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地下祭壇へのリフト、そこまで行くのはそう難しくは無かった。
先ほどのエンネアとネロという二人の魔術師は、シエラに敗退した後にすぐに逃亡している。
エッカルトと一緒に地下祭壇へ行ったかは分からない、ただ彼等が非常に危険だというのは事実だ。
事実であるゆえに、エッカルトとシスターズの本質的な行動原理は分かりやすい方になる。
現時点でアレクサンドルの体がどのような末路になっているかは不明だが、先を急がなければいけない。
「彼と戦った時、どういう状態だったの?」
「別に、あいつの攻撃範囲が広すぎて回避が遅れたんだよ。まさに初見殺しっていうかさ」
エッカルトによる強力なスキルも、実際見なければそう分からないようなものだった。
むしろ見てしまえば分かる分、そこまで対処法が無いわけではない。
タイミングによっては回避するのが難しいだけの話だ。
「一応、折れた武器の代わりもあるし。次は何とかなると思う」
シエラから貰った代用品、王国軍の直剣と言うらしいが。果たして最後まで持つだろうか。
「この場所の事はいつから知って居たんだ?」
「あなたと会った頃ね。その時までは、噂くらいでしかなかったから。
地下へ行くための通路なんて今しったくらいだもの」
「その割には、管理が杜撰じゃないか?」
「誰かが何らかの結界を解いたのかもしれない。ハイデの町は局所的に結界が作られているから。
ある意味、それが余計な災いを呼ぶきっかけになってしまったのかもしれないけど」
余計な災い。シエラの言う通り、確かに余計な出来事が多く起きている。
彼女にとっても、この戦いは早く終わらせておきたいだろう。
昇降機の終着点、その場所まで来るとやはり例のスライムがうごめいていた。
下水道の泥を貯めこんだのか、そのスライムの動きは非常に遅い。
その通路を真っすぐ歩いて行くが、やはりどうしても場所が暗くなっていく。
シエラが用意した魔法石のランタンによって周囲が照らされるが、汚れの方はかなり酷かった。
地下がこの状態なのは仕方がない気もする。長年放置されれば普通はこうなるだろう。
「先にエレオノーレが行ったみたいだけど無事かな」
「そもそも、聖堂騎士団も居るんじゃないの?あまり会いたくはないけれど」
「ギルド協会とは何かあるのか?」
「・・・ちょっとね。政教分離っていう政策は知って居るでしょう?」
王庁とギルド協会の権力が分裂し、ギルド協会が一種の民営化を辿る話だったか。
詳しくはまだ知らないが、ナクラにとってもそう無視できない事だった。
「その時に何人かギルド協会のエルフが王庁の要人を殺害している事件が起きたの。
そう大きな騒ぎにはなっていなかったけれど、当時の内部争いは尋常ではなかったらしいわ」
内部争い、政策による意見の不一致で起きたものだろうか。
「歴史のお勉強は苦手だが、こういう場合誰が正義なんだ?」
「正義の味方なんて居ないわ。勝てばその時点で勝利した側の意見が正義になる」
当然のように言っているが、確かに現実はそういうものなのだろう。
勝てば官軍、しかし今回の出来事の場合どう転ぶかは分からない。
「もし聖堂騎士団と戦う事になったら、今一応謝っておくわ。ごめんなさい、って」
「おいおい、何で吸血鬼の暴徒を止めないといけないのに聖堂騎士団と戦うんだ」
「だから言ったでしょう、騎士団とは仲が良くないって。過去がある以上、正常な話し合いにはならないから」
「仮にも女の子同士だと思うんだが」
「魔術師として育てられた人間に男も女もないわ。剣に誓った志はスティグマとして生きているから」
「そういう中二臭い言動で俺を騙せると思うなよ。っていうか、本気で戦うつもりなんだな」
あの三人娘の善意を信じるしかないだろう。特にエイミールには期待しておくべきだ。
この時点で殆ど運ゲーのような状況になってきている。先が全く読めていないのに進まないといけない。
ゲームなんていうのも、結局誰かが先に進めて情報開示してしまえばより難易度は下がるものだ。
だから、その意味で一番難易度が高いのが発売直後になってしまう。今はそういう状況だろう。
未踏破領域の中でできることは、より己の集中力を高めることだろう。
いいかげんな自己啓発を抱いていた所で、ナクラとシエラの二人は広い場所へ出る。
その場所の壁際には蝋燭の火が灯っており、そう暗くはない場所だった。
その中央、そこに二人ほどの先客が居た。
一人は倒れており、もう一人は刀を持ってただ突っ立っているだけだった。
「ロゼッタ・・!?」
走り寄るナクラ。確かに、倒れている方はロゼッタだった。
血が流れている、しかしまだ意識はあるようだ。
「なん、だ・・・もう来てたんだ」
「あいつにやられたのか・・!?」
東風の着物を着た少女、彼女はこちらを見ることなく静かにしている。
全く興味がないのだろうか、ただエレオノーレの姿は見当たらない。
「エレオノーレと、エイミールたちは別ルート。正直、あの子は凶悪過ぎるよ」
「凶悪って・・何があったんだ?」
「強いってもんじゃない、5対1で分断されるだなんて・・私も、正直どうかと思う」
ロゼッタの傷は癒えている。自信の回復能力で復活したのだろうか。
ただ、着物の少女の周囲には更に別の空気が漂う。
「待っていたぞ少年。ここはアルデウスにとっての魔術工房と知れ」
「え」
ナメクジ、だろうか。その無数の物体が集まり、大きな人型を形成している。
正直、ここまでくるとナクラも流石に笑ってしまう程度は迫力があった。
「お許しください。主人は使い魔を喪失しているため、即席として地下祭壇に生息している小動物を使っているのです」
「アンヌ、余計な説明はしなくてもよい。この時点で我らが勝たなければいけないのだからな」
正直、つっこみが追い付かないのだが。まさかアレと戦わされるのだろうか。
ただ、距離的にはアンヌという少女の方が前に居る。むしろ邪魔になるのではないか。
「何て下品な使い魔・・普通ナメクジをそんな風に使わないでしょうに」
「お察しの通り、主人は正気を失っているように見えるでしょうが。彼は本気であなた達を倒したいと願っているのです」
「無理よ」
即答だった。シエラにとっても、ただ馬鹿にする程度には杜撰な使い魔なのだろう。
「ふむ、確かにこれはただの集合体にすぎん。しかし、これでアンヌの魔力を保つ魔術工房として機能しているのだ」
「主人の性癖の汚さを一心に受けるだなんて、これ以上の辱めはありませんね」
「人聞きの悪い事を言うな!貴様の魔術回路が過度に魔力消費するから余計な手間がかかって居ると何故分からぬ!」
「ナメクジだなんて厭らしい物を使うだなんて。例え人形相手であろうと容赦のない魔術。これは一体何なのでしょうか」
「魔力供給のためだと言ってるだろう!ナメクジ以外に良い生き物がこの場所に存在しなかったのだ!」
叫ぶアルデウスの声。ただ、その巨体があまりにも虚しく感じられた。
ただ毒は確実にあるようだ、さすがにそう油断できる相手ではないだろう。
「良し、まず俺が相手でもしてやるか」
「待って、あの子は・・っ!?」
痛みでロゼッタが動けない、彼女をシエラが抱きかかえるが。やはり前に出るしかないだろう。
「シエラ、じゃなくてフレイヤか。ロゼッタを頼む。そっちは割と魔力使った方だろう?}
「そうだけど、いくら不死でもアレを相手にするのは危険よ。私が出るべきじゃ・・」
「最近分かってきた事があってな。俺の力は基本的に出せば出す程強くなるタイプなんだそうだ。
実際、俺ができることは相手の手段を明確にすることぐらいだ。敵が攻略不能ってレベルでもない限り問題ない」
そう言って、ナクラは前に出る。シエラから貰った王国軍の直剣を構える。
アンヌにとっては、ただ意味の分からないといった表情で見ている。
「・・・・馬鹿なの?」
「酷い言い方だな、俺の自己犠牲精神に少しは恐れた方がいいぜ?」
「そう。本当に私は見下されているのですね。たかが人間に私の何が分かると?」
「分からないからむしろ出て来たんだよ。大体、何で極東風の美少女剣士がこんな場所に居るんだ?」
「そうですね。一言言えば、私は薄汚い商人に売られたのです。そして、私は主人に飼われた」
「だそうだがアルデウスさん」
「貴様ら、そこまでして吾輩の面を汚したいのか・・!?」
どうやらかなり怒って居るらしいが、ナクラに関しては本当に不可抗力である。
「私の体は隅から隅々まで彼に支配されてしまっている、そういった魔巧人形なのです。分かりましたか野ネズミ」
「とかいいながら足を見せる時点で俺を馬鹿にしているんだな・・」
スカートの裾をひらりと上げているが、アンヌという少女の性格は大体分かってきた。
ある意味ロゼッタといい勝負だったかもしれないが、彼女は生憎敗北という形に終わって居る。
刀をゆっくりと構えるアンヌ、その姿は場所が違えば、より映える姿だっただろう。
「では、行くとしましょうか」
突如、突発的な視界不良が起きる。
それこそ、突然周囲が全て闇に消えたような状態だった。
しかしアンヌとナクラの姿だけははっきり見える。そこで、不自然な空間が出来上がって居た。
「桜華・小結界、この力が、私にとっての契り」
「っ・・!?」
一直線に迫るアンヌ。それは一瞬、飛行しているかのような移動でもあった。
その一撃をナクラは剣で受ける。ただその瞬間、ひらりと舞うようにアンヌは後退した。
直後、アンヌの姿が消える。瞬間的な移動によるものか、ナクラの背後から刀が迫ってきた。
その意思そのものは理解していた。殺気を感じたナクラは何とか回避したが、間に合ったわけではない。
「ぐっ・・!!?」
斬られる。肉の表面が切られた生々しさには、さすがに集中力を乱された。
ただ今はアンヌに集中しなければならない。
「どうして貴方は私と戦うのですか?あの魔術師であればよいものを」
「ある意味そっちが正解かもしれないが、こっちはこっちでまだ経験値が足りないんだよ」
「そうですか。では、経験を満たす前に切り刻みましょう」
さすがに嫌な言葉だった。レベルが上がる前に殺せばいいなど、織田信長も言わないセリフだ。
その一撃こそ一瞬スピードは遅いが、そこには緩急のバランスがかみ合っている行動だからだ。
蝶のように舞い、蜂のように刺す。その一連の行動を見事に体現している攻撃。
更に、彼女はすぐに闇の中に消え、別の角度から急激に攻撃してくる。
ナクラの場合、その都度出てくる殺気を感じ取れるおかげで何とか彼女の攻撃を受け取れる状態だった。
「っ・・!?」
ただ防御が間に合わない。2、3度の攻撃がナクラの体を切り刻み続ける。
鋭利過ぎる刀によってつけられた痛みは鋭く、常人であればそこで倒れる程だろう。
幸い、闇の力というものはその痛みさえも軽減する力があるらしい。
「倒れないのですね。我慢強いのはいいことですが、本当に愚かで・・惨め過ぎる」
「馬鹿で悪かったな、俺はまだ負けていないぞ」
「確かに、貴方はロゼッタさんよりも頑丈ですね。では、やってみましょうか」
翻ったアンヌ。彼女へすぐにナクラは剣を振るうが、その攻撃は当たることはなかった。
「桜・・っ!?」
闇と共にアンヌが消え去る。それと同時に、桜の花びらが見えたような気がした。
漆黒の闇の中で舞う桜の花、何処か一瞬懐かしさを覚えた直後。ナクラの胸に三つ、刀による傷が刻まれた。
その場所で倒れこむナクラ。その近くに、舞うようにして着地するアンヌの姿があった。
「桜咲・・・参煉」
静かな少女の声。何も見えない場所では、それが何処か歌にも聞こえていた。
柔らかな動きと、それに似合わぬ速度によって相手を切り刻む極意。
剣士としては確かに極上の腕前だろう。ナクラが試合で相手をしたイルシャ以上の強さだった。
むしろ、イルシャの場合は人の領域を保った純粋な剣術だろう。
アンヌの場合は、その剣術を神格の領域に昇格させることに成功した一種の芸術品。
「はぁ、はぁ・・・・っ、切れ味が良い分、むしろ痛みは治まりやすいな」
「・・・・」
不死としての力は続いている。傷は収まり、服の方も黒いオーラが修繕してくれた。
「前言撤回致しますが、貴方は愚かというより不気味ですね」
「やかましい、お前の剣術は割と見切った方だぜ。ロゼッタと違って俺は執念深いからな」
「彼女は確かに弱い。でも貴方が強いとは思えない。不死の力に酔って居る、闇の力も私の夜桜には敵わないのだから」
「うっ・・・!?」
何か言い返すつもりだったが、足元から出て来た金色の花には流石に閉口してしまった。
漣の花。金色の花ということは、つまりそういうことだろう。
「桜の次は漣って・・!?」
「黄泉へ還る準備は整いました。貴方の場合は、ここで苦しめ続けるのも良いですが」
殺気が来る。瞬間的な移動で背後に回った彼女の攻撃を、何とか弾いて防御する。
そう簡単に負けるわけにはいかない、ただ問題はその場に存在する空間は地獄でしかないという事だ。
「え・・?」
複数。影の分身となった姿が、ナクラに狙いを定めていた。
アンヌが持つ殺意、その一つ一つがナクラの魂を川へ突き落すための悪意のようなものだった。
例え死なずとも殺す。その精神性を削ぎ落す彼女の鋭利過ぎる凶器が迫った。
負けるわけにはいかない。ここで、彼女に一方的に切り刻まれるのを許せば余計な時間がかかる。
ふと、ナクラの魔術回路の中心。その深淵部位にある歯車がカチリと動き出す。
ようやくつなぎ留められた一つのスキル。闇属性のスキルとして内在する魔法を現時点で引き出すしかない。
「まだだ・・!」
その分、より大きな苦痛を伴う。本来であれば使う事のないスキルだ。それを、初めから総動員して使うとなればそうなるだろう。
スキルの発動態勢は整った。後は、その力を引き出すだけで十分。
「何、ですって・・!?」
驚くアンヌ。連続的な攻撃。ナクラは影であったかのように切り刻まれ、その本体が別の影を切る。
同じ魔術を使ったわけではない、一見似てはいるが、アンヌの場合全員が本物ともいえる。
「残像・・!?でも!」
もう一度同じ方法で切り刻めばいい。彼自身、そこまで剣術は卓越しているわけではない。
ナクラに接近を許す。彼自身の攻撃を回避し、すぐに彼の首を狙って刀を振る。
その正確な攻撃、本来なら命中したはずだが。彼が一瞬、影となって別の場所へ移動していた。
瞬間的な回避運動。それは縮地にも似ているが、スキルの在り方が不透明だった。
「やればできるもんだな。無敵回避修得したおかげでマジで戦いやすくなったぜ」
ただ、少女の方はというとナクラを一方的に睨んでいる。ナクラにとっては、むしろここからが本番というところだろう。




