第三十八話 鎧とスーツ
激高している二人の攻撃はあまりにも単調で、紫色の変異体は難なくそれを躱し、そして軽く攻撃を入れてさらに二人の怒りを高めた。それによって二人の攻撃はますます単調になり、飽きた紫色の変異体はついに二人の攻撃を真正面から受け止めた。
「つまらん」
「ぐっ、放せ……!」
明人は掴まれた拳に力を入れるが、びくともしない。先日緑島の商店街で戦った時の光景が蘇る。それと同時に自分の非力さと成長の皆無を悔いる。
「これではロージョンと何ら変わりない」
紫色の変異体はそう言うと、掴んでいた明人と瑠璃の手を放し、そして二人に背中を向けるとスタスタと歩き出す。
「おい待て!」
叫ぶ明人を無視し、背中を向けたまま、振り返ろうともせず、変異体は去って行こうとする。
「くそっ! 待ちやがれ!」
明人は立ち去ろうとする背中を目指して走り出し、そして殴りかかった。
――明人の攻撃が当たろうという時、変異体は振り返りながら裏拳を明人に浴びせる。飛び掛かっていた無防備な明人は、当然防御する術も暇も無く、真っ向からその裏拳を受け、ブロック塀に全身を強く打ち付ける。
「ぐあっ」
全身を強く打ち、その挙句明人の変異は解けてしまう。
「ちょっと、大丈夫!?」
それを見ていた瑠璃は、ブロック塀に沿ってズルズルとヘタレ込んだ明人のもとへ駆け寄った。
「だ、大丈夫です。それよりあいつは……?」
「まだいるわよ。立ち止まってるみたい」
瑠璃は倒れている明人にそう伝えた。
「今すぐぶん殴ってやる」
「今回は潔く負けを認めた方が良いんじゃない? 向こうも帰ってくれるみたいだしさ……」
瑠璃は小声でそう耳打ちする。
「く、そ……」
明人は立ち上がろうとするが、相手から喰らった一撃が予想以上にきつかったのか、中々立ち上がることが出来ない。
すると二人の背後に一台の見慣れた車が現れた。そしてウィンドが開くと平刃が顔を覗かせる。
「これを使え」
平刃はそう言うと、瑠璃に向かって何かを投げ、続いて明人に向かってもまた何かを投げた。
ふわりと宙に舞い、二人の手元に落ちてようやくその正体が分かった。瑠璃の手に渡った物は、片手サイズのクロスボウガンであった。一方明人の手に渡った物は、少し形が変わったバイタルリミッターであった。
「それなら殴れない君でも攻撃が出来るはずだ」
平刃は瑠璃に向かってそう言った。そして続いて明人に向かって話し始める。
「神馬、君にはそれだ。少し改良を施し、麻酔量を変更できるようにした。それと……まぁいい。使えば分かる」
平刃はそう言いながら車を降りた。
「さぁ、バイタルリミッターを付け替えるんだ。奴を逃がすか?」
「……逃がしませんよ!」
明人は気合で立ち上がり、今つけているバイタルリミッターを外す。そして新調されて真っ赤になり、少しごつくなった『新・バイタルリミッター』を両手首に巻く。そして両手を前に構える。
「バイタルチェンジ!」
明人は再びスーツ形態に変異し、紫の変異体に殴りかかる。
「小道具が増えた程度で」
紫色の変異体はそう言うと、振り返って再び戦闘態勢をとる。それを確認した明人は性懲りも無く正面から突っ込む。
「ちょっと待ちなさいって!」
瑠璃は今貰ったばかりのクロスボウを構えるが、それを撃つ前に平刃が止めに入る。
「待て、その位置からじゃ弾かれるだけだ。もう少し距離を縮めろ」
「えぇ~。よっわ」
「君のことを考えてこれを買ったんだ」
「買っただけかい! ……まぁいいわ。近づけばいいのね」
瑠璃はそう言うと、すでに戦闘をはじめ、防戦一方の明人の背中を見直す。そしてなるべく敵にバレないように少しずつ距離を縮めていく。
「なんだ。手首のそれは飾りか」
「くっそ! うるせぇ!」
明人は隙を狙って反撃をしたつもりだが、それは相手がわざと生じさせた罠だとは知らず、明人はまんまと反撃を食らう。
「ふ。先と何も変わっていないな」
「直進的すぎるのよ!」
敵の背後を取っていた瑠璃は、そう言いながらクロスボウを撃った。放たれた矢は真っすぐ敵に向かって飛んでいき、そして背中に直撃しようという時、片足を一歩だけずらし容易く矢を回避する。
「そんな玩具では倒せないぞ」
躱された矢は勢いを失うまで飛んでいき、そして急降下を始めてあっという間に地面に着いた。
「え、えぇ~。やっぱ弱いじゃん」
瑠璃はクロスボウを睨みながらそう言った。
「はぁはぁ、くそ……」
明人は息を荒げ、片膝をついたまま中々立ち上がろうとしない。
「神馬!」
意気消沈している明人に向かい、平刃が叫ぶ。
「立て! 変わったのがバイタルリミッターだけでは意味がない。君が変わるんだ! 初心を思い出せ。君の力は一つじゃないはずだ」
「教授……。力は、一つじゃない……」
明人はそう呟きながら、初めて変異したことを思い出す。そしてそれに続いて、いつの日か研究室で平刃と二人で検証した黒い岩を思い出す。
「成田さんのメモ。意志。それに鎧形態……」
「そうだ。新設計のそれは、完全に君を眠らせないようにした。つまり、以前のように激しい感情が必要なくなった。スーツ形態と鎧形態。それは君の手足となった。と言っても過言ではないだろう」
平刃は腕組をしながらそう言うと、言い終えたと同時に微笑した。
「そうだ。まだ負けちゃいねぇ。いや、負けらんねぇ!」
明人雄たけびのように、自分を鼓舞するようにしてそう叫び、そして立ち上がった。
「気配が変わったな。よかろう」
紫色の変異体はそう言うと、真っすぐ明人に向き直る。
「え、ちょっと、あたしは無視?」
明人と紫色の変異体が睨み交わす視線の間には、まるで火花が散っているように見えた。瑠璃は蚊帳の外という感じで、変異を解いて平刃の横に戻った。
「すぅー。はぁー。行くぜ」
腰に下げている柄を握り、赤い剣を具現化させる。それを見た紫の変異体もそっと右手を動かし、腰に下げていた柄を握る。すると握った柄から紫色の少し反った刃が伸びた。それはぐんぐん伸びていき、そして一本の刀となった。
「そっちも剣か。やってやるぜ!」
明人は相手の体勢がまだ不十分な間に先手を打とうと走り出す。
「ふ、これは刀だ!」
向かってくる明人に対抗するように刀を構え、明人の攻撃を受け止める。
「まだまだ太刀筋が正直だな」
そう言うと、鍔迫り合いを上手くすり抜けて明人の胴をめがけて横薙ぎを繰り出す。
(鎧、鎧、鎧!)
明人は心の中でそう思いながらも、できる限り防御しようと腕を下げる。しかし相手の太刀筋は早く、もうすぐそこまで刃が迫っていた。そして刃が腹を裂こうという時。カキンッ! と鋭い高音が耳に届く。明人はそれを聞いて自分の胴を見る。すると胴体部分だけ鎧形態になっており、相手の攻撃を真正面から受け止めることに成功していた。
「よっしゃ! 反撃だ!」
明人は自分にダメージが入っていないことを確認し、すぐさま反撃に出る。
紫色の変異体は咄嗟に刀を引っ込め、そして自分の身も退けて何とか明人の攻撃を回避する。
「少しはパワーアップしたようだな」
「まだまだ行くぜ!」
明人は剣を構え直し、体勢を立て直している紫色の変異体に追い打ちをかける。しかしそのせいで敵のスイッチが入ったようで、紫色の変異体は急激にスピードアップして明人の攻撃を受け止める。
その後も二人は一進一退の攻防を続け、そして休憩を挟むように鍔迫り合いに移った。
「はぁはぁ」
「なんだ、もう息が上がって来たのか」
明人はこの数分の戦いですっかり息が上がっているのに対し、紫色の変異体は全く息を乱していなかった。
「もう少し楽しませてもらうぞ」
紫色の変異体はそう言うと、最初の鍔迫り合いと同様、するりと抜け出して明人の脇に向かって刀を横薙ぎする。
「くっ、間に合え」
明人も先ほどと同様に、胴体のみを鎧形態に変異させる。これで防御は完璧だ。そう思っていたのだが、刀は胴体では無く高度を上げて右手を狙ってきた。
「なにっ!」
明人は刃を左に寝かせ、剣の柄で刀を受け止める。
「ほう……」
そうしている間に左手を鎧形態に変異させており、がら空きのボディを狙ってフックを繰り出す。これには紫色の変異体も対応することが出来ず、浅くボディブローが決まる。
「ぐっ、やるな」
紫色の変異体はそう言いながら身軽に後退すると、刃を消して柄を腰に戻した。
「はぁはぁ、待て!」
「ふ、一撃お見舞いできたからと言って調子に乗るな」
紫色の変異体はそう言うと、左腰に下げていたペイントボールほどの大きさの球体を左手に取り、そしてそれを足元に投げた。
――すると次の瞬間、真っ白な煙がその場に立ち込め、煙が晴れたときには既に紫色の変異体は姿を消していた。
「はぁはぁ、逃げられたか。それに萌さんも……」
明人はそう言うと、安心からかその場に座り込んでしまう。
「神馬、よくやった」
変異体が居なくなったことを確認すると、平刃と瑠璃が明人の下へ駆け寄ってきた。
「はい、何とか一撃食らわせることは出来ました」
「あぁ、上出来だ。だが先に変異を解くとしよう」
平刃はそう言うと、明人の前にしゃがみ込んで明人の両腕を引っ張った。そして両手首の外側。つまりは手の甲が見えるようにして前に引っ張り出すと、バイタルリミッターの外側についている丸いつまみを掴み、腕側に向いていた矢印を手の甲の方向に回した。すると明人の変異は時間を待たずして解かれた。
「おぉ、ようやく俺も自分で解除できるようになったんですね」
「あぁ、だが時間制限があるのは変わりないからな。なんせ心臓を止めているんだからな」
「はは、そりゃそうですよね」
明人は苦笑いをしながらそう答えた。それに対して平刃も微笑すると、明人の両腕を掴んで立ち上がらせる。
「それで、あたしの武器が全く役に立たなかったわけですが?」
瑠璃は皮肉っぽく平刃に向かってそう言った。
「それに関してはすまない。君が殴れないという情報しか知らなかったものでな。それなら射出系の武器が良いだろうと勝手に決め打ってしまった私のミスだ」
「ま、まぁまぁ、別にそこまで気にしてないけどね」
素直に謝る平刃を見て、なぜか自分の方が悪者の様に感じてしまった瑠璃は咄嗟に忖度した。
「二人とも、車に乗りたまえ。代わりに、瑠璃の能力に関して色々と話を聞かせてもらえると助かる」
「えぇ、もちろん」
瑠璃は平刃の申し出に快諾すると停まっている平刃の車に向かって歩き始めた。
「神馬、歩けそうか?」
「はい、大丈夫です。……その、教授。ありがとうございました」
「ふっ、良いんだ。みんなを守りたいという意志。それが君の力の源だ。忘れるなよ」
「はい!」
二人は顔を見合わせて微笑むと、すぐに車の方へ向き直り、車の近くで手招いている瑠璃を待たせないように歩き始めた。




