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夜。ただどうしようもなくナクラにとっては気分の悪さを感じていた。
「この場所って結界の近くなのか。教会からじゃ気が付かなかった」
外を見るだけでも、その血のような空気からは逃げたくなる。
ただ、エレオノーレとの約束ぐらいは守るつもりだった。盾になることぐらい、誰にでもできるだろうが。
部屋の中に入って来るその姫君は、何処かナクラと同じ程度に元気は無さそうだった。
「こんばんは、というよりおはようって言ったほうがいいか?」
「それは皮肉で言っているの?全く」
「何だ、不機嫌そうだけど大丈夫か?」
「察しが悪いのね。今が新月だということをうっかり忘れていたのよ」
「新月?月が見えないってことか?」
「えぇ。だから下手をすると、本当に貴方に頼らないといけない。
少なくとも、私の最大魔法はまず使えないから。最悪な状況の時は頑張ってもらうわ」
「ちょっとまて。新月ってすぐに月が見えるってわけじゃないだろ?一週間は経たないと魔力が最大値にならないんじゃ」
「何だ、分かってるじゃない。帝国歴のせいで、月の歴は廃止されたから不安だったけれど」
「・・・・」
吸血鬼は太陰暦で生きているのだろうか。かなり計算し辛いだろうに。
「じゃぁなんだ。前に俺を殺したことは・・?」
「魔力が足りないからグールの血を頂いていただけよ。アレクサンドルの結界の産物だから、そう美味しくもないけど」
「それにしても新月か。月齢の計算の仕方は知らないけど、やっぱりそういうのは重要そうだな」
「私も感覚で理解しているだけだから、期待しても意味はないわ」
「感覚って目視以外ないだろうに。まぁ、神経質に月の満ち欠けなんて見ていないから仕方ないけど」
「私を馬鹿にはしないのね」
「いや。逆にこっちは魔力が良好みたいな感じだからな。盾には十分だろうと」
「・・・・」
何で彼女は睨んでいるんだろうか。
その視線はある意味、見た大賞がそのまま死んでしまえるかのような力があった。
「えっと、エレオノーレさん?」
「いいえ、別に何でもないわ。ただ、そうね。闇の属性持ちにとっては、いい時間帯かもしれない」
「どういうことだ?」
「新月の場合、貴方の方がむしろ力が高くなるかもしれない。
それこそ、月の光が届いていない暗闇の中だもの。貴方の魔力が、何処か安定させているかもしれない」
「まさか。今の俺は精神的にはかなり絶不調だぞ。この気持ち悪い結界のせいで」
「外はどう見えるの?」
「ちょっと赤く見える。得に空は・・」
「そう。貴方らしいけれど、アレクサンドルの結界の性質が見えるのね」
「どんな奴なんだそいつ?会ったら危険なタイプなら、対策は取っておかないと」
「少なくとも、そう無分別に人を殺すタイプじゃないわ」
「・・・・・」
「私の事はともかく、よ。彼については、まだ考慮しなくていい。外を歩きましょう、ナクラ」
アレクサンドルは無分別な人殺しを行わないらしいが、結界は殺意度の高い魔力が存在する。
言っていることが時々矛盾しているかのような、あるいはダブルスタンダードと言うべきか。
多くの事をそう簡単に信じるべきじゃないが、ただ問題はそこではないだろう。
新月、まず都会慣れしているようなタイプの人間にとってはまず意識しない時期だ。
多くの光に遮られている場所であると、余計に人間はそんな存在のことを忘れてしまう。
しかし、問題はそこではなく、だ。
「何で俺、外が見えてるんだ?」
ようやく自分が気にすることができたが、この結界内ではまず人口の光は消失している。
電気の通って居ない異世界の街並みだ。明りなど、気休めでしかないだろう。
暗闇とはいうが、そこにはレベルがある。今の場合、最低ランクというべき時間帯だ。
「闇属性の力のおかげでしょうね。私も多少見て取れるけど、貴方の場合は魔法の力そのものかしら」
「月は新月だから光は届かない。今日は曇天だから尚更暗闇だが・・まぁ、就寝には影響しないか。
月が満月の時が一番不眠になりやすいのは事実として、吸血鬼にとっては逆に駄目なのか?」
「えぇ。よく勘違いされるけれど、月の魔力が吸血鬼にとって最大の生命線だから。
新月というのは、棺の中に居るのとそう大差ない状態になるわね」
エレオノーレにとってはむしろ最悪の期間と言ったところか。
日中外を出歩けない彼女にとっても、もはや牢獄のような状況なのだろうか。
現時点では必殺技を使えない、少なくとも一週間以上経たないと解禁されない状態にある。
エレオノーレにとっての栄養素である月の魔力が届いていない以上、血液を飲み干すしかない。
彼女が言うには、輸血用の血液がストックされているがそう数は多くない。
「でも面白い事言うわね、貴方」
「え?」
「新月の時は不眠症にならないだなんて、普通は考えないけれど」
「まぁ、それはその場のノリというか。ただある意味正解じゃないか?
俺が前に居た場所じゃ、明りと月の光が合体すると空と建物が青白く見えて一瞬時間帯を勘違いするからな」
一瞬早朝と勘違いする程度には、その光の反射は拙い。
ナクラの居た世界は人類社会としてのレベルは高いが、その分人からの安眠を奪いやすい。
「人は暗い闇は苦手だけど。貴方の場合はそうじゃないの?」
「場合によるんじゃないか?別に、俺だって眠くなるときは眠くなる」
月が出ている時は精神不安定になりやすいという俗説も間違ってはいない。
逆を言えば、人間がもっとも安心できる時間帯が新月という事になるのだろうか?
闇に近づけば、その光に惑わされず眠ることができる。
青白い光は、ある意味ナクラにとっては死神の発する色なのだろう。
ただ、現時点で見えている世界は、アレクサンドルという魔術師によって汚染されている。
ゆっくりと、目の前に歩いてくるケダモノは、誰かの匂いを辿ってきたのだろうか。
「あれって、エレオノーレの手下さんの使い魔だよな」
「まだ私を狙っているようね。ナクラ、貴方の力を見せてもらうから」
どうやら期待されてしまっているようだが、ナクラ本人としては新月を恨むしかなかった。
正直、あの魔術師の使い魔はあまり好きにはなれない。
黒い、ただゾンビのような犬の使い魔はすぐにナクラを見つければ飛び掛かって来るのだ。
「っ・・!」
反射的に斬り割く。使い魔を抹殺することには成功したが、しかしどういうことだろうか。
闇の魔力が酷く安定している気がする。エレオノーレの言う新月のせいだろうか?
理屈の分からない魔法の原理。
その力が剣に加護の効果を起こすことで、使い魔を一撃死たらしめるのだった。
戦いの光景を見ていたエレオノーレも、ただ彼が普通ではないことは分かってきている。
ある意味、自分と対局ではあるのかもしれない。ただ、似たような力ではあるけれど。
「私と彼では、違う理がある。人の理から外れた私にとっては、いい使い魔ね」
「何か言ったか?」
「いいえ。犬の方は今ので最後?」
「あぁ。それらしい気配は無し。意外と大したことは無いけど、噛まれるのはごめんだ」
「あら、傷の治りは早いはずだけど」
「あのな、基本的に噛まれるっていうのは嫌いなんだよ俺。あの時も死ぬかと思ったぞ」
「そう。平気だと思っていたけれど、意外と可愛いところはあるのね」
「犬の場合なら即死を覚悟するだろうが普通」
「飼い犬を飼った経験は無し?」
「犬種によっては相当攻撃的な奴がいることを知ってくれ。アレは特にやばい奴だ」
特にナクラみたいな人間にとってそういうタイプの犬は苦手ではある。
むしろ小さな犬からは攻撃される可能性が高い・まだ猫の方がマシな方だった。
「なるほど、なめられてるってそういうことか」
「なめられる?」
「いや、今のは半分ダジャレっていうか・・。ただ攻撃されやすいのは大中小全部一緒・・!?」
ナクラが瞬間的に動く。暗闇から発された剣が、壁に複数突き刺さった。
向こう側から迫って来る一人の影。暗闇で分かりづらいが、その剣をギリギリのところで回避する。
格好は修道女。ただイザベルよりも小柄な姿だった。
両手にそれぞれ同じ剣を持つ少女は、ゆったりと起き上がってナクラを睨む。
「まさか、聖堂騎士団のシスター・・?」
エレオノーレの推測通りなら、イザベルの仲間で間違いないだろう。
ただ、この時点で運命が決定的なものに切り替わって居るようだった。
エレオノーレではなく、ナクラを確実に殺しに来ているかのような攻撃。
敵対意識が十分ある以上、あの時のイザベルの言動はもう少し慎重になった方がよかっただろう。
「闇の匂い。やっぱり君は強い子だね」
「そんな匂いが理由で殺されてたまるか。というか、匂いで攻撃されるのはこれで二度目だぞ!?」
「二度あることは三度もあるよ。君は特別すぎて不愉快なんだからさ」
「それはどうもありがとう、次はもう少し優しく攻撃してくれ」
「それは無理。命令された以上、貴方の首は持っていく」
「あんまりな修道女だな。イザベルみたいになれないのか?」
「イザベルは自分の欲をコントロールするのが精いっぱいだから、子羊を助ける以外できない」
「は?」
「だから欲だよ。イザベルという修道女は、色欲の感情に弱いの。だから神に見張られないといけない。
人間の罪、原罪は常に悪魔の栄養になりやすい。彼女と私じゃスタートラインが違うからね」
「ん?だから、色欲?」
つまり、イザベルは性的な感情を抑えられないから修道女になったとか。そいうことを言いたいのだろうか。
「女神教会は女神の体裁を持っているけど、ルナ・アズールという基本主体には別の意味を持っている。
霊性変革主義って言ってね、どんな力であれ、その霊性を重んじる場合は極論を選ばなければならない。
一つの力に集約された信仰は、その女神にとって唯一の原点へと到達するから」
「えぇと、何を言ってるんだ君は、俺と何か関係あるのか?」
「無いわけはないけど・・」
エレオノーレが先に口を出す。ただ、彼女なりにも、修道女の言動に苦悩したようだった。
「つまり、ルナ・アズールが唯一の原点・・つまり、イデアへ到達する力を得ることが最終理念となる。
女神教会の中には、そういう派閥があるの。自分たちの信仰している対象の絶対的な進化というべき信仰・・」
「だから俺に分かるように言ってくれ。一体何なんだお前らの頭の中は」
むしろナクラを困らせようとしているようにしか思えない言動。
ただ、修道女の方はというと笑っているかのような声を出していた。
「吸血鬼ちゃんは分かってるじゃない。彼氏をゲットしたんだから国に帰ればいいのに」
「満月だったら今の時点で殺していたわよ?といっても、そうナクラを貴方は相手できないはず」
「残念、殺戮期間にとって不死とかどうでもいいんだよ」
突然、走り出す。ナクラに対し、その剣による攻撃を開始していた。
その攻撃はまだ見切れる。彼女にとっても、むしろ今の暗闇は危険なはずだろう。
「待て、お互いに殺し合いしている場合か!?」
「結界よりも匂いの消毒が先」
「俺を一体なんだと思っているんだ!?」
何度も、切り刻むようにして襲い掛かる剣。その剣先が一瞬、腕を斬り割いた。
激痛が走る。その痛みを感じた時、ふとその感覚が閉じたように消え去った。
「ナクラ、彼女を殺しなさい、下手をすれば貴方の方が危険なのよ!?」
「やるしかないのか・・!?」
闇の力の加護。その攻撃による一閃を確実に出す。
エレオノーレが言ったとおりやるしかない、ただその一撃は確かに間合いに入って居た。
距離がそもそも近すぎる。そう思っていたが、その力は剣によって止められる。
鍔迫り合いになり、そのまま強引に壁に押し込まれたのだ。
「ぐ、ぁ・・!?」
「洗礼された剣がその程度の闇に屈するわけないし。そんなに切り刻まれたいのね」
「ナクラ・・うっ!?」
突然、頭痛がしたかのような態度を取るエレオノーレ。
「この気配・・アレクサンドル?」
「待て、行くな!?」
その方向へ突然歩き出すエレオノーレ。ただ鍔迫り合いの状態で、彼女を蹴り出すこともできなかった。
修道女の力がやたら強く、その圧力で息すら苦しくなる。
「吸血鬼の個人的な思いなんてどうでもいいはず。貴方はどうして彼女の味方をするの?」
「そっちこそ、無暗に人を攻撃してる時点でお互い様だ・・!」
「私はずっと貴方の事を見ていた」
「え・・?」
「教会に居る貴方は、ただ他の子どもにとって同じ程度だったはずなのに。
ただその匂いだけは、ただ私の神経を酷く震わせる」
「人殺しが生業みたいな奴が、言えることじゃない」
「神の命であればね。人は邪悪になれる。人の原罪はそういったたまり場でしかない。
人間にとって必要悪だからこそ、むしろ貴方の場合は殺す対象になっていた。
世界はより聖性に導かれなければいけない、貴方も、その気になれば彼女にさえ尊ばれる」
「っ!?」
足を切られる。どうやら、彼女のブーツに刃物が仕込まれていたらしい。
「ぁああぁっ!?」
叫ぶナクラ。それもそうだろう、そんな場所を切られて痛がらない奴など居ない。
そして、勢いよく彼女によって地面に転倒される。かなり強い力で、慈悲など無いかのように。
「さて。首だけ貰っておこうか。そう何度も生き返ると後で面倒・・?」
酷く、不気味なフクロウの鳴き声がした。
「結界が解かれている?アレクサンドルの奴、何が目的なんだ!?」
酷く苛立ったように逃げ出した修道女。一体何なのか分からないが、命は助かったようだ。
「マジで殺されるかと思ったぜ・・・あの修道女の殺人スキルを甘くみていたな」
時と場合によっては殺人鬼よりも注意しないといけない相手。
ある意味、今後の戦いは注意しないといけないようだ。




