第二十一話 不穏な影
明人は木浦と対峙し、影司は尚も二体のロージョンを相手に戦闘を続けていた。
「邪魔してきた以上、楽しませてくれよな!」
木浦は戦闘に割って入って来た明人に怒りをあらわにし、激しい攻撃を明人に仕掛ける。明人はそれに対処しながら、隙だらけの木浦に反撃を入れていく。
「少しはやるようになったなぁ?」
「お前が鈍ったんじゃないか?」
明人と木浦が互角の戦いを繰り広げる中、影司は四苦八苦しながらも二体のロージョンを徐々に弱らせつつあった。
「はぁはぁ、時間が……」
しかし影司のタイムリミットはもうすぐそこまで来ていた。タイムリミットの無い変異体は、恐れることなく影司に攻撃を仕掛けてくる。
「影司の動きが、鈍い……?」
戦況を見守る朝美は、すぐに影司の違和感に気が付いた。
「明人!」
朝美は影司の異変を伝えるため、明人の名を叫んだ。
明人は木浦と距離を取り、朝美の方を見た。すると朝美が影司の方を指さしていたので、明人は影司の方を見た。
つい先ほどまで優勢だったはずの影司だが、一瞬にして形勢逆転され、再び袋叩きになっていた。
「影司……!」
「おっと、そうはさせないぜ。俺のタイムリミットギリギリまでは遊んでもらうぜ?」
「邪魔だ! どけ!」
奇襲を仕掛けてくる木浦だが、それに気づいた明人は咄嗟に鎧形態に変異し、木浦の攻撃を受けながらも無理矢理影司のもとに歩み寄る。
「おい! 俺と戦え!」
それでも明人は無視を続け、影司を襲う二体のロージョンを吹っ飛ばす。
「大丈夫か?」
「……俺のことはいい」
「そうだ! そんな雑魚なんて助ける必要ないだろ! 俺と戦え!」
木浦はしつこく攻撃を続ける。明人は影司の前に立ち、木浦とロージョンからの攻撃に耐え続ける。
「どけ……」
影司は明人の足を掴んでそう言った。しかし明人はそこをどかない。
「変異を解いてそこで待ってろ」
弱っている影司の手を振りほどき、襲い掛かって来る二体のロージョンに反撃を入れる。
「そうこなくっちゃな」
明人が反撃を開始したことにより、木浦もロージョンに混ざって攻撃を仕掛けてこようとするのだが、その足が止まる。
「うっ、時間切れか……。ただし、お前たちの変異は解除させないぜ」
木浦は苦しみに耐えながら、高らかに笑いその場を去って行った。
「……こいつらだけは排除する」
「お前、無理すんなよ」
「黙れ、終わらせるぞ」
「分かったよ」
影司は明人の肩を借りてようやく立ち上がると、ナイフを構えた。
「俺も決めるぜ。フォームチェンジ!」
明人がそう言うと、鎧形態からスーツ形態に変異した。そしてロージョンに向かって走って行き、腹部に一発パンチを入れる。
影司もよろける足つきで、ロージョンの腹部に向かってナイフを投げる。命中した部分から凍結していき、影司はダメ押しの一発を入れる。
「よし、俺も続くぞ!」
パンチを入れた腹部が真っ赤に光る。明人は怯んでいるロージョンの腹部に狙いを定め、走行によって勢いをつけ、飛び蹴りを腹部に浴びせる。
一体は爆散し、一体は砕け散った。それと同時に明人と影司の変異は解け、影司はその場に倒れた。
「おい、大丈夫か!?」
明人は倒れた影司に駆け寄り、鼓動と意識の確認をした。心臓は脈打っているようだが、意識は失っているようであった。
「大丈夫!?」
隠れていた朝美も、戦いが終わったことにより姿を現し、影司のもとに駆け寄った。
「あぁ、意識は無いけど生きてるみたいだ」
「よかったぁ~」
「とりあえず病院に」
「あ、そうだね!」
朝美が病院に通報し、影司はすぐに搬送された。今は意識は無いものの、すぐに戻るでしょうとのことで、明人と朝美は引き続き病室で影司が目覚めるのを待った。
「あ、そうだ。これ渡しとけって教授が」
緊張が解け、明人は平刃からの命令を思い出した。そして鞄からピンクの携帯電話を取り出すと、朝美に手渡した。
「何これ?」
「俺たちだけの独自回線だってさ。情報の漏洩を防ぐために」
「漏洩? 何それ」
「……今回の記事だよ」
「記事って。私の?」
「あぁ、撃破する瞬間を載せただろ?」
「う、うん。そうだけど……」
「木浦が読むかもしれないし、それに、あいつの他にも変異する奴がいるかもしれない。ってことだ」
「確かに軽率だったかも……。だからこいつも怒ってたのかな」
「影司も?」
「うん、なのに私を守ってくれた」
「やっぱり良い奴なんだな。人付き合いが下手なだけで」
「ふふ、そうかもね」
今度からはこれで連絡を取り合おう。と朝美に携帯電話の用途を告げ、二人は影司が目覚めるまでの間に夕食を摂った。
夕食を終えた二人は、早速平刃から貰った携帯電話を使って平刃に連絡を入れた。海林社前で戦闘したこと、朝美に携帯電話を渡したこと、それに影司が入院したこと。それらをサクッと説明し、また後日影司が目覚めたら研究室に行くと伝えた。
「よし、それじゃあ病室に戻るか」
「そうね」
二人は影司がいる病室に戻った。まだ影司は目覚めておらず、時刻は九時を回ろうとしていた。
……その後も目覚める様子はなく、二人に眠気が襲い掛かり始めていたので、明人は念のために置手紙を書いておいた。そしてその上に青い携帯電話を乗せ、明人と朝美は眠りについた。
翌朝目覚めると、予想通り影司はいなかった。それどころか朝美の姿も無く、明人は誰も居ない病室で目覚めた。
置手紙の上に置いていた携帯電話は消えており、代わりに新たな手紙が二枚置かれていた。一番上には朝美からの手紙が、次に影司からの手紙が置いてあった。
〈おはよう! 予想通り影司がいなくなってたから、私は先に帰るね! 携帯電話は持っていったみたいよ〉
朝美からの手紙を置き、続いて影司の手紙を読んだ。
〈これは貰っておいてやる。変異体を消すために必要だと思った俺の判断でな〉
上から目線でそう書かれた手紙だが、少しだけ影司と打ち解けられたような気がして明人は微笑んだ。
その後確認のため看護師数名に聞いたが、やはり影司は許可なく脱走したようであった。しかし携帯電話がある今、無理に捜索しなくても良いだろう。と、明人は電車に乗って大学に向かった。
「こんにちは~」
「どうした。君のことだから数日後辺りに来ると思ったが」
「逃げられましたよ。二人に」
「ふっ、そうか。携帯電話は渡せたのか?」
「はい、それはバッチリです」
「それなら文句はない」
平刃はそう言うと、コーヒーの入ったマグカップを片手に持ち、自分のソファに着いた。それを見た明人は、手ぶらで対面の長ソファに着いた。
「はぁ~疲れた。このソファってこんなに座り心地が良かったんですね」
「なんだ今更。何かあったか?」
「病院で座って寝たせいで、腰と首が痛いんですよ」
「なるほど。それは困ったもんだな」
初めは興味を持っていた平刃だが、仕様も無い理由を聞いてすぐに話の興味を失って素っ気ない返事をした。
「早速だが、誰かに連絡を取ってみよう」
「え、本当にいきなりですね。まぁ朝美と影司の行き先が気になってたんで、連絡してみますね」
「あぁ、試してみてくれ」
明人は鞄から赤い携帯電話を取り出し、そして止まった。
「どのボタンが誰に繋がってるんですか?」
明人は半笑いで平刃にそう聞いた。
「あぁそうか。大事なことを言っていなかったな。一番は私だ。二番は君。三番が戸木田朝美。四番が阿久戸影司だ」
「ちゃんと名前覚えてるんですね」
「当然だ。裏切りは許さんからな」
「そ、そう言うことか……。はは」
「正確に言えば、一番はこの白い携帯。二番は赤。三番はピンク。四番は青。となっている。名前で登録しているわけじゃないってことだ」
「一応メモしておきますね」
「名前は書くな。今さっき私が言ったようにメモしておけ」
「えっと、一番が白。二番が赤……」
スマートフォンを取り出すと、平刃が言っていた通りにメモを取り、まずは出るとも思えない四番に電話をかけた。
呼び出し音がしばらく続き、最終的にはプツ。と言う音が鳴って呼び出し音が止まった。明人は出なかった。というジェスチャーを平刃にして、続いて三番を押して朝美に電話をかけた。
「はーい? 早速使ってるのね?」
数回呼び出し音が鳴ると、快活な声で朝美が出た。
「おぉ! 繋がった!」
「私もびっくりしてる」
「流石教授だ!」
「ふふ、そうね。それで用件は?」
「あ、そうだった。今朝起きたら二人ともいなかったからさ、携帯電話のテストがてら行き先を聞こうと思ってさ」
「あぁ~そのことね。実は今、影司くんを追ってるの」
「追ってる? 尾行してるのか?」
「そゆこと」
「それでどこに?」
「それがさ、電車に乗ったと思ったら、どんどん南下して行ってさ。今は緑島まで来ちゃったの」
「緑島? 大分下まで行ったな」
「そうなのよ。もう目の前には海が広がってるわ。……とにかく、何か進展があったら連絡するわ」
「分かった。なるべく早く連絡くれよ」
「えぇ、分かってる」
朝美との通話を終え、明人は通話終了ボタンを押して携帯電話をしまった。
「緑島と聞こえたが?」
「はい。どうやら寝こけてたのは俺だけだったらしいです」
「という事は、戸木田君と阿久戸君は一緒にいるという事か?」
「正解っちゃ正解ですけど、正確には違いますね。朝美が勝手に影司のことを尾行してたらしいです」
「なるほど、抜け目ないな。まだ青い変異体を信じ切っているわけでは無いこの状況下で、彼を尾行したのは正解だったな」
「ですね。それにしても緑島なんて……」
「だいぶ南下したようだな。市外のあそこに何があるのかは分からんが……」
明人と平刃は何故二人がそこに向かったのか、数分考えてみたが心当たりはない。結局連絡を待つという結論に至り、明人はギリギリまで研究室に居座る決意をした。
緑島は海に面した町で、夏には毎年多くの観光客が訪れる。海が目的の客もいれば、緑島にある大型水族館を目的に来る客もいる。
明人たちが住む原笠市から大分南下したところにあり、電車で片道一時間半ほどかかる。途中で乗り換えもあるので、終電ギリギリで帰ろうとすると道半ばの駅でホテルを探す羽目になる距離である。そんな緑島に朝美と影司は来ていた。
「こんなところに何の用があるって言うの……」
朝美は海が望めるベンチに座って影司の行動を伺っていた。シーズンにはまだ早い海は、ちらほら散歩をしている人がいるだけで、海で泳いでいる客は誰一人としていなかった。そんな閑散とした浜辺に影司は立っており、朝美はそんな影司を遠くから監視していた。
影司は浜辺に立ち、潮の満ち引きを見ているのか、それとも海のさざめきに耳を澄ましているのか。どちらにしても全く動くことなく水平線に顔を向けていた。朝美はそれを見ているのも退屈で、左手にはペットボトルのお茶を、右手にはスマートフォンを握っていた。お茶を飲みつつ、スマホを弄りつつ、適度に影司の行動を伺った。と言っても、ここ数十分はまったく変化が見受けられないのだが。
今年は空梅雨で、正午を迎えた緑島はじっとりとした暑さに包まれていた。朝美が買った緑茶もすぐに底を突き、浜辺で何も飲み食いせず突っ立っている影司を凄いなと呆れていた。
そう思いながら影司を見ていたところ、突然影司は体を横に向けた。朝美はハッと顔を上げ、その視線の先を見た。
影司は浜辺の丁度真ん中あたりに立っており、視線は左に向いた。その視線の先には、木浦と牧田が立っていた。
「ま、牧田さん?」
朝美は咄嗟に身を屈め、ベンチの陰に隠れてスマートフォンを持ち直した。そしてカメラを起動すると、バレないように一枚写真を撮った。




