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目の前には、空中に浮かぶ黒い物体があった。
小結界、そんな魔術を使えるのもアルデウスの補佐があるからだろう。
本来ならシエラがアルデウスを攻撃するべきだが、ただそれを躊躇う理由もある。
理由としては、彼がそもそも真祖を崇拝する吸血鬼であり、現状を好むはずがないからだ。
「貴方がここで戦う理由は何なの?少なくとも、エレオノーレがアレクサンドルを諦めればいいだけの話だもの」
「・・・・・」
「エッカルトの暴走を止めなければ、いずれダキア公国にも被害が及ぶ事態になる。
アレクサンドルが持っていた聖遺物がどんな強力なものだったかは知らないけれど、今は相当拙い事は貴方が分かって居るはず」
そう無知ではないはずだ。アンヌのような魔巧人形を自律させられる技術はあるのだから。
ただ、彼はそう軽く口を開くことは無かった。そう、無駄に行動を積み重ねるタイプではないはずだ。
「真祖とはそもそも何だ。ギルド協会の魔術師よ」
「原初の吸血種、としか聞いていませんが。その真祖に血を吸われ、眷属となった死徒二十七祖。
いくつか欠番があるようですが、その全員が真祖を崇拝しているわけではない」
「ふん。この吾輩とてただ盲目に真祖を崇めているわけではない。
アレクサンドルの取った行為もまた飽きれた行為だがな。奴の在り方は無駄にも程がある。
奴はゼロからやり直すことで、本来存在した魔術回路をリセットしたようなものだ。
知識だけでは魔法を扱うことはできない。魔術師としてそれは当然の知識であろう?」
「彼が無能だったと今さら嘆いても遅いのでは・・?」
「嘆きではない、叱咤だ。奴の行為を今責めずして誰が言う?」
彼が感情的になる程度には、現状のユリウスは別人のようなものだろうか?
分からない、転生して記憶を引き継いでいる以上、エレオノーレにとっても無意味とは言えないのだが。
ただ、突然彼・・というよりは、ナメクジの集合体がおかしい挙動を起こす。
「こ、これは・・魔力を食い尽くしている!?アンヌ、止めろ、一体何をしているのだ!」
明らかにアルデウスは苦しみだしている、一体小結界で何が起きているのか。
シエラがすぐに手を出せる状況ではない、ナクラが無事で居てくれるのを待つしかなかった。
無数に煌めく一閃。白というよりは、桃色に見える光があった。
その光に一度でも触れれば、肉体を確実に切断される。
ナクラは先ほど得ていた魔術スキルによって、その理不尽な殺意を何度も回避していた。
そう逃げられるわけではない。直後に正面に迫ってきたアンヌの攻撃を受け止め、鍔迫り合いになる。
その衝撃の後に二人また離れ、アンヌによる攻撃が距離を保ったまま襲い掛かる。
剣による動きが、彼の近くとなる空間を斬り割く。距離を保とうと、攻撃不能な場所など無いようだ。
それが彼女の持つ力なのだろう。桜吹雪の舞う暗闇、ただその桜だけは嫌になるほどはっきり見えていた。
全てが幻、であったとしてもその攻撃は紛れもなく本物だった。
「っ・・!?」
攻撃を回避しきれず、ナクラの肩から鮮血が溢れ出る。
意思を集中させる、この程度で彼女の動きを見失う事は決してない。
再度彼女の連撃を受ける、その刀の重さは一瞬軽く感じられるが、軽視すれば切り刻まれるだろう。
一体、彼女は何人の人間を斬ればこの領域に達せられるのだろうか。
不謹慎にも、ただ彼女の殺意を美しいと感じてしまうナクラは自己嫌悪に陥った。
「そう何度斬っても心は折れない、勇ましいですわ」
「すぐに負けてくれる気は無いようだな」
「貴方を受け入れたのが間違いだった。とはいえ、魔力も底なしではないはず。
ここで、貴方を試すのもアリでしょうから」
刀を納刀する。その一瞬の構えから、ナクラの背筋に謎の悪寒が走る。
気づいた時には間に合わない、異常な速さの抜刀術がナクラの胸を切断した。
体が割れないだけまだマシかもしれないが、その激痛で、また一瞬吐きそうになった。
「くそ、範囲広すぎるだろ・・!」
「この場所全てが桜の影にある。私はその風ようなもの。人を斬り、それを春風の如く愛おしいと感じるだけ」
「上手いこと言ったつもりかこの殺人鬼・・!!」
これ以上やらせまいと走り出すナクラ。再度、彼女の抜刀術が襲い掛かるが、それを回避する事はできた。
その一瞬のステップ移動。闇の分身とも言うべきか、一瞬見えていた彼の体が幻となって消え去る。
見えていた物を捉える方法は、彼の魔力切れを待つのみ。ただ、彼を斬るのもそう簡単なものではないと知る。
「愛おしいですわ。そんな貴方を殺せないだなんて」
その笑みは、ある一種の悍ましさを感じさせる。
どうしてここまで畏れさせるほどの歪さが出てくるのか、この暗闇の中では彼女の強さになるのかもしれない。
数度目の鍔迫り合い、ただその直後に彼女は退避し、再度桜華参漣を叩き込む。
一瞬の三連撃、暗闇の中ではっきりと舞い上がる桜の花びらで彼女を見失った。
殺気は来る、背後から迫った攻撃をギリギリの所で受け止めたが、その衝撃で地面へ突き飛ばされた。
すぐに起き上がろうとしたが、彼女の長い足の回し蹴りを頭部にくらい、一瞬昏睡するのだった。
右手から剣が離れる。起き上がろうにも、アンヌの膝がナクラの首を押しつぶすように固定した。
口から吐血する。ただ、その刀を向けられている時点では、理不尽な負けにも見えていた。
「でも、貴方はすぐに復活する。いくら醜い死に様であろうと、その在り方は確かに潔いかもしれない。
生き汚いのは褒められたものではないけれど、愛おしい程度の姿かしら」
「く、この・・っ!?って、え?」
両手がいつの間にか切断されていた。その蘇生を阻むかのような謎の力が出てきている。
これがアンヌの力なのだろうか、下手をすれば死徒よりも強い可能性はある。
「そう簡単には反撃させないですわ。その手で、私を辱めようとするだなんて」
「、だ、れ、が・・っ!!」
「きゃっ!?」
強引なステップ。魔術スキル自体は潰されていないので、逃げられないわけではなかった。
何とか態勢を立て直す。急な蘇生のせいか、魔力が限界に来ているかのようだった。
両腕から蘇生されるように伸びる魔力の糸。ただ剣の方はというと向こう側にある。
「はぁ、はぁ・・っ!」
走り出すナクラ。ただある意味、それが彼女には草原を走る子犬のようにも見えたのだろう。
「逃しませんわ・・」
明らかに小さな声なのに、過度にはっきり聞こえるほどには殺意があった。
空中に出でる一閃、彼女の剣がより無数の攻撃となって襲い掛かる。
その攻撃をギリギリの所で回避しようと、全力を振り絞って言った。
負けるわけにはいかない、ただ一瞬の攻撃を知覚し回避する事が絶対の勝利だと。
何度か、その攻撃が体を掠める。何度出血したか分からない、不死であることをむしろ恨むばかりだった。
死にたいわけじゃないが、ここまで痛みの我慢する方が不公平だと。
「回避するなんて・・!」
剣を拾い上げる、追撃と言わんばかりに迫ってきたアンヌの攻撃を受け止め、再度鍔迫り合いに持ち込まれる。
剣と刀の衝撃音が、何処か耳を震わせるようだった。
一瞬、暗い空間に水滴の振動のような光が見えた。それが何なのか、二人は分かりかねていた。
直後、その空間が晴れる。小結界の魔力が、そこで解かれているようだった。
「まさか・・!アルデウス様・・!?」
アルデウス・・の使い魔の姿が無い。魔力を消費し過ぎて姿を回避したのだろうか。
狼狽えるアンヌ、その意外な姿に呆気にとられるナクラであったが。
「そんな、私が迂闊に戦い過ぎたから・・!?」
そのまま彼女は走り出す。自分たちが来た方向へ行く時点で、外に出る気なのだろう。
「待ちなさい、何処へ行く気!?」
シエラとロゼッタをジャンプして飛び越え、そのまま彼女は走り去っていく。
一体どうしたのだろうか、まるで理解できない状態になってしまった。
ただ、脱力したかのようにナクラは地面に座り込む。
彼女が形成した小結界は独自過ぎる、あのまま戦っていれば確かに心が折れていたかもしれない。
「はぁ・・はぁ・・・・はぁ・・・・・・」
気持ちを落ち着かせる。体の中がよりドス黒くなっているような感じだった。
彼女の強さよりも、より明確な暗さを持つ小結界に気圧されたのだろう。
「大丈夫・・?彼女とかなり長い間戦ったけれど」
心配するシエラ、ただ今はまだ休んでいる暇などない。
「正直一番辛い戦いだったかもな。桜といい漣といい、本気で俺を殺せるかもしれない」
不死である事に自信が無くなる程度には、あの場所の死のイメージは強かった。
その出来過ぎたような力が、徹底的にナクラの心を痛めつける。
物理的な痛みよりも、その死への恐怖心と静寂さを体現した戦い方が問題だったのだ。
「その分強くなれたって思いたいけど。勝ったって思えない」
過度に戦った分、まだ自分に足りない物はあると感じる。
無敵ステップの魔法を覚えたとはいえ、それだけではまだまだだと言う事だろう。
アルデウスが潜伏している場所。そこには、既に別の人間が入り込んでいた。
イザベルは基本的には戦うタイプの魔術師ではない。祈祷を得意とする彼女にとって重要なのは場所だ。
ただ、彼女にとってアルデウスの行動は目障りな部分はあった。町中の小動物を使い魔にする彼を許しているわけではない。
「ここでまさか捕まるとは・・っ」
「こうして死徒二十七祖の一人と相対できるとは思っていませんでした。私としては光栄と感じられますが」
「聖堂騎士団ではなく女神教会の修道女が直接乗り込んでくるとは、人手不足のようだが」
「いいえ。この役割は私一人だけで十分。こうして貴方は、ただ浄化されるだけですむのだから」「
「・・・・」
「よく貴方は頑張りました。ただ、吸血鬼は孤独であり集団の戦いには向いていない。
いくら使い魔を使ったところで、そこに限界は出てきてしまう」
ガラスの筒に触れるイザベル。それによって、徐々に液体に変色が見られて来た。
「霊媒術師・・?そういう事か、女神教会は未だに星の力を求め、うぐ・・!?」
苦しみだすアルデウス。彼女による魔術なのか、変色と共に彼の頭部が変形し始める。
イザベル自信はただ、優しく触れているだけのようだった。その笑みは、彼から見れば天使のようだが。
「でも今まで苦しかったでしょう?死徒としての宿命は、私が浄化してさしあげますわ」
「おのれ・・・!ぐ、ぁ・・・っ!?」
ゆっくりと、その頭部は砂となって消えていく。そうして、この場で死徒二十七祖の一人は消滅した。
「さて、私は帰りましょうか。ナクラが頑張ってこの状況を解決してくれればよいのですが」
仕事はもう既に終わって居ると。イザベルはその場所を離れた。
外、どうやら雨が降って居るようだが。彼女にとっては気分を鎮めさせてくれる状態だった。
長い通路を歩く。アレクサンドルが居る地下祭壇の最奥はもうすぐのはずだが、また一つ広い場所へ出た。
そこには、騎士甲冑を着こんだ大剣の男と、聖堂騎士団の三人組がいる。
「エイミール・・!?」
戦闘中の戦いだったが、そのエイミールは彼の真上に居た。
フリードリヒに目掛け、魔力を保った剣の一撃を彼に浴びせる。
ただそれだけで死ぬ事は無かったが、強烈な一撃によって彼は一気に後退していた。
大剣を振り落としてしまい、地面へ崩れ落ちる。明らかに勝負があったように見えた。
「何という娘だ・・気高きワルキューレを思わせる魔力、これほどまでの剣士が居たとは」
「そちらこそ、貴方の無駄に固い鎧のせいで無駄に魔力を使うしかなかった。これでアレクサンドルは倒せない」
エイミールの言っている事は本当なのだろうか、確かに彼の甲冑は殆どダメージが入って居ないかのように見えた。
「この力はまさに本物のようだ。もっとも、今では理由がついたようなものだ」
一瞬、フリードリヒは何を言っているのだろうか。ナクラが理由を考える前に、彼は座り込んでしまった。
「負けを認めるの?」
「これ以上戦えば甲冑の中で砂になるだけの話だ。まさに、太陽のような一撃であったぞ」
どうやら、エイミールが本気を出して彼を押しとどめていたらしいが。何も見ずに決着がつくのもどうかと思う。
「何だ、俺が加勢しても良かったのに」
「・・・」
「エレオノーレはどうしたんだ?」
「彼女なら先に行かせた。私たち三人で、あの騎士男を倒したけれど。正直舐めていたわね」
エイミールが舐めていた、という程度には彼の装備が堅かったのだろう。
頑丈であるが、ただ中身はいくら吸血鬼であっても過度に魔法攻撃を受けるわけにはいかない。
三人がかりで魔法攻撃の連撃をくらったようで、よく見ると周囲はかなり悲惨な状態になっていた。
「見たかったなぁ、三人の連撃必殺技」
「貴方相手に試してもいいんだけど」
「それは絶対に断る」
「何を言って居る少年、そのバシリスク騎士団の戦いは見事なものだったぞ。一度は受けるに値する」
「だから断るって言ってるだろ!?」
敵にそんな事を言われるのもどうかと思うが、ただ今は先に行くしかない。
しかし、ついさっきエイミールは魔力を消費したと言っていた。つまり、協力はここまでというところだろう。
「俺とシエラは先に行くから、三人はロゼッタを頼む。後、外にアンヌが一人居るから気を付けてくれ」
「アンヌ?」
「例のアルデウスの仲間だけど。あいつが何かあったみたいだ。戦闘続行不可能、俺の大勝利というわけだな」
「かなりぼこぼこにされていたみたいだけど」
シエラによるつっこみもあったが、勝利であるのは事実なのだ。
「それにしても、呆気なく負けを認めるんだな。もう少し暴れるかと思ったが」
「我とてそう諦めが早いわけではない。ただ、こやつの攻撃の仕方が問題だったのだ。
この分厚い甲冑であっても、動くための薄い隙間は確かに存在する。そこを狙われただけだ」
「狙われるって言っても、動ける程度だろ?」
「そこが問題なのだがな・・この鎧を通過する程の強い力だ。いや、波動というべきか。
我が魔力をズダズダにするには、奇妙な魔法攻撃だった。経験するには今が絶好のチャンスだぞ」
「だから何で俺が試さないといけないんだよ、いくら不死でもそれは遠慮する」
「痛みを経験してこそ真の勇者になる栄誉を持つのだぞ少年」
「それはアンヌで十分経験済みだからいい。俺は先を急ぐからな、負けた後の愚痴は後で聞いてやる」
さすがに話すのが嫌になって、すぐに向こう側まで行くことにした。
シエラも後をついていったが、ただそこで残るのは沈黙のみだった。
「私たちは戻りましょう。先ほどの戦いは見事でした、死徒二十七祖としては、破格の剣士でしょう」
「ふむ。その二十七祖も、一人脱落したみたいだが」
「・・・?」
脱落。その言葉を言った後、彼は眠ったように静かになった。
というよりは、本当に眠って居るのだろう。さすがに、エイミールたちも魔力には限界が来ていた。
後は、ナクラとシエラに全てを託すしかないだろう。三人とロゼッタは、外への帰り道を選んだ。




