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夜、といっても曇天である。

星空を遮る厚い雲、町の中の街灯も消えて漆黒は蘇る。

こうした環境で味わう風景を闇と呼ぶのも納得はいくだろう。

黒というには深淵過ぎる色だ。いかに人間の目が映えたとしても全ては見通せない。

町の中がここまで陰鬱に感じられる程度の場所だ。もっとも、こんな場所をうろつく方が異常だが。

「化け物には慣れて来たけど、よく誰も入ってこないよなこの結界」

「そうね。他にも犠牲者はもっといていいけれど、それだけ相手を厳選しているんでしょう。

アレクサンドル、魂だけが分離して、魔物と化したのなら、きっと私の事も分からないはず」

「お前にとっては、ユリウスはもう違う人間なのか?」

「彼はもう王族なんて興味ないでしょうし。ある意味、逃げる場所としては最適だったのね。

ただ、彼を愛おしいと思った事なんて一度もないわ。あぁして逃げることしかできないんだから」

「婚約破棄された側としては、愛想が尽きたってことか」

「最初から愛してなんかいないって意味よ。そういう意味では、吸血鬼だったところで心は人と変わらない」

そういうものだろうか、どんな怪物であれ元が人間であれば心は変化しない。

いや、むしろ生命としての限界なのだろう。

どんな力を持ったとしても、その心まで変化すればそれこそ魔獣と変わらないのだと。


「ふたりともー?私を忘れてないー?」

ロゼッタが背後で歩いているが、つまらないのかブーイングらしき態度をしていた。

「何だ、別に先に行ってもいいんだぞ」

「私はナクラを監視するために来たのであって、お姫様の背中を守るために来たんじゃないんだからね」

「一応修道女だろ?」

「修道女である前に私はヴァンパイアハンターなのよ」

「ハンターにしてはやることがアレだが。戦力的には十分なはずだな。

エレオノーレにとっては、ロゼッタはまだ不満があるみたいだけど」

「そうね。いきなり私を後ろからやりかねないし」

「やるわけないでしょうが。私だって国家安全上の規律ぐらい守るわよ」

「外交問題を気にしてくれるのはいいけど、貴方はまだ何か私に言う事があるのかしら?」

「無いけどさ。普通に人間と仲がいいのはどうして?吸血鬼も、結局は人だからっていうの?」

「別に、私は彼を盾としか思っていない。不死だから、ある意味親近感がわいただけかもしれない」

「なるほどね」

ナクラは、あまりロゼッタがすぐに納得した理由は分からなかった。

不死だから、という単純な答えに何か意味があるのだろうか。


それとも、まだナクラには理解できない文化様式があるかもしれない。

単純な会話をしたとしても、文化的な影響で意味が違う場合もあるだろうし。

ただ、その理屈を考える前に妙な気配を察知する。穢れた体の人間が、ゆっくりとこちらを歩いてきていた。

複数存在するグール、その出来損ないは今もまたこうして徘徊しているのだ。

「ユリウスがあまり使えないのは分かったわね。結界を多少操作できたところでこうなるなんて」

「結局大元を断つしかないが、議論はする暇ないな。よし、ここで俺は無双するんで後ろでおとなしく!」

突然走り出すナクラ。エレオノーレは静止することはしなかったが、ただ半分呆れている様子だった。

ユリウスに対して、だが。広範囲に展開される結界をもう抑制できていない時点で、その尻ぬぐいは他者に回って居る。

そんな行為をしたくて自分はこの町まで来たわけじゃない、ただ怒りをぶつける相手は目の前にしか居ないのだ。

溢れ出てくる敵。エレオノーレの近くに現れたグールは、触れられずその場で解体される。

赤い閃輪。その血の力が、より凄まじい切れ味を以て肉体を切断していた。

「まだ力が弱い、やっぱり月が出ていないとこの程度なの?」

「綺麗な三日月になるまではまだ後数日だから、当分無理しないでよね」

「修道女に守られる吸血鬼なんて聞いたことないわ、下がりなさい小娘」

「背中刺されたくないってさっき言わなかった?」

状況に応じてすぐに態度を変えるのだから、こうした手合いはロゼッタも気に食わなかった。


迫って来るグール、すぐにロゼッタはその首を剣によって切断する。

犬に比べれば数段に遅い化け物だ、殺すだけならば普通の剣士でも余裕だろう。

「ナクラは?」

「あっちに行ったわ」

気が付けばナクラは向こう側まで走って敵を斬り割いている途中だった。

いくら慣れて来たとはいえ、単独で突入するまで無謀な行為をするとは。やはり内面男子だからだろうか。

「守るべき乙女がここに居るんですけどー?グールに食べられちゃいますよー?」

「聞いてないわね・・っ!?」

途中、そのナクラと、二人の間を塞ぐ大きな影が現れた。

足音が大きい。その姿は、人よりも大きな豚だった。つまり、魔獣そのものではあるが・・。

「何て醜悪な、こんな下郎を相手にしろというのかアレクサンドル・・!」

大きな豚の魔獣はより卑劣な鳴き声を上げ、一気に突撃してくる。

まず先にグールを巻き込むその突進、二人はすぐにその攻撃を回避することはできた。

魔獣はそのまま壁へ突撃し、多くを破壊していく。単純な攻撃とはいて相手しにくいタイプだ。

「他にもまだ気配がある、啓蒙の力が上昇しているみたい」

「啓蒙って、あなた達が勝手に作った指数でしょう?」

「そうだけど。その血の淀みは私ではちょっと抑えられないから。お姫様からの助言を期待したいんだけど」

「ダキア公国だってあんな豚歩いてないわよ!」


そうらしいが、豚の方はより大きな奇声を上げて突撃してくる。

油断ならない相手、ただその敵も数は増えてくるのが問題だった。

始まる夜の結界の死闘。

より先に奥を走っていくナクラにとっては、ただ敵を倒すことで生き急いでいるようだった。

噴水広場だろうか。その場所には、ディストブラムと思われる狼の影があった。

「ん?なんだ。ご主人様は一緒じゃなかったのか」

声を出さないディストブラム。その姿は完全に狼男といったところだろうか。

月を直せず見ずに狼となった、その在り方も皮肉ではあるが。今は会話すらままならない。

「その様子じゃ何やっても無意味か。俺だってもう少しは礼儀ってもの知ってるからすぐに戦わないけどさ。

それじゃ見ている周りの人間だって分からないもんだぜ?」

ただディストブラムは、戦闘態勢を取る。突然飛び上がり、ナクラの方へ攻撃する準備を取る。

その一瞬の光景。ある意味、今の彼は十分に町の魔獣として君臨しているようだった。

意思が無い分、彼は徹底して魔獣として機能している。

その攻撃を回避するナクラ、強いて言えば使い魔より強いが。その分理性が無い以上技量はない。

隙をついて相手の体を斬り割く。

血が一瞬見えたが、痛みなど気にせず両手の爪で攻撃しようとする。

速度は速い、しかし戦闘慣れしてきたナクラにとっては致命傷にはならなかった。


ロゼッタから一度アドバイスされた戦闘魔術、無属性魔法によって何とか肉体強化が機能している。

魔術回路の中、そこで行う魔力の運動によってだけで行える魔法だ。

ただそれは無属性というよりは、術式無しで行われる簡易魔法ということになる。

「どりゃぁ!」

相手の攻撃を回避し、胴体を切る。何度目かの攻撃は命中したが、相手は倒れない。

闇の力をある程度付加したはずだが、その耐性があるのだろうか。

敵は倒れることなく、より強い体を駆使して攻撃してくる。

獰猛なその速度は、ただナクラにとってそこまで余裕のないものになっていた。

一人で突撃したのが拙かったかもしれない。ただ、それ自体が問題ではないと証明してみせる。

「っ!?」

攻撃、爪の一撃が体をかすめる。斬り割かれる体、痛みに耐えるのがやっとだった。

ロゼッタの人体急所ダメージよりはマシとはいえ、このままではこちらが不利だ。

「舐めるなよ、こっちだって意地があるんだ・・!」

敵もそう無限にスタミナがあるわけではない、一瞬を見切った後にその胸に剣を突き立てた。

一気に力を入れたことで、その剣が深く体へ入り込む。

しかし、その攻撃による反動を無視した狼は、ナクラを一気に吹き飛ばした。

地面を転がるナクラ。まるで、軽自動車に衝突したような状態だった。


一瞬、空気が歪んだような錯覚。

普通であれば死んでいるが、ただ数秒で彼の力が傷を癒しているのは分かった。

光の糸のような魔力が傷を塞ぎ、彼を元の状態へ戻す。

一瞬見えた不死の力。ナクラにとっては、ある意味救いの妖精みたいなものだ。

「お前も理解できないだろうが、俺も分からない。何で、こんなことできるかって聞いてくれるなよ」

あえて獣の状態であるディストブラムに忠告する。

ただそのまま走り出し、突き刺さったままの剣を取り戻そうとした。

咆哮し、攻撃しようとするケダモノ。

その攻撃は当たる事なく、何とか胸に突き刺さって居た剣のグリップを取る。

その瞬間だった。その大きな狼の口がナクラの腕を噛む。

「ぐ、ぁあああぁっ!?」

ある意味、その敵を舐め過ぎていた瞬間でもあった。

その顎は容易にナクラの腕をかみちぎってしまう。

気絶するように、ナクラはその場所に転倒するのだった。

「く、ははははは!見事な道化だ。それでよく狼男に立ち向かおうと思ったな少年!誠に素晴らしい」


アルデウスの声。向こう側から見ていたのだろうか、その大げさな拍手は耳障りだった。

「おぉっと、まだ意識がある!確かに見どころはあるが愚かだ、たった一人で貴様になにができる!?」

「何だ、てっきりユリウスが怖くて出てくれないと思っていたぜ」

「たわけ、誰があのような奴の顔を見たがるか、奴が婚約破棄などせねばこんな場所に来ることなかったものを。

ディストブラム、丁度いい。奴を死ぬことなく傷つけろ。不死である以上確かに殺せぬからな」

その命令を聞いたディストブラム、その攻撃をナクラはすぐに避けて逃げるのだった。

しかし、いくらナクラとはいえ魔力そのものがきつくなってくる。

回避できなかった一部の攻撃が体を傷つけていった。

「何と言う無様な逃げ方だ!それでどうしてエレオノーレ様の傍にいられようか、もっともそれはどうでもいい話だが。

あぁ、元をと言えば全てあの男のせいだアレクサンドル!奴は今どこに居る!!どこに居るんだ貴様ぁあああああ!!」

勝手に一人で突然怒り出したアルデウス、それほど彼が憎いのかはまだ誰も知らない。

ただ、こうして感情的になる以上は何かあるのだろう。

「えぇい、全く不快だ!恥を知れ無能な男め!貴様が王になっていれば死徒二十七祖も狩られずにすんだのだ!

我々は逆賊などではない!!王は、王は絶対に貴様でなければだめだというのだ!

何処に居る!どこにいる!どこにいる!ど・こ・に・い・るぅぅぅぅぅ!!?」

一人で怒り、喚き散らかす吸血鬼。その怒り、憤怒はアレクサンドル一人だけに絞られていた。


ある意味、一番滑稽なのはアレクサンドル本人だけだが。ただ、死徒二十七祖は真祖に従う存在である以上は仕方がないのだろうか。

怒りを発散できる相手、それが絞られた結果としてナクラを攻撃するまでに至って居るかもしれない。

相手に突き刺さって居た剣をもう一度握る。不死の力で再度復活した右手でそのグリップを握り、すぐに引き抜くことなく。

「いいからお前はさっさとくたばれ!!」

闇の力を剣に総動員し、その狼男の体に風穴を開けるのだった。

そのまま大量の血飛沫を流出し、地面に倒れこむ狼男。一瞬のかけになったが、どうやら上手く行ったかと思われた。

しかし、よく見ると狼男の傷痕から不気味な幼虫が湧き出てくる。それが、回復のための素材となり復活したのだ。

「な、なんだそりゃ」

「残念だったね。そいつを殺したければ頭部でも斬り割くがいい。もっともお前にそれができるわけがないだろう。

たかが偶然町で拾われただけの剣士に一体何ができる!できないさそこで朽ち果てるがいい!」

「一応倒す方法は教えてくれたが、確かに無理っぽそうだな・・」

狼男がより大きな鳴き声を上げる。そして、一瞬の動くがより速度を上げて、ナクラの体を斬り割いたのだった。

血飛沫。やり返されたという感じだった。むしろ痛みなど感じないぐらいには何も分からなくなる。

しかし、不死の力だけは動員される。しかし、敵の狼の足が胴体を踏みつぶすのだった。

「そう簡単に回復させてはならない。彼の回復速度は時間がかかる。不死とはいえど、戦えなければ意味がない!!」

確かに彼の言う通りではあるだろう。

戦闘不能の状態にすることが、ある意味戦いの基本ではあるからだ。

相手を必ず殺さなければいけないというルールなどなく、ただそこで彼を攻撃しようとする。

まだ、力が足りない。しかし、魔法そのものをどう使ったらいいのかまだ分からなかった。


「さて、どのように体を斬り割こうか。生きたまま内蔵を抉り出された経験をお持ちで?

言っておくが私はあるのだよ。全く、どうしてそう人間とは残酷なものか・・ん?」

足音。ただ、それは確かに聞こえていた。

金属同士がこすれるその音は、その光景を一遍させるには十分だった。

闇から見える、銀色の鎧の少女騎士。

華麗なクレイモアを右手に持つ少女、アルデウスの態度を硬直させるには十分な姿だった。

「せ、っせっせせせ聖堂騎士団・・っっっ!!?」

「バジリスクが一人・・エイミール・アレオン」

「き、貴様、えぇい、その死に損ないは後だディストブラム!まず奴を・・」

一瞬の動き。その速度は速く、距離があるにも関わらずアルデウスの腕を斬り割いた。

アルデウスはそのまま悲鳴をあげ、しかしより高く飛び上がって屋根の上に降り立つ。

「お、おぉっ、己小娘、この私になんて仕打ち・・はっ?!」

次は背後。真後ろに居た青髪の少女騎士によって、長い槍が彼の頭部を直撃する。

頭部を殴られ、バランスを崩した彼がそのまま地面へと転倒するのだった。

大量の血を流すアルデウス、ようやく彼は自分の獲物である剣を抜いたが、ただ更に目の前に騎士が一人現れる。

「おのれ、吾輩をここまで愚弄するとは恥を知るがいい!」

盾を持つ少女、攻撃が一瞬届くかと思われた。

しかし、少女は盾によるパリィによって、アルデウスの剣が弾かれる。

そして、連続的な刺突攻撃によって彼の肉体が穿たれる。

苦痛を発するようなアルデウスの声、そのまま地面へ倒れたが、絶命することはなかった。

「ぐ、がはっ・・!?ぬ、おおぉぉぉぉぉ!!」

強制的な魔力運動による傷の回復、それによってすぐにアルデウスは退避し態勢を立て直す。

「何て逃げ足、まさにドラキュラですね!」

「正直、シュール過ぎて馬鹿に見えるわね」

シャルリーヌは驚き、ただセシルは飽きれたといわんばかりに口にするだけだった。

三人の少女騎士に呆気なく敗北するアルデウス。ただ、戦力はまだ無いわけではない。

「ディストブラム!!相手は変更だ、そいつらを始末しろ!!いいか、必ずだっ!!」

ある意味情けない大声を放ちつつ、彼は逃走していった。

残された狼男の遠吠えがより高く響く。月が出て居ればより力を増幅させたかもしれない狂気だ。

ただ、エイミールたちにとっては、その程度は些細な出来事にすぎない。

「何だ、一体・・」

「エイミール!何かわんちゃんが変だよ!!」

犬じゃないと思う、とナクラはつっこみを入れたかったが。その狼男の魔力が変異し、黒いオーラを放っていた。

ある意味、第二形態がそこで始まったのだろう。より大きな力を解放させたのか、あるいは暴走したかは分からない状態だった。

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