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あれから一日後、制服を着た僕は、疲れた表情で窓を眺めていた。
乗っていたバスから見えたのが、白い雪山。僕が遭難した雪山が見えた。
スキー合宿帰りのバスの中は、みんな驚くほど静かだ。
僕が遭難したせいで、みんなに迷惑をかけてしまった。
当然のことながら脇坂先生を始め、多くの先生に怒られていた。
「喜久君、仕方ないと思います」
隣では生徒会長が、僕の方を心配そうに見ていた。
そんな生徒会長が大事に抱えるスポーツバックの中身こそが、僕を助けてくれた。
今頃は、イエイヌはカバンの中でおとなしくしているだろう。
「いえ、ありがとうございます。イエイヌがいなかったら、僕はここにいないでしょう。
イエイヌの狼、じゃなく犬のような鼻で僕の臭いをかぎ分けてくれることができるとは」
「そうですね、喜久君はイエイヌにもっと感謝すべきです」
僕を見つけてくれたのは、生徒会長がいつもスポーツバックに入れていたイエイヌだ。
雪の中、狼の嗅覚で僕を探してくれた。
あと少し遅れていれば、僕は間違いなく死んでいた。
だから、イエイヌが僕の命の恩人というわけだ。
「ありがとう。こんな僕を助けてくれて」
「全くですよ、喜久君がいなくなったら私は戻って……」声が震えた生徒会長。
「どうしました、生徒会長」
「なんでもありません!」そういいながら、ふてくされた顔で通路の方を見ていた。
捻挫した右足は、まだ痛んでいた。
ズボンの中には、包帯でぐるぐる巻きにされた足があった。
全治一週間で、それほど大きなケガにならなかった。
体調の方も、低体温症になって最後の一日はほぼペンションで休んでいたが、若いおかげで回復も早かった。
僕は体の丈夫さを、母親にちょっとだけ感謝した。
通路側に座る黒田生徒会長は、不機嫌な顔になっていた。
「足は大丈夫ですか?」
「まだ足は痛いんだ、でも大丈夫すぐに歩けるようになるって」
「ごめんなさい」早口で謝ったが、不機嫌な顔の生徒会長。
痛がった僕は、生徒会長の方を見ていた。その生徒会長は、大事そうにスポーツバッグを見ていた。
ひそひそ聞こえる噂、「犬を連れて来るなんて」という声が聞こえた。
「いえ、本当に、ごめん……僕のせいで、イエイヌの正体をバラしてしまって……」
「本当ですよ、喜久君のせいです。
学校に二度とイエイヌを連れて行けなくなりましたから」
ツンと怒った顔で、僕の方を見ていた。だけど少し泣きそうな顔を見せていた。
「喜久君。責任、とってくれますか?」
「僕にできる事であれば、なんでも……」
「では約束してくれますか、喜久君」
「何を、ですか?」
「今度私に迷惑を賭けたら、私の言いなりになる、と。
ペットにでも、家畜にでも、奴隷にでもなると約束してくれますか?」
「……うん」
「なら、許します」そう言った生徒会長が振り返ると、目は涙ぐんでいた。
「生徒会長、泣いていますよ」
「黙りなさい!泣いてなんかいません」
すぐに僕の方を睨んできた、すごく怖い表情で見てくる生徒会長は女性ながら迫力があった。
そんな僕は目のやり場に困ってバスの車内を見ていると、前の方に座るハシブトがいた。
背の高いハシブトの隣にいたのが、なぜか安志。
「そういえば……」
「気になるんですか、ハシブトさんの事?」
「うん、いや。なんか安志といつの間にか仲良くなっているなって……座席の方も安志の隣だし」
「帰りの席順は決めていないではないですか、別に誰がどこに座ろうが自由です」
「まあ、そうだけど……」
帰りのバス乗り場で、安志はハシブトの隣に来ていた。
ハシブトも拒まなかったようだし、二人の席はすぐに決まった。
空いていた僕のところには、すぐに生徒会長も来たので僕の隣もあっさり埋まった。
「あんなに二人って、仲好かったっけ?」
「小椋君、ハシブトさんに告白したみたいですよ」
「ふ~ん、そうか~……えっ?本当に?」
生徒会長の何気ない一言で、僕の顔は驚きに包まれた。
「それにハシブトさんも拒まなかったみたいですね。彼の告白」
「プロポーズ?」
「そう、あのプロポーズよ」
「い、いつの間に……そか」
それは、僕が遭難していた時間。いつの間にかいろんなことが進んでいた。
浦島太郎のごとく、戻った時の流れを感じて呆然とするしかなかった。
雪山を下山しているバスは、まもなく長く暗いトンネルへと入っていった。




