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朝。エレオノーレが住む屋敷の部屋で起床する。彼女の方は、棺の中に眠って居る状態になるだろう。
ある意味、特殊過ぎる状況ではあるかもしれない。
ダキア公国の事など殆ど知らないナクラにとっては、彼女は致命的な存在のようなものに見えた。
いくら相手が安全を保障しているからといって、何も言わずにはいられない。
自分の味方になってくれる人物、シエラはある意味最低基準を満たしているかと思われた。
ただ、その曖昧な基準に従ってくれるわけでもなく、自分が一度死んだあの場所で待っていても彼女は来ない。
行き違いになってしまったのだろうか。シエラが現れることなく時間が過ぎ去って居る。
「勘違いしていたかな。当時の彼女は休日だったから、違うルートを通ったとか」
「誰が通ったんですか?」
「え・・?」
驚いて振り向く。そこには、修道女の姿があった。
イザベルがそこに立っている、まるで当たり前であるかのように彼を見ていた。
心臓の気分が悪くなる、ただでさえやることが多いのに、これでは本末転倒だ。
「イザベル、さん?」
「いけませんよ?勝手に人に何も連絡を寄越さずに出ていくだなんて。
メルルが心配しているじゃないですか?何か急用があるのであればまず私に言ってください」
「急用とか言われても。俺は、ただ・・・」
何を言ったらいいのか分からない。ただ、エレオノーレから言われたことを思い出す。
イザベルが危険なタイプの人間だとは到底思えない、そもそも自分をあの場所で拾ってくれた女神ではないか。
「イザベル、さん。実を言うと、俺は困って居るんです」
「困って居る、のは知って居ます。人はいつも社会で疲弊し生き続けている。
孤独な人間はそうやって生きている、私はそれをいいことだとはあまり思っていません」
「はぁ、じゃぁ・・その。イザベルさんは知って居るんですか?この場所の夜が危険だということを」
「・・・はい」
はい、と彼女は確かに言った。
正直、このまま行けば下手をするとエレオノーレにとっては拙いことになりそうだ。
だから、あえて彼女の存在は誤魔化す。
「俺の力が、闇属性だというのは?」
「それも多少感づいています。私たちにとっては、救済対象みたいなものでしょうね。
闇の力は扱い方を間違えれば、人に戻れなくなるマギカです。決して、それは安易に扱ってはいけない。
それでもその力を好んで扱う魔術師は多い、大禁呪と呼ばれる魔術を扱った彼等を、私たちは罰さないといけません」
「罰する・・」
それも、エレオノーレのように残虐な手段を使うのだろうか。
「そう怖がらないでください、誰もが貴方に危害を加えるような存在だということを認識して」
「確かに、今までの恩をすぐに忘れるわけないけど。ただ、俺も全て信用できるわけじゃない」
「誰かにそう言われたのですか?脅されていることがあれば言ってください。私たちは、貴方の味方ですから」
「闇の力が強いと、俺はあなた達に殺されるのか?」
「・・・物騒な事を言いますね。誰から教わったのでしょうか」
「質問に答えてくれ。俺だって、そう嫌な目には遭いたくない」
イザベルの表情は変わらない。
ただ、だからこそ彼女がどこか恐怖心を感じさせる。
「そうですね。場合によっては貴方に危害を加える可能性はあるかもしれない。
ただ、大禁呪と呼ばれる魔術を修得する術はかなり困難を極める事なんです。決して、貴方では到達できないでしょう」
「それは随分低く見られてるな。もしもだってあるだろう?」
「できません。貴方が人の形を保っている限りは」
「はぁ。悪魔にならないと駄目なのか?」
「そうですね。それに近いです。そして、貴方は私たちにとっては保護観察という形をとって居る。
だから、頼ってくれても構わないんです。貴方は、とても魅力的な人ですから」
「あまり説得力がないけど、どうしてここに来たんだ?俺を探しに来た感じだけど」
「そうです。私は貴方を探していた。そして、ここで出会った。
夜についても、私にとっては興味のあることですが。残念ながら教会は手出しできない。
吸血鬼に関しては、聖堂騎士団による管理が行われていますので。私では無理なのです。
だから、貴方にはその場所には居てほしくない。せめて、手を引いてくれないでしょうか。
誰かのために戦う気持ちがあるのだとしたら、それは絶対に間違いなんです」
「それは、だから・・」
「駄目なのでしょうか?」
「もう既に約束してしまっているんだ。それに、俺はプライドがるからな」
「プライド?」
「教会は孤児院のための施設で、メルルたちはそこで頑張って生きている。
ただ、俺の場合はもうギルド協会に入会済みだ。住所はまだ教会名義だけどその内変更する」
「残念ですね。確かに、貴方にとっては居心地が悪いのでしょうか」
「悪くは無いけど、俺はそこまで弱くないって分かったからな。弱くないからあそこに居られないんだ。
本物の弱者のための場所だから、俺が居ることは根本的に間違っているんだよ。それはあんただから分かるだろう?」
「勇ましい事ですね。分かりました、貴方の決断は本物の価値があるでしょう。
ただ、間違えないでください。教会にとっては、貴方も保護する対象だということを」
「そんなに俺を保護したいのか?」
「えぇ。貴方は、まだ何も理解していないでしょうから。理解されないままで居ることの重要性もあるんです」
「それはお断りだ」
「分かりました。仕方ありませんが、私はここで失礼します。ところで、貴方はここで何をなさっていたのでしょうか?」
「シエラという女性を探していたんだが。見つからなかった」
「そうですか。それでは。できれば、今後は教会に近づかない方がいいでしょうね。
自ら過酷な運命に立ち向かえる度量は大切ですが、場合によっては深く沈むでしょう」
そう言った後、彼女はその場所を立ち去る。
何とかなっただろうか、ただこれで彼女の言う通り教会へは戻れない。
吸血鬼の仲間となった以上は仕方ない。それにしても、シエラの奴はやはりギルド協会だろうか。
「いっそのこと行ってみるか」
ギルド協会への道のりは覚えている。慣れて来た異世界の街並みを探索することにした。
「おかしい、妙に荒れ果てているなここは・・」
騎士ウェルナーは、なぎ倒されている木々を見て不信に感じていた。
より遠く離れた森林地帯、ランクCに該当する場所とはいえ魔物はそこまで強力ではない。
大木もかなり頑丈だ、余程強力な魔法でも使わない限りそう簡単には倒れないだろう。
そもそも人間が倒したようには見えない、恐らく魔獣がやったと考えるのが妥当か。
「まさか、また出たの?あのクマベアー・・」
ランクBの魔獣、ユーリィが出会ったあの怪物がまだ居ることに困惑していた。
ナクラが倒してくれたから大丈夫だったが、そう何度も現れるとなると状況が違ってくる。
「大丈夫だ。俺が居る限りはそう間違った事は起きない。俺だってランクBの剣士だからな」
「私を誘うためにわざわざ来たんでしょうが・・まぁいいけど、貴方一人で大丈夫?」
「この武器を見ろ。俺がダンジョンの奥地で手に入れた竜の剣だ」
正確には竜の鱗と骨で作られた強力な魔法武器だが、確かにそれであれば心配ないかもしれない。
ユーリィにとって重要なのはそこではなく、その魔獣についてだ。
「ランクBの魔獣がなんでここに出てくるのか貴方は知らないの?」
「最近は物騒だと聞いたが、恐らく南下してきたのだろう。魔獣の行動範囲はさすがにつかみ切れていないからな」
「だからってこんな場所まで来られたら私の生活がピンチになるんだけど」
「採取活動は諦めた方がよさそうか」
「ここが一番よく薬草がある場所なの」
だから、そう簡単に場所を変更することもできない。
さっさと薬草を集めてその場から退散しないといけないのだが。どうやらそれも無理なようだ。
向こう側から来る影。噂のランクBの魔獣が現れる。
「何・・!?」
複数体、どういうわけか三体ほどの魔獣がその場に出現したのだった。
硬直するユーリィ、いくら特性の爆弾を持ってきたとはいえ、あの数相手では逃げきれない。
「嘘、何で・・?」
「群れをなす熊など居てたまるか。ユーリィ、ここは慎重になれ」
「ちょっと、どうするつもり?」
「私が時間を稼ぐ。全力を出せば三体ひきつれられるだろう・・!!」
「あ、ちょっと・・!?あぁもう!」
逃げるしかないだろう。突撃し、竜の剣の力を解放するウェルナー。
彼の努力を無駄にしないために、ユーリィは走り出すのだった。
せめてナクラが居てくれればいいが、しかし彼の場合、全力を出すことは控えた方が良いだろう。
いくら一撃で倒したとはいえランクEの魔術師だ。
「え・・?」
逃げる先。ユーリィの目の前に更にもう一体の魔獣が立ちはだかる。
「嘘・・どうして、こんなに・・?」
黙って居る暇はない。持っていた特性の爆弾を投げつけることで退避しようとした。
投げられた爆弾が強烈な爆発を生じさせる。
しかし、その一瞬の攻撃だけで相手の魔獣が怯むことはなかった。
防御力が堅すぎる、どうしてこんな魔獣がこの場所に居るのか理解できない。
本来なら警告ぐらいあるはずだ、ギルド協会の怠慢を今さらのように憎む。
「っ・・!?」
咆哮する魔獣、このままではこちらがやられる。まだウェルナーの方は、囮として奮戦している最中だ。
「逃げられない・・!?」
魔法杖による魔砲攻撃を浴びせる、が。それも無駄であるかのように魔術は散逸した。
防御力が異常な程堅い敵、その攻撃から何とか逃げるが、倒れる巨木がユーリィに襲い掛かる。
何とか回避できたが、地面に転んでしまうことで大きな隙が出来る。
「そんな・・!?」
一瞬の隙を狙う魔獣。ただその後ろに、死神のような黒い影がうっすらと現れた。
大きな鎌、その魔法の刃によって魔獣の体が一撃で斬り割かれる。
ユーリィの爆弾がまず効かないほど頑丈だった体が、あの刃によって倒されてしまった。
呆然とするユーリィ、フードを被った魔術師が地面に降り立ち、ただこちらを見ていた。
「貴方は、もしかして・・フレイヤ?ギルドS級魔導士の・・?」
表情は見えないが、その黒い格好と大きな鎌からして普通ではない。
噂に聞く、ギルド協会アミュスフィア中最強の魔導士。
「えぇ」
「本当にフレイヤさんなのね。良かった、貴方が居れば魔獣なんて・・ってえぇ!?」
更に魔獣が複数体。明らかに数が尋常ではない。
「私の魔力に反応したのかもしれない・・」
「貴方のせいなの!?」
「黙って、敵が来る」
咆哮する魔獣、ただそれよりも速くフレイヤは疾走する。
大きな鎌、その刃は魔力で出来た刃になっている。その力によって、一気に魔獣を切断しようとする。
まるで何もすることができず、敵が複数倒される。まるでレベルが違い過ぎるようだった。
「ほう、まさか伝説のでん伝説の騎士が現れるとはな」
「ウェルナー大丈夫だったの!?」
赤髪の騎士は疲れた様子でいつのまにか近くに居たようだった。
「三匹相手はきつかったが、彼女がすでにやったんだよ。速攻過ぎて走って追いかけて来た感じ」
「嘘、一体どんな強さなのよ彼女は・・?」
「何でも、ドラゴンを数匹同時に相手しても傷一つ追わなかった天才魔導士だからな。
あの強力な武器は、協会でもトップクラスの攻撃力を持つ魔法礼装だ。俺たちとはレベルが違い過ぎる」
戦闘は既に終了し、敵はもう居ない。
助けてくれたとはいえ、相手の力が強すぎると別のもののように見える。
「あ、待って!」
「・・・・」
すぐにフレイヤはその場から立ち去ってしまった。話を聞く気が無いのだろうか。
「クール過ぎて涙が出るな。さすがフレイヤ様といったところか」
「ある意味悔しいけど。あんな奴に追いつくなんて無理ね」
「まぁ、こちらは帰るとしようか。また魔獣に襲われても面倒だ」
「ギルド協会は本当に何してるのよ・・前に見た奴が何体も現れるだなんて聞いてない」
「異常事態宣言は出すべきだな。アミュスフィアもそれぐらい柔軟性はあるはずなんだが」
ウェルナーも首をかしげる程度には杜撰な管理だった。
ランクBの魔獣が低ランク帯に現れる時点で間違っているはずだというのに。
ユーリィにとっては疑問しかないが、今はその場から退却するしかないだろう。
「しかし、薬草は取れず。報酬は無しでいいぜ」
「嘘、そういう風の吹き回し?」
「かなり嫌な予感がするんでな。下手をすると、この辺りはもう来れないかもしれん」
ウェルナーの言う通り、ここまで酷い状況になる場所だ。
ランクCからランクBの地帯に底上げされる程度には危険が増している。
それでも、そんな魔獣を一撃で倒していったフレイヤには流石に別の恐れを感じるが。
ギルド協会。その施設内でナクラは男性から話を聞いていた。
「プライバシーにかかわるので、従業員に関する情報は控えさせていただきます」
当然といえば当然だが、しかしシエラは今日は不在と考えた方が良さそうだ。
次の日には居るかもしれないが、今日の夜のためには体力を温存しないといけない。
さっそく屋敷に戻るために施設を出ようとすると、暗殺者の格好をした少女に体がぶつかってしまった。
「おっとわるい。余所見していた」
「・・・」
「いや、悪かったって。俺も色々考え事をだな」
目つきの悪い少女だった。彼女はこちらを一瞥した後、何処かへ行ってしまった。
「怖そうな奴だったな。でも、それなりに美少女だったが」
問題はそんな事を考えたところで、個人的な問題は解決できないところだろう。
問題が山積みになっている。そこをどう消化できるかはナクラの力量次第だった。




