第三十九話 予期せぬ奇襲
三人が車に乗り込むと、平刃はすぐに車を発進させ、そしてすぐに話を切り出した。
「緑島でのことだが、もう少し詳しく戦闘状況を教えてほしい。特に瑠璃の力に関してをな」
平刃は住宅街を安全運転で進みながら、丁寧な口調でそう問うた。
「えっとね……。めっちゃデカいロージョンが出てきて明人とあたしで戦ったんだけど。そんであたしは殴るの嫌だったんだけど、ロージョンがどんどん迫って来るから両手で押したの。したら私の左手の形がロージョンの右胸に付いたの。……確かそんなんだったかな」
瑠璃は所々止まりながらも、的確にその時の状況を伝えた。
「なるほど。それは左手だけか? 付いたというのはどういうことだ?」
平刃は少し早口に、聞きたいことを手早く並べた。
「そう、確か左手だけだったよん。付いた。と言うよりは、焼き印みたいな感じ?」
瑠璃はそう言いながら明人の方を見た。
「はい、確かにアレは焼き印みたいでしたね。丁度煙草の根性焼きみたいな?」
「ん~、それもまた違う感じがするけど」
瑠璃は苦笑いをしながらそう言った。使い慣れない比喩を使った明人もそれに対して苦笑する。
「そうか、ありがとう。話で大体の状況は分かったが、やはり自分の目で見てみなくては始まらない」
「はは、やっぱりそうですよね。でもどこで検証しましょうか。研究室はマズいですよね?」
明人は平刃の研究癖に微笑しながら、敵に位置を把握されている研究室のことを気にしてそう聞いた。
「そのことだが、能力が判明していない以上人気が少なく広い所でやりたいと思っている。そこで、公園が適切では無いかと私は思っているのだが?」
平刃は二人の同意を求めるようにそう聞いて、バックミラー越しに二人の顔をちらりと見た。
「俺は良いと思いますよ」
「あたしも賛成。一般人には危害を加えたくないし、それにもし、紫の変異体があたしたちを追っているとしたら、それもやっぱり一般人に危害を加えることになっちゃうからね」
「確かに……。瑠璃さんって結構周りに気を遣えるんですね」
「はぁ? ちょっとどういう事よ?」
「は、はは、すみません。なんでもないです。教授、もう着きそうですかね?」
明人は誤魔化すように苦笑すると、話を逸らすように平刃にそう聞いた。
「あぁ、もう少しで着くぞ。検証は公園内にあるものでやろうと思っている。良いか?」
「はい、研究室に戻るのも手間と危険が伴いますもんね」
「ちょっと、話逸らさないでよ」
「え、えぇっと、何の話ですっけ?」
「はぁ、もういいわ」
「も、もう着くみたいですよ」
「聞いてた!」
瑠璃は強い口調でそう言うと、拗ねたようでプイッと顔を背けて窓外に目をやった。明人はそれを見て少しほっとするのであった。
「着いたぞ」
後部座席の二人が黙り込んで数分。車は原笠公園に到着した。
三人は車を降り、辺りに人がいないことを確認すると素早く公園内に移動した。
「なんか久しぶりに来たような気がするな~」
明人は公園の中央にある噴水を眺めながらそう言った。
「ったく、呑気なもんね。それで壱夜さん、あたしたちは何をすれば?」
「そうだな。まずは木の枝でも拾ってきてもらおうか」
「木の枝ですね。分かりました」
明人はそう言うと、早速木の枝を拾いに茂みの方へ向かう。
「木の枝で何をするの?」
「君の左手の力を見るんだ」
「ふーん、じゃああたしも拾ってくる」
「そうだ、行く前に少しクロスボウを貸してもらってもいいか?」
「うん、良いけど」
瑠璃はそう言うと、右手に持っていたクロスボウを平刃に手渡した。
「邪魔だったし、ちょうど持ってもらおうと思ってたのよ」
「その言い方は無いだろ。金を払わせるぞ?」
「ウソウソ、嘘です。じゃあ木の枝とってきまーす」
瑠璃は平刃の脅しをひらりと回避すると、明人に続いて茂みへ向かった。
……数分後、大小問わず三十本近い木の枝が平刃の前に集められた。と言っても、あまり虫が得意ではない瑠璃はほとんど明人が枝を拾ってくるのを見ているだけであった。
「このくらいで良いですかね?」
「あぁ、これだけあれば十分だ」
「で、どうするの?」
「そうだな、まずは変異してもらおう」
「分かった。じゃあ」
瑠璃はそう言うと、鞄から緑色の帽子を取り出す。そして帽子を右手に持ち、
「ウェ~ブチェンジ!」
掛け声とともに変異を終えると、平刃の方に向き直る。
「それで、当然この木の枝で何かするのよね?」
「あぁ、もちろん。まずは右手で持ってみてくれ」
瑠璃は肩をすくめてから、散らばっている木の枝の中から適当に一本枝を拾い上げた。
「なにも起きないよ?」
瑠璃は当然でしょ。と言いたいところを抑えながら、平刃にそう言った。
「あぁ、右手ではな。今持っている枝を左手に持ち替えてみろ」
「うん」
瑠璃は答えながら既に木の枝を持ち替え始めていた。そして木の枝が完全に左手に移り、左手で木の枝を握りしめた瞬間、木の枝から『シュー』という音とともに淡く白い煙が上がり、そして跡形も無く溶けてしまった。
「うわ、すげぇ……」
明人は口を半開きにしながらそう言った。
「と、溶けちゃった……」
「恐らく左手に何らかの力があるんだろうな。そしてその力が木の枝を溶かし、ロージョンの分厚い装甲をも溶かした」
「なるほど。毒みたいなものなんですかね?」
明人は木の枝を弄りながら、平刃に向かってそう聞いた。
「毒か。確かに毒のようなものではあるが、溶解液。と言った方が正しいのかもしれないな」
「溶解液か……」
「でも別に液体何て出てないわよ」
「じゃあやっぱり、毒手。とかが良いんじゃ無いですか?」
明人はにやにやしながらそう言った。
「もう何でもいいわよ……。で、この毒手とやらはどう使うの? あたしはロージョンなんて殴りたくないわよ」
「確かに、女性が何かを殴るというのは良くないな」
「じゃあ瑠璃さんは変異したら突っ立ってるだけってことですか?」
「あたしも戦うわよ」
「はぁ~、我儘だなこの人」
「なんか言った?」
「いえ、じゃあどうしようかな。って言ったんですよ」
「そこでこのクロスボウだ」
平刃はそう言うと、先ほど瑠璃に貸してもらったクロスボウを手に持った。そしてそれとともにクロスボウのボルトをもう片方の手に持ち、その両方を瑠璃に差し出す。
「え、またこれ使うの?」
「いいから、持ってみろ」
瑠璃は渋々その二つを受け取ろうとする。
「おっと、クロスボウは右手で持ってくれ。ボルトは左手でも大丈夫だからな」
「分かった」
瑠璃は言われた通りクロスボウを右手で受け取り、左手でボルトを受け取った。
「あれ、溶けない?」
「あ、本当ですね」
瑠璃が左手で受け取ったボルトは、なぜか溶けずにそのままの形を維持している。
「念のために、熱に強いボルトを数本用意していた。これなら形を変えずに、かつ先端に毒を塗って射出することが出来る。と仮定している」
「その口ぶりからして、想像ってことよね?」
「あぁ、私の左手は毒手では無いからな」
「壱夜さんも気に入ってるのね……。まぁでもこれなら、装甲の分厚いロージョンに近付かなくても装甲を剥がせるってことよね?」
「理論上はな。そこでだ、木の枝に向かって撃ってみてくれ」
「りょーかい」
拾ってきた木の枝の中からなるべく太い木の枝を選出し、明人と平刃の二人でベンチの背もたれの上に木の枝を慎重に並べていく。そして準備が整うと、十数メートル離れたところに瑠璃を立たせ、クロスボウの準備させた。
「撃って良いぞ」
ベンチから少し離れたところで平刃が合図を送る。明人もその横で木の枝と瑠璃を交互に見る。
「はーい、じゃあ撃ちまーす」
瑠璃はそう言うと、クロスボウを構えて数秒後には発射した。
ボルトは見事木の枝に命中し、ベンチの裏に落ちた。平刃は右手を上げてストップの合図を出すと、ベンチの裏に落ちた木の枝を見に駆け寄る。明人もそれに続いてベンチの裏に駆け寄ると、ボルトが突き刺さった木の枝は徐々に徐々に溶けていき、最終的には大きな穴をぽっかりと空けた。
丁度中心を撃ち抜かれた木の枝は、何とか分断されずギリギリ一本の枝として残っていた。大きな穴が空いたことにより、ボルトはぽろりと抜け落ちていた。
「どうだった~」
中々ベンチの裏を離れない二人を見て、瑠璃は声をかけながらゆっくりとベンチに近付いてきた。
「成功だ。しかしこうも普通のものさえ溶かしてしまうとなると、なかなかに厄介なものだな」
「と言うと?」
明人はすぐさま平刃の言葉に突っかかる。
「簡単なことだ。百発百中でなくてはならないという事だ」
「市街で撃ったら被害が出ちゃうってことね」
「そう言うことだ。何かしらの保険は必要だ。ロージョンの装甲に当たった時だけ発動してくれれば良いのだが……」
「だいじょーぶ。あたしが外さなければ良いんでしょ?」
「それは心強い限りだが……」
平刃としては一般市民や市街に悪影響が出てしまうのは避けたいらしく、顔をしかめて考え込んでしまう。
「場合によっては、敵の逃走経路を潰せたり、逆に逃走経路を作れることもあるかもだよ?」
瑠璃は平刃の視野を広げさせようと、このままでの利点を上げる。
「ふむ、それも一理あるか……。それなら、オートロックとセミロック機能があれば臨機応変に立ち回れるか……」
平刃はブツブツと独り言を言い始める。
「よし、少しクロスボウとその帽子を改造する。変異を解いてくれ。すぐに完成させる」
「あ、う、うん」
突然の提案に、瑠璃はあたふたしながら変異を解き、そして帽子とクロスボウを手渡した。
「今日ばかりは仕方がない。私は研究室に戻る。君たちはどうする?」
「それだったら、俺が教授の護衛に付きましょうか?」
「そうだな。それはありがたい」
「じゃああたしは一旦病院に戻るわ。あさみんと影司くんに伝えてくる」
「あぁ、頼んだ。では瑠璃を病院に送ったらすぐに研究室へ向かおう」
「はい!」
段取りが決まった三人は、余った木の枝を茂みに戻し、車に戻ってまずは病院へ赴き、そして瑠璃を降ろすと明人と平刃はそのまま研究室へ向かった。
二人と別れた瑠璃は、朝美と影司がいる別棟に向かい、エレベーターに乗って五階にたどり着くと、少し廊下を歩いて五十二号室のドアを開けた。
「戻ったよ~」
瑠璃がそう言いながらドアを開けると、そこには二人の姿は無かった。
「ちょっと嘘でしょ……」
瑠璃はそう漏らすと、室内の隅々まで調べ、二人が何か手掛かりを残していないか探し回る。しかしこれと言った手掛かりは無く、瑠璃は近くにあったベッドに腰かける。
――瑠璃がベッドに腰かけて間もなく、ベッドの下から急に腕が伸び、そして瑠璃の足首を掴んだ。
「きゃあ! なにっ!?」
瑠璃は勢いよくそれを振り払い、そして恐る恐るベッドの下を覗く。するとそこには影司がいた。
「初歩的過ぎて分からなかったわ……」
瑠璃はそう呟くと、すぐに影司をベッドの下から引きずり出し、肩を貸してベッドに座らせる。
「大丈夫?」
「……はい」
「何があったの?」
「……ロージョンが来た。だが今の俺じゃあ撃退できなかった……」
影司は腹部を抑えながら、苦しそうにそう言った。
「それで、あさみんは?」
「捕まった。すまない……」
「そんな……! でも仕方ないわ。怪我人二人を置いて行ったあたしたちのミスでもある。ここはあたしに任せて」
「いや、俺も――」
「ダメ! あんたはナースコール押してさっさとその怪我治してもらって」
瑠璃は口早にそう言うと、携帯電話を出して一番をプッシュした。そして耳に携帯電話を当てながら、病室を出て行った。
「……クソ」
誰も居なくなった病室で、影司は小さくそう呟いた。




