言うと、鞭を腰に戻して闇の中に消えていった。朝美はその後姿をカメラで追いながら、微かに首を左右に振り、そしてすぐにカメラをアーデスの方へ戻す。
「待て。お前が背負うべきじゃない」
剣を構えて既に戦闘態勢をとっている明人の腕を掴み、影司はそう言った。
「守る立場のお前がすべきことじゃない」
「……いや、俺がやる。人の道を外れた俺に出来るのは、人の道を外れる前に、人である状態で彼らを倒すことだ」
明人はそう言って目の前にいる二体のロージョンを見た。
【グァァァァ。タス、ケ……】
影司はそれを見聞きし、明人の腕から手を放し、そして変異を解いた。
「……俺はお前の意志を尊重する」
影司は小さく呟き、その場を離れた。明人はそれを確認すると、剣を構え直して二体のロージョンに向かって行く。
まだ不完全なロージョンの装甲の隙間を突き、明人は剣を横に振るう。剣を上半身と下半身を隔てる腰辺りにある隙間にねじ込ませると、鎧形態に変異して踏ん張り、さらに剣を奥へ奥へねじ込ませていく。そして適当なところで剣を一気に振り切った。
【グァ……グァァ……】
ロージョンは真っ二つに斬れ、そして溶け消えた。
一体を撃破し終えると、明人はスーツ形態に変異して方向転換をし、もう一体のロージョン目指して走りだす。
剣先を真っすぐロージョンに向け、勢いを利用して腹部に剣を突き刺す。そして剣が最奥まで突き刺さると、傷口から微かに火が上がり、そして明人が剣を引き抜くとロージョンはあっという間に燃え切ってしまった。
先ほどまでロージョンがいた場所を交互に見て、明人は変異を解いた。
「明人!」
戦闘が終ると、撮影を止めた朝美が明人に駆け寄ってきた。
「大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だよ。……今日は少し疲れた。また明日病室に行くよ」
明人はそう言うと、路駐していた原付に跨り火澄町にある自分の家を目指して走り出した。
「大丈夫かな……」
「奴なら大丈夫だ。……人間を守る。そして人間としての意志を守る。それが奴の信念のはずだからな」
心配そうに明人を見送る朝美の横に立ち、影司はそう言った。
その後二人は影司が乗って来た黒いリムジンに乗り、原笠病院に戻った。




