1_5
即席の小屋で一日を迎える。ある意味、ナクラにとっては良い朝だったかもしれないが問題は残している。
まず、二人ですぐにアトリエへ戻らなければいけない。それこそマラソンという感じではあった。
アトリエへの帰還をしたが、そこにメルルは居なかった。ただ置き手紙があったので、もう帰った後なのだろう。
メルルはイザベルと一緒にすぐに教会へ帰ったらしく、その時点ではすぐにやることは少なくなる。
次に報告のためにギルド教会の本部へ向かうのだが、そこで受付の男性に説明しても報酬を得られるだけだった。
「森林地帯に出現したランクBの魔獣に関しては、こちらで調査する事にします。
突発的な高ランクの魔獣が出現する事については次の情報があり次第対策が立てられると思われます」
「いきなりあの魔獣が出てきて殺されかけたのよ?保険ぐらい降りないわけ?」
「ギルド協会の規定において突発的な魔獣の出現による保険の審査は存在しますが、
この場合既に対象が排除された状態になるため、剣士による独断的な討伐とみなされます」
「つまり降りないってこと?何てこう変な所で融通が利かないのよ!?」
「まぁまて、ここで相手に八つ当たりしてもしかたないだろ、というか怒らないといけないのは俺じゃないか?」
「もういいわ。大体、前々からギルド協会の人の態度むかつくのよここで叩きのめしてやる!」
「だから止めてくれ、錬金術師のヒロインがしていいことじゃないだろ!?」
突然暴れ出すユーリィ。魔法杖で相手の受付の人を殴ろうとするところを何とか押さえつけるしかなかった。
そこで、足音が聞こえる。振り向くとそこにシエラという受付嬢が立っていた。
「はしたないわよ、錬金術師ともあろう淑女が。礼儀がなっていないんじゃないかしら?}
「シエラ・・!」
知って居るのだろうか、ユーリィは身構えるようにようやく受付から足を降ろしてくれた。
シエラの言う通り、はしたなさに関しては十分なダメージが出ていたはず。
「よう、久しぶりだな。任務は完了したぞ」
「そうですね。では、次の任務でも出してあげましょうか?}
「あぁ、それについてなんだが。個人的な事情で次は休ませてもらう」
「そうなの?」
何せ、自分の能力のことだ。次も似たような事でそう力を使うわけにはいかない。
そのため、自分探し・・という形で調査ぐらいはしないといけない。
「まぁ、ランクEともなれば、慎重になるのも自然・・ん?それって・・」
受付の上に置かれている、ナクラが討伐した魔獣の魔法核を目にする。
シエラにとっては、明らかに場違いな物が置かれているように見えたのだろう。
「ユーリィが倒したの?」
「まさか。こちらの剣士が倒したわ」
「・・・・成程。やればできるのは確かなようですね。ユーリィが迷惑をかけていませんでしたか?」
「何で私が迷惑をかける方になるのかしら、ちょっとシエラ!?」
「私は仕事があるので。新しい任務を受けたい場合は私に声をかえてください」
そう言って、彼女はその場から離れる。
「何であぁいう態度なのかしらね・・」
「知り合いなのか?」
「騎士学校で同じクラスメイトだったのよ。あぁ、騎士学校といっても早期教育だから、17で卒業するんだけど」
「早期教育?」
「能力が高かったり、あるいは実技重視の場合だったり、教育が難しいタイプの魔術師が受けるカリキュラムの事。
貴方はあまり馴染みはないだろうけど、シエラも早期教育組だからまだ未成年なのよ」
「17歳で受付嬢か。ある意味それはそれでいいけど。ユーリィとは仲が悪いのか?}
「仲ね。むしろ仲の良い魔術師なんて居ないわ。彼女は火でこっちは水だもの」
「水だったら水の方が強いんじゃないか?」
「相性が悪いといっても、シエラの高威力魔術ならこっちが消し飛ばされるわよ?」
「ん?じゃぁ何で受付やってるんだ?」
「そういう人居るのよ。本人は物凄く強いけど戦いたがらない人」
ユーリィも、シエラという少女の目的はあまりよく分からないらしい。
早期教育というカリキュラムによって17で騎士学園を卒業した魔術師。
ユーリィの場合は錬金術師の道を進み、シエラはギルド協会の受付嬢となった事になる。
「シエラが偶然その同級生が出した任務届を俺に受注させたのは偶然なのか・・?」
ある意味凄い偶然にはなってしまったかもしれないが、シエラにとっては別に悪意はないのだろう。
「さて、と。これからどうするの?私はアトリエに戻るけど」
「俺は教会に戻って、イザベルっていうシスターと話をしてくる。色々言われそうだなさすがに・・」
「一緒に行く?一人で教会に行けるかしら」
「何でそんな事聞くんだ?」
「だってメルルっていう女の子に誘導されないと道分からないんでしょう?」
「戻れるに決まって居るだろう。大体、こっちからアトリエへ行くにしても道が複雑過ぎるだろう?」
「そうだけど。まぁ、それもそうか」
「俺を一体何だと思っていたんだ?」
「じゃぁ、私はこれで失礼するわね」
ユーリィはその場から、自分の戻るべき場所へ戻るのだった。
こちらも教会へ戻る事にしたが、一瞬シエラの視線を感じたような気がした。
ギルド教会本部から教会へ、早歩きで移動していくためすぐに戻れるような感じだ。
その教会の中に入り、ナクラが帰還したことを子供たちに伝える。
そして、イザベルと会いギルド教会の任務を無事終えたことを説明した。
「これで、ようやく子羊であったナクラも独り立ちできるのですね」
「いや、まだそれは調整中というか。あと数日はここに泊めてもらいたいんだけど」
「そうですか。やはり、ランクEの立場では難しいこともあるのでしょうか」
「そんな感じだ。メルルの方も、アトリエに一人にさせたことは悪かったと思う」
「彼女はよく頑張って居ると思います。魔術師としての進歩が明確になることを祈りますわ」
イザベルに拾われてから、ギルド協会に入会してランクBの魔獣を倒すまでの経験。
ある程度いいスタートになったのだろうか、ただ自分の力に関しては制御しきれていない。
下手をすれば自滅もあり得る力だ、闇属性の力に関してはもう少し調べないといけないだろう。
「魔術に関してどこか調べられるところはあるか?」
「この教会の書庫でしたら、いくつか魔導書がありますが」
「使わせてくれるか。こっちも色々と魔術を勉強しないといけないし」
「そうですね。ナクラが魔術師として成長するところは私も見届けないといけません」
どうやら承諾してくたようなので、早速その書庫へ移動することにした。
教会の書庫、その中は狭い方だ。その中にある本を調べると、魔術に関する書籍があった。
かなり古そうだが、文字そのものはある程度読めるようになっている。
これも一体なんの力かは知らないが、そうした都合のいい設定もなければ転移なんてできないだろう。
魔法に関しては、ある程度伝説の話から始まる説明がある。
この世界に存在する魔法のに関連する伝説。ある意味、ナクラにとって重要な事なのだろう。
魔法の属性には火、水、風、土の四大元素があり、それを自然属性と呼ぶ。
その力は過去に存在した古い魔術師が四人、それぞれ違う精霊から力を得たことが始まりとされる。
四人の魔術師たちはエルダーフェイズと呼ばれ、現在活躍する魔術師にとっての先祖となるようだ。
実際彼等が存在した年代は古く、2000年より前とされている。
そうした古い年月があったとしても、明確な情報が存在するのはエルフによる情報統括のおかげらしい。
ただ、その自然属性の中には闇属性は入って居ない。
自然属性以外の属性は人間以外の存在にしか使えない力となる、光、闇、雷、霊の力が該当するらしい。
神威属性、その力を得ているナクラは人間ではない・・元は死んだ人間なので、本来の人から外れているのだろう。
死による経験によって人から外れた霊性を持ったから、それはいいとしてだ。
闇属性の力そのものは、魔獣や力の強い魔術師が持つ魔術回路に深刻なダメージを与えることがある。
概念化された闇そのものに意味があるとすれば、それは人や動物が持つ原始的な死と闇への恐怖心。
死後の世界に存在する死神の力を得たその魔術師は、より高みへ上る分苦悩を得るという。
対局的な力として光属性があるが、霊性の昇華世界として位置する天使が原点であるそうだ。
しかし、その本に書かれている天使の姿は人間の背中に翼を生やしたようなイメージは無かった。
一つ目と四つの翼がイメージされている、その原始的なイメージを持つ魔物は、ある意味天使として最適である。
その光と闇の狭間、対立する力の相乗交換によって出現した力の怪異を雷、霊と呼ぶそうだ。
正直その辺りになると意味不明な語り口が多くなってくる。いくら文字は読めても意味を理解できないのと同じだ。
別にそう、期待したものは出てこない。力の説明はあっても、使い方そのものは説明がなされていなかった。
やはり、単独で調べるしかないのだろうか。ただ、使い過ぎれば自滅する可能性のある力だ。
ランクBの魔獣を一撃で倒したあの力を、そう簡単に呼び覚ましたいとは思わなかった。
とりあえず、調べたい所は調べたので。書斎から出て部屋へ戻ろうとした。
「あ、お兄ちゃん」
「メルルか。昨日は大丈夫だったか?」
「うん。イザベルがすぐに来たから。でも、お兄ちゃんは、お姉ちゃんと一緒だったんだよね」
「え?あぁ、一緒だったな」
「野宿したの?」
「まぁ、そんなところだ」
即席の家を作った時点で野宿ではないが、しかし錬金術師も便利なものだ。
「この世界の素晴らしさは十分に満喫できたよ。これで勇者見習いというところだな」
「なにそれ・・?」
自分でもよく分からない、ただ見習いは見習いなのだろう。
ただ、一流になるための道順が不透明といったところだ。
何をするにしても、自分が見つけなければいけないのだから難易度は高くなる。
その後、みんなで一緒に夕食を食べる。その一連の行為を終えた後、ナクラは部屋へ戻らず教会から出た。
正直理由は分からない。ただ、何処か血の匂いがしたという曖昧な感情があった。
何故か、足が勝手に動く。普段はそういうことしないのに、今日だけは何故か活発だった。
空が何故か赤く見える。赤い月が出ているからだろうか。
血のような結界の中、ナクラはあの曲がりくねった嫌な場所へ移動していた。
メルルに誘導してもらわないといけないくらいには、あの道は分かりづらい迷路なのだ。
どういうわけか、その場所は前に来た時よりも、不気味な死体がよく転がって居たように見える。
それが一体どういう理屈なのか、そんな場所まで来る時点で間違えている気がする。
喉が渇く、異常な暑さが神経を刺激していた。
それ以上歩いてはいけない、生命として最低限に用意されている本能が悲鳴を上げていた。
どうかしている、そんな場所まで行ったとしても意味はないだろうに。
「・・何だ、これ・・」
より深い場所へ移動した時だ。
その地面には、より赤い血の海があった。
一体何人殺せばそんな血の量が出来上がるのか、その異常な光景に足が止まった。
遠くには何かが居る。そこには、明らかに不自然な存在があった。
銀色の髪。その美しさだけなら一級品の女性だろう。
彼女の右手には何かが握られ、それから出ている血を不器用に飲んでいる。
吸血鬼。確かに、あれはそう見て間違いないだろう。
そういえば、誰かから吸血鬼の話をしていた気はするが、ただあそこまで美しいとは思わなかった。
視界がざらつく。砂嵐が一瞬起きたような感覚。
アレは見てはいけないものだと、最後の警告が発せられているが身動きはとれない。
力の強すぎる束縛、ナクラは何もできず、すぐに怪物に気づかれてしまった。
赤い血のような半月が見える。
笑っているのだろうか、その少女を見て恐れぬ人間など居ないだろう。
ただあれは、人の形をした別の存在だ。
しかし、ナクラにも闇属性の力があるはずだ、あの魔獣を殺した時と同じことをすればいい。
だというのに、どういうわけか今はその力が微動ともしない。
アレは実際にはまぐれだったのだろうか、ただ、一歩ずつ吸血鬼が近づいてくる。
どんな人間であれ、返り血を受けた人間などそう美しくは見えないだろう。
あれは十分なくらいケダモノだ。
人から外れた化け物は、こうして今もその習性をさらけだしている。
出会ってしまった時点でもう狂っているのだろう。
血で真っ赤に染まった手が、ゆっくりとナクラの頬を撫でる。
「あ・・・っ」
声も出せず、体がバラバラに解体される。
それこそ肉片と化しただけの話。
ただ力も出さず、吸血鬼は目の前に居た人間を魔力だけで解体したのだった。
成程、それでこの場所に無制限に血の海が出来上がって居たのだろう。
ナクラはそこで絶命し、その亡骸は地面に朽ち果てる。
ただ手足が切り裂かれただけでなく、胴体と頭部も確実に壊れていった。
内蔵がその場所に散逸する。
吸血鬼はそんな物に全く躊躇せず無視し、血で汚れない程度にその場所を歩き出した。
まるで赤いカーペットの上を歩くお姫様のように、血の海をゆっくり歩いて闇へ消える。
何かの悪い夢でしかない。ただ、ナクラにとって最悪な出来事がそこで起きたことになる。
「ちょっと、貴方大丈夫?」
ふと、誰かに声をかけられる。目を開けると、何故かシエラという受付嬢の顔が見えた。
場所は外。というより路地裏だった。何でこんな場所に寝ているのだろうか、まるで理解できない。
「・・・あれ?ここは、一体・・」
「何でこんな場所で寝てるのよ、まさか一夜で全部金使い果たして追い出されたの?」
どう言う事なんだろうか、どうしてここに受付嬢が居るのか、ただ今は私服なので、彼女は受付嬢ですらない。
そういえば、自分はついさっき、かなり酷い目に遭った気がするのだが。
「っ・・!!?」
衝動的にフラッシュバックする惨劇。そこでナクラはようやく異常に気が付き、路地に全てを吐き出してしまった。




