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より広範囲に瘴気をまき散らす魔獣、ただ三騎士はその姿に微動ともしなかった。
ある一種の余裕とも言える表情、ただ狼の方はより強い魔弾を射出して周囲を破壊していく。
暴走したことによって使えるスキルが増えたのだろうか、ナクラからしてみれば迷惑な第二形態だった。
このまま戦闘が長引く事を承知したとしても、徐々に対応できる戦闘が限られているような気がしていた。
「くそ、これじゃ近づけないぞ!?」
「君、ちょっと下がって!」
シャルリーヌによる盾の防御により何とか助かったが、ただ問題は敵が明らかにナクラを狙っている事だ。
攻撃目標を仕留めようとする魔獣、それよりも速くエイミールとセシルが攻撃を開始した。
二人による攻撃、それによって分厚い毛皮が切断され血飛沫が広がる。ただそれだけで倒されることなく進む。
驚くシャルリーヌ、敵の強度が上がって居るとはいえここまで無茶苦茶だとは思っていなかっただろう。
魔獣の爪が魔力を伴って、シャルリーヌが持つ盾に攻撃される。
それによる強烈な衝撃が発生し、その場所一帯がより破壊的な状況となっていた。
吹き飛ばされるシャルリーヌとナクラ。ここまで暴走すれば、ディストブラムも意思は無いと思われる。
「仕方が無いわね、これはサービスだと思いなさい!」
敵の目の前に降り立つセシル。彼女は槍を前面に向け、魔力を発動させる。
魔術師が持つ固有の魔法スキル。彼女にとって必殺技となる魔術の奥義。
「我が青の精霊において、海神の力を解き放つ]
セシルの周囲に道渡る水属性の魔力、槍の前面には、翼を持った蒼い精霊がはっきりと見えていた。
一瞬の輝きがナクラにも分かって居る、遠くからでも感じられるセシルにとっての本気の攻撃魔法。
「裂き穿つ蒼海の槍<ネメア・トライデント>」
高速の三連撃が魔獣に対し直撃され、より大きな破壊力が生じるのだった。
地面が割れるほどの攻撃力、魔術師にとっての本気の力が芽生えれば容易く全てが崩壊するように。
それで魔獣が倒されるかと思われていたが、その土埃からはゆっくりと動く姿が見える。
「まだ生きている・・!?」
「セシル、ミスした・・?」
「してないわよ!?」
魔力を惜しむことなく魔法攻撃スキルを発動したはずだ。普通ならその時点で消滅しているはず。
「あれは・・?」
遠くから、シャルリーヌは一瞬の変異を感じる。魔獣から何かを感知しているようだった。
「どうした?」
「あの魔獣から別の力を感じる、アルデウスが彼に何か別の魔術を・・二人とも、その敵から離れて!」
大きな声を出すが、ただそれよりも前に魔獣の魔力が刃となって二人に襲い掛かる。
その攻撃をギリギリ回避したものの、周囲への破壊は続くのだった。
過度な破壊によって、ナクラとシャルリーヌが再度吹き飛ばされそうになる。
鼓膜が破壊されそうなほどの音だったが、エイミールとセシルは大丈夫か心配になってきた。
一応、結界の中に居る以上は街そのものに影響はない。
鏡面世界、実際にはこの町そのものが全て正反対になっているそうだが、理屈はあまり理解できなかった。
狼男の遠吠えが甲高く鳴り響く。ナクラにしてみれば、すぐに倒されない相手が鬱陶しくもあった。
切り刻まれるグール。ロゼッタにとっては、そう大したことのない敵ではあった。
ただ数だけは無駄に出てくるところから、ユリウスは結界への魔術操作に失敗したと見える。
いくら結界が聖遺物を使った結果とはいえ、ここまで彼の後始末に翻弄されるのは気に食わない。
ただ、エレオノーレの方はただ冷静な表情に思えた。
それとも、内心では激怒しているかもしれない、彼女はあまり表面に感情を出さないのが気になった。
彼女は武器を持っていない。右手をかざし、その正面に一瞬赤い糸のような光が見える。
その光が敵に絡みついたとき、一瞬にしてその体がバラバラになった。
彼女が得意とする死の線。血の呪いの一つとされる禁呪スキル。
その力を扱える吸血鬼だ、貴族としては破格の能力のはずだが。月が見えていないせいで能力が半減している。
実際のところ、満月までかなり時間が経たないといけないはずだが。彼女はそれでも戦う方を選ぶ。
選んでいる理由は分からない。いくら婚約者の後始末とはいえ、彼女は姫君だ。
自ら戦う必要性など本来ないはずだが、やはり彼女にとっては気にしているのだろうか。
十字に、ロゼッタは敵を斬り割く。慣れた調子で振り回す二本の剣。
修道福の下に隠し持つ複数の洗礼直剣を、今は惜しむことなく使うだけだ。
ただ、その二人に、ディストブラムが発した魔力が届くほどの衝撃があった。
何かあったのだろう、その力を感じた時点ではあまり余裕が無さそうだった。
「何て力、満月の力を使わずにあそこまでできるというの?」
エレオノーレも驚くほどの衝撃、やはりアルデウスによる呪詛のせいだろう。
ロゼッタからしてみれば、死徒二十七祖の方に問題があるだけの話だ。
彼等が結託せずに、単独行動を好む習性を持っているだけまだマシかもしれない。
それほどまでに強い力であっても、現時点では勝算はまだあると思っていた。
「おかしいとは思わないけど、貴方だって血の力は使えているじゃない?」
「それはそうだけれど、月の力も一つの属性だから・・」
「・・・・」
火水風土光闇雷霊血死竜星以外にまだあったっけ?とロゼッタは首をかしげる。
自然属性、神威属性、聖獣属性。この三つの精霊がどうとか言っていたが。そんな話はロゼッタは覚えていない。
「三つ以外なにかあったっけ?」
「月。例外的に一つだけ存在しますが、私はそれを持っている。
満月の日に、絶対魔法を扱える能力を持っていますが、広範囲過ぎるゆえに使えない事が多い」
「成程。その例外的な力を持っているエクストラスキルの持ち主だったわけか。
私にそんな事教えて大丈夫?」
「・・・最悪、この町はアレクサンドルの結界によって沈む可能性がある。
満月の日まで、私と協力してくれませんか?」
「え」
「この結界に満ちる瘴気が濃くなりすぎている。鏡面世界の境目が持たなくなった時、この町は滅ぶかもしれない」
「いやいやいや、待ってよ。いきなりそんな事言われても・・?」
「貴方は女神教会の修道女だ。少なくとも、人を救うための分別を理解しているはず。
この結界内の異端者討伐を貴方に任せたい、それまで私はただの役立たずでしかありません」
そう、はっきりと彼女は口にしていた。
自らを役立たずだと言った時点で、彼女はもうあきらめているのだろう。
この異常事態を自分の目で知ったことで、彼女なりにプライドが蠢いている。
「はぁ・・・困ったなぁ、普通修道女にお願いする吸血鬼なんていないって」
ただ、問題は短期間でこの状況が悪化する可能性があることだ。
「悠長過ぎるのはちょっとね。残念だけどその案は却下だよ」
「え・・?」
「何とかしてアレクサンドルを倒す方を私は提案する。そうすれば結界は解放されるでしょう?」
「ですが、我が家宝である聖遺物で彼は転生したはず、その体はただの不死ではない怪物で・・・!」
「だからだよ。ユリウスは結局、自分のエゴの方を選んだのは私も理解してる。
だから、彼を怒るのは後にして、後始末を優先しないとね。
地下祭壇に行く方法は分かって居る。今は、ディストブラムとかいう奴を止めるのが先」
「ロゼッタ、貴方は・・」
「本当はさ。私、ナクラを始末するために派遣されたんだけど。結局有耶無耶になってね。
その気になれば彼を何とか殺せるかもしれないってわくわくしていたんだけど。
この血生臭い結界の中で、むしろ彼がもっと酷い目に遭ってくれる方が私としては嬉しいのかな」
「協力は、してくれるのですね」
目の前に再度現れる大きな豚。それこそ、肌や色々な部分が焼け落ちて居たり変形している異形だった。
触手めいたものまで見える辺り、相当腐食しているのだろう。
「腐食豚っていうのかな、あぁいうのってどう思う?」
「消し炭にするしかないようですね。困ったことに、私は炎属性を使えませんが」
「浄化は私できるよ」
そうして、走り出すロゼッタ。
一瞬の移動によってその敵の上空に行った後、複数の剣が巨体へ突き刺さる。
青い炎がより燃え盛り、次にロゼッタによる斬撃が首を斬り割いたのだった。
赤い血が流れ落ちる。その血に落ちることなく、ロゼッタの連続斬りによって中身が零れ落ちた。
修道女、中でも女神教会の騎士は攻撃的なタイプが多いと聞く。
ロゼッタはその中でも、典型的なレベルで吸血鬼狩りに特化した魔術師なのだろう。
徹底的な攻撃と運動、その連携作業によって敵を浄化する事だけを仕事とする種族。
彼女もまた、人の外を出てしまった存在だ。
ただ、それでも尚神職として機能しているのは、その浄化能力こそが人を守る最大の武器だからだろう。
魔力を浄化する特殊スキル、その青い炎によって徹底的に対象魔力を破壊していく。
それによって不死といえど、魔力が枯渇することで不死そのものを破壊する。
不死という機能を破壊された魔物は、そうして炎の中に消えていくのだった。
「その力をナクラには使わなかったのね」
「多分、あいつ死なないと思うけど」
「え・・・?」
「あいつを攻撃した時、一回あいつの傷が蘇生するところ見たんだよね。
その場で自己修復するんだけど、吸血鬼のそれと違うし。アレはやっぱり貴方が適任かな」
「どうしてそう言い切れるのですか?」
「血を血で洗うっていうのかな。ねぇ、光を闇で照らす事はできても、光そのものが生まれる理由って分かる?」
「いきなり、どうしてそれを言うの?何か、問題があるのなら明確に・・」
「現実的に言うと、光と闇の概念は対立した存在じゃないって話。
闇は光が存在しない場所でしかないのだから、それってつまり光は闇の中で生まれた事になる。
その力が強くなるにつれて光が大きくなるから、闇は影という形へ姿を変えていくの。
だから、この世界の中で私が出している光は、闇の中で生まれた存在になってしまう」
「それは、あくまで哲学的な意味合いしかないのでは?そんな事を言っている暇ないはずよ?」
「あるよ。私たちにとっては、この闇の中にとっての光なんだから。まぁ、血生臭いのは事実なんだけど」
特に、ロゼッタが言っていることに重要な意味はないのだろう。
ただ、それがエレオノーレにとって全く関係の無い話でもないのは事実だ。
月属性。例外的に一つだけ存在を認められるエクストラスキルの一つ。
ただその月さえも、遠くに存在する太陽の光によって支えられている魔力に過ぎない。
太陽、属性としてその存在が伝説上のものとしてあるらしいが・・その属性を持った魔術師は居ない。
ただ、光そのものが闇の中で生まれたとしても、太陽は恒常的に輝きを放ち続ける。
どちらが先でどちらが後なのか分からない程度には、非常に長い年月を以て対立していうかのように見えるらしい。
「ただ、私はその太陽に焼かれる。吸血鬼としての性能が強くなりすぎれば、より太陽から殺されることになる。
そういいたいのですかロゼッタ?私が、その強い光に抗えない虚弱な魔術師だと」
「弱くは無いと思うけど。その意味じゃナクラと相性会うんじゃない?」
「・・彼は、どうでしょうか。彼の力は、私には身分不相応な力にしか見えない。
ナクラには、不死の力を持つ資格があるような人には見えない。でも、それを今の私が言う筋合いはないわ」
「そういうものなのかな。結構運命的な巡り合い・・」
再度、遠くから爆発による衝撃が届いてくる。悠長に話し合いをしている場合などなかった。
「一見対立しているように見える属性、か。まぁ、それを太極って言うんだけど。
別に、今話しても仕方ないよね」
瓦礫の上に、更に多く現れるグール。その存在が、彼女にとっては滑稽な人形のように思えた。
彼等は、性質上、太陽の下に出ればすぐに燃え尽きてしまう。
神聖たる神の炎に焼き尽くされる、ただ触れずとも栄光をその身に受けることが致命的なのだ。
「本当、嫌になるよねそういうの・・!」
走り出し、そして剣を投げつけ命中させ続ける。
容赦のない攻撃によって寸断されるグールの体。
それが、ロゼッタにとっての最大の除霊儀式となる。
ただ数ばかり多くなるとは、ディストブラムの魔力にも原因はあるかもしれない。
やはり、奴を倒す方が今は優先事項だろうか。
狼男による爪、その斬撃による衝撃がより大きくなっているようだった。
見た目以上のリーチ、その攻撃を回避するエイミールとセシル。
互いに連携して攻撃を試みるが、攻撃が届いたところですぐに倒せることはなかった。
「何て防御力、これほどまでの戦いになるだなんて来た甲斐があったわね!」
「面倒くさい・・」
咆哮し斬撃を止める事なく続ける敵、その戦いをただナクラは黙って見ているわけにはいかなかった。
「いっそ突撃してやる!援護宜しく!」
「え?ちょっと!?何突っ走ってるの死ぬ気!?」
「うおぉぉぉぉぉぉおおお!!!」
イチかバチかだ。闇属性を全力で発揮して相手を一撃死させる方が最も効率のいい行為かと思われた。
100メートルの全力疾走。むしろここまで走った事が無いくらいの力だった。
しかし、問題は敵が咆哮を出した瞬間だった。咆哮そのものが衝撃波となり、ナクラに直撃する羽目になる。
「ぐ、あぁあぁっ!?」
体全身が切り刻まれる。攻撃パターンが多い時点で、読み切るのが無理な行為ではあるだろう。
ある意味ナクラも予断しすぎていたかもしれない、下手をすればゲーム中の方が冷静なのでhないか。
「ナクラ・・!!」
ただ、シャルリーヌも負けず、背後から弓矢による射撃で狼男の頭部に攻撃する。
射出された矢は二本、それぞれが確実に相手に命中した事で、明確な出血を確認した。
「っ・・!」
まだ一歩足りない。まだ死んでいない以上、このまま下がるわけにはいかなかった。
敵の攻撃がナクラを切り刻もうと迫った時、エイミールによってその攻撃が弾かれる。
「貰ったぁっ!」
更にセシルによる突き攻撃が敵の腹を突き刺したが、敵はその時点で動きを止めることはない。
広範囲の衝撃。咆哮による波動によって突然三人とも吹き飛ばされる事態になった。
「ぐぁっ・・・!!?」
地面を転がるナクラ。意識が朦朧していたその直後、狼男が彼の腕を掴む。
痛みが走る。ただ、その時点では、彼にとって最大のチャンスでもあった。
「何てな、こっちはもう痛みに慣れてるんだよ・・!!」
いくら痛いとはいえ、ロゼッタに足を切られるような地味な痛さよりは非現実感があった。
過度な痛み、それによって起きる抑制。一瞬だけ発生する麻薬が彼を再起動させる。
その腕に対し、剣を突き刺す。闇属性の籠った魔力によって、簡単にその腕が切断されるのだった。
右腕を切断された狼。ナクラはゆっくりと立ち上がり、最後の力を振り絞って前進した。
「これで、どうだ!!」
剣が敵の心臓部位に命中する。どんな頑丈であろうと、ナクラ自身の加護による剣の鋭さは矛盾を無視するほどの鋭利さだった。
一瞬、音が突然消えたように感じる。動きを失った狼、ただゆっくりと砂となっているように見えた。
「やっと、俺を殺してくれたな・・だが、これでお前は二十七祖に目をつけられる。この先は、地獄だぞ」
そのまま全身が砂になるまで、その言葉が一瞬恐ろしくも思えた。
彼が言う事が本当だとすれば、この時点でナクラはもう引き返せない生き物になったのだから。
ただ、そこでナクラは力尽きたように倒れた。魔力を一気に使ったからだろう、どこか心の中に穴が開いたような気分だった。




