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あれから二時間後、昼間の住宅街を歩いていた
セーターにジャンパーを着た僕は、ワイシャツとズボンのハシブトと一緒に歩いていた。
今日は十二月二十五日、一般的にクリスマス。
晴れて寒さも厳しくない冬の空は、太陽が出ていて穏やかだった。
途中に歩いた街並みは、クリスマス一色だ。カップルで歩いている姿が、あちこちで見えていた。
この取井出市は自然豊かで、静かにデートするにはもってこいの場所だ。
途中に買い物を済ませた僕は、手にコンビニのビニール袋を持っていた。
「おお、これはすごいの」
すると、ハシブトの瞳が先の方にあるものを見かけて走り出す。
慌てて僕は、ハシブトの後ろを追いかけた。
「おい、ハシブト!また行くな!」
これで何度目だ、僕は呆れた顔で前を行くハシブトの手を引っ張った。
一緒についてきたハシブトは、道端を歩かせながら目を輝かせていた。
それは、いつもなら普通に通り過ぎる場所。そして、とても臭う場所。
ハシブトが、ゴミ捨て場に近づこうとすると強引に手を引っ張り上げた。
引き戻されたハシブトは、口惜しそうにゴミ捨て場を見ていた。
どうやら今日も市の収集が遅れているらしく、ゴミ袋が多く残っていた。
「喜久、これは甘美な匂いだ。ここに来ると、わしは生きている実感があるのだ」
「ハシブト、そんなことを言うと置いていくぞ」
「喜久、待つのだ」
僕はやわらかくか細いハシブトの手を引いて、ゴミ捨て場から無理矢理引き離した。
甘美というよりどう考えても臭い匂いしかしないゴミ捨て場、服に匂いがつかないか心配だ。
肩を怒らせて僕が離れていくと、残念そうな顔でハシブトもついてきた。
「喜久、少しだけでも、匂いだけでもいい、頼めぬか?」
「人間は普通、用もないところにそんなところに近づかないんだ」
「これだから、人間の体は不便なのだ。だいたいわしは、カラスなのだぞ」
「屁理屈言っていたら、置いていくぞ。大体、お前がついてきたいなんか言うから……」
呆れ顔で、僕はゴミ捨て場からどんどん離れていく。
見た目は、完璧な色白の美女。長い髪がなびくと、きれいなお姉さん的な存在だ。振り返ってみる男もいた。
正直、こんな美人を連れて歩くから僕は鼻が高い。
大きな胸のあたりは、いまだに直視することができないが。
これ以上先に、ゴミ捨て場がないことを祈りつつ歩いていく。
考えたら、年頃の女の子と一緒に歩くことはない。男友達は、多いけど。
そう考えると、僕の顔がだんだんと赤くなっていた。
「なんか喜久、顔が赤いぞ」ハシブトが、顔を覗きこんできた。
「いや、ハシブトって……僕みたいな人と一緒に歩いていいのか?」
「無論だ」ハシブトは、迷うことなく笑顔を見せていた。
その顔に、胸がドキドキしているのが分かった。だけど生ごみの臭いで、ドキドキの気分が半減したが。
「喜久は、とても優しいからな」
「ハシブト、今の男には『優しい』っていう褒め言葉、いいものじゃないからな」
「そうか?喜久は優しいぞ」ハシブトは、首を傾げていた。
そんなハシブトの反応に、僕は卑屈になっている自分を悔いていた。
遊歩道から、舗装された細い道を抜けて見えたのが大きな建物。
「ここだ、ここにいる」
僕は、間もなく見える場所に来ていた。それは、市内ほぼ中央にある大きな病院。
病院の姿を見るなり、僕は体の弱い美野里のことをすぐに思い出せた。
「言っておくが、あまり騒ぐなよ。それから美野里は、とても気難しいから」
「うむ、気をつけるぞ。早く会いたいものだ」
隣で病院を見ていたハシブトは、やはり目を輝かせていた。




