第二十二話 錯綜する情報
木浦と牧田は親密そうに歩み寄り、影司の前で立ち止まった。朝美はそっと動き出し、ギリギリ話が聞こえる場所まで移動した。
「……用とはなんだ?」
影司は顔色一つ変えず、不愛想にそう言った。
「そうかっかするなって。もともとは仲間だったんだからよ」
木浦はニヤニヤしながら影司に近付いて行き、そのまま肩を叩こうとする。しかし影司はそれを避け、一歩退く。
「ハッキリ言ったはずだ。縁を切る。と」
「おいおいそりゃねーよ。その胸の器械、誰が作ったと思ってんだ?」
「もう過去のことだ。それに、勝手に作って勝手に俺の胸に装着したのはそっちだ」
「へっ、都合よく捉えてくれちゃって。だけど、これで思う存分ぶっ倒せるぜ」
影司に睨みを利かせると、木浦はポケットから小型の注射器を取り出した。それを見た影司は、胸の器械を回してナイフをポケットから取り出した。
「ビートチェンジ」
影司は青い装甲を、木浦は黒い装甲を纏い二人は対峙する。
「裏切り者はさっさと排除しましょうかね」
影司と木浦に続き、一歩下がって戦況を見守っていた牧田も、鞄から小型の注射器を取り出した。
「牧田さんも……?」
遠くで見ていた朝美にも、それが木浦が使っている小型の注射器と同一の物だと分かった。
牧田の体も真っ黒な装甲に包まれ、そして腰についている鞭を掴んで影司に攻撃を仕掛け始める。
「お、珍しいねぇ。あんたが変異するなんて」
「黙りなさい。迅速に始末するわよ」
「へいへい」
纏う装甲はロージョンと全く同じ色をしているのだが、明らかに木浦と牧田の攻撃力は町に突然現れるロージョンに勝っていた。
影司は二人のパワーに圧倒され、反撃を出来ずサンドバック状態になっていた。
「ちょっとこれマズくない?」
朝美は携帯電話を取り出し、そして番号を入力しようとする。しかし番号の分からない朝美は、適当に一番を押した。
すると研究室で待っていた平刃の携帯電話が鳴った。
「なんだ、私に掛かって来たぞ」
「あ、俺が出ましょうか?」
「あぁ、頼んだ」
平刃は明人に携帯電話を渡し、明人が応答した。
「もしもし?」
「明人? よかったぁ~。あのさ、また影司君が襲われててさ。助けに来てほしいんだけど」
「何!? 今すぐ行く! ……って、今から行っても一時間強かかっちまうぞ」
「そ、そうだよね……。無理だよね……」
「どうすりゃ良いんだ……」
「……バレるとまずいから、一旦切るね」
朝美は早口にそう言うと、明人の返事を待たずして通話は切れた。
「どうしましょうか、教授」
「……私たちがどれだけ慌てたところで事態は好転しない。待つことしか……」
明人と平刃は押し黙り、もう一度携帯電話が鳴るのを待つことしか出来なかった。
一方通話を切った朝美は、携帯電話を鞄にしまって物陰から少しだけ顔を覗かせた。すると木浦と牧田は力任せに波状攻撃を仕掛けており、コンビネーションなどは皆無であった。しかし二人とも底なしの体力で影司を翻弄する。
「はぁはぁ、休む暇も無いな」
「ちょこまかすんなよ。さっさとやられてくれないかなっと!」
木浦は砂を蹴り上げ、影司の目を潰しにかかる。
「ふんっ、卑怯者め」
影司は左手を振るい、飛び掛かる砂を凍らせる。
「勝ちゃいいんだよ!」
木浦が影司に殴りかかると、ちょうどそこに攻撃を仕掛けていた牧田の攻撃が木浦に命中する。
「いてっ! おい! しっかり狙ってくれよ!」
「悪かったわね」
「ぐっ、そろそろ時間だぞ」
「何言ってるの? まだそんなに時間は経ってないわ。それとも」
「ゴホッゴホッ。マジだよ……。逃げるわけ無いだろ、俺が」
「それもそうね。なら下がってなさい。裏切り者は私が始末します」
木浦は息を上げながら、牧田の後ろに下がった。すると木浦の変異は解け、浜辺に倒れた。
「情けないわね」
「これで一対一だな」
影司はナイフを構え、牧田の攻撃を躱しながら地道に距離を縮めていく。
もう少しで牧田に届くという時、闇雲に振り回したと思い込んでいた鞭が影司の体に絡まる。
「なに!?」
「甘いわね」
「……だが、これで届いた」
影司は自分の体に巻き付く鞭を掴んだ。すると鞭が徐々に凍っていき、ついには牧田の手までも凍らせようとしたが、寸前で牧田は鞭を捨てた。
凍り付いた鞭は簡単に割れた。自由になった影司は、逃がすまいと牧田を追おうとするが、牧田の後ろで倒れていた木浦がペットボトルのような謎の物体を取り出し、それの口を捻った。すると忽ち影司を含んだ三人が煙の中に飲み込まれた。
「この期に及んで目くらましか」
影司は煙に怯まず前進する。そして牧田を発見し、ナイフを構えるのだがなんと牧田の方から影司に近付いてくる。
「ちょっと、何よあの煙。何も見えないじゃない……」
物陰に隠れながらスマートフォンのカメラアプリで状況を保存しようとするのだが、煙のせいで何も見えない。
煙は数分するとようやく晴れ、薄くなり始めた煙の中には影司一人だけが立っていた。影司の変異は溶けており、あまり被弾もしていなかったせいか何事もなかったかのように歩き出してしまった。
朝美はすぐにそれを追おうと立ち上がると、しばらく変な姿勢をとっていたせいか足が痺れてしまい、煙に向こうに消えていく影司を追うことが出来なかった。
……結局あのまま影司を見失ってしまった朝美は、一人駅に向かいながら携帯電話を取り出して明人に電話をかけた。
「あ、今度は俺に来ました」
どうやら朝美は二番を押したようで、今度は明人に電話がかかってきた。明人はすぐそれに応じた。
「そっちはどうなった?」
「……何を言ってる。俺だ」
「は?」
朝美からだと思っていた電話は影司からの電話であった。
「時間が無い。手短に説明する」
「え、ちょ、ちょっと待てよ」
「お前と一緒に病院にいた女。あいつは裏切り者だ」
「は? 何言ってるんだ?」
「裏切り者だと言ったんだ」
「あ、朝美が?」
「そうだ。今度からは言動に気を付けろ」
影司は自分の用が済むとすぐに通話を終了した。
「なんだ、随分と手荒く電話を切られたようだな」
「それが、朝美じゃなかったんです」
「なに? じゃあ青い変異体という事か」
「はい、そうなんです」
「用件は何だった?」
「朝美が裏切り者だ。って言ってました」
「ほう。なるほど」
平刃はそれだけ言い残し、ソファから立ち上がってコーヒーを淹れに行った。
「どういうことだと思いますか? 緑島で何があったんでしょうか? 俺はどっちを信じれば……?」
「質問が多いな。一つに絞ってほしいものだ」
「あ、すみません」
不安な表情をしていた明人だが、平刃の軽い冗談で微笑を浮かべる。
「今のところ私にも分からんが、直接二人の話を聞いてきたらどうだ?」
「やっぱりそれしか無いですよね!」
迷いの靄が晴れたようで、明人の表情は明るくなり、鞄を背負って研究室を飛び出して行った……。
「もう! 繋がらないじゃない!」
何度も二番を押す朝美だが、ちょうどその時は明人と影司が通話をしており、繋がるはずが無かった。もう一度発信しようとしたその時、夕刻の電車が緑島駅に訪れた。
「いいわ。こうなったら直接話に行くから」
朝美は上り電車に乗り、乗り換えの駅までイライラと貧乏ゆすりをしながら今さっき見た光景をどう伝えるかを纏め始めた。
一方明人はどちらでもいいので直接話を聞こうと、大学を北上して駅に向かった。そこで待っていればどちらかがたどり着く。明人はそう考えたのであった。
……いくつかの電車が通過し、五か六本目の電車が火澄駅に到着した。するとその電車の三番車両から影司が出てくるのが見えた。明人は数少ない降車客の間を縫い、影司に声をかけた。
「よお、俺だよ俺」
「馴れ馴れしいな」
「おい、それは無いだろ。真偽を確かめるために待ってたんだから、話を聞かせろよな」
「……そう言うことなら良いだろう」
何とか影司の了承得て、二人は駅のビル内にあるファストフード店に入った。そしてお互い飲み物とフライドポテトを頼んでさっさと席に着いた。
「んで、朝美が裏切り者だって言う証拠はあるのか?」
明人は単刀直入にそう問うた。
「……緑島の浜辺で木浦と女に襲われた。その片割れは牧田と言う女だった」
「牧田って、月刊海林の編集長のか?」
「あぁ、そいつも黒い変異体で、木浦と組んで俺を襲ってきた。そして去り際に言ったんだ。戸木田朝美は仲間だと」
「朝美がロージョンたちの仲間……? 確かに編集長と朝美はよく一緒に行動してたけど、でもそれだけじゃ……」
「俺が話せるのはこれだけだ。あとはお前次第だ」
影司はそう言うと、いつの間にか食べ終わっていたフライドポテトの包み紙をくしゃくしゃにし、トレイを持ってゴミ箱に向かって行ってしまった。
明人は一人取り残され、冷め始めているフライドポテトをゆっくり食べた。そして帰宅しようと席を立ちあがった時、平刃特製の携帯電話が鳴った。明人は急いで指を拭き、それに応じた。
「もしもし?」
「あ、やっと繋がった!」
「わりーわりー。大丈夫だったか?」
明人はいつもの調子でそう聞いた。影司からの密告を信じたわけでは無いのだが、なぜか上っ面な明るさで朝美にそう聞いた。
「えぇ大丈夫だったわよ。影司君は見逃しちゃったけど、なんとなんと、牧田さんも変異体だったってことが分かったわよ」
「牧田? 編集長さんか?」
「そうそう! ビックリでしょ?」
そうは言われても、その事実を知っている明人は反応に困った。
「マジかよ。結構身近にいるもんだな」
「ほんとよね。次の記事どうしよう……」
「もうネタが集まったのか?」
「そう言うわけじゃ無いけど、牧田さんが敵なら易々と情報を売るなんてこと出来ないし……」
「確かにそうだな。……今どこにいる? 直接話したい」
「うーん、そうね。今は丁度火澄町に帰ってきたところよ」
明人はそちらに行くと伝え、通話を終了した。携帯電話をポケットにしまうと、食べ終えた容器を捨て、トレイを返却すると再び駅に戻った。
「待たせたな」
朝美は既に改札を抜け、切符売り場の近くにある柱に背中を預けていた。
「平気。むしろ早かった」
「実は今さっきそこのビルで飯を食っててさ。丁度良かったんだ」
「あ~、なるほどね。まぁいいわ、研究室に行きましょう」
「そうだな、ここじゃ少しうるさい」
明人と朝美はバスを待ち、原笠大学に向かった。
大学に着くと二人は真っすぐ研究室へ行き、ドアをノックした。少ししても返事が無いので、明人は失礼します。と言いながらドアを開けた。どうやら平刃は不在のようであった。
「居ないみたいだな」
「こんなこともあるのね」
朝美はそう言いながらソファに腰かけた。いつもはその横に腰かけている明人だが、二人きりで横に座るのも何だか変な気がしたので、明人は実験台の下で眠いっている木椅子を引き出してそれに座った。
お前は裏切り者なのか? 素直にそう聞ければ楽なものだが、明人がそんなことを言える訳も無く、第一声にふさわしい言葉を探していると、朝美がスマートフォンの画面を見せながら話を始めてくれた。
「見て見てこれ。写真撮っといたの」
写真は数枚にわたり、影司と木浦それに牧田を映した一枚目、続いて影司と木浦が変異した写真。そして牧田が変異した写真。朝美はその数枚の写真を明人に見せ、ドヤ顔でスマホをしまった。
「凄いでしょ。特ダネよ」
「そうだな。こりゃ早速記事にするべきだ」
「う~ん、そうは言われてもなぁ~」
記事にすべきか悩む朝美は、仲間の情報を売らないように悩んだふりをしているのか、それとも単純に記事を出す場所が無いので悩んでいるのか。明人にはどちらか分からなかった。
「ネットとかどうなんだ?」
迷った挙句、明人は普及しているネットを利用して情報を流してみてはどうか。と提案してみた。
「ネットか……。ちょっと考えてみる。当てもあるし」
朝美はそう言って微笑むと、ソファに体を預けてメールを打ち始めた。
「……俺たちの情報が漏洩しない程度に頼むぜ」
「分かってるわよ。同じ過ちは繰り返さないわ」
明人のちょっとしたブラックジョークに、朝美は目もくれずメールを送信した。




