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自分の人生は別にそう大したものじゃないとしても、それ自体が謙遜になるのだろうか。
ただ、ナクラという生き物がその当時得られたものは、大体その時代にとって普遍的なものである。
本来ならだれもが同じ価値を得られるかもしれないが、ただ本質的には大したことが無いことを意味する。
自分たちが幸せになれないわけじゃない、ただその時代の在り方はあある意味不平等なものなのだろう。
自分の手で持っているスマホですぐに、世界の在り方が伝わって来る。
ただそれは良い事かは分からない。最初から知りたくない情報もあるはずだ。
その個人的な意思とは関係なしに、自分ではよく分からない思想によって世界が動いていることを理解する。
彼が弱いわけではない。ただ純粋に数が多すぎるだけの話だ。
過度に繋がり過ぎた社会。それからその先の展望など凡人には理解できるわけがない。
そういう意味では、異世界という別のツールを活用させてもらうのもありなのだろう。
「しかし、空気が気持ちい場所だな・・ここは」
都市のくせに、そこに存在する空気そのものに淀みが無いのは確かだった。
「急にどうしたの?」
「いや、個人的な思い出話というか」
夕焼けが見える高台。そこでシエラと一緒に眺めていた。
シエラは午後には仕事が終わるようだったので、一緒に行動する事になった。
それはそれでいいが、こうしていると町の中でデートしているような気分になるではないか。
「空気、か。あっちじゃ、下手をすると最悪まで行くからな・・」
一か月中雨が降る事で空気汚染度が上がり、本来自分が活用することがなかった空気清浄機を買うまである。
別にそう要らないかと思われていたものでも、実際には必要だったりすることはあった。
曰く、基本的に引きこもりをするにもやはり金はかかるらしい。
愛は金では買えないとは言ったが、しかし金を愛で買うこともできないのは事実だ。
言葉を逆にしても、どっちにしろ買えないという嫌な現実がそこに存在する。
「貴方は、結局どんな国から来たのかしら?」
「一応、東京と言っておく」
ニュアンス的には正しいが、生まれ故郷は別だろうか。
ある意味漫画的なシチュエーションのような気はするが、しかし問題はそこじゃない。
この場合、異世界っていう言葉がこちらに無いのだから。
「知らない場所から来たのは間違いないんだろうけど。貴方にとっては楽しくない場所だったの?」
「何だ、楽しくなさそうに見えるのか?」
「少なくとも、嫌な思い出から逃げて来たって言っているようなものよ。完全に避けているじゃない?」
説明を避けているように見える程度には、彼女には不自然に見えていたようだ。
さすがに鏡を一日中みているわけじゃないし、そう自分のことなど分からない。
「何て言うか、自分ではもうどうしようもないから。そうるしかないんだって。そういう話じゃないか?」
「こっちを見て言いなさい。本当に駄目なタイプなのは分かったけど」
「どうしてそんなに聞きたいんだ?」
「危ない事に首を突っ込んでいる時点で、貴方はもう普通じゃないんだから」
「普通じゃない、か。確かに、それが一番の悩み事にはなるか」
普通の人間で居られることは正しいかもしれないが、しかしそれは人生観の話だろう。
個人としては最高だが、他者からしてみれば中途半端な無能でしかない。
「何て言うか辛辣だな。人間って生き物は厳しい」
「あの結界の中に入って生還してきているけど、次があるかは分からないじゃない?」
「残念ながら、俺には基本的に保障されているタイプなんだ」
「・・・・」
ジト目で見ている時点で信用されていないんだろう。
大体、ロゼッタの言う通り、殺し方次第では機能不全にさせることは可能である。
残虐性以前の問題だろう、吸血鬼といった怪異に慣れているタイプほど厄介な奴は居ない。
ホラー耐性、グロ耐性、基本的に心理的に余裕のある怪物に不死などただ無限復活するだけの敵でしかない。
別に死にたいわけじゃないが、ただそうした部分の危機感は持つべきなのだろう。
「英雄ぶっているといつか痛い目見るわよ」
「ヒデオさんの事に関しては別に俺が知って居ることじゃないんだけどね・・」
「は・・?」
英雄をヒデオと呼ぶような真似をして通じるのは日本だけだと思うが、今は気にしないでおこう。
そこで画面が突然真っ黒になるわけでもなく、ただナクラ自身の解釈が無駄に広げられるだけだった。
「ただ、周りの人間にとって十分な付加価値を持つ力だったとしても、ナクラは個人的なやりかたしかできない。
正直、色々と情報が複雑だからな。色々な奴に会って来たけれど、その時点でもう頭がパンクしているんだ。
ギルド協会、女神教会、聖堂騎士団、ダキア公国、死徒二十七祖、もっとそれ以外にも色々あるけど。
そこに居る人間を全員知って居るわけでもないし、ただアレクサンドルっていう馬鹿のせいで背景が無意味に大きい。
クライスラー家のお坊ちゃんに転生したからって、そこで帳消しになるわけでもないはずなのに、皆そこを無視しているんだ。
つまりさ、エレオノーレにしたって、もうアレクサンドルの事は興味ないし、他も同じなんだよ。
アレクサンドルじゃなくて、エレオノーレが帰国できるかどうかの問題だから。あいつはもう死んだのも当然なんだ。
ユリウスはあくまでおまけとしてできた副産物でしかないのなら、地下祭壇に居る化け物なんて誰も知った事じゃないんだから」
エレオノーレという吸血姫が、国に帰還するまではデスゲームはずっと続く可能性はある。
結界に関しても、アレクサンドルを倒したところでどうなるかは分からない。
「そんな事を呟いていいのかしら。まるで貴方が、重要参考人ですって白状しているようなものだけど」
「いいんだよこの場合。俺はただ馬鹿みたいに石頭のお姫様と付き合っていただけだから。
真面目であまり素直じゃないんだけど、ただそれ以前にさっさと国に帰ればいいだけなんだ。
全てをユリウスと他の奴に押し付けて、アレクサンドルなんて知りませんって国に帰ればいいだけなんだよ本当は」
ナクラが本心として思っている事。本質的には、エレオノーレがここに居るのが最大の問題なのだ。
だから国に帰還させればいい、彼女が王族なら尚更ではないか。
「でも、彼女は故郷に帰りたがらない。遠い場所からわざわざ来たからって、別に問題は無いはずだ。
魔法の力を全力で使えば、すぐに帰れるだろうし。でも、運の悪いことに、今は月が満月じゃないから力が出せない。
でも、今すぐにでも地下祭壇のアレクサンドルを排除しないといけないから、彼女にとっては最悪なんだ。
血で血を洗う関係でしかないのなら、そもそも吸血鬼なんてお互いに孤立しあうしかないらしい。
それは確かにそうかもしれないけれど、それでもあいつが帰らないのだとしたら、きっとそれは自分の首を絞めることになる」
もし地下祭壇の後始末に失敗すれば、恐らくロンドベルクとダキアの関係は悪化するだろう。
無論、エレオノーレに関しては生死にかかわらず風評被害に遭う。
そういった事は避けたいが、残念ながら味方は少ない。
聖堂騎士団の三人組にしても、あまり協力的な空気ではない方だ。
「自分一人でも解決できるかなとは思っていたけど、地下祭壇への通路はやっぱりきつい状態だ。
個人的にはもう付き合ってられない難易度になってきたからって、エレオノーレは帰還させられないし」
「石頭とはいったけれど。確かにそうね。彼女は、自分の決断を曲げられないからずっとここに居る。
貴方の言う通り、さっさと帰ってもらった方がいいくらいなのに」
国に帰らないエレオノーレ、その在り方が明らかに危険を及ぼしているはずなのだが。
解決のめどは立たず、ただ無意味に時間を待つだけだった。
ただ、そこに、一人空気を乱す存在を二人は察知する。過度に強い魔力、それは吸血鬼寄りの匂いだった。
振り向くと、そこには魔術師の男が一人居た。
「お前は・・?!」
良く知らない男性、ただその見た目はより若く見える。
「灰色の民のせいで油断しきっていたが、しかしいい頃合いだ」
「な、え?」
一瞬、意味の分からない言動のせいか困惑してしまう。
ただ、シエラの方は、別人のような眼光で彼を睨んでいた。
「エッカルト・フォン・グリューネヴァルト。死徒二十七祖の12番目」
「え・・?あいつが?」
確かに魔力そのものは感じるが、外見からするとやせ細った青年にしか見えない。
「そう、僕が12番目だ。本当ならアレクサンドルに挨拶したかったが、彼はとうに死んでいる。
転生などという小細工など、ただの逃げでしかない。不死としての体こそが真の力だと彼は理解できなかった」
エッカルトにとっては、ユリウスはアレクサンドルと違う存在だと言っているが。
ただ、彼にとってはどうなのだろうか。この状況が、むしろより何処か混迷に近づいて斬る気がする。
「何をしにきたの?死徒二十七祖が互いに協力しあわないのは聞いていたけれど」
「協力などあり得ない。特にアルデウスはただの無能だった。そこの雑種に弟子を殺される時点で破門に値する」
「無能というのなら貴方もでしょう?今まで何祖していたのよ」
「何もすることは無い。こうしてただ待って居れば、アレクサンドルの結界はより真価を出すだろう。
聖遺物を媒介にして転生したのはいいが、その力は生き続ける事に気づかないなど。
本来であれば嘲笑に値するところだが、あの器は良き魔獣となるだろう。放置すれば、この町はいずれ亡ぶ」
「滅ぶって、無くなるってことか?!」
ナクラにとっても聞き捨てられない言動だったが、ただ今どうする事もできない。
しかし、夕焼けの日を直接浴びている彼も、どこか不愉快な顔をしていた。
エレオノーレと同じ吸血鬼なのだから、下手をすれば十分に危うい事をしているが・・。
「満月に近づければエレオノーレの力が出ると言ったな。しかし、それは奴も同じだぞ。
魔獣となりうるアレクサンドルの肉体そのものが、月に共鳴すればいずれ神の獣となる。
神獣形態<ベオウルフ>といったが、そうなればこの場所全てがダンジョンと化する。
そんな事も予見できずただ様子見しているなど、こちらも滑稽な話だ」
「待ちなさい、そんな強力な聖遺物を使ったの!?」
「本当に今さらだな、ギルド協会の使いもその程度とは聞いて呆れる。
私は向こうから連れて来た魔獣を使ってケダモノ狩りをしていたが、お前に潰されて散々だったよ」
「なっ・・・・!?あの魔獣、まさか貴方の使い魔なの!?」
「使い魔?馬鹿を言うな。誰があんな雑種を眷属にするか無礼者。あれは奴隷だよ」
奴隷とはっきりいったが、それこそ剣闘士という意味での奴隷なのだろう。
その意味では確かに間違いではない、死徒二十七祖である彼にとっては、そもそも使い魔はそこまで必要ではない。
アルデウスに関しては、研究好きの一環として多数の魔獣を使い魔にしていたが。
ただ、魔力のストックを多く使い過ぎるのが、彼の最大の弱点でもあった。
そこに居る12番目の死徒に関しては、そのようなタイプの魔術師とは違う。
「そもそも私にとって重要であるのは吸血鬼としての領地そのものだ。この場所は、その後継に相応しい」
「そう、それが貴方のやりたいことね」
吸血鬼としての領地、といったが。つまり、この場所の王としてエッカルトが君臨することを意味する。
「勝手に話進めてんじゃねぇ、そもそも会う相手間違えてるだろお前・・?」
「間違えて等いないが?私はその魔術師に会いに来ただけだ。エレオノーレなど知った事ではない」
「は?」
さすがにナクラも呆気に取られていた。本来なら彼女が優先事項のはずだが、それすら間違いだというのか。
「いやちょっと待て、あのお姫様をダキア公国に連れて行くのが目的じゃないのかよ!?
今棺桶に眠って居る最中だぞ?むしろ今が一番の狙い所じゃないか?」
「それはアルデウスの役目だ。しかしあの無能、前から潜伏しているにも関わらず居場所が分からぬとはな」
「・・・」
エレオノーレの結界は確かに秀逸だ。曰く、視界に入って居ようがそこを誰もが素通りしてしまう程度の機能はある。
特に小動物レベルであれば到達できないレベルの錯覚だ。
「死徒二十七祖など聞いて呆れる、やはり私が王としてこの場所に君臨するのが良いだろう」
「君臨って、それでどうする気なの?」
「無論、周辺国であるリズゲイル、アルスリムを統一する。そこから東進してダキア公国を併合するのが良いだろう」
「・・・」
頭をかかえるシエラ。それほどまでに、彼が馬鹿みたいな事を言ったのだろう。
「えぇと、あいつ何を言っているんだ?」
「ようするに、吸血鬼としてこの地を全て制圧した後、ダキア公国まで行って戦争する気ね。
そんな妄想を思いつける程度には頭がもう吹き飛んでいるみたい」
誇大妄想ともとれる野望、ただそれも彼にとっては事実として積みあがって居る。
非現実ではない。事実上、アレクサンドルのせいで彼の野望が実現可能になっているかもしれない。
「この場所の支配、吸血鬼のボスキャラとしては悪くないが理由は何だよ。王様になりたいだけならただの馬鹿だ」
「人をいきなり見下すとは、度し難い雑種だ。我がグリューネヴァルト家こそが、この国家において正当なる後継者というだけの話だ」
「グリューネヴァルトって、同じ苗字じゃなくて本当に過去の王族だったの貴方・・!?」
「ほう、話が早いな小娘。そう、その通りだ。我こそが真の正当なる王であり、この地に君臨するに相応しい男だ」
ただ、この時点で余計に話がおかしくなっていた。エレオノーレの問題を放置して何をしでかすと思えば。
話がもうおかしくなっている、ここで戦うしかもう道はない状態だ。
「・・・方針変更、この馬鹿を叩き潰さない限り後が無さそうね」
眼鏡を外すシエラ。そこで、突如電撃のように魔力が溢れかえった。
服装が変質し、ギルド協会の制服から戦闘用の魔術礼装へと切り替わって居た。
その烈風で一瞬ナクラも吹き飛ばされそうになっていたが、ただ彼にとって問題はそこではなく。
「それだと俺の空気薄くならないか・・?お前がもしかして主人公だったのか!?」
「何馬鹿な事言ってるのよ。あいつを今ぶち殺さないと酷い事になる」
実際、彼女の言う通りだろう。先にシエラは武器を出現させ、確実にエッカルトを仕留めるための行動を取る。
大きな鎌。紫色に魔力を放出する刃、彼女が高ランクの魔術師であることを明示させる大魔術が機能していた。
一瞬にしてエッカルトへ前進する、ただその彼の方はまるで無視しているかのように無防備だった。
「っ!?」
意思が切り替わる。シエラが突然進路変更した直後、上空から誰かの攻撃が地面を穿った。
破壊される地面、魔弾による攻撃だろうか。その威力はかなり高く、危険なののだった。
その上、魔法障壁を足場代わりにする魔術師が、大きな魔法杖を向けていた。
「何だ、仲間は居たのね。それとも奴隷?」
「妹だ」
「・・・・」
当然であるかのようにエッカルトに即答され、眉を吊り上げるシエラだった。
向こうの魔術師、エッカルトの妹とはいうと、無表情のまま狙いを定めている。
「エンネア・フォン・グリューネヴァルト。そちらの情報は無かったようだな」
「家族揃って領地会得なんて、あまり正気とは思えないわね」
「彼女は死徒ではない。ゆえに、これは私一人の判断だ。ギルド協会の魔術師よ」
エンネアと呼ばれた少女。その黒い魔術礼装からしても、恐らくダキア公国の装備品なのだろう。
死徒ではない、つまり彼女は吸血鬼ではないとエッカルト本人が主張しているが、魔術師であるには変わりない。
想定外の戦闘になったが、ここで終わらせることができればむしろ容易い方だとシエラは思っていた。




