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第四十話 罠の真意

 瑠璃は携帯電話を右耳に当てたまま、エレベーターに乗り込んだ。平刃はまだ電話に出ない。

 一階のボタンを押し、エレベーターが静かに動作し始める。瑠璃は自分以外に誰も居ないエレベーター内を忙しなく歩き回り、平刃が電話に出るのを待った。

 そしてエレベーターが一階に着こうという時、ようやく呼び出し音が切れて通話が成立した。


「もしもし! あたし、瑠璃」

「はい、もしもし?」


 電話に出たのは明人であった。


「明人?」

「はい、そうですけど。どうかしました?」

「そうなの、あさみんと影司くんが襲われたの」

「二人が?」


 電話に出たときの飄々とした声はどこかへ行き、明人は一転して真剣な声でそう返した。


「うん。それで、影司くんは無事だったんだけど、あさみんが攫われちゃったみたいで……」

「朝美もかよ。何か手掛かりは?」

「ロージョンが攫って行ったって。それくらいしか」

「分かりました。それじゃあ俺が朝美を探しに行くんで、瑠璃さんは俺の代わりに平刃教授の護衛をお願いします」

「りょーかい。急いでそっちに向かうって伝えといて」

「はい、それじゃあ」

「うん」


 瑠璃は電話を済ませると、通話終了ボタンを押して携帯電話を鞄にしまう。そして駆け足でロビーを抜け、新棟を抜け、ロータリーに来ていたバスに乗り込んだ。


 一方研究室にいる明人は、瑠璃との電話の内容を一言一句違えず平刃に伝えていた。


「なるほど。まさか全てが巧妙な罠だったという事か?」

「分かりません。とにかく今は朝美を探します。俺の予想でしか無いですけど、きっと紫色の変異体に捕まっている萌さんは生かされると思うんです」

「何故そう考える?」

「何となくですけど、萌さんを人質にしていることにより、俺や影司を引き出せると思っているんじゃないかなって……」

「今はその直感を信じて動こう」

「はい、じゃあ俺、行ってきます」

「あぁ、頼んだぞ」


 明人は軽く頭を下げ、研究室を後にする。そして大学を出てバスに乗り、一旦自宅に戻って原付を拾い、すぐさま出発する。


「バスで結構時間食っちまったな」


 明人は真っ暗になった空を見ながらそう呟いた。夜の街には車も人も多く、既に酒が回り始めているサラリーマンもちらほらいた。明人はそんな人たちを横目に大通りを駆け回り、ロージョンらしき影を探した。

 数分町を走り回ったが、それらしい影は見当たらなかった。このままでは時間だけが過ぎていくだけだ。そう思った明人は聞き込みをしてみることにした。

 メインストリートに移動し、コンビニに原付を停めるとそのまま歩道まで移動し、そして行き交う人々に、変異体を見なかったか。と路上アンケートのような形で聞き込みを始める。


「すみません、今日変異体を見た。とかありました?」

「いえ、特には?」

「ありがとうございます」


 質問を受けた人は決まって不思議そうな顔をして、「いえ、特には」と言って通り過ぎて行った。


「ダメだ。こんなに人がいるのに誰も見ていないなんて……」


 明人は一度原付の横まで戻り、静かに流れ行くメインストリートの風景を眺めた。


「誰も見ていないってことは、まさか……」


 少しの時間も惜しい明人は、思い当たった瞬間にはヘルメットを手に持っており、そしてそれを被って原付に跨り、目的地に向かって原付を走らせる。

 渋滞している車の横をスルスルと抜けて行き、何度か信号に捕まったものの、目的地には数分で到着することが出来た。ゲートを抜けて駐輪場に原付を停め、その建物を見上げた。原笠病院。


「誰も見ていないとなると、もうここしか無いよな……」


 明人はそう呟くと、キーを抜いてポケットにしまい、別棟に向かって走り出した。

 街頭に照らされているバスロータリーを抜け、新棟の入り口を通り、エントランスにいる少数の看護師、医師たちを一瞥し、特に問題は無さそうだ。とそのまま別棟に繋がる渡り廊下に向かう。

 明人はドアを思い切り引っ張り、渡り廊下に踏み入った。するとそれとほぼ同時に別棟に入って行く白衣の背中が明人の目に映った。


「面会時間ってもう過ぎてるよな……。バレないように進まないと」


 明人は静かにドアを閉め、そして静かに渡り廊下を歩き始めた。

 別棟に入る直前、明人はドアを少し開けて中の様子を伺った。別棟のロビーには誰もおらず、静まり返っていた。明人はそれを確認すると、ドアを薄く開けてその隙間を体を縦にしてゆっくりと通り抜けた。そして赤子を扱う様にドアをゆっくりと閉め、忍び足でエレベーターに向かった。

 ボタンを押したのだが、エレベーターは中々来なかった。ゆっくり待っている暇も無かったので、明人はエレベーター左脇にある非常階段を使って五階に向かうことにした。

 静かに階段を上るという行為は、思いのほかキツイ動きであった。明人は普段階段を上るより幾分か消耗したように感じていたが、そんなことを考える暇も無く、息を整えながら五十二号室へ向かい、そしてスライドドアを開けた。


「影司!」


 勢いよくスライドドアを開けた先には、誰も居なかった。


「クソ、遅かったか……!」


 明人はそう漏らしながら病室内を見回す。特に変わったところは見当たらなかったが、一点だけ気になる点があった。それは窓が全開だったことである。開け放たれた窓からは、微風が室内に流れ込み、カーテンを微かに揺らせていた。

 ゆっくりと窓に近づいて行き、そして窓から上半身を出して下を見た。するとそこには先ほど渡り廊下で見た医者が歩いていた。白衣を着ているお陰で暗闇の中でも幾分か姿を捉えることが出来た。今声をかけても逃げられるのが落ちだ。そう思った明人は声を潜めて医者の行動を伺った。

 よく見ると医者は右手に何かを持っているようであった。いや、何かを引きずっているようであった。


「人……?」


 これは変異体騒動でなくても一大事だ。そう思った明人は咄嗟に声をかけていた。


「ちょっと! そこで何してるんですか!」


 医者はその声を聞いて上半身を乗り出している明人の方へ顔を向ける。そして明人の顔を確認すると、医者は尚も人を引きずったまま逃走しようとする。


「逃げる気だな」


 明人は踵を返し、病室を出ると急いで階段を下って行く。そしてロビーから渡り廊下に出て、新棟には向かわず別棟の壁に沿って別棟の裏に回る。二度目の角を曲がって別棟の裏に回ろうとした時、ちょうど医者と鉢合わせる。


「何してるんですか!」


 明人が鉢合わせた医者の腕を掴もうとすると、医者は素早く後退してニヤリと笑った。


「よく分かりましたね」


 医者はそう言うと、右手で引きずっていた人を手放す。それは意識を失っている影司であった。


「あんた、影司をどうするつもりだったんだ?」

「答えると思いますか?」


 医者はそう言うと、白衣のポケットから注射器を取り出した。そしてそれを左手首に刺し、黒い液体を注入する。


「うっ、うあぁぁぁぁ!」

「これは、木浦と同じ……!」


 明人は危険を察知し、影司を担いで数歩下がった。そして影司を木の幹にもたせかけると、明人は両手を構える。


「バイタルチェンジ!」


 明人はスーツ形態に変異し、未だに変異を続けている医者に殴りかかる。


「くくくく……」


 発作の収まった医者は不敵に笑うと、次の瞬間、黒い装甲に包まれる。


「臨むところだ!」


 変異が終る前に叩けなかったものの、明人は相手の準備が整う前に攻撃を仕掛ける。

 殴る直前に右手のみを鎧形態に変異させ、少しでもパンチの威力を上げて攻撃を繰り出す。敵は真正面から攻撃を受け、数メートル吹っ飛ぶ。


「くく、そう簡単には倒れませんよ」


 攻撃を受けて大きく吹っ飛んだものの、医者は平気そうに笑いながら立ち上がる。


「効いてない? はずは無いよな……」


 明人は相手の様子を見て一瞬怯んだが、そんなことは無いと自分に言い聞かせ、追撃を試みる。


「そう何度も攻撃は受けませんよ」


 医者はそう言うと明人の攻撃を避け、弱っちいパンチをボディに入れる。


「いてっ。……いや、そんなに痛くないな」

「くく、すぐに本気を出したらつまらないですからね」


 医者はそう言うと、素早い動きで明人の周りをちょこちょこと動き回り始める。


「なんだ、いきなりスピードアップしやがった」


 明人は全身をスーツ形態に変異させて対応しようとするのだが、相手の動きが想像以上に素早く目で捉えることが出来ない。


「ダメだ、早すぎる」


 明人は敵を追うことを止め、鎧形態に変異する。そして柄を握って剣を具現化させ、敵が攻撃してくるのを待った。


「くく、賢明ですね。しかし今日はあなたを倒すことが目的では無いんですよ」

「なに?」


 明人はどこにいるかも分からない相手に向かって投げかける。


「一つだけ教えてあげましょう。黒い雨を浴びた方々は、今大源市長の下に集まりつつある。という事を」

「何だと!?」

「くく、良い反応ですね。それに、木浦翔。彼のお陰で我々の研究も進みましてね。体力が無い女子供までもが変異に手を付けることが出来るようになったのですよ」

「女子供までだと!? お前たちのしていることは人体実験と変わりない!」

「ほう、よく言えますね? 女を戦わせているあなたたちが?」

「な、に?」


 瑠璃のことを言われ、明人は思わず口ごもってしまう。


「少し喋りすぎましたね。そろそろ頃合いでしょう」

「おい待て!」


 ……明人は虚空に向かって叫ぶのだが、相手からの返事は無く、それに敵の気配も無くなってしまった。


「逃げられたか……」


 明人は変異を解き、影司の下へ駆け寄る。


「影司、大丈夫――」

「余計なことをしてくれたな」


 明人が心配して声をかけた瞬間、影司はそう言って立ち上がった。


「な、なんだ余計なことって」

「わざと連れていかれようとしていたんだ」


 影司はそう言いながら、服に付いた汚れをはたき落とす。そして話を続ける。


「あいつが新拠点に連れて行ってくれたかもしれないだろ。それに容易く気を失ったりはしない」


 影司はそう言うと、明人の方をカッと睨んだ。


「そ、そりゃ悪かった」


 明人は影司の気迫にしり込みして、本意では無いが謝った。


「はぁ……。まぁいい。敵の情報を少しでも引き出せただけ良いとしてやる」

「お前な、戦えないくせに文句言うなよな。まぁいいや、病室戻って寝ろよ」


 明人は少しだけ反論し、若干の憂さ晴らしを終えると足早にその場を去ろうとする。


「おい待て! 情報を漏らした意味が分からないのか!」

「え、どういうことだよ?」


 走り去ろうとしていた明人に近寄り、影司は話を続ける。


「敵の目的は俺たちの分散だ」

「分散……。確かに、今俺がここを離れたら、みんな独りになっちまうな」

「そう言うことだ。だから俺も連れていけ」

「はぁ!? そう言うことってなんだよ」

「俺も戦える。さっさと研究室に向かうぞ」

「あぁもう! 分かったよ! でも俺原付だぞ?」

「何言ってるんだ。駐車場まで行けば車がある」

「はぁ、なるほどな。そんじゃあさっさと行くぞ」


 明人はそう言うと、影司に肩を貸して二人は駐車場に向かって歩き始めた。

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