第二十三話 共闘と侵食
メールを打ち終えた朝美は、ソファから立ち上がってスマートフォンをしまった。
「それじゃ、私帰るわ。ネタを纏めなきゃいけないし」
「おう、俺も帰るよ。教授もいねーし」
二人は研究室を後にし、それぞれの原付に乗ると別れを告げて帰宅した。
翌日、よく眠れなかった明人は早くに目覚めた。朝美は朝美なのか、それとも裏切り者なのか……。頭で考えても埒が明かない。そう思った明人はさっさと朝食を済ませて家を出た。
相談相手として平刃を選んだ明人だが、今日も平刃は研究室におらず、再び原付に跨って町を走った。
考えながら走行していたせいか、何度か事故に遭いかけた。そこで明人はどこかに駐車してゆっくり考えを纏めようと考えた。
今なら変異体騒動で人が少ないと思われる原笠公園に向かい、明人はそこのベンチに腰かけた。
「うーん、どうしたもんかな……。二人には聞きづらいしな……」
腕を組んで頭を悩ませていると、全く人気の無かった公園内のどこかからひっそりとした声が聞こえてきた。まずは様子を伺おう。と、明人はベンチを離れて自動販売機の裏に隠れた。
しばらく隠れていると、公園の中心部に向かって話し声が大きくなっていく。噴水で視界は冴えないが、確かに向こう側には二人いるように見える。明人は黙って二人の動向を伺う。
「だから戻って来いよ。変異体の出現情報は流してやってるんだからさ」
「……アイツらが敵か味方か決めるのは俺だ。お前の言動一つで揺らがない」
「ったく、お前のそういう所は嫌いだ。黙って戦ってりゃ良いのによ」
「お前と一緒にするな。楽しくて戦っているわけでは無い。俺は……」
「わーってるよ。実験に失敗したアイツを――」
「もういい! 用は済んだだろ」
「いーや、まだあるぜ。こっちに戻ってこないなら、始末しなくちゃいけないからな!」
噴水の右端で話していた影がバックステップを踏み、噴水から姿を現した。それは右手に注射器を持った木浦であった。
「木浦……!? 誰と話してたんだ?」
明人は噴水から姿を現した木浦を注視しながら、対面していたもう一人にも気を配る。
「……そうか。力で分からせるしかないようだな」
噴水に映るもう一人の影も、一歩後ろに下がり姿を現した。左胸の器械を回し、両手を素早く切った。
「ビートチェンジ」
もう一人は影司であった。
影司と木浦は変異し、戦い始める。
「変な情報を影司に吹き込もうとしたんだな? ここで倒してやる」
明人は自動販売機の陰から飛び出し、両手を構えた。
「バイタルチェンジ!」
スーツ形態に変異すると、明人は噴水を横切って木浦に殴りかかる。
「神馬?」
「偶然通りかかっちまったもんで」
「ふん、邪魔するなよ」
影司は愛想無くそう言うと、吹っ飛んだ木浦に追撃を入れるべく走り出した。明人もそれに続いて走り出し、木浦に襲い掛かる。
「二体一か……。おもしろい」
木浦は立ち上がると、明人と影司の攻撃に耐えながら反撃の隙を伺う。
「馴染んできたぞ。この体に!」
木浦は明人のパンチと影司のパンチを受け止め、二人を一気に投げ飛ばした。
明人と影司は投げ飛ばされ、アスファルトの地面を勢い良く転がる。
「クソ。何だあの力!?」
「……馴染んできた。だと?」
明人と影司はすぐに立ち上がり、体勢を立て直す。
「はぁはぁ、馴染んできてるはずなんだ……。俺は飲まれないぞ!」
木浦はそう言うと、雄たけびを上げて明人と影司に向かって走り出す。
数的有利の明人と影司は、右と左、二手に分かれて木浦の攻撃を避ける。そしてそのまま木浦に挟み撃ちを仕掛ける。
木浦は二人の攻撃をガードや回避で凌ぎ、二人でかかってもなかなかダメージを与えることが出来ない。そこで明人は木浦の背後に回って羽交い絞めにする。
「影司!」
一瞬の出来事だったが、すぐに察知した影司は木浦に向かってナイフを投げる。
「へっ! その行動は読めてるぜ!」
木浦は羽交い絞めにされながらも、飛んでくるナイフを足で蹴り落とす。
「影司! ほかに無いのか!」
「黙ってろ!」
影司は大声で明人の声を遮る。
「さっさと解放しやがれ!」
木浦は明人に肘鉄を入れ、羽交い絞めから抜け出す。しかし何故か足が動かない。
「な、なんだと!?」
影司は両手を地面に着き、伸びた氷が木浦の足を固めて自由を奪っていた。
「ナイフは罠だったわけか」
明人は足元を凍らされている木浦を見て納得したようにそう呟いた。
「神馬! こっちは維持するので精いっぱいだ」
影司は両手を地面につきながらそう言った。
「オーケイ。決めてやるぜ」
明人は素早く立ち上がり、右足に炎を纏うと走り出す。そして高く飛びあがると木浦に飛び蹴りを浴びせる。
「うあぁぁぁぁあ!」
明人は影司の横に着地し、すぐに振り返った。影司も両手を地面から離し、木浦の様子を伺う。
蹴りをもろに喰らった木浦は、ダメージのあまり変異が解けていた。
「諦めろ木浦。お前の負けだ」
「はぁはぁ、まだだ。俺の本気はこんなもんじゃねぇ!」
木浦はそう言うと、真っ黒い液体が入っている注射器を取り出した。
「なんじゃありゃ、真っ黒だぞ!?」
「これを打てば、俺に寄生している生命体の全力を引き出せるんだぁ!」
木浦はそう言うと、自分の左手首に注射を刺した。
「う、ぐっ、ぐぐっ、ぐあぁぁぁぁ!」
目や鼻、それに口から黒い液体が流れ出て、叫びをあげた木浦はその場に倒れた。
「なんだ、死んだのか?」
「……もう時間だろ。変異が解けるぞ」
「え?」
影司がそう言うと、言われた通り明人の変異が解けた。それに続いて影司も変異を解き、倒れた木浦の様子を伺う。
「お前凄いな!」
「ふん、そろそろ時間間隔を掴んだらどうだ?」
「でもなぁ~。俺の変異は勝手に解けるし」
「……開発者の腕が良かったおかげだな」
影司の本音が漏れたような。そんな気が明人にはした。そのせいか何を言おうと無理に話を続けているような違和感が生じてしまいそうで、明人は何も言えずただただ木浦の方を見て黙ってしまった。
「……今度会わせてくれ。お前の教授に」
「お、おう。教授も喜ぶと思うぜ」
木浦の周りには黒液体が流れ出て、大きな液溜まりが出来ていた。
明人と影司が喋っていると、木浦がピクリと動いた。するとそれに伴って黒い液体が木浦の体を包みこんだ。
「……また変異するつもりか?」
影司は胸の器械に手を持っていった。
「おい、やめとけ。体への負荷が大きすぎる」
明人はそう言って影司の変異を阻止する。
そうこうしていると、木浦は先ほどよりも黒く、そして強靭で粗暴な装甲で身を包まれ、暴れだした。
「いきなり暴れだしやがった!」
「……少しだけだ。ビートチェンジ」
影司はそう言って明人の手をどけた。そして左胸の器械を回し、変異した。
「おい影司!」
明人が止めようとするが、影司はそれを振り切って木浦を抑えに行く。
「麻酔を補充しねーと」
明人は鞄から予備の麻酔瓶と注射器を取り出し、それを使ってバイタルリミッターに適量の麻酔を注入する。
「よし、これでオッケーだ」
明人はベンチに鞄を置き、両手を面前に構える。
「バイタルチェンジ! しゃっ! 臨むところだ!」
再びスーツ形態に身を纏い、明人も木浦を抑えにかかる。
「お前、何で来た?」
「皆を守るためだ」
「ふん」
流石に連戦は厳しく、二人とも動きが鈍い。それでも二人は全力で暴走する木浦を抑え込もうとする。
「ぐあぁぁぁぁ! うらぁぁ!」
「こいつ、理性が無くなってるのか?」
「そうらしいな」
二人の息は確実に上がっていた。そのせいか、二人の力も弱まっていく。
「クソ。力が出ない……」
「……変異を解け。俺が抑えておく」
「ダメだ。お前も解け。じゃなきゃ俺も戦う」
明人の言葉に屈し、影司は変異を解く。
「よし、それで良い。一旦引こうぜ」
「あぁ、行くぞ」
影司はそう言うと、明人に肩を貸して駐輪場に向かった。すると明人の変異も解け、二人はその場に座り込んだ。
「サンキューな。マジ助かった」
「ふん、厄介なやつだ。自分で変異が解けないとは」
「だがタイムリミットと言うものは必要だ」
誰も居ないはずである公園の入り口方向から声がした。それは平刃のものであった。
「教授!」
「公園が騒がしいと聞いてな」
「……彼が君の教授か」
「そう言う君は、青い変異体。阿久戸君だな。まぁいい、ゆっくり研究室で話そう」
運転を出来る状態では無かったので、明人も影司も平刃の車に乗って公園を後にした。そして大学に着くと、明人と影司のペースに合わせて三人は研究室に向かった。
「掛けてくれ」
平刃は少なくそう言った。なので明人と影司は静かにソファに腰かけた。平刃は明人と影司分のお茶を出し、自分はコーヒーを入れたカップを持ってソファに腰かけた。
「速報です。赤と青の変異体。アーデスとビュースのお陰で静まりつつあったロージョンによる破壊行動ですが、たった今、ロージョンよりも黒く暗い装甲を纏った新種が現れました。ロージョンよりも凶暴性が高く、人体はおろか、建物までも一撃で破壊してしまう力を秘めているようです」
テレビからはそんな報道が流れた。そしてそれに続き、先ほどまで戦っていた木浦が町のビルを一撃で破壊する映像が流れた。
「早く止めねーと! っく、いって~」
勢いよく立ち上がった明人だが、痛みと疲労によって再びソファに沈む。
「ロージョンより強力なようだな」
平刃はそう言ってテレビの電源を落とした。そしてテーブルにリモコンを置くとともに窪んだ円形の器械を置いた。
「何ですかコレ?」
明人はすぐに反応した。
「これは君のじゃない。君のだ」
「……俺、ですか?」
影司は自分の話が出るとは思っていなかったので、少し驚いたようにそう言った。
「これは君の胸についている器械に、さらに上から被せて使うものだ。簡単に言えば、タイムリミットシステムだ」
「タイムリミット……」
「あぁ、これをはめて回せば、一定時間経つとともに変異が解ける」
「……そんなものが無くても、自分で抑えられる」
「んなこと言うなって! 貰っとけ貰っとけ! ただでさえ無茶すんだから」
影司の断りを遮るように、明人がそう言った。そして無理矢理影司の手に円形の装置を持たせ、胸に押し当てた。
「ふん、使うかは俺が決める」
不愛想にそう言うが、影司の顔は少し笑っていた。
「これを作るためにどっか行ってたんですね?」
「あぁ、そんなところだ」
平刃はそう言ってコーヒーを飲み干した。
「……ならさっさと木浦を止めに行くか」
「待て、今日は休んだ方が良い」
先走りそうになる影司を平刃が制する。
「でも教授、あんなに暴れてるんですよ?」
「今の君たちが行ってどうにかなるか? 冷静になれ、一回で、次で仕留めるためには君たちの全力が必要だ」
「確かに、そうだけど……」
「……それもそうだな。俺は一度帰る」
影司はそう言って立ち上がった。そして平刃から貰った装置を片手に研究室を出て行った。
「神馬、君も今日はゆっくり休め」
「はい、そうします」
明人がそう答えると、平刃は再びテレビの電源を入れた。
「再び速報です。先ほどまで暴れていた新種ですが、日没とともに姿を消したようで、火澄町以外にも警報が出されました」
キャスターは一度も噛まず丁寧に言葉を伝え、その後続報は無くニュースは終わった。
「新種と言っても、理性が無いロージョンと同じだな。縄張り意識が強いようだ」
「そうみたいですね……」
「どうした? 何か気がかりか?」
「いえ、ただ、あの変異体は俺が今まで戦っていた奴で……」
「そうか……。寄生体に飲まれたか……」
「やっぱりアレってそうなんですか?」
「今言えることは、理性が無くなるという事、イコール本能で動く事。という訳だ。つまり、人間から離れた存在になりつつある。という事は確かだ」
平刃は神妙にそう言った。そして続ける。
「だが君たちをあんなにはさせない。私が絶対にな」
「教授……」
「彼を救うことは出来なかったが、せめて、君の手で楽にしてやってほしい」
平刃はそう言うと、テレビを消して空いた容器三つを持ってシンクに向かった。
「はい、頑張ります」
そう言いながら、木浦も郷間に乗せられてしまった被害者なのかもしれない。被害者が被害者を生む。そんなことをこれからも続けさせてはいけない。俺が絶対に止めるんだ。明人は自分の胸に強くそう誓いながら、その日は帰宅した。




