2_9
屋敷に戻った後、ただ疲れがより出てくるような状態だった。
自分の部屋の中、ベッドに座って居る状態でただディストブラムという魔術師を殺した事を思い出す。
この両手が、初めて人間を殺した事を意味する。その時点ではもう血で汚れているようなものだ。
一瞬、メルルの事を思い出す。その他の孤児も含め、何処か遠い存在のようになった気がした。
自分は穢れているという罪悪感、むしろそんな理性がある時点でまだ救いはある。
誰かを殺したいからじゃない、目的の達成のために闘った代償なのだろう。
「別に、英雄になりたいとかそういう感じじゃないんだけどな」
ただ、こういう場合異世界に対してどういう感情を持って居ればいいのだろうか。
闘いたいだけなら別にゲームだけでもいいだろう。本来は思いつかないような目的意識をどう整理すればいいのか。
地下祭壇という未踏破領域、ある意味、まだ放置されている方が奇跡的だった。
「この戦いが終わったら、ユリウスから色々貰っておかないとな」
どうせ金だけは無駄に持っているんだ、成果さえ出せればいいだろう。
ある意味下種な報酬狙いでもいい、ただそこで道を踏み外したくは無かった。
明らかに自分の意思を持っている相手であれば、それだけ多くの柵が出てくる。
殺した人間の分だけ、その原罪が蓄積されるのなら・・あまり自分の力は良くないのかもしれない。
せめて、もう少し分かりやすい力であればいいが。だからこそ、神威という名前があるのだろう。
翌朝。ただ無駄に外が明るい気がしていた。天候は晴れているが。あまり気分はよくはない。
「といっても、別にやることはないけどな」
アレクサンドル、現時点では地下祭壇のボスと化している魔物を倒さなければならない。
そこで必要となる戦力、ただ自分が居なければそもそもこの状況は解決されるのだろうか。
「起きた瞬間嫌な事考えてる・・ある意味、それしかないのが困るところだ」
自分が必要かどうかは関係ない、ただ自分がやりたいかどうかだ。
居間に移動すると、ロゼッタの姿は無かった。籠の上にパンが置いてあるのと、置手紙だけだ。
手紙には、『昼間に用事があるから、勝手な事はしないように』とあった。
勝手な事、例えば、単独で地下祭壇に行くような行為だろうか。さすがにそこまで無謀な事はしたくない。
「エレオノーレは棺桶の中で休眠中。魔力はさすがに無駄に使えないだろうし。俺がやるべき事はただ一つだ」
情報集めのために、まず向かうべき所はギルド協会。
その場所にはある程度情報を提供してくれる所があるだろうし、そう暇はしたくはない。
「・・・といっても、開いているのは10時以降なんだよなあそこ」
まだ7時程度の時間帯、そんな朝早くから営業しているわけじゃないだろう。
時間になるまでどうやって過ごすか、とりあえずナクラは外を出歩いてみる事にした。
さすがに夜に戦っていると、時間間隔がどうなっているかと思われるが。そこはエーテルという薬品で補填されている。
もっとも、無理に魔法の薬を飲み続けているとそれはそれで異常が出るので注意だそうだ。
ロゼッタからパンなり薬品なり貰ってはいるが、後から何か対価でも支払わないといけないのだろうか。
今は、アレクサンドルという厄介なものを対処しないといけない。それなりに情報を集めたいだけの話だ。
ギルド協会への道のり。大分慣れて来たような感じだが、やはり道が複雑なのは相変わらずだ。
自分が戦った場所、魔術の理屈はよく分からないが。結界の中で起きた事は外からは見えない。
そうした世界で行われる戦い、あの狼男を殺した感覚は忘れて置いた方がいいだろうか。
「別に俺は悪くないはずだよな・・」
「にゃー」
猫が頷いてくれた。のではない。
近くの場所。レンガの壁際に猫と誰かが居るようだった。
可憐な装備を身に着けた少女騎士、エイミール・アレオン。彼女は、何をしているのだろうか。
しゃがんで猫を見ているようだが、別にそこで何かしようとするわけでもない。
猫の方は地面に転がって居る程度だ。もしかしたら顔なじみかもしれない。
「何をしているんだ?」
ようやく、エイミールはナクラに気づく。
どこか惚けたような表情だったが、昼間だからそう見えるだけかもしれない。
「ナクラ・・・ダーク・マイスター」
「えぇと、その中二臭い呼び方は一体・・・・」
流石に身震いするようなネーミングだった。そんな風に見えるのだろうか。
「闇属性の魔術師を、そう呼ぶの。ダーク・マイスター」
「やめて、その呼び方をされるのは精神的に困る」
「そう」
視線を猫に戻す。猫好きなのだろうか。
「それで、今は何をしているんだ?別に休みってわけでもないし」
「絶賛仕事中」
「つまりさぼり?」
「違う」
違うらしい。突然立ち上がったので、猫が驚いてどこかに行ってしまった。
「猫が吸血鬼化していないか調べただけ」
「え」
どういうこと?と首をかしげる。
ただ平和な通路の中に、猫が狂暴な力を以て誰かを襲うのだろうか。
「動物の魔獣化は聖堂騎士団にとっても見過ごせない事だから」
「はぁ・・それで、さっきのは」
「彼女は大丈夫」
「メスだったのか」
「オスかもしれない」
「おい」
「些細な事だからどうでもいいけれど、貴方は何をしているの?」
「むしろお前が何をしているんだと聞きたいんだが・・。情報集めだよ。アレクサンドルの」
「無駄だと思うわ」
「全力で否定するなよ!?もしかしたら誰かが凄い秘密隠し持ってるかもしれないだろ!?」
「彼はダキア公国の貴族だった。この辺りの人たちは、ユリウスに転生したことも知らない。
一応言っておくけれど、言いふらすような真似をしたら、私でも擁護できないから」
「えぇと、じゃぁせめて君から何か教えてくれないか?何か重要な事を」
「・・・・・」
首を振るエイミール。やはり無駄なあがきだったのだろうか。
「私が知って居ることは、エレオノーレも知って居るはず。私は、あくまで討伐対象として知って居るだけだから。
貴方の方がまだ詳しいかもしれない。アレクサンドルを最終的に殺すまでは、別に私は何も知らされないだろうし」
「何だ。じゃぁ、誰も知らないってことになるのか?」
「・・・その辺りは私でも手に負えない。真祖と貴族、その二つの間柄は危険だから」
「死徒二十七祖だっけ。あいつらがこの場所に潜伏しているんだから、すぐに分からないのか?」
「彼等もそうすぐに分かるような見た目をしていない。町の中に拠点を作るのはそう難しくないから」
「あいつらも日中はあまり行動できないはずだし。場所が分かれば俺一人でも何とかなるんじゃないか?」
「・・・」
「えぇと」
「この場所は広い。数十万は居る人間の行動なんて監視しきれない。私たちが出来る事は、ただ戦う事だけ」
無表情のまま語るエイミール。歪んだ視界、地面の下から見る一匹のネズミ。
都市の中に生息するネズミはより知能が発達しているが、使い魔としては十分な機能として働く。
問題は、魔術師にとってもネズミの使役は気分が悪いらしい。ただ、アルデウスにとっては些細な行為だった。
生首の状態になった今、アルデウスは液体の入った筒の中に入れられている状態になっている。
新しい体を生成するには流石に時間がかかる、現時点ではアンヌと使い魔を総動員するしかないだろう。
「おのれ聖堂騎士団め・・しかし、あの聖女が現れなかったのは幸いと取るべきか」
聖堂騎士団、ロンドベルクに存在する女神教会にとって最強の武装勢力。
女神教会は月の女神を信仰していたが、数百年前に派閥が多くなり複雑化していった事例がある。
まず、主神であるルナ・アズールを信仰対象とする旧教。そして、他に複数の女神を同時信仰する多重崇拝。
聖堂騎士団は多重崇拝の中で成り立った組織であり、そのメンバーはより個性的な能力者が多い。
薄暗い小屋の中、ただアンヌは生首のまま苛立っている彼を黙って見ているのだった。
「大丈夫?とくに頭」
「たわけ、これが大丈夫に見えるか!」
念話での会話のため、ホルマリン漬けになっている状態でもよく声は聞こえていた。
首をかしげるアンヌ、彼女にとっては彼が無事であることはいいことだが。
「おのれフリードリヒ、この私をこのような目に遭わせるとは、極刑に値する屈辱であるぞ・・!」
「液体は一日ごとに交換しないといけないから、面倒です。塩も入れてみましょうか?」
「お前は私を一体何だと思っているのだ。塩如きで回復するものか、むしろ余計にダメージが入る」
傷に塩を塗るようなものだが、彼女には魚が液体に漬けられているようにしか見えなかったのだろうか。
「いくら使い魔が居るとはいえ、主様が使役しているネズミの数は20匹程度。
普通の魔術師であれば、そのネズミの気持ち悪さで精神汚染を感じるそうですが。主様はそういう趣味・・?」
「感覚的な問題ではない。私はどちらかといえば海産物が嫌いな方だ」
「美味しいのに」
「味の問題ではないわ。貴様はネズミも食うタイプか」
「そんな人類はいません。病気になってしまいます」
「・・・・」
こんな話合いをしたいわけではないが、この状態ではできる事が限られ過ぎている。
アンヌを動かすのはいいが、一人だけで行動させるにはリスクが大きすぎる。
彼女が持っているスキルは非常に強力だが、そう簡単に他の魔術師には知られたくはない。
教会にとっては封印指定、ギルド協会にとっては独占対象となる魔法スキルだ。
使徒二十七祖に至ってはなにをされるかまるでわからない。アルデウスにとっては、彼女は本当の意味で奥の手でしかなかった。
最後の手段として取っておいた魔巧人形<オートマタ>をこの時点で使い果たすわけにはいかない。
アンヌの性格がまだ静かな方で良かったが、しかしこれから先の事もある。
「奴らが地下祭壇に到達した場合、先回りして監視しろ。通路は私が調査する」
「生臭い地下水道を自ら探索する勇気は、私も賞賛に値致します」
それは本当に褒めているのだろうか、聊か性格に問題があるような気がしていた。
東国から取り寄せた魔巧品だ。それなりに癖があるのは元から承知していたが。あまり納得のいく会話をしてくれないタイプだった。
「・・あと一人、死徒二十七祖の輩が居るのは知っておるな?」
「エッカルト・フォン・グリューネヴァルト。貴族でもあり、アルデウス様にとっては怨敵となる方ですね」
「奴に関してはフリードリヒ以下として扱っているつもりだが。能力は本物だ。
敬拝する真祖に対し不敬な言動をよく行う輩であるゆえに、信頼できる相手ではない」
「死徒二十七祖も、内部では二分化される。どうして人は分かれるのでしょうか。吸血鬼であっても、魂は同じだからですか?」
「真祖を敬愛するか、それとも貴族に従属するかだ。私は、ただ王や貴族という狭い世界に囚われるつもりはない」
「壮大な思想ですね。ある意味殴られるのも仕方ないかもしれません」
「お前は一体どういうつもりで私を助けたのだ!?」
「一応、私の体をある程度完成させてくれた方ですから。忠誠、といったほうがいいでしょうか」
「お前に忠誠心があるとは思えぬが・・・アンヌ」
異国風の着物を着た少女、アンヌという名前はアルデウスが勝手につけたものだ。
服装に関しては他の魔術師が魔改造した状態になっている。そのため、以前に比べフリルがかなり多い見た目だ。
武器である刀については、彼女の付属品といっていい。
漢字が読める知り合いが言うには、桜吹雪という銘が掘られているそうだ。
「こうして外国に売られた私の身を案じてくれる貴方の優しさに私は感謝しているのです」」
「卑しい奴だな・・全く」
一瞬泣いたようなそぶりをみせているが、ただアルデウスにとっては出る事のないため息をつくしかなかった。
エイミールとの会話の後、ナクラはそのままギルド協会へ行くのだった。
彼女からは意味が無いと言われたが、暇な時間を潰すぐらいどうでもいい事だろう。
ギルド協会の施設。その豪華な門をくぐり抜け、見知った受付の人に挨拶をするまであきらめないつもりでいる。
予想通り、そこにはシエラという少女がいたのだが。
「だーかーらー!もっと報酬出てもいいでしょ!?何でランクBの魔獣倒したのに無償になるのさ!?」
「規定されていない魔獣の討伐に関しては保障されていません。申し訳ありませんが、お客様が行った討伐行為は対象外となります」
「私が全力をあげて、最後の力を振り絞って倒したのに!?何て言う事なわけ!?」
何かもめているようだった。シエラの前には、知らない少女騎士がわんわん喚いていた。
ピンク髪のサイドテール。一見して普通のギルド剣士のようだった。
「よう、お困りのようだな」
「・・・・・ご用件は何でしょうか」
「仕事中なのは分かるが、今日は別件で来た」
「・・・・」
凄く嫌そうな目で見られた。
ある意味、クレーマーから更に嫌な客が現れたような構図になっている。
「ちょっと!邪魔しないでくれるへっぽこ!」
「だれがへっぽこだ。さっきからでかい声で騒ぎやがって。クレーマー体質は嫌われるぞ?」
「クレーマーじゃないもん!ギルド協会の悪しき体制に異議を申し立てていたんだから!」
「ほう。悪しき体制ね・・」
「私はあの森で本来出てこないランクBの魔獣を倒したわ。それなのに追加料金が出ないだなんて!
魔法核もちゃんと確保して出したのにどうして滅却処分されないといけないのさ!」
「ほう。そのランクBってあのクマさんか」
「そうそれ!」
「そのランクBの魔獣に関しては、そちらの方が無償で一度討伐なさっています」
「おい」
「また、他のギルド剣士もそのランクBの魔獣を目撃したことがありますが、自ら報酬を上げるような方は一人のみ。
私としては、確かに余計な仕事をさせてしまった事のように感じますが。報酬の増額に値する事だとは思っていません」
「何てブラック体質!大丈夫?!変な事されてない!?」
「・・・・・」
「俺やっぱ帰るわ」
「ナクラ様」
帰ろうとした時、背中から殺気を感じるほどの視線があった。
「できれば、個人的なご用件に関しては手短にお願いいたしますが」
「急用を思い出した。俺はランクBの魔獣なんて倒してないからな」
「倒したの?」
ピンク髪の剣士が睨んでくる。どうやら、余計にも程があるイベントが発生しているようだった。
「えぇと、倒したというか・・まぐれ、まぐれだって。つい剣が格に当たって偶然倒しただけだから」
「そう。偶然もまた実力の内ね。気に入ったわ」
相手の知能指数が足りないというショッキングな事実のせいで、ナクラの精神力が下がってしまった。
余計な事を言うべきではないとは分かっているが、ここまで来ると自分を呪いたくなる。
近づいてくる少女剣士。ただ、その視線はどちらかというと友好的なものではない。
「私と決闘しない?」
「ま、魔術師同士の私闘は禁止行為だって俺は知って居るからな・・!?」
「じゃなくて、闘技用の剣でやりあうのよ。丁度こっち開いてるし」
ギルド協会の私設の中には、剣士同士が戦えるスペースがあるのは知って居た。
ただ、別にナクラは興味が無かったのでスルーしていたが。
「施設内闘技場の料金は私が出してあげる」
「どうしてそんなムキになってるんだ、ランクBがそんなにきつかったか?」
「別にいいでしょう?暇そうだし」
どうやら、そういう風に見られているようだった。
シエラの方は、ただ営業スマイルでこちらを見ているだけ。あまり助けてくれそうには見えなかった。




