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錬金術師ユーリィ・アストラエルが居るアトリエは商業地区にあるため、教会からだと少し遠くなる。
細かく区切られている道を迷わず進むにはメルルによる誘導が必要になったが、果たして帰りは大丈夫か不安になってきた。
こうした場所ではよくある事だが、道に慣れているタイプの人間でもない限り普通は迷うだろう。
ナクラはこうした場所に弱い。方向音痴とはいうが、実際の所そのタイプなのだ。細かく分断されている場所は尚更迷う。
いつか辿り着くだろう道のりもそう覚えて居られるだろうか、メルルからすると低難易度らしい。
「メルルたちはあまり迷わないみたいだけど何でなんだ?」
「さぁ。きっとお兄ちゃんがのんびりしすぎてるんだよ」
そう見えるのだろうか。ナクラにとっては難しい事でも、女の子にとっては他愛のない遊び場のようだ。
近くにも公園はあるようだが、亜人とかも一緒になっているようだ。
中世ヨーロッパ風味の小さな路地をただひたすら歩いて行った先、ようやく商業地区へ行くと更に人は多くなる。
「さすがにお兄ちゃんから物を盗む人はいないけど、危ない人が多いから気をつけてね」
「俺を一体何だと思っているんだ。一応言っておくがこう見えても無一文だぞ」
「はいはい」
適当に幼女にあしらわれてしまったが、今は錬金術師が居るアトリエへ向かうしかない。
「というか、物を盗る奴なら昨日見かけたけど・・」
「ふぅん。世の中世知辛いね」
「そういう言葉は知って居るんだな。蛇人が町人ABCに追いかけられていたけど。そういうもんなのか?」
「町はいつも綺麗で安全なランドマークだよ」
「何だ。じゃぁ夜出歩いても問題ないじゃないか?」
「お兄ちゃんは外から来た人だから知らないんだね。この町はね、吸血鬼が出るの」
「吸血鬼って、吸血鬼のことか?」
「うん。夜、歩いている町の人の血を吸う化け物。被害者は今年に入ってから24名だって。
体から血を吸われてミイラ化しているから、どうやって殺されているかはすぐに分かるの」
「犯人像はがっつり分かっているタイプか。ある意味分かり安くていいが・・?」
そういえば、異世界物に吸血鬼とかそういうタイプはあまり見かけない種類だったが。
どういう理屈で編纂されている内容かは知らないが、冷静に考えてみれば限定的な内容になっている。
余程吸血鬼が嫌いか、あるいはそうしたレベルまで至らなかったんだろう。
「でも別に日常系だと居るんだよな・・」
「何の話?」
「いや、ただの独り言だ。世の中奇妙な入れ違いがあることが分かってな」
「ふぅん?」
ただそうしたご都合主義的な展開を望んでいるわけだが、ただ今の所飯をタダで貰っているだけだ。
教会から無料提供される食パンと水あるいは牛乳を手に入れたところで偉くもない行為だ。
「ホームレスから生活保護者になっただけじゃねぇか・・異世界生活をリアルにやっても面白くねぇぞ」
「独り言が多い人は早めにボケるっていざべるが言ってたよ?」
「それは聞き捨て慣れないな。ていうか意外とあの人口悪いんだよな。夜は注意するべきか」
「イザベルはいい人だよ。誰に対しても」
「修道女をあまり甘く見ているとその内怪我するぞ。あぁしたお姉さんボイスを発している人は特にだ」
「今の所不審者みたいなのはナクラぐらいだけど」
「俺はダークヒーローなんだよ」
「だから何言ってるのお兄ちゃん?」
自分でも意味が分からなかった。そうしたやり取りをしている内にアトリエとやらに到着する。
いかにもそういう雰囲気だからすぐに分かったが、果たして中に人は居るだろうか。
「ユーリィさんのアトリエ。前に薬草貰いに一度会ったことあるんだ」
「そして幼女から10ルビー頂いたのか」
「無料提供だよ。お兄ちゃん、どういう生活したらそういうキャラになるの?」
全くその通りなので涙が出そうだが、この際すぐにアトリエの正面玄関にお邪魔することにした。
「さて、中に居る人はどんな奴か」
そのドアノブに触れる前に、突然アトリエの中で爆発音が響くのだった。
それこそ建物が揺れそうなほどの事故のようだが、果たして何があったのだろう。
「いつもの事だよ。お姉ちゃん、いつも錬金術の失敗してるの」
「まだ見習いって言ってたな。でも大丈夫なのか?」
「魔法防御だけは頑丈だってイザベルが言ってた」
「成程、じゃぁ大丈夫か」
いい加減なやり取りをしつつドアを開ける。
すると中から錬金術の失敗によるものと思われる煙が出て来た。
その中には、よろりと立っている誰かが一人居る。どうやらユーリィのようだ。
「ふぇぇ、また失敗しちゃったぁ。何でいつもこうなんだろう私」
「おじゃましまーす」
「あれ?メルルちゃん・・?そして後ろの不審者は・・・」
「ナクラだ。不審者って名前じゃない。ほら、ギルド協会任務の依頼書」
「あ、以前頼んだ依頼、ということは貴方が護衛人なんですね。そしてメルルちゃんは・・」
「私はナクラが迷子にならないように誘導してきたの」
「幼女に誘導されるって・・」
普通に笑われた。しかしこの際ナクラは気にしない。
「俺が来たからには低レベルのモンスターの心配は要らないぜ」
「そういうセリフはいいけど。私も大概だからなぁ、スライムに食べられないようにしてね」
割と酷いセリフになってしまった気はする。しかし、ここで立ち留まるわけにはいかないのだ。
「メルルはここでお留守番でいいか?」
「本当に誘導されないと迷子になるの貴方は・・?」
「無論森の中もだ」
「ギルド協会は何て人を・・まだ町の人Aの人の方がいいんじゃ・・・」
「そんな奴は昨日死んだ」
「世の中世知辛い・・じゃなくて、本気で外のダンジョンの歩き方も知らないの?」
「そりゃぁそうだ。俺はこの町に昨日初めて来たんだから」
「昨日!?」
確かに驚くだろう。というか、ギルドに登録完了したのも『今日』だから・・。
「何で俺こんな猛スピードの人生歩んでるんだ?ゲームじゃあるまいし」
「それはこっちの台詞だよ!」
とにかく、錬金術師ユーリィと一緒に森林区域のダンジョンへ行くことにした。
メルルはアトリエにお留守番することになったが、彼女なら別に危ないことはしないだろう。
町から出て歩いてからは、とりあえずのんびりとした風景が続く。
イザベルから提供してもらった剣はあるものの、切れ味がちょっといいだけの武器のようだ。
凡人が振り回せる程度の武器なので問題は無いが、果たしてスライムを倒せるだろうか。
「まぁ、もっとも」
さっきから周回している鳥。ナクラの頭上を同じ鳥がずっとついてきているのはさすがに分かって居た。
別に索敵スキルとかあるわけでもなく、純粋に勘で見つけてしまったものだ。
恐らくギルド協会の使い魔だろう、監視役もついているとはいい商売だが。
「どうしたの?」
「監視役がちょっとうざくてな」
「ギルド協会の使い魔ね。そこら中にいるから、慣れるとあまり気にしなくなるんだけど」
「そこら中って、あれ以外にも居るのか?」
「うん。探すと割と結構いるよ?逆に全く動かない動物とかもね」
「そんなに使い魔の数が多いなら、町の中は余計安全だろうな」
じゃぁ、どうして吸血鬼なんかが町で悪さをしているのだろうか。
今年に入ってから24人、殺害された人間からしてみれば職務怠慢にも程がある。
「魔術って何でも出来そうな気はするんだが・・魔法演算機とかあるわりに」
「オーカムの事?あれって確か、メギドラムっていう古代遺跡から発掘された機械が元のはずだけど」
「古代遺跡?じゃぁ、古代はもっと栄えていたってオチか?」
「その辺りの情報と技術はギルド協会が独占してるから、何とも言えないんだけどね」
「感じの悪い奴らだな。独占するにしても極端すぎるぞそれ」
「そうでもないんじゃない?全ての魔法演算機を使うための主要エネルギーとかかなり大きいもの。
効いた話、十メートル以上の純マギカダイトを使って動かしてるて話だし」
「何だそれ。それで庶民の生活が豊かになってるわけじゃないし。どういう理屈なのかさっぱり分からないぞ」
「だから独占してるって言ったじゃない?それこそ、ギルド協会にパワーバランスが偏ってる。
先生からの受け売りだけど、権力は王、魔法の力はギルド協会に集約されている。
そのバランスが極端に出ているから、政教分離を起こしたって話」
「権力つっても権力は魔法じゃないんじゃ・・?」
「王権神授法による女神契約によって王が神託を得ているって話知ってる?」
「そんな意味不明なのは知らん」
もはや聞くのも辛くなってくる言動だった。
こうした話し合いもどうかとは思うが、とりあえず森林ダンジョンへ行く方が今の所正しい行動なのだろう。
ユーリィという少女と歩いて移動する形になっているが、ただ単調に感じられるのも無理はない。
「まだ道のりは単純でいいけれど、地図とか無いのか?」
「基本的には、全部自分の頭の中って感じかな。どうしても地図があると両手がふさがるし」
ユーリィは大き目の籠の他に長い魔法杖を持っている。
派手目の錬金術師の服装からしてみても、どちらかというとあまり旅目的に見えない服装だ。
魔法があればなんとかなるかもしれないが、気になるタイプには気になるデザインというところだろうか。
「ついさっきの爆発、どんな錬金術してたんだ?」
「それをここで聞くの貴方は?本当は私が気になって来たんじゃないでしょうね」
「人をいきなりストーカー呼ばわりするな。俺は洗練潔白の剣士だよ」
「ふぅん?どれぐらい強いの?町のゴロツキとか100人相手できる?」
「100人って、できるわけないだろ」
「私はできるけど」
そんな奴が錬金術に失敗したのだと思うと、むしろ脳筋寄りの魔術師なのだろう。
「それくらいなら別に一人でも薬草採取できるんじゃないか?」
「時々毒が混じってるから、注意して採取しないと駄目なんだよね。
スライムも時々気配消してくるから厄介なんだよ」
「後ろから襲われるのが嫌だから剣士を雇ったか。ある意味信頼されるのはいいことだが」
「私としてはもう少しランク一つ上の人が欲しかったんだけど、というか信用できるってレベルじゃないし」
「俺は少なくとも今日まで真面目にやってきた剣士だ。そこは嘘つかない」
「へぇ、じゃぁ森でお手並み拝見と頂きましょうか」
自分でもどうしてそんな事言っているのかよく分からなかった。
別に嘘をつく必要は無いのだが、そうやってはったりを決め込むのが正解なのだろう。
「まぁ、スライム相手ならゴロツキ100人ぐらいはマシか」
経験値1相手にそう死ぬ事はない・・はずだ。
相手がスライムだけどスライムじゃないみたいな敵は・・どうするべきだろうか。
そもそも剣をまともに使ったことの無い奴が果たしてまともに戦えるだろうか、見ものではある。
「貴方は何処から来たの?少なくともこの町の人じゃないと思うし」
「何でそう思ったんだ?」
「何となく。君はそういうタイプじゃないなぁって思っただけ」
「本気でそういう感覚で人の素性が分かるのもどうかと。まぁ、何処かの国だよ」
「何処かの国、ね。苦労してきた感じには見えないけれど」
「どっちかといえば精神面の苦労は多いがな。大体、俺が何処に住んでいるかなんて分からないだろう」
「そこまでは別に言わなくていいけど。貴方は別に強そうにはみえないから。少し詮索してみたくなったというか」
「じゃぁなんで雇うのはOKなんだよ。居るだけ邪魔だろうが」
「といっても、人間の後ろ頭に目なんてついていないでしょう?弱点を補強するのが人の習性だと思うけど」
「ある意味それは正しいが、ようは俺はカカシみたいなもんじゃないかそれって」
「カカシだって十分仕事してるもの、人畜無害と言えばそれに当てはまるでしょう?」
「無害っていうより無能って感じだと思うぞ」
「そういう無駄口叩けるぐらいには脳は回って居るんでしょう?黙って私の後ろ盾になりなさい」
「成程、盾か」
人間盾なんて別にそこまで防御力は高くないし、下手をすると貫通して防御している側も死ぬぞ。
等と心の中で言ってみたが、ただ反論する気力などあまり無い状態だった。
しかし、そんなに頭が悪そうに見えるのだろうか。と、ナクラは一瞬悩む。
別にそう変な事を言ったつもりはないが、さすがにこれ以上の話が弾むようにはみえなかった。
森林地区への移動に関しては思った以上にスムーズに行く。
森に関して言えば、所々にスライムが居る程度の安全地帯だった。
薬草を確認して採取するユーリィの背中を守る感じだったが、やはりカカシみたいなものだった。
スライムの方はむしろ様子見している事が多く、あまり戦う必然性が無いように見えた。
「スライムが時々悪戯してくるから、そういう意味でも貴方は必要なんだけどね」
「悪戯・・」
「変な妄想しない。とりあえず、こっち行きましょうか」
更に奥へと進む。やたら大きな蔦があったり、変な草があったり、歩くキノコが居たりする場所だった。
害はあまり無さそうだが、ユーリィからはあまり変なのに触れないでと言われる。
何が変なのか分からないぐらい全てが変な気はする。
ただそんな特殊空間の中でカカシ当然の行動を取って居る時だった、向こう側から何か近づいてくるのが分かる。
「何だ・・?」
「どうしたの?」
「何か近づいてくる、明らかに大物みたいだ」
森の奥から近づいてきた巨体。熊のような大きな魔獣が目の前に現れる。
その獰猛な魔獣を前に、ナクラは自分の幸運値を疑うしかなかった。
「嘘、ランクBの魔物じゃない・・!?何であんなの居るわけ・・!?」
「ランクBって、俺はまだランクEだぞ・・?初期レベルの状態なんだが?」
咆哮する魔獣。その声による振動だけでもダメージを負いそうな状態だった。
すかさず、前に出るユーリィ。長い魔法杖を相手に向けて、彼女は魔法詠唱を行う。
「吹き飛べぇ!」
魔弾が魔法杖から射出され、相手の魔獣に直撃する。
大きな爆発がうねりを上げていたが、その攻撃によるダメージは殆ど無さそうに見えた。
「嘘、聞いてない・・まさか、土属性・・?」
「え?」
「私は水属性だから、相手の魔術障壁と相性が悪い・・下手をするとランクAの魔獣を相手にしているようなもんじゃない!」
絶望的な差になっている、その事実に困惑するユーリィ。
相手の魔獣は休むことなく、大きな爪による攻撃をする。その衝撃をユーリィは魔法障壁で防御した。
しかし、それによる攻撃によって遠くまで吹き飛ばされてしまう。
自分たちよりも数段上、しかも相性の悪さで一方的にユーリィは敗北させられてしまっている。
「くそ、冗談じゃないぞこれは・・!?」
ここで倒されるわけにはいかない、ただ仕方なくナクラは剣を構えることにした。
正直できるかは分からない、相手もそう動きは早くない敵だ。
咆哮と共に、似たような攻撃をする魔獣。その攻撃をギリギリのところで回避する。
回避自体が成功したとはいえ、そう近づくことは困難だった。しかし、逃げる方がまずいかもしれない。
「ナクラ、私の事はいいから・・!」
「そう簡単に逃げられるか!こっちは伊達にソウルライクやってないんだからな・・!」
「何言ってるのよ!?」
もっとも、ローリング中無敵なんていうスキルなど無いのでは。などと頭の中で冷静に考えていた。
ナクラにとってはゲームの世界でしかなかったはずだが、ここで現実的な重みを実感させられる。
「逃げなさい馬鹿!こっちはまだ奥の手が・・っ!?」
叫ぶユーリィ。しかし、思った以上にダメージが効いていたのかすぐに動けなかった。
相手の魔獣の相性が悪かったのか、魔法障壁があまり機能していなかったのだろう。
安全な地帯だと油断しすぎた結果だ、金をケチって低ランクの剣士なんて雇うべきじゃなかったと悔やむ。
せめてナクラを囮にして自分だけ逃げるべきだろうか、ただそんな事をして錬金術師としての名誉はどうなる。
いや、雇われる側の責任もあるのだろう。こういう状況を想定しているからこそギルド剣士は成り立つのだと。




