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教会の中は、女神への祈りをささげる場所である。だからそこでみだりに大声を出したり騒いではいけない。

そう教え込まれて育ってきたロゼッタにとっては、この場所はある一種の牢獄でもあった。

神聖性を理解できぬ人間は排除し、より女神への信仰を追及する。そこに嘘偽りがあってはいけないのだ。

女神像への祈りが、本当に形になる事は少数と言われている。

その祈りによって人の傷やら毒が回復したり、病気が収まる事がある。それを奇跡と定義するそうだが。

その奇跡を体現させるための途方もない祈りが、一瞬ただ無駄で無意味な行為だと思いそうにはなる。

別にひねくれた態度で考えているわけではなく、ただ純粋にその信仰がロゼッタにとってまだ不足しているのだ。

「できれば黄金の剣が舞い降りてくれればいいんだけど」

「この国の王になるつもりですか?ロゼッタ」

ヨセフが背後からそう言ったが、確かに黄金の剣は行きすぎかと思われる。

王の力に興味があるわけでもないが、ただそうした力があればこの事態もすぐに対処できる。

清めの力による退魔は重要な価値を持つが、ロゼッタにとってはまだ微弱なものでしかない。

修道女による吸血鬼の排除、浄化と呼ばれる儀式を完了させるための力はまだ未知数な状態だ。

「私はもっと強くなれる?」

「それはどうでしょう。強くなるということは、より人の外へ歩む事を意味する。

人外魔導といった言葉は、ある一種の逃避とも言える。星の力となればそれこそ驚異的だ」


聖獣属性、その一つである星は異界という意味を持ち合わせている。

その異形の魂を保った、形容しがたき怪物の力。それを扱える魔術師は本来存在しないはずだ。

使役する時点で死を意味する、その知識さえ学ぼうとすればその人の理性が破壊されるそうだが。

ヨセフが星属性の話を口にするのも、その化け物が女神にとって脅威となる外来種だからだろう。

「女神、ルナ・アズールはその星の導きを恐れ、黄金の虹と呼ばれる結界を作り上げて世界を守った。

神話の話ですが、星の力は確かに存在する。祈りという形で、私たち人間と共鳴しようとしているそうです」

「いや、その話するの止めてくれない?それでもし美少女の頭がタコになったら責任取ってくれるの?!」

「教会内ではお静かに願います。シスター」

一体誰のせいだ。と、ロゼッタは内心毒つく。どっちにしても星属性の話は聞きたくはない。

祈りの対象が違う、ただ交信する事ができれば星属性は確率され異形の神と契約できるらしいが・・。

そんな奴にもなれば、どんな奴だろうと形容しがたき魔獣となる。闇属性の方がまだ可愛いくらいだ。

「ふふ、こうして神父と一緒に儀式をしている所を見ると。昔を思い出します」

椅子に座ったまま、二人を見るイザベル。ある意味ロゼッタにとっては一番の安全圏だ。

「ヨセフから色々教わって来たけど、神父が吸血鬼狩りするわけにはいかないの?」

「私はどちらかというと祈祷師寄りのスキルが多いですから。あまり戦闘に向いていないんですよ」

ただ、ロゼッタの記憶では彼は亜人を複数素手で殴り倒した経緯がある。


つまり、自分の体で倒せない相手には弱いと言いたいのだろう。

「戦い、ねぇ。私みたいな女の子に戦わせておいて自分は隠れてるの?」

「隠れては居ませんよ。ここにずっと居るじゃないですか?」

確かにそうだろうが、実際割と無防備な場所だ。

「地下祭壇、ヨセフは何処まで知ってるの?」

「私は何も知りませんね。王庁にも問い合わせてみましたが、地下施設は管理していないそうです。

管理できない程度には広大なのか、それとも別の理由があるのか」

「町の地下施設なのに管理していないってどういう理屈なのそれ」

「厳密には、ギルド協会の所有物だそうです。ですが、今の私にはエルフと直接話をする権限が無い」

「あぁ、そういえばそうだっけ・・?」

ギルド協会ともなると、女神教会とは別の組織になるためコンタクトが複雑になりすぎる。

いくらヨセフであっても、すぐに協会の偉い人とすぐに話し合うのは困難だろう。

「なので、ドラグニール騎士団と一度話をして、有事に備える方法を模索しておきましたが」

「リズゲイル王国って、ロンドベルクと戦争しているんじゃなかった?」

「えぇ。でも一枚岩ではない。ドラグニール騎士団は特に、今の状況を好んでいません。

サクラレイドがリズゲイルの王庁と結託してロンドベルクとの戦争を続けていますが、彼等は意見が異なって居る。

あくまで、国境線上に存在するダンジョンは魔術師にとっての神域という認識がありますからね。

そこを破壊されたくない彼等にとっては、何とか別の仲間を作り出す必要があった」


秘密裏にリズゲイルのギルド協会であるサクラレイドは、女神教会に接触してヨセフと対話する。

ヨセフがそこで何を話していたのかは分からないが、ロゼッタにとってはあまり興味がない事だった。

「アミュスフィアがもしそれを知ったら・・」

「女神教会と一時的な戦争状態になるかもしれませんね」

それは冗談だとは思いたい。女神教会は教会、信仰という形をとって居るため勢力の範囲が広い。

女神教会に関連する宗教的な武装組織は複数存在する。

聖堂騎士団、ドラグニール騎士団、アヴァロニア騎士団はその中でも重要な地位を占めている事になる。

「権力が分裂しているからこそ、無駄に多くの無意味な血を流さずにすむ。対立構造としてはそう悪くは無い」

「・・・・」

そうかぁ?と、ロゼッタは首をかしげていた。血を流さない方が無理な状況だからだ。

「そこでダキア公国の死徒二十七祖が割り込んできたせいで、今のこのハイデは混迷の地となっていますね」

説明を補填するイザベル。彼女の言う通り、死徒二十七祖が居るせいで国際情勢がより悪化しそうなのだ。

それは全て、アレクサンドルという貴族のせいだ。そんな彼も、今ではユリウスという人間になってしまっている。

「ユリウスがもし吸血鬼化してしまえば、状況はより危うくなる。

今はまだその現象は現れて居ませんが、状況は最悪と言っていい所でしょう」

「でも、悠長に話をする時間はあるんだよね」


というより、話をするぐらいしか対処手段が無いのが悪いところだろう。

夜、結界が発動してから地下祭壇へ乗り込むしかないのだ。

「ユリウスの情報はまだ、ランティスや王庁には伝えて居ません。貴方が頼りになるでしょう」

ランティスとは、女神教会の総本山である広域神殿を意味する。

町一つ分が神殿となっている、必要以上に馬鹿広い場所だ。帝国の都市に存在するが、ロゼッタは行った事はない。

「私じゃなくてナクラじゃない?彼をまだ守る方を考えているの?」

「彼は良い逸材ですからね。魔術という野暮な原因で身を滅ぼしていいタイプではない」

「・・・」

ヨゼフに目をつけられている時点で彼は最悪といっていいだろう。

彼の容赦の無い修行は、ロゼッタにとっては悪夢のようなものだ。

洗礼儀式という一種の魔術行為でさえ、普通の人間にとっては拷問のような行為だ。

祈りという名の集中行為、その過剰な集中力でしか祈りは成立しない。

その神の声を聞く力は、ただロゼッタにとって神経質すぎるやり取りだった。


一方。教会の外。メルルとアリアは、二人で花壇に水をあげていた。

外の掃除はいつもの日課だが、メルルにとってはどこか物足りない気がする。

自分も何かした気はするが、まだ年齢的に危ない事はできない。

魔法、そういった技術を学ぶにしても、メルルの魔力測定はかなり低いランクになっている。

魔力の段階的な測定。EからSの内、メルルはEとなっていた。少なくとも、魔法学園に入るにはC以上でなければいけない。

数値的には、Eが10から100ということになっているらしいが、ナクラは果たしてどのようになっているのだろうか。

少なくともC以上の魔力があるのは事実だが、やはりそれだけ彼にも事情があるのだろう。

道端で倒れていた時を思い出す、彼にとってはただ空腹で倒れていた状況を。

自分も、食料が無いときは空腹を我慢して耐えていたが。彼もやはりもっと辛い目にあっていたに違いない。

そう、メルルは思う。それしか今はできていないのを悔やむしかないだろう。

できることが花壇の水やりしかないのが、ただ負い目でしかない。

「メルル、あまり水を多くあげすぎちゃだめだよ?」

そうアリアに注意された。

確かに、少し土がぐちゃぐちゃになりすぎていたかもしれない。

やはり、こうしたことはもっと注意しないと駄目だろうか。

「やっぱり、私なんかじゃ駄目なのかな」


「どういうこと?」

「私もナクラみたいに役に立ちたいけれど、でも魔力が無いとギルド協会には入れないし」

「魔法だけが全てじゃないと思う。メルルは、ナクラさんの役に立ちたいの?」

「そうなのかな。分からない、ただ、どうしたらいいかも」

「メルル?」

「結局、彼は自分の仕事のために戦っているけれど、それが彼にとって幸せだと思う?」

「幸せ・・?」

「自分から痛い目にあって、それで嫌な目にあうのが彼のするべきことなのかな。

私はそれは違うと思う。私はもっと、何かできれないいのに。そんなものがないなんて」

「でも、きっとそれは危ない事だと思うけど」

「危ないのは分かってるけど・・でも」

アリアの言う通り、その戦いの中にある危険を無視できるわけでもない。

ただ無力感を感じているからといっても、それが正しいわけではないからだ。

恥じているというよりは、ただ自分の孤独感が嫌なだけかもしれない。

どうしてそんな感情を秘めているのか、メルルにも分からないし誰も理解できないだろう。

その個人的な感覚が、彼女にとって肯定できないように。


「私が住んでいた村は、リズゲイルとの国境線上にある小さな場所だった」

メルルにとっての生まれ故郷、その村は戦争によって焼け野原になっている。

軍隊の侵略が来る前にすぐに退避したので、直接的な被害が来ないと思っていた。

しかし、途中で魔獣による被害が出た悲劇により、メルルの両親が死んだ事になる。

それによって彼女は戦災孤児となったわけだが、イザベルに助けられて以来彼女は無力さを感じていた。

何もできない事が嫌なのに、ただ魔力の方はそれを裏切り続ける。

魔力というものを持たない人間も居るが、メルルの場合極端に低いタイプの術者だった。

少し人より傷の治りが早いだけの普通の人間でしかないのなら、何を意味するのだろうか。

「戦争で疎開するために、皆で一緒に頑張って町まで移動する。でも、道はとても険しかった。

村から町まで移動するにしても、その多すぎる人の列は魔獣にとって最大の獲物だった。

丁度、私の家族が居た場所がその中央付近。私は別の親族と一緒に最後列に居たんだ」

最後列。一番後ろに居たメルル。魔獣が襲撃してきたのはその中央、それによって村人たちは分裂する。

人数は2000人余り、いくら衛兵に守られていようと、それだけの人数が分断すれば危うい状況になる。

「私も聞いたけど、でも聖堂騎士団のおかげで助かったんでしょう?」

「うん」

「メルルにとっては、辛い思い出かもしれないけれど・・」

「数年前の出来事だよ。貴方の方が、教会に来るのは早かったでしょう?」


メルルにとっての最大の問題はそこではなく、当時助けてくれた騎士への言葉だった。

「もっと早く来てくれなければ、誰も死なずにすんだのに」

「・・・」

「それが難しいのは分かって居るんだ。でも、それだけ苦しいのは事実だった。

あの時、村人が分裂して3日は外で野宿する事になったから。本当につらかったんだ。

でも、それで助けてくれるのを待っていたとしても、私は家族の死を明らかに分かって居た。

悪いのは、別に彼女のせいじゃないはずなのに。でも、どうしても私は諦めきれなかった」

その悲劇の後、ハイデの町に存在する教会へたどり着いた。

そして、メルルは孤児院の中で、頑張って生きる事を諦めなかっただけの話だ。

イザベルの話を聞き、ルームメイトになったアリアと一緒に晩御飯のための食事を買う。

ただ、その中でロンドベルクとリズゲイルのよく分からない戦争は長続きしていたのだった。

イザベルが言うには、両国間のギルド協会に問題があるらしいが。その辺り二人には理解できていなかった。

早く戦争が終わればいいが、その二人の少女の理解を超える謀略はより悲劇を生みだしていた。

理解できないのも無理はないだろう、嘘や欺瞞を超越した陰謀によって動いているのだから。

少数にしか理解できない思想、その在り方を打倒できる英雄がいるのだろうか。

「私だって、村の人たちが・・病気で死んじゃったから。私は隔離対象になった」


アリアの場合、流行り病による移送になる。

彼女が隔離された際、病院で治療を受けた後に孤児院へ移されるのだった。

無論、両親は病死し今は存在しない。更に、その村が戦場になって今はもう存在しないのだ。

「魔法の力があるのに、結局苦しむことしかできなかった。だから・・」

「・・アリアは悪くないよ。だって・・」

それは呪い。誰かが意図的に作り出した病なのだから。

その話はイザベルから聞いてしまったが、曰く、本来ありえない速度で住人が死に絶えたそうだ。

ただ、彼女が奇跡的に生き延びていたのも。彼女は好き嫌いの多い子供だったからだろう。

彼女だけ、その病の原因となる果物を食べて居なかったのだ。

「・・・・」

世の中に悪い奴は多いが、ある意味それだけの事をする魔女は少数だろう。

その魔女は聖堂騎士団によって処罰された。ただ、男か女かは明治されていない。

名前さえも知られることなく、魔女と定義された人間は抹消される決まりがある。

神、ルナ・アズールの名の元に処刑される魔術師たち。黒魔術と呼ばれる禁忌に手を出した罪によって。

人間ごと原罪を業火によって処罰する。ただそれは吸血鬼狩りとは違う様相を見せていた。

あまり教えてはくれなかったが、異端審問と呼ばれる戦闘行為にはいくつかに分類される。

一つ、人外となった吸血鬼を狩る儀式。

二つ、魔女となった魔術師を罰する儀式。

三つ、獣化した人間を浄化する儀式。

聖堂騎士団はそうした、ある一定の害悪に到達した原罪を浄化する事を使命とする。

その血生臭い戦いは彼等にとっても栄誉であり、吸血鬼、魔女、そして悪魔らは正義の名のもとに断罪される。

ただ、メルルにとって、その在り方に近づくことはまず不可能だった。

力が足りないだけではない何か。ただ到達することができない時点でもむなしさはある。

それを、ただ黙って見ているだけでいいわけではないはずなのに。

「吸血鬼狩り、魔女狩り、獣人狩り。ロゼッタみたいな人も含む、その騎士たちは栄誉をかけて行う儀式。

ただそこにナクラも対象になるのなら・・私はどうすればいい?」

「・・どうして、そこにナクラさんが出てくるの?」

「もしもの事だよ。私は、そういうのが嫌だから魔術を教わりたいのに教えてくれない。

魔力が足りないから、それがある意味一番危険だから。だから、どうしたらいいのかも分からない」

ただ、そうして時間が過ぎるのを待つだけでいいのだろうか。

もし、聖堂騎士団が、ナクラを討伐対象とした場合彼は確実に抹消されるかもしれない。

魂の浄化、そのやり方がいったい何なのかは分からないが。彼にとって酷い苦痛を浴びせられるだろう。

「もっと強くなりたいのに、何もできない私が一番悔しいのに・・」

何もできない事が、ある意味では最大の罪なのだろうと。メルルは思っていた。

「成程、つまりナクラさんは、聖堂騎士団に目をつけられていると」

「え・・?」

誰かが居る。錬金術師の服装をした、アトリエの令嬢がそこに居たのだった。

「ユーリィさん?」

「噂通り、彼の力は本物だけど。でもそれは貴方の機に病むことじゃない。

例外は例外でしかないのだから、殆どの人は嫌がる思いをするでしょうね」

「それじゃぁ、私は・・どうすればいいの?どうしたらナクラさんを助けられるの?」

「助けるって思わなくていいわね。だって、彼は自立しているもの」

「自立?」

「自分一人だけで生きていく、その自立性の意義を解消することの人生っていうのかな。

外側と内側が均等になっている事が、ある意味では重要な価値を持っている。

私たちや彼の魂がそこで自分を見失わないのなら、そこで自律性は証明されるもの」

アリアは首をかしげる。さすがに彼女には理解できていなかっただろうか。

ただ、メルルにとっては。そこが、ナクラが自分一人で戦える事を確信できる説得力はあったと思う。

「ところで、ユーリィさん、今日はどうしたの?」

「あの神父に、生成したアイテムを私に来たんだけど。まだ中に居るわね?」

今の所、ロゼッタとイザベルがヨセフと一緒に何か話をしている途中だろう。

彼女が割り込めば、余計な混沌が生まれそうな気はしたが。しかし、それと止める気もなかった。


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