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夜。中世レベルの街並みといっても、そこで乙女チックになれるタイプではないのは残念だった。

赤い月下、闇に沈んだその世界は何処か陰鬱にすら見えている。

しかし、ナクラが住んでいた世界と比べればむしろ就寝時間が早い方なのだろう。

深夜まで明りがつけられ、殆どの人間が何らかの行為によって疲弊していく世界とは対極かもしれない。

ナクラの世界はある意味、誰もが生き急いでいる感じだ。現実を直視せずに生きていくのが精いっぱいなのだろう。

ただこの世界では少し様相が違う。基本的に格差があるのは一緒だが、問題はファンタジーの方だろうか。

以前、メルルから貰った魔法石を思い出す。魔法石は証明用や、体を温めるための魔術としても使われる。

普通の人間が使える即席の物も存在するため、普通に冷蔵庫とかもあったりする。

そうした魔法石を生成、管理する組織もあるらしいが。それらもビジネス化している以上格差も出来上がる。

魔法が使えるか使えないかという単純な図式の中で、格差を是正する方法などまるでないようだった。

それはもう、本の中の世界だけではない話だ。それだけでも、人間という生き物に食い違いが出てくる。

「しかし、じゃぁどうして俺の世界じゃ魔法はつかえなんだか」

そんな交渉などまるで意味はないだろうが、気になる話だった。

問題はその魔法にある構造、その理解にあるかもしれないが。

ただナクラの世界にとって大切なのは資本主義的な社会であって、御伽噺を成立させるためのルールではない。

その冷たい世界からログアウトする事を許されたナクラにとっては、考える必要のないことだろう。

しかし、じゃぁあの世界で感じた薄暗さと気分の悪さは何なのだろうか。


ナクラにとって苦しめる事に値するものは一体なんなのか、それは誰も分からない。

決して不誠実な生き方をしていたわけじゃないが、しかしその不安を帳消しすることも不可能だった。

存在する事が不安なのだ。ただ、それを女性という魔術で消すことも出来ていない。

ナクラは基本的に孤独な人間だが、むしろその方が彼を癒す行為になっていたらしい。

『どうして貴方は、他人に攻撃的になるの?』

それは誰もが同じだと思っていたが。ナクラにとっての恐怖と不安は一体なんなのだろうか。

そんな物を感じるくらいなら目の前の人間を全て消してしまってもいいくらいだ。

ナクラにとって重要なのは、ただその異常な不安をどう鎮めるかの魔法だった。

過度に併走し、暴走する社会の中でその不安を爆発するわけにもいかないだろう。

どうして男性は孤独になるのか。実際の所それは誰にも分からないが、恐らくそういうものなのだろう。

そういう意味では、誰かを愛するという行為そのものが虐待みたいなものだ。

そんな酷い言い方をしてまで、正論を主張するつもりは毛頭ないのだが。

「ある意味、俺が居た世界って善人ほど生きずらいよな」

誰に対しての台詞かすら分からない言動だった。

善人という生き物はただ、我慢しているだけの人間である事も多い。

善と悪は対立しているように見えて、実際には片方がより理不尽を感じている部分が多い。

ただ、それでも人は社会的規範を守る必要はある。逆を言えば、ルールに従っていればいいだけの話だ。

そんな現実世界を、果たして美しいと言えるのか。などときれいごとを言うつもりはない。


第一、路地裏に入るとすぐに地面が血の海になっているのだ。ある意味、ナクラの誠実さが無視されたようなものだ。

「結局何なんだこれ・・?結界・・にしては雑すぎるぞ」

結界らしい感触、そういったものは感じられたが。ここまで異常を呈すると馬鹿に見える。

向こう側に居る影。その姿は、別の方向を向いている。

何か話をしているのだろうか。ナクラが出会った赤い服の女性が居るのは確実だったが。

もう一人は男性。魔術師の格好をした誰かになる。

「もうここまでだ。真祖の姫君。こうして無駄な足掻きをして、祖国に迷惑がかかるとどうなるか分かって居るな?」

「無駄って、別にどうでもいいでしょう?こうしてグール潰しをしてあげているのに」

「この地は別の吸血鬼が支配している」

「支配じゃなくてそこに居るだけでしょう?教会の人間から隠れてこんな事しているだなんて」

「奴がこの場所に居るかすら分からないのだろう?姫君が狩られる側になる前に帰国せよ」

「私が居なくても別に困らないじゃない?殺風景な城壁しか無い場所なのに、どうしてそう偉そうなのかしら」

「祖国を侮辱するのは姫君とて許せぬ行為だ。竜王城壁は我ら吸血鬼の輩にとって聖地だと・・」

困惑するような態度を取る魔術師。

一体、何の話をしているのだろうか、ナクラからするとさすがに情報が複雑過ぎる。


「って、おいおい」

屋根の上から降り立つ影、それらは黒い狼のような魔獣だった。

明らかに簡単にはすみそうにない状況だが、赤い服の女性は大丈夫だろうか。

「最悪、両手両足を引きちぎっても連れてこいとの命令だ。覚悟せよ、姫君」

「そう言う事をされると、ドレスの構造上裸になる可能性があるんだけど。そういうつもりで言ってるの?」

「戯言を抜かすな、その顎で一体何人住人を殺している?」

「味見しただけよ。ゴロツキを始末してあげただけなのに、本当に怖いんだから」

その一瞬だった。一匹の魔獣が、突然ナクラの方に振り向く。

「え?」

匂いで感づかれたのだろうか、突然その魔獣が走り出しこちらへ来た。

驚いたナクラは、とっさに剣で防御し、その首を撥ね飛ばす。

思い入り、それこそ闇属性の力を発動して一撃でしとめるのだった。

正直、少しやりすぎたかもしれないが、それによって向こうに居る二人に気づかれることになる。

「誰だ・・!?」

正直、ここまでくるとやけになるしかないだろう。相手が悪そうだが、今はやるしかない。

「貴方・・昨日の・・・?」

「もう一度会いに来たぜ人殺し」

「生きている・・・貴方、不死者だったの?」


「不死者・・?」

首をかしげるナクラ。確かに、そう受け取ってもいいのだろうか。

「誰だ、そいつは」

「知らない人よ。ちょっと闇の匂いがしたから、魔女の手先かと思ったけど違ったみたい」

「いやなんだよそれ、ちょっと臭いからいきなり殺したのか?」

もしそんな理由だとしたら、本当にあの場所に居たのが不運でしかないだろう。

「姫君に殺された・・血の呪いを受けて尚生還したか。面白い生き物だ」

「えぇと、御取込み中だったらすぐに引っ込むけど」

「ならぬ。ここを視られたからには殺すが、不死であるのなら話は別だ」

「そうか良かった」

「捕らえて尋問する。覚悟しろ小僧」

「って全然良くねぇっ!?」

魔術師の男性による号令により、魔獣が一斉にナクラへと向かう。

その速度は速く、対象の獲物を殺害しようと迫って来る。

力はまだある、安定した魔力の流動を確認し、その魔獣を剣で斬り割く。

集中はまだ続いている、ある程度慣れて来たのか、闇属性が普通に呼応していた。

「何・・!?」


自身の使い魔が潰されて驚いているようだが、まだ油断はできない。

ある意味、そこではったりをかますほうが自然だろう。実際、魔力量に関してはまだ足りないと思っていい。

「あまり俺を馬鹿にするとどうなるか分からないぞ魔術師。結界が解かれればすぐに騎士団が襲い掛かって来るからな」

「おのれ・・奴らの手先か・・!?」

いや、違うが。そこは黙っておくことにした。

「ここで邪魔をされるのは不愉快だが、仕方があるまい。姫君も速く退散するといい」

「先に逃げなさい下郎」

「・・・・」

そのまま魔術師が一人で逃げることになった。騎士団とはいったが、勝手に何か勘違いしてくれたようだ。

力が少し抜けそうになったが、まだ課題は終わって居ない。

目の前に居る銀髪の女性、ナクラの体をズダズダに引き裂いた張本人が居るのだ。

「貴方、名前は?}

「ナクラ。ただのギルド協会の剣士だ」

「ランクは?」

「E]

「まさか最低ランクとはね。そんな体たらくで私に殺されても死なないだなんて。良いケダモノだわ」

「ケダモノ扱いはともかく、どうしてあんな真似をしたんだ?」

「グール潰しの一環。あの場に居たのは、皆出来損ないの吸血鬼よ」


「出来損ない・・?」

「吸血鬼になることに失敗した哀れな肉体、その肉体から魂を解放させてあげただけ。

本当なら私の役目ではないけれど、結界の中に多く出て来たから始末したのよ。

そこで、偶然やってきたのが一人の剣士だった。分かりやすい話ではあるじゃない?」

「それで俺が酷い目にあったのか?もう少し手加減してくれてもいいとは・・」

「今ここで同じ目に遭わせてあげてもいいくらいね」

一度やったことは二度目もありえる。ここで彼女に近づくのは止めた方が良いだろう。

さっきだれかさんが言った血の呪い、恐らく近づくだけで対象を殺すことが出来る何かがあるんだろう。

「お前の名前は何だ?何処から来たのか教えてくれ」

「礼儀がなっていないわね、私を何だと思っているのかしら」

「不審人物にしか見えない。後殺人鬼だな」

「殺人姫、確かにいい呼び方ね」

何を勝手に勘違いしているんだろうか、この吸血鬼は。

ゆっくりとこちらに近づいてくる時点で、すぐにナクラは身構える。

「そこから近づくな、さっきの魔獣みたいになるぞ」

「闇の匂い、貴方はそうやって彼の使い魔を殺したの?」

「匂いは分からんが、それはやっぱり臭かったりするのか?」

「形容しがたいわね、言葉では言い表せないほどの醜悪さがあるわ」

「いっそ腐ってるでいいんじゃないかそれ。まぁ、今のお前と大差ないんだろうけど」


「酷いこと言うわね、こう見えても私は綺麗好きの女性なのに」

「足元を見ろよ。ついさっき殺したグールで真っ赤になってるじゃないか?」

「姫君にはいつも赤いカーペットが必要なのよ。分からないかしら?」

「カーペットはそこまで臭くないだろ。こっちは二度目の嘔吐がこみあげてきてるっての」

「二度目?」

「お前のせいで一回朝吐いたんだよ、分かったか殺人鬼」

「ふふ、あはははははははは!!」

何がおかしいのか、そこで彼女は笑い出した。

嘔吐だけでそこまで笑う時点で、ある意味殺人鬼らしいかもしれない。

「確かにそれもそうね、私のやったことは十分効いていたということかしら。

生き返っても尚相手を苦しめられるのなら、私の力も捨てたものじゃないわね」

「今度は自分褒めで酔ってないか?後、名前をいい加減教えろ」

「そう急かさないのよ?まだ夜は長いのだから」

「朝まで起きてるつもりか?」

「朝には棺の中よ。私は、真祖の姫君なのだから」

真祖の姫君といったが、本当にお姫様なのだろうか。国のことなんてまだ分からないが胡散臭い。

「我が名はエレオノーレ・ドラクレシュティ。ダキア公国の姫君。覚えておきなさい」

「ダキア公国って、どのあたりにあるんだ?」

「・・・・ロンドベルクから東の国で、私はそこからこの町に来たのだけれど。

やはり、この場所だと公国の名も知れ渡って居ないのかしら」

「知名度はともかく、悪事では十分やばいだろうが」

「人の話を聞きなさい。場合によっては貴方も危険なのだから」


「十分危険すぎるんだが。昨日みたいにバラバラにはされたくないからな」

「私の力を受けても存命する潔さはいいけれど、無暗に剣を向けないでくれる?」

「・・・・」

とりあえず、攻撃態勢は解くことにしよう。話を聞くだけなら問題ないかもしれない。

「これでいいだろう。この国に来た理由くらい話してくれ。別に俺は、ただの凡人だから権力なんて無いぞ」

「さっきギルド剣士って言ったものね。見た限り貧相な身なりだし・・本当にランクEなのね」

「本気で馬鹿にしていないか?」

「褒めているのよ。潰しても死なない脳味噌には価値があるものだし」

「潰したのか・・俺の脳を?」

「例え話よ。いくら私も臓器を潰して遊ぶようなことはしないもの。他にやることは多いし」

「それで、そのダキア公国から来た理由は何なんだ?もしかして、その偉そうな態度で家出とか言うんじゃないだろうな」

「家出なわけないじゃない。もっと真面目な話よ。私にとっては十分重要な人探し」

「・・・それで?」

「私の婚約者であった貴族の男性が、ドラクレシュティ家の家宝を持ち出して失踪したのよ。

私は彼を追ってここまで来た、この町には、彼が機能させている結界があるのが一番の理由」

「家宝を持ち出した婚約者って・・」

「早い話、彼から婚約破棄されたのよ。それでついでに逃げだすだなんて、どういうつもりなのかしらね」

「婚約破棄されても追放されてないんだから別にいいんじゃないか?俺は関係ないね」


「一体何を勝手に早とちりしているのか私には分からないんだけど」

もっとも、そうした家庭の事情が原因で殺されるのは困ったものだ。

もう二度と同じ悲劇を繰り返さないためにも、この女性の監視をしないといけない。

「その婚約を破棄した男性の名前はなんだ?」

「アレクサンドル・リトア。彼は、独自の魔術体系を持つ吸血鬼の一人よ」

「そいつも吸血鬼なのか?」

「貴方、もしかして何も知らないのね」

「どういうことだ?何もって、まるで俺が勉強していないみたいじゃないか?」

「人によっては知らないだろうけど、そうね。貴方ぐらいならおかしくはないか」

「嫌な言い方をするな・・」

「ダキア公国、公国というのは貴族の国という意味だけれど。もう一つ違う意味を持つの。

それは吸血鬼が国家元首として国を治める事を意味している。

だから、本来であれあアレクサンドル・リトアが私と結婚して王の地位を継ぐはずだった」

そのアレクサンドルという男が、どういう訳かエレオノーレという姫君の婚約破棄を言い渡し失踪した。

ドラクレシュティ家の家宝を持ち出し、そしてロンドベルクの町に結界を張るような迷惑行為をしているのだそうだ。

まるで意味の分からない状況だが、ただはっきり居場所が分かる程度には特質があるらしい。

血の匂いが充満した結界、この結界こそが彼が生み出した独自の魔術、ワラキアの呪いというスキル。

その広範囲の魔術に飲み込まれた人間は、場合によっては吸血鬼と化する危険を併せ持つ厄介なものだという。

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