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いつの間にか母親が僕の部屋にいた。ドアのそばに立って、微笑んでいた。
中年だけど若く見える母は、女にしては背が高い。
ワイシャツに、黒いズボンの母親はテーブルを挟んで反対側で、僕を見てにやにやしていた。
若奥さんというより、仕事のできるキャリアウーマン風の母親。
部屋に入って、ドアをふさぐように立っていた。
「それでは、登場してもらいましょ~。どうぞ~」
お気楽な口調で、母親が言うとファッションショーの司会みたいな口調でドアを開けた。
そこから出てきたのが、ハシブトだ。ただ、裸ではない。
ワイシャツに、紺のズボンをはいて長くて黒いストレートヘアーをかきあげた。
働く女性らしい、仕事のできそうな美人の姿に、ただ見とれてしまった。
隣の母親は手を合わせて、満面の笑みを見せていた。
「あら、とてもお似合いじゃない」
「うむ、ありがたいぞ。喜久の母親」
「あら、そういえば、まだ名前聞いていなかったわね」
「『ハシブト』って言うのだ、喜久がつけてくれたのだ。とてもいい名だろう」
「あらー、いい名前じゃない。さすがは喜君、センスある~」
母親は、僕を肘で軽く小突いた。だけど母親と対照的に、僕は苦々しい顔を見せていた。
「それより、どういうことだ?」
「どうしたの、喜君?」
「なんで、素直に受け入れるんだよ。母親は?」
強い口調で言い放って睨む僕に対して、母親は僕の部屋にある車のポスターを見て視線を逸らす。
母親から事情は聞いた。
ハシブトが人になった時に、部屋を出て台所にいたらしい。
それを、仕事で夜がえりの母親が目撃した。幸いにも父親とは別みたいだ。
裸で困惑したハシブトに、自分の着ていたワイシャツを与えた。
不審者だと思ったけれど、すぐに受け入れて僕の部屋に案内した。
「困っていたからよ、お互い様じゃない。それに、この子かわいそうじゃない。
年齢的に見ても、喜君の彼女っぽかったから。ねえ、実際のところどうなの?」
「黙れ!」うつむいたまま、怒った口調で僕は吐き捨てた。
僕の向かいにいる母親、挟んでハシブトが不思議な顔で間にいた。
「喜久よ。彼女とは昨晩、わしが困っているのを助けてくれたのだぞ。
ちゃんと衣服を提供してくれたのだ、やはり喜久と同じように優しいな」
「ハシブトは黙っていろ!僕は、母親と話しているんだ!」
「あら、いいじゃない。昨夜はクリスマスイブだったんだし、恋人といろんなことをする日でしょ。
母さん、正直嬉しかったの。喜君は、晃君に先を越されちゃったからね」
「いい加減にしろ!恋は人をダメにするんだ!」
吐き捨てた言葉で、母親の顔が曇った。
怒れる僕に、落ち込む母親、それを不思議な顔で見るハシブト。この光景は異様だった。
「そういう能天気なところが、嫌なんだ!」
「そう……よね」
「僕は、あなたを許さないから。あなたの過ちを、一生許さないから!」
「あの時はわるかったわ、喜君。あなたには、いくら謝っても謝りきれないものね」
「僕と美野里は、アンタのせいで引き離された。
なんで、浮気なんかをするんだ?僕も美野里も、今だって大変な思いをしているんだぞ。分かっているのか?」
「ごめんなさいね、喜久。でも、もう過ぎた事よ。だから、あなたには今を理解してほしいの。
始めに出会った出会いが運命とは限らない、二つ目の出会いが運命になることだってあるのだから……」
「そして母親は始めの出会いを捨てたのか、最低だな」
「でもね……喜君」
顔を上げた母親は、首を横に振った。
逆に僕は、母親の顔からそむけた。
「喜君だって、今に恋をすればわかると思うの。
私のやったことは理屈的に間違っていても、愛の前では理屈や理論は成り立たない。
人はね、愛の前だと無力でどうしようもない愚か者になってしまうの。それは心地よくて、ドキドキして……」
「不愉快だ!」
頬を赤くした母親に、はっきり言い放った。
おののく母親に、気まずい顔の僕は母親の背中を押してドア越しに追いやった。
「もういい、出てって!」
「喜君、ごめんね。私は、最低の母親だよね」
「いいよ、出ていけよ!僕はアンタが嫌いだから、この偽物の家族も、義理の弟も、全部嫌いだから!」
僕は、怒りに身を任せながら母親を追い払っていた。
申し訳なさそうに小さくなって母親は、僕の部屋を出ていった。
部屋の中心に立ち尽くした僕は、ふてくされたまま学習机の前に座った。
自分でも、乱暴に言ったことは悔いていた。
だけど、それでも母親に対する怒りを考えたら冷静でいられない自分の顔を両手で隠した。
(何でまたこんなことを、言ってしまったんだろう)
暴言や怒りの後は、いつも後悔だけが残った。
母親に対して、とんがっていても何も解決なんかしないのは分かっているのに。
そんな僕の背中を、ハシブトが見ていた気がした。
「なんだよ、ハシブト。僕が分かっただろう、優しくもないし、立派でもない!」
「そんなことはない、ぬしは泣いているのだろう。喜久」
「優しい言葉なんか……かけないでくれ」
「ならば、孤独なのか?」
「はあ、いきなり何を言っているんだよ?」
「孤独ではないのか?」
しつこくハシブトは、再び僕に聞いてきた。目はさっきの垂れた目から、真剣な目へと変わっていた。
顔を上げた僕が見たハシブトは、いつの間にか僕の前に屈んでいた。
上目遣いの美女の顔は、鬼気迫るものさえあった。
「……僕よりもずっと、孤独なやつもいるんだ!そして、そいつは今だって、とても苦しんでいる」
深いため息を吐いた僕は、机の上に置いてあった携帯電話を手に取った。
画面には、メール十数通。その十数通は全て同じ差出人だった。
それは、僕が大切にしていた一番孤独なアイツから。
だから僕は、辛そうな顔でメールを見ていた。




