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あおむけの僕の視界には見慣れた、自分の部屋の天井が見えた。
(なんだ?この夢か)
嫌な汗をかいていた僕は、大きくため息をつく。
窓の方を見えたのは、カーテンの隙間から日の光が差し込む。
狭い僕の部屋には、机とタンス、本棚とテーブルと、いつもの部屋がそこにあった。
だけど、一つだけ違っていた。
それはベッドの上で、人の気配を感じた。窓の方とは反対から、僕は人の気配を感じた。
だけど、それが怖くてよく見ることができない。
僕の部屋には、鍵がかけられた。だから親でさえ、簡単には入れない。
それなのに人がいるのは、明らかにおかしい。一気にして緊張が走った。
ベッドの上で体を起こして、おそるおそる隣を見ると黒い何かが見えた。
目を凝らしてみると、それは長い髪だった。
(なんだこれ?)
まだはっきりと、現状が理解できなかった。
ここは僕の部屋、僕だけしか入れない部屋、僕が一人になるための部屋。
それなのにそこにいたのは、見知らぬ人の姿だ。
でもこちら側から、顔は見えない。反対側に寝返って、眠っているようだ。
「な、なんだ?」
思わず声を上げると、「んんっ」と色っぽい声を上げて目をぼんやりと開けた。
ワイシャツ姿で、目をこすった若い女。体をこちらに向けた。
長い黒髪と、おっとりした目で僕を見ていた。
その女は、僕と同じベッドの上。そばに眠っていたが、僕が出した声と同時に体を起こす。
一瞬にして心臓の鼓動が強くなったのを、はっきりと感じた。
「おお、ぬしか」
「だ、誰だよ、お前?」ベッドの後ろに下がって、女から離れた。
だけど慌てた僕は、ベッドから落ちてしまった。
「大丈夫か?」
「いたたっ、なんだよ。お前はどっから現れたんだ?」
「『カラスの恩返し』、という話を知っておるか?」
若い女性は、上はワイシャツを着ているけれど下は布団で隠れていた。
ワイシャツの下は、何もつけていないようにみえた。
それだけ色っぽい女性が、いきなり現れて僕は戸惑うしかない。ベッドの下から、女性を見上げていた。
「『カラスの恩返し』?なんだよ、それ。『鶴の恩返し』とかじゃないの?」
「ぬしは、昨日カラスを助けただろう」
「ああ、そうだけど……」
「わしはな、その時のカラスだ。わしは、『孤独を癒すカラス』なのだ。
ぬしは、わしの羽の骨折を治してくれただろう。優しいな、ありがとうだ」
体を起こした、自称カラスという女は僕の目の前で四つん這いになって迫ってきた。
一体何のプレーだ、僕の顔がずっと赤い。
若い女の肌はとてもセクシーで、いきなり現れた美人に、心臓はドキドキしていた。
(夢なのか、これ?)
体を起こした女は、恥らうこともなくワイシャツを脱いでいた。
もちろん下は着ていないみたいで、ちらりとみて僕は目をそむけてしまう。
こういうものには全く縁も面識もない。
女はガサゴソと何かをして、「これを見るがいい」と素肌の背中を見せてきた。
迫ってくる女性に、直視できない僕がいた。
「ええっ、だからその……」
「ぬしが、わしのことを信じていないのだろう。その目で、わしの背中を見るがいい」
女の言葉に、僕は慌てて顔を両手で覆っていた。
「目を覆わなくてもよい、現実に背ける必要もない。ぬしの好意はしっかりと伝わっておるぞ」
「だからと言って、その……そんなに」
「背中を見てほしい。見れば信じてもらえるだろう」
ちらりと指の隙間で、僕は覗き込むと裸で背中を向けていた女がワイシャツをまくり上げていた。
その背中には、携帯電話ぐらいの小さな黒い羽が見えた。
よく見ると、爪楊枝が横にくくりつけられていてテープが見えた。
昨夜、確かに羽の骨が折れたカラスに、骨を固定するために固定した爪楊枝とマスキングテープだ。
「おわっ!」
「信じたか?わしの背中には、ちゃんと黒い羽があるだろう」
女の言葉の後、僕は再び目をそむけた。
「ないのか?」
「あのなぁ、恥ずかしくて……」
「何が恥ずかしいのだ?そういえば、まだぬしの名をまだ聞いていないな」
カラスと名乗る女は、そういって僕の方を振り向いていた。
年頃の女性の背中、僕にはそんな勇気がない。
きっと初心すぎると晃に馬鹿にされるのも仕方ない。
手で顔を覆いながら、女から背を向けた。
「僕は、『扇 喜久』だよ」
「そうか、喜久か。とてもいい名だな。ではわしの名だけど……わしには名はない。
喜久よ、ぬしにつけてもらえぬか?ただカラスという名は、ちと味気ないのでな」
「な、なんだよ……」
そんな僕の背中に、ベッドの上にいた女から何かやわらかいものが当たってきた。
人の空気、呼吸を感じた。パジャマ越しに当たるものは、想像に難しくない。おそらくアレだろう。
男になくて、女にあるアレだ。
僕は振り返りたいけれど、振り返る勇気がない。
なんだ、これはハニートラップなのか?それとも、今はすごく幸せな時なのか。
分からないけれど、僕のそばには若い女がいた。それは、昨日までと違う事実。
「よいではないか、カラスっぽいのを頼むぞ」
「カラスっぽい名前って……なんだよ」
「どうしたのだ?喜久」
「カラス……そういえば……」
僕はそういいながら、四つん這いでカラスの女から離れた。
カラスの女は、僕の方を不思議そうな顔で上から覗いていた。
そのまま、僕は本棚に会った『野鳥図鑑』を手にしてぺらぺらとめくり始めた。
「確かに、昨日僕は傷ついたカラスを拾った。
それが君だというなら……あった」
僕のそばに、いつの間にかやってきたカラスの女は僕のそばで図鑑を見ていた。
「そうだな、確かこんな姿だ。
『ハシブトカラス』、主にユーラシア大陸に生息するスズメ目カラス科の鳥。
一般的に『都会の鳥』と言われていて、あらゆるものを食べる……」
「ふむ、ぬしは詳しいな」
「ああ、ってことは、お前は『ハシブト』って名前がいいのかな?」
「そうか、『ハシブト』だな。わしは、その名を気にいったぞ」
ハシブトと名付けられた女は、嬉しそうな顔を見せていた。
だけど、僕はずっと図鑑に載っていた『ハシブトカラス』の写真を眺めた。
真っ黒いカラスの写真、どう考えても人に変身する習性の記述は書かれていない。
(どういうことだ、本当にこいつは『ハシブトカラス』なのか?)
考え事をしながら図鑑をじっと見ている僕に、ある足音が聞こえた。
部屋のドアの方から、ドタドタっとした足音。そして、聞こえる声。
「喜く~ん、起きている。ちょっと開けてもらっていい?」
それは、ドア越しに聞こえる母親の声だ。
僕は、一瞬にして血の気が引いた。
(まずい、これはまずいっ!)
ベッドの上には、裸の女性。だけどカラスだなんて、とても信じられるはずもない。
どう考えても修羅場だ、ごまかしなんかきかない。
あたふたしていると、僕の部屋のドアノブがガチャガチャと動き始めた。
そうだ。僕の母は、この部屋を開ける鍵を持っていた。
僕はさらにテンパった、そのままハシブトの手を強引に引っ張った。
「ああっ、えー……ハシブト、君は隠れて!」
「どうしたのだ、喜久?何かあるのか」
「いいから、こっち」
すると、僕は立ち上がってベッドの上に座っていたハシブトの手を引く。
ワイシャツを着ただけのハシブトは、首を傾げたまま僕の手を引かれて立ち上がっていた。
もちろん、下半身は裸だがそんなものを注意している暇はない。
(とにかくハシブトを、何とか隠さないと……)
慌てて僕は、部屋の周りを見回した。
(隠れられそうな場所、隠れられそうな場所……)
だけど、人が隠れるような場所を簡単に見つけられるほど落ち着いていなかった。
ハシブトの手を引いたまま頭を巡らせると、奥のドアがゆっくりと開いた。
その瞬間、僕の全てが崩れたような気がした。




