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ダキア公国から来た吸血鬼の姫君。彼女にとっての望みは元婚約者からの家宝の奪還。
そう想像する事は難しくないが、家宝を盗んだアレクサンドルという男性を見つけるのは難しいという。
作動されている結界が彼の物だったとしても、その理由まではエレオノーレもよく分からなかった。
一説には、彼が何らかの目的をもってこの町に滞在しているか。
しかし、自分を知らしめるような大規模の結界を作り上げている時点で二流の行為だ。
その時点で十分話が支離滅裂になっているはずだが、それでも結界が解かれることはない。
「貴方はこれから私の盾になってもらうわ。そう決めてしまった以上は、逃さないつもりだから」
「ちょっと待ってくれ。盾って、別に俺は頑丈でもないぞ?」
「分かって居る。でも不死という特権もあるもの。それに、今の私は本来の実力を出せないし」
「どうしてだ?お腹が痛いとか?」
「ダキア公国でちょっと色々あっただけ。今の私ができることは、ただ失踪した本人を探すだけだから」
「アレクサンドルっていう男性に未練があるのか」
「あるわけないでしょう?またバラバラにされたいの?」
「いや、さくがにそれは困る。家宝の方が大事なのは分かったよ」
「えぇ。アレクサンドルは人の家宝を盗んだただの泥棒でしかない。貴方は、その泥棒を捕まえる手伝いをしてもらうだけ。
それでも十分は見返りはあるから。期待しておくといいわ」
「その見返りって・・?」
「後で考えて置くわね」
「適当に言ってないかそれ?正直こっちは騙されたくないんだが」
「ここに長いする必要もないわ。私の家には結界があるから、そこなら安全だし」
「もしかして本当に協力しないと駄目なのか・・?」
「えぇ。嫌でも連れて行くわ」
結局、エレオノーレによる強引な取引によってナクラは協力する羽目になってしまった。
あまり協力したくないが、さすがに二度も三度も死にたくはない。
ただ、エレオノーレ本人に敵意は感じられない。むしろあの時の方が異常にも見えていた。
「エレオノーレ、どうして俺を突然バラバラにしたんだ?」
「美味しそうだったからじゃ駄目かしら。大体、闇属性の匂いをばらまいている方も悪いわ」
「悪かったな・・どうしたらその匂いを誤魔化せるんだ?」
「魔力の残り香を消す方法も分からないで、よく生きてこれたわね。
でも、不死だから死なないから、別にどうでもいいかもしれないけど」
「どうでもよくない。そうやってまた殺されたくないんだ」
「じゃぁ後で教えてあげるわ。盾は盾なりに苦労しないと」
「そもそも、一体何と戦う気なんだ?アレクサンドルとか、さっきの魔術師か?}
「どちらかと言えば魔術師の方ね。彼は、二十七死徒と呼ばれる組織の魔術師なの」
「聞いたことの無い名前だけど」
「ダキア公国を拠点とする、魔術協会の一つなの。ロンドベルクの場合、魔女の時計塔という魔術協会もあるけど。
二十七使徒の場合、他の魔術協会と違って吸血鬼によって成り立つ組織だから気を付けるといいわ」
「それで、そいつらはどうしてエレオノーレを?」
「単純な話、公国の王、私の父が二十七死徒に命令して連れ戻そうとしている。
最悪切り刻んでも構わないって命令したんでしょうけど、私はそれでも拒むつもりでいるわ」
「娘一人連れ戻すにしては血生臭い行為だな」
「・・・・ある意味、吸血鬼の社会だからこそね。私たちは血の呪いから逃れられない。
真祖から繋がる吸血鬼の血統は、その遠大な呪いによって運命を束縛され続ける。
そういう意味では、普通の魔術師が羨ましいけれど、特に貴方は吸血鬼ではないにも関わらず不死でいる」
「俺の場合、自覚無しなのが問題なんだが」
「魔法の力を自覚症状無しで保つことができるのは幸運な方じゃない?」
「吸血鬼に羨ましがられるような人生は送って居ないつもりだ」
「そう。じゃぁ私の早とちりと言うところか」
「エレオノーレの素性は大体分かったけれど、ただこれだけは聞いておくか」
「何?」
「この町の人を襲ったりするのか?吸血鬼なら血は重要な栄養素だろう?」
「確かに、重要ではあるわね。でもストックは補充できているから大丈夫よ」
「ストック?」
「使いが協会から血を補充してきてくれるから。ルートは企業秘密よ」
かなりキナ臭い話だが、今はスルーしておこう。
そのままナクラはエレオノーレと一緒に、彼女の家へたどり着くのだった。
屋敷の中、それこそ大きくは無いが立派な方だ。彼女が購入したのだろうが、不安は出てくる。
「食べられたりしないよな・・」
「私を何だと思っているの?」
「いや、吸血鬼なり食欲だってあるだろうし」
「そこまで野蛮じゃないわ。ここでするべき事は捜索だもの。下手に暴れることだって控えているし」
「控えていないだろ。俺をバラバラにした時点で」
「そうね、次闇属性の匂いがしたら気を付けるわ」
「いや、どうして闇属性にしこまで・・」
もうその話はいいだろう。別に、闇属性が彼女にとって嫌悪があるだけだろうし。
ただ、血の匂いがようやく薄らぐことで緊張が無くなってきた。
「お姫様、正直俺はこの世界であまり生きていける自信が無いんだが」
「どうして?」
「いや、もう既に何度も殺されてるからだろう」
「・・・・そうね、貴方はもう私のものだから、使えるようにするのも自由かしら」
墓穴を掘っただろうか。余計な事を言ったせいで余計なイベントが発生する予感がしていた。
教会。その食堂でメルルは友人のアリアと一緒に食器を洗っていた。
夕食の後片付け、いつもの通りの日課をこなしていたが。ただ不在のナクラが気になって仕方が無かった。
「今日、ナクラお兄ちゃんが居なかったけれど。メルルは何故か知ってる?」
「お仕事だよ。ギルド協会の任務」
「ふぅん?まだランクEなのに、危なくない?」
「大丈夫だよ。あの人、悪運だけは強いみたいだし
アリアを騙すだけならともかく、イザベル相手に同じ理屈が通じるだろうか。
少女にとっては、今の社会の事はよく分からないことが多い。
まだ勉強が足りないからだけではない、何処か断絶した所がある。
将来的にまともな仕事ができるかどうかも分からない、アリアは貴族のメイドになりたいと言っていたが。
戦災孤児という人生も本来なら苦痛かもしれないが、イザベルによる教育で彼女たちは立派に成長している。
ただ、ナクラの方はどうなのだろうか。
彼は、どういう理由でたった一人でこの町に来たのか分からない。
自分から危険に首を突っ込むタイプなのだろう、彼は何処か違うものを見ている。
「でも、夜は危ないよね。吸血鬼が出るんだから」
そう、アリアは言う。吸血鬼、その怪物が夜に現れ人を襲う怪異。
殺人鬼の噂は出ているが、だからといってメルルに何かできるわけじゃない。
だから祈るくらいはしておく。それだけが、唯一の抵抗なのだろう。
「無力を恥じることはないってイザベルが言っていたわ。
だから、アリアもそう怖がる必要はないと思う。ナクラが一生懸命、戦って勝つことを祈るの」
「そうだね。でも、ナクラは誰と戦ってるの?」
「えぇと。うん、ナクラはナクラの正義があるんだよ」
「そうなんだ」
適当な事を言っておくが、正直面倒な状況だった。
せめて何も無ければいいが、それも希薄だろう。
時計の音が鳴り響く。
そろそろ寝る時間だろう。メルルにとっては、どこかその音に気分の悪さを感じた。
通路が長く感じる。ただ、より教会の中にある何かがメルルを見ているような気がしていた。
屋敷の一室。そこで休むにしても、エレオノーレが近くに居るので緊張が出てくる。
「まだ何かあるのか?」
「いいえ、貴方の力の話が終わって居ないでしょう?」
「闇の力か?正直俺は今もよく分からないんだが。神威属性といっても、俺は死んでいるから使えるだけで」
「えぇ。神威という言葉通り、神の力と呼ぶにふさわしい力なのは事実。
ただ、その力はもう少し隠した方がいいわね。人によっては、その力を拒むことがあるから」
「強すぎるからか?」
「それもあるけれど、異教の力でもあるから。女神教会にとって闇属性は隠匿、封印されるべき対象なの」
「それじゃぁ、俺はわりとやばいんじゃないか?」
「恐らく、まだ力が弱いから貴方は放っておかれているだけね。
害が無いなら問題ない、ただ暴走する可能性が一つでもあれば恐らく貴方は誰かに捕まる。
闇属性の力は、女神であるルナ・アズールにとって弱点となる物に近づくことができる。
禁忌の世界に至った魔術師は、女神を打倒できる力を得る、それが彼等にとって最大の侮辱となりえる。
女神教会に貴方は縁があるようだけれど、今は近づかない方がいいわね」
「何でいきなりそんな事を言われないといけないんだ?大体、あっちはそんな危ない感じじゃないけど」
「そうね。ただ、その匂いを感じ取って居る人はいるはず。
私の属性上、私の方がまだ力が上だからいいけど。彼等にとっては邪魔ものでしかない」
「そう言われても、明日からは帰れないってことか?」
「女神教会に住んでいるって言っていたけど、貴方は神父でもないでしょう?
孤児院に住んでいる必要なんて今はもう無い。ただで得ていいのは安いパンだけだと思いなさい」
「まぁ、貧しい人にあげるべきか。それは分かったけど。挨拶ぐらいは・・」
「だから止めておきなさい。女神教会を貴方は甘く見ている。
特に彼等が率いている聖堂騎士団は、吸血鬼にとって最大の脅威でもある殺戮集団よ。
この世の中には、普通の人間には理解できない倫理観で動いている人たちが多い。
血で血を洗うのが当然だと思っている連中が多い以上、貴方はそこに近づくべきじゃないわ」
「イザベルはそういう奴じゃない。そんな風のシスターには見えなかったぞ」
「修道女も、立派な女神教会の騎士よ。彼女の素性なんて一つも聞いていないはず。
私なら、彼女と目が合えばそこで戦闘になるわ。彼等は、それくらい同胞を殺してきているもの」
イザベルがそういった危険なタイプだと、彼女は言っている。
ただ、それを信用しなければならない時点で、かなり意地の悪い話だった。
「貴方を困らせるために言ってるわけじゃない。ただ、貴方は少しばかり無知過ぎるわね」
「悪かったな、後で覚えればいいだけの話だ。大体、そっちだって婚約破棄されて家宝を盗まれたんだろう?」
「えぇ。そうね、そういう意味では、同胞さえも信用できないことになる」
「お互いに馬鹿だって話だな」
「ただ、それとこれとは話が別。もし戦闘になれば、貴方は逃げた方が良い」
「逃げろって、盾になれって言った傍から何だ?」
「人間相手なら、あの人たちは十分貴方を殺すことができる。
物理的ではなく精神的に。私の同胞と貴方なら、ナクラ自身が十分戦えるけど。女神教会は別」
「・・・どういうことなんだそれ?」
「だから言ったでしょう?彼女たちの倫理は十分悪魔的で、人には理解できない。
イザベルがもしあっちから現れたら、その時点で逃げる方がいいわね」
「えぇと、もしかしてエレオノーレもかなり嫌なことあったのか?}
「・・・それはそれとして、貴方の能力が先だったわね」
「あぁ、もしかしてまだ感じるのか?」
「多少、貴方の闇の力は感じるけど。今はそこまで滞って居ない。
だから、私からの接触で、ある程度力の抑制をコントロールする術を身に着けるほうがいいかもしれない」
そうして、近づいてくるエレオノーレ。
ただ、それがどういう意味か分かる前に、彼女に押し倒される。
「大丈夫、次は殺さないわ」
「殺すって・・」
「その代わり、少し程度の血を私にくれればいい」
首に牙が入る。それによって、血が彼女の喉を潤わせる。
正直、こうして接触されている時点でどうにかなりそうだったが。
ただ、そこですぐに反抗する気にもなれなかった。
「私に殺された事で怯えたりしないのね」
「十分怯えているんだが?」
「普通の人間であれば、私から遠ざかるはずだけど」
「俺は、ただもう普通じゃ無すぎるから。ある意味非現実的すぎてわからないんだ」
首の痛みが消える。不死の能力によって、すぐに傷の痕が消えたのだろう。
そこでエレオノーレがすぐに離れる。
彼女による吸血行為によって、多少魔力の匂いが抑えられたのだろうか。
それはナクラ自身では分からないが、別に弊害が起きているわけでもない。
「教会へは戻れないのなら、明日はどうするんだ?」
「日中の活動は基本的に無理ね。私は棺の中だから」
「って、棺?」
「日中は地下に居るから出れないのよ。だから、一人で退屈を凌ぎなさい」
そう言って部屋から出て行ってしまった。
まるで意味の分からない冗談だったが、彼女は吸血鬼だから仕方ないのだろう。
「まるで信頼されているみたいだが、余程気に入ったんだろうな。
でも、別に教会へは戻れないか。イチかバチか、またシエラに会うのもいいが」
早朝、あの路地裏に移動してみるのもありだろう。
ギルド協会の仕事がどんなものかは、あまり個人的には知りたくは無いが。
ただ、今の自分の状況を理解できるのは彼女くらいだ。協力者は多い方が良い。




