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必死に走り続ける。アルデウスのその姿はかなり滑稽ではあったが、弟子が殺されれば戦力は大分不足する。
聖堂騎士団が本気を出してくるのであれば、自分の命もかなり危うい状況にあるのだ。
分かって居た事だが、今回エレオノーレに関しては監視だけでも十分だと思っていた。
本来自分たちは外国の人間であり、この地で戦うべきではない。
魔術師同士の私闘ともなれば、その時点で国家関係も危うくなる可能性もあるのだという事を忘れたのだろうか。
エレオノーレもそこを自覚できていれば、あるいはあの町から離れるだろうに。
「ぬぉ!?」
影から突然、足をひっかけられ転倒する。誰かと苛立ちを感じたが、そこに居たのは死徒だった。
鎧、黒い甲冑を来た男性だ。その全身を金属で覆った姿はまさに騎士として正しい風格だろう。
「フリードリヒ・・!貴様、ここに居たのなら何故すぐに助けにこなかっぐはぁ!?」
騎士に詰め寄り己の不満を言ったが、その場で殴られ転倒するに至ったのだった。
まさか味方にさえここまでされるとは、アルデウスにとっても前途多難の苦痛である。
「たわけ、我々が一度に会する事などあるはずの無い行為だ。死徒二十七祖は組織ではなく集団。
我々に命令できる真祖はただ一人だと何故分からぬ!」
「それで公国がどうなってもいいのかと前から言っているではないか!
それとも貴様はその甲冑のせいで脳味噌が焼けているんではないだろうな!」
「その場で肉片にされたくなければ黙るがいい、敗北の責任は貴様にあるのだからな」
援軍すら寄越さず、他の二十七祖はアルデウスの行動をただ上から見ているだけだった。
アルデウスが失敗すればこうして笑いものにするが、まず手を出すことは絶対にありえない。
吸血鬼としての特性もある。吸血鬼が作り出した仲間や弟子は、その時点で敵対するような感情を得る。
血の呪いが、そうして互いに反発意識を生み出す。その攻撃性はアルデウスも嫌というほど理解していた。
そのつもりであったが、しかしエレオノーレを連れ出す事さえ考えずただ他人任せにしている事は別の問題だった。
「何故弟子と共に戦わなかった」
「奴は私にとっては最大の武器だったはずだ。だが、今こうして明らかに死んだのも分かって居る。
相手は複数、なら我々も複数で出るべきだということが何故理解できぬのだ!」
「それが貴様にとっての怒りの原因か?全く、いくら憤怒の血が濃いとはいえ、矮小なものだ」
「これは正当な怒りだ!お前の行動の遅さに怒りを評しているのだこの脳筋頭が!!」
ただ、突然アルデウスの首元に、グレードソードがひたりと充てられるのだった。
その分厚く、頑丈で重い凶器を軽々しく片腕で彼に向けた。その速さは、自然過ぎて恐ろしいものだった。
吸血鬼としての力もあるが、ここで彼に勝てる方法等ないだろう。
「フリードリヒ、貴公が戦えばいい。こちらには準備というものがある!」
「声の大きさだけが取り柄の貴様が、何を準備するというのだ?代わりの弟子か、それとも犬しかないか?」
「まだ、使っていない使い魔が居る。ただ、アレはあまり使いたくはない化け物だ」
「ほう。それを、まさか連れて来たのか?」
フリードリヒも話は聞いている、アルデウスが隠し持つ使い魔。
彼が化け物と称する程度には、何らかの問題があるらしい。彼が持っている研究所に封印されていたはずだ。
「この町には地下施設があるらしいが、そこからアレクサンドルの魔力と思われる瘴気が出ている」
ネズミの使い魔を使って多少通路を理解はしていたが、理解不能なほどに複雑な構造があった。
下水道の用途を越えた広大な施設。その場所には、より強い血の瘴気があった。
「公女が婚約破棄をした相手を探しに行くのはいいが、これでは話が違ってくる。
少年の貴族に転生したなどという与太話も呆れたものだ。奴はもう死んだのも当然だろう。
まぁいい、貴様は地下とやらを漁っておけ。俺が明日、奴らの相手をすればよいのだろう。
ただ、そうだな。目的はこうだ。エレオノーレら一行の邪魔をすることで血の結界の終息を阻む。
そうすることでアレクサンドルを処理できない公女は苛立つだろう。
戦闘が延長されればそれだけ血の結界の機能も強まるはずだ。これだけの瘴気を・・」
「脅しに使うつもりであればよいが、あれを放置するのだというのか?」
「最悪、この町が崩壊するだろうな」
恐ろしい計画ではあったが、それがエレオノーレの心を折らせるには十分だろう。
問題は、そのやり方では公国に問題が降りかかる場合もある。
「待て、私の話を聞いていなかったか!?お前は公国の反逆者だ!それでもし外交問題が生じたらどうする!!」
「そうか。では貴様から死んでもらおう」
「え・・」
グレードソードが彼の首を撥ね飛ばす。血飛沫が溢れ、そして彼の体が地面に倒れた。
切れ味は鋭く、そして重い。常人では使いこなせない武器を、フリードリヒはレイピアであるかのように扱える。
この時点で彼にとっては、アルデウスは面倒な存在でしかない。
彼にとっては、公国の外交問題よりもエレオノーレを無事に帰国させる方が優先事項ではあった。
使徒にも派閥は存在する。二十七祖にとっては、真祖に屈服するか、貴族への敬意を優先するかの二つにあった。
フリードリヒの場合は、貴族優先の行動スタイルが取られていた。
ようするに、貴族のメンツを優先した場合、エレオノーレが無事であることが事実上大切であること。
アレクサンドルに関しては不満があったが、彼が自ら転生した時点では仕方のない事になる。
事実上、アレクサンドルは死亡したと断定し、フリードリヒは命令に従わないアルデウスを抹殺する。
真祖への服従精神も理解はできるが、あまりフリードリヒは奴らの事が好きではなかった。
自身を神に近い存在として、世界に君臨するべき超越者だと考えている。
そうした真祖の考えは、ある意味で虚構にさえ思えていた。
「真祖の輩であれば、尚更排除するしかあるまい。この国は、いずれ公国の敵となるのだ」
最後に頭も方も踏み砕いておこう、脳と心臓を完全に破壊し、浄化してしまえばいくら死徒も持たない。
ただ、彼が頭部へ近づく前に、一瞬奇妙な事が起こった。
「これは・・・?」
桃色の花びら、それが一瞬何なのか理解する前に屋根から誰かが飛び降りてくる。
その一瞬の斬撃をフリードリヒは回避した、その時点で襲撃者が彼の頭部を抱きかかえる。
「貴様、例の・・!?」
「マスター、大丈夫ですか?」
アルデウスが怪物と称した使い魔。その姿は少女の姿だが、異国の格好をしているのも理由がある。
彼が東国から入手した、魂の入った人形を元にした魔術加工品。それが彼女らしい。
「随分と主人想いか。弟子と使い魔に恵まれているのを羨ましいとは思わんが」
「何故、マスターを殺そうとする?」
「そやつはな、公国議会に居座る真祖に甘いが、真祖の方は暗愚だということを理解できぬ生き物だ」
「暗愚・・貴方こそ、その性癖に問題があるのでは・・?」
刀を向ける。何処でどうやって入手したのか、フリードリヒにとっては理解に苦しむ品だった。
「仕方がない。俺の降参だ、全く男の趣味の悪い奴だな」
「趣味の問題じゃない。貴方は、真祖を暗愚と呼ぶが・・どうしてそこまで」
「貴族である吸血種の血筋こそが、公国の当主であることに相応しい。それだけの話だ」
「政治的な理由でここまでされたいとは思わない。彼は・・」
死徒二十七祖の陣営も複雑とはいえ、彼の言っている事はどこか非常に危険な匂いがする。
「あん、ぬ・・・」
アンヌと、そう呼んだアルデウス。首だけでもまだ機能しているようだった。
「逃げよ、こやつは・・・はんぎゃく、しゃだ」
「マスター、体の方は・・!?」
「それより、も、逃げろ。お前では、こやつには勝てない」
「まさか、私が全力を出せばこの騎士も・・!」
「装備、だ。アレは、全身が、堅すぎる。刀では、斬れない」
「・・・」
頭部のままでも会話できる彼を、フリードリヒはある意味侮って居たようだった。
「我が鋼鉄の鎧はただの鉄に非ずだ。黒隕鉄、遠きエルフの国の洞窟しか採取できる希少品<レアメタル>だ」
「吸血鬼が鎧に頼るだなんて・・」
「吸血鬼だからこそだ。この鎧は太陽の光さえ届かぬ」
「え・・?」
そのセリフの意味を、ただ理解することはできなかった。
光が届かない、というが。それはつまり、視界さえも閉ざしていることになる。
そういえば、自分は明らかに真上から彼を攻撃したはずだが。そもそも彼は見えていたのか?
いくら甲冑とはいえ、だからこそその視界は極端に狭い。
西洋甲冑の最大の弱点とも言えるその視界の狭さ、特に上からの攻撃はかなり弱いはずだ。
「さっさと行ったらどうだ?」
「攻撃しないの?」
「そやつはもうよい。馬鹿に話が通じぬようだからな。
首だけになったところで、そもそも何ができるかは知らんが。余計な話はしたくもない」
「・・・」
フリードリヒにとってはもう彼は用済みというところだろう。
少女は、そのまま壁を足で蹴るようにして駆け上り、そのまま屋根へ移動するのだった。
首だけの状態になったアルデウス、生きているのはすごいことだが。吸血鬼としてはかなり厳しい状態だ。
「大丈夫ですか?」
「元、よりこういうタイプだ。一度砂になりかけたことがあったからな。
それより、日が昇る前に戻れ、流石に、そうなれば私も死んで、しまう・・」
「分かりました。直ちに帰還します」
そのままアルデウスの拠点へ戻る、その速度は速く凛としていた。
通路でただ見届けていたフリードリヒ、彼にとっては聊か不思議な光景ではあった。
突然襲撃してきた異国の少女。アルデウスにとって最後の手札となる怪物らしい。
「しかし、さっきの花びらは何だ。一見してあそこまで見えるとは、不思議なものだ」
フリードリヒにとってはまだ知らない桜の花。ただ、それも彼女が見せた幻影だろう。
この場所一帯には桜は存在せず。ただフリードリヒの知識に桜の花が入るのは大分後の事になる。
グレードソードを背中に固定させ、彼はそのまま別の場所へ消えるのだった。
結界の終わり。ある意味、それで解放された感はあったが、痛みはまだ覚えている状態だった。
怪我そのものはない。破れた服の修復はしてくれたが、正直あんな事がまた続くのだろうか。
両手を見るナクラ。自分は明らかに、あの時点で生きた人間を殺している。
いくら狼男に変身してしまうようなタイプとはいえ、その時点ではもう戻ってこれない。
三騎士の方はもうすぐに何処かに行ってしまっている。エイミールとロゼッタ、三人で戻る所だった。
「まさかナクラがやってたなんてねー、やっぱり闇属性って強いのかしら」
「といっても、その力が高くなると俺がやばいんだよな」
「だって闇の力だし?一番危険な力は、それなりにクールなんだってば」
「ロゼッタは、俺がそうなったら本気で殺しに来るのか?」
「さぁ。命令されたらやるかもしれないけど、今はその話はしなくてもいいじゃない?」
今のところは仲良くしてくれると思った方がいいが、正直この状態が何日も続くのはどうか。
「あまり変な事を言わないでください、ロゼッタ。彼はまだ未熟なのだから」
「男として?それとも魔術師として」
「両方よ」
「酷い吸血鬼だな・・修道女と吸血鬼が結託してる時点で最悪じゃないか?俺がまるでお化けみたいじゃないか」
確かに、優先順位としては間違っていないかもしれないが。
「あの三人組、エレオノーレに挨拶せずに行ったけど。やっぱり敵対しているからか?」
「聖堂騎士も、さすがに私と会話して変な問題を発生させたくないかもしれない。
ナクラには悪いけれど、こうした冷たい関係はずっと続くと思うわ」
「吸血鬼のお姫様にとっては、かなり窮屈な状況だな。明日のために何をするか・・」
ただ、地下祭壇に居る元婚約者は、己の体を暴走させて結界を拡張させ続けている。
その力によって増えたグール、その化け物はより醜い姿を見せていたらしい。
過度に増えれば、それだけ町に被害が出る。早めに地下祭壇に行きたいところだが・・。
「ナクラ、自分だけでも何とかできるって考えてない?」
「それが分かったのならエスパーだなロゼッタ。言っておくが、これでも不死だからなんとかなるとは思ってないぞ」
「思ってるじゃん。死にながら進もうとしても捕まったらアウトだよ。
それに、中には私より凶悪な狩人も居るからね。ナクラが人間標本にされたら私も嫌だし」
「何だその嫌なバッドエンドは・・そんな奴居たら普通問題にならないか?」
「まぁ、不死身の良いところってあまり無いからね」
「・・・ロゼッタ、割と思うんだが。不死身ってそこまで強くないのか?」
「殺し方は私も一応弁えてるからねぇ」
何か意味ありげな表情をしているが、あまり聞きたくは無かった。
殺し方、殺害方法の事だろうが。ただよりそれは残虐な一面性を見せている。
「ロゼッタ、自分が一番最悪な殺し方をした方法を教えてくれないか?」
「えぇ、それ聞くんだ」
「隣に居る奴がどれだけ信頼できるかどうかが重要なんだよこの場合。修道女としてはともかくお前はVハンターだろ」
「まぁ、ハンターには違いないんだけど。串刺しがまず一般的だからね。私は王道的な吸血鬼狩りだから。
ただ、儀礼的な方法を取るために、わざと変な殺し方をする人もいるからね。
まず、壁に呪いの魔法陣を描いておいて、それからそこに吸血鬼を張り付けて剣で滅多刺しにするの。
血をより魔力の灯ったエーテルにする一番いい方法って奴?」
「それ以上聞かなくていいわよナクラ。その修道女は、結局多くを体験過ぎて気が狂っているだけだから」
ロゼッタが行っただろう残虐行為。ただ、それも一般的に行われているわけではないのは確かだ。
問題は、それを他の魔術師・・あの三人の騎士も行うかどうかは分からない。
「やだなぁ、私だって躊躇するよ?血だって汚れを落とさないと汚いじゃない?」
「汚いっていえば貴方は十分汚いわね。いくら修道女だからって風呂まで我慢する必要はないじゃない?」
「入ってるよ!人聞きの悪い事言ってナクラからの好感度下げる気?」
元からそんな好感度は無い、と内心ナクラはつっこんだ。
場合によっては、本当にロゼッタに殺されかねないのが現実なのだから。
「まぁ、結果が良ければいいか。問題はユリウスだけど、本気であいつは街を守る気が無いと思っていいかな」
「守る気はあまり無いわね。あの口ぶりじゃ、本当に財産だけ考えているみたいだし」
転生する程には王族が嫌だったにしても、自分が12年間生きた場所は守れないのだろうか。
「その貴族少年、元のアレクサンドルだった時と性格は一緒なの?」
「・・・・・・・」
「成程。名誉より金か。まぁ、確かにそういう人は多いけど。そういう人に婚約破棄されたんだねぇ」
「おい、何でそれを今聞くんだ?」
意地の悪い言動だったが、ただエレオノーレはすぐに怒る事はなかった。
「最初から恋愛感情なんて無かった。後から作ればいいと思っていたけれど、それは正しいのかしら・・?ナクラ」
「私じゃなくてナクラに言ってるの・・?!」
「恋愛経験が無いでしょう?」
「何で分かるのよ!?私が修道女だから!?私だって自由恋愛できる奴だって分からない!?」
「できるの?」
「できます、一応仕事以外ではそこまで規則厳しくないんだから公務員レベル!!」
どうやら彼女もそれなりの苦労はあるようだが。ただエレオノーレはため息をついた。
「それで?経験は?」
「・・・・・」
そもそも、吸血鬼狩りという物騒な仕事をしているロゼッタにまともな男が寄り付く事は無い。
ある意味、ロゼッタはエレオノーレを同類だと思っていたが、ここで何処か墓穴を掘って居たようだった。




